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趣味

2010年11月 8日 (月)

「渺茫」 フォトブック



先日フジフィルムのプリントサービスで、
写真俳句「渺茫」のフォトブックを作ってみました。
以前旅行の写真を頼んだ時は写真の質感がいまいち・・・だったのですが、
今回は特に写真に最適な印紙を使うというタイプを選び、
作ってみたらなかなか。
ネット上で制作でき、1週間ほどで自宅まで届けてくれます。
便利になったものですね。

そのweb版を作ってみました。
「写真とコトノハ展」とかぶる写俳もありますが、
写真俳句に興味のある方、ご覧下されば嬉しいです。
左サイドバーの「マイフォト」に常設してあります。

http://yukiusagi.air-nifty.com/photos/byobo1/index.html


Reikamera_5






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2010年10月 2日 (土)

懐かしの幻燈館へようこそ♪



「幻燈」を知っていますか?
若い人は殆ど知らないのでは、と思いますが、
懐かしい思い出がある人もいらっしゃると思います。
「幻燈」を映す「幻燈機」は正式名ではなく、「スライド映写機」
今風に言うのなら「プロジェクター」でしょうか。
しかし「幻燈」という名前こそ昔の映写機にはふさわしい、と思うわたくしです。


昔わが家にその「幻燈機」がありました。
いつごろからあったのか覚えてないのですが、父が私や弟のために買ってきたのだと思います。
子供用の童話などのフィルムがあり、と言ってもほんの数個でそれほどレパートリーがあったわけではないのですが、
父にせがんで繰り返し上映してもらうのがとても楽しみでした。
まだTVの無かった頃からだと記憶しています。

Gentouki2

音はでないので、台本があり、(或いは画面に文章つき)
父が昔の弁士よろしく、面白おかしく読んで演じてくれるわけです。
スクリーンはふすまだったのか、それとも白いシーツでも掛けたのかそれも定かではありませんが、
見慣れた話なのにドキドキわくわく、楽しくて嬉しくて、父の一番の思い出といったらその幻燈かもしれません。

それから何十年も経って父はとうに亡く、幻燈のことなどすっかり忘れていたのですが、機器やフィルムなどは弟がずっと保管していました。
先日、何を思ったのかその幻燈一式を東京の「昭和のくらし博物館」に寄贈すると言ってきました。
博物館のほうでも譲り受けたいと言ってきたそうです。
まあもう使わないっちゃその通りなんだけど何だか寂しく、
それなら出来ればデータにして残してほしいと頼みましたら引き受けてくれ、
フィルムをスキャンしてデータ化したものを幻燈機の写真などと一緒にCDにして送ってくれました。



う~ん、なつかしいのひとこと!
子供の頃よく見た童話などはもちろんですが、驚いたことに全く記憶のないスライドもいくつか入っていたのです。
どう見ても戦前のフィルムとか・・・今となってはどういう経緯でうちにあったのか、知るすべもありませんが・・。

Gentouki4

調べたところこの幻燈機は富士フィルムの製作した「バーディ」という型。
発売されたのは昭和26年ですが、写真で見ると初代のもの(写真左下)とはちょっと違うので、おそらく昭和30年頃に販売されていたものかと。
今でももちろんちゃんと映ります。フィルムは昔のカメラフィルムのように筒型でしたが、普通のスライド形式でも使えたようです。
フィルムは小西六、いまは無きコニカですが、コニカミノルタを経てその技術はSONYのデジタルカメラに受け継がれていますね。



資料としてもちょっと貴重かな、と思い、
フィルムを何本かと幻燈機の写真や台本、レトロ感満載のオープニング画像などを「マイフォト」にまとめてみました。
よかったらぜひご覧になって下さい。
なにぶん古いものなので不鮮明な部分もあり、またいくつかのフィルムでは現在では不適切と見られる絵などもありますが、
その点はご容赦お願いいたします。

Opning3

以下リンクですが、左サイドバーのマイフォト内に常設してありますので、
どうぞご利用下さい。

☆「懐かしの幻燈館へようこそ」

☆「幻燈・きんたろう」

☆「幻燈・花さかじじい」

☆「幻燈・かぜをひいた鯨」

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懐かしの幻燈館へのお立ち寄り、
お待ちしております。 happy01









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2010年7月27日 (火)

「写真とコトノハ展 Vol.3」

Kotonoha3blog2_2

「写真とコトノハ展 Vol.3」、8月2日(月)~15(日)まで開催いたします。
「喫茶おとら」は都営三田線白山駅近く、
紅茶のおいしいくつろげる喫茶店です。
お茶を飲みがてら、ぜひお立ち寄り下さいませ。

詳細はこちらをどうぞ♪

http://shashin-haiku.jp/node/81584





写真俳句のブログのお知らせですがこちらにも。
写俳仲間のグループ展です。
今年はこれで最後の予定。
もっともっと写真勉強しなくちゃ・・・(;^_^A




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2010年3月26日 (金)

ただいま開催中



写真俳句のグループ展「写真とコトノハ展」
ただいま開催中ですnote

http://shashin-haiku.jp/node/74697



Kotonoha3_2 




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2010年3月18日 (木)

写真俳句グループ展


別ブログで写真俳句をやっておりますが、
このたび写俳ブログの友人たち6人で、グループ展を開催することになりました。



☆★☆写真とコトノハ展☆★☆

2010年3月24日(水)~4月5日(月)
於 カフェ・フライングティーポット(西武池袋線江古田駅下車徒歩5分)


Kotonoha


とりあえずわたくしのはおいといて coldsweats01
何度か個展も開いていらっしゃる有希さんを初め、
皆さんの力作が揃っています。
フライング・ティーポットにお茶でも飲みがてら、
ぜひお立ち寄り下さい。
どうぞよろしくお願いいたします♪


詳細はこちらをどうぞ♪




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2009年12月23日 (水)

いちまさん復活記2


さて先日、修理が完了したという電話があったのでさっそく銀座へ。
見るも無残な姿だったいちまさん、完全復活。
髪は人毛ではなく、現在普通に使われる絹糸にしてもらったが、(人毛はさらに高価なので)お顔は塗り直されて目鼻のひどい傷もわからなくなり、欠けた指も復元され、すっかり顔色も良くなってリフレッシュ。
以前の髪よりちょっと長くなったので、少し大人びた印象も。
もうひとりのほうもちょっと化粧直しをしていただいたので、健康的で晴れやかなお顔になっていた。

Itima3

















嬉しかったのはふたりともお座りができるようになったこと。
今までは立っていたためケースに入れることができず、それであんな事故に遭っちゃったわけだがこれで安心♪
だいいちいくらスタンドで支えられてるとはいえ、立ちっぱなしではいちまさんも疲れてしまうだろう。
人形専用のコレクションボードはもう満杯なのだが、ぎゅ~っと詰めてもらってふたりを座らせた。
何だかほっとしているようで、こちらまで嬉しくなる。
トホホの散財だったが、やはり直してもらって良かった♪

Itima2 Itima1

















左が光龍斎作
右が輝国作だそうです



それと、さすが三代続く老舗の人形師さん、
思いがけなく人形の作者を教えていただいた。
修理した人形は確か京都の人形、ということだったが、
作者は瀧澤光龍斎、着付けをしたのが京都の着付け師、大木平蔵という人だそうだ。
光龍斎といえば大正から昭和にかけて、東京を中心とした市松人形制作の重鎮であった人。
昭和初期にアメリカから友情の証として送られてきた人形のお礼に日本からも市松人形(答礼人形)を送ることになった折、その製作の中心人物となった人でもある。
一方の大木平蔵も調べてみたら京都で現在も続いている歴史ある名店だそうで、そんな人形師の作であったとは・・。
もうひとりの子の作者は輝国という人とのこと。
こちらも愛らしいお顔に、作者の力量がしのばれる。



ちなみにかぶきやのご当主も三代目、松乾斎東光という方。
先代、先先代もやはり答礼人形の修復などに係った方たちだそうだ。
「良いお人形ですよ、大事にしてあげて下さいね。時々抱いてあげると喜びますよ。」と優しく渡されたいちまさん、
はい、大切に可愛がりますよ。
本当にありがとうございました♪

Kabukiya3
















ということで戻ってきた人形たち。
今はボードの中ですっかりくつろいだ表情をしている。
ワンズもニャンズも、もう二度と手を出せないからね~bleah



・:*:・゜'★,。・:*:・'。・:*:・゜'★,。・:*:・゜'☆ ・:*:・゜'★,。・:*:・'。・:*:・゜'★,。・:*:・゜'☆

Tourei Tourei2






















左は瀧澤光龍斎作の答礼人形、ミス・三重。
現在ネブラスカ大学博物館所蔵。
右はアメリカから友情の使節として贈られた人形のひとつ、ファンニー・ピオ。
現在札幌市教育委員会所蔵。



☆答礼人形について☆

昭和2年 アメリカ国内の排日運動に心を痛めた牧師、 L..ギューリックの発案で全米のボランティアが取り組み、 
日米親善の掛け橋としてそれぞれパスポートを持った12000体の人形(抱き人形)が日本に贈られてきました。
人形たちは国内で熱狂的な歓迎を受け、 文部省を通じて全国の小学校や幼稚園に配布されていき、 
配布を受けた各学校は学校あげての盛大な歓迎式典を催すほどでした。
それに対する答礼として日本では各府県道の代表人形となる58体の市松人形をアメリカに贈ったのです。
当時の東京、京都の有名、無名の人形師たちが精魂を傾けて制作した、芸術品ともいえる人形たちでした。 

そんな友情の交流も空しく、やがて興った太平洋戦争のため日米双方の人形たちは過酷な運命を辿ることになります。
日本では戦争の悪化と共に人形は無駄なものとして排斥されたばかりか「友情の使節」は「仮面の使節」、
憎い敵国の人形に変わり、慈しんだ人形たちを学校ぐるみで焼却したり、 
無残にも竹槍で突き刺して捨てたりしたそうです。
けれど「人形に罪はない」と こっそり持ち出したり、隠したりした教師もいました。
戦後何十年も経ってから発見された人形もかなり多く、現在国内には300体あまりの友情の人形が残り、大切に保存されているそうです。
その澄んだ瞳で、人形たちはどんな運命の激変を眺めてきたのでしょうね。





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2009年12月22日 (火)

いちまさん復活記



あれは去年の冬のことだったろうか。
夕方買物から帰ってくると、何か異様な雰囲気が・・。
居間に入ると床に何かある。
何か異様なものが散らばっている・・・・。
おそるおそるそちらを見た私の目に入ったものは・・。coldsweats02


もう総毛立ちましたよ。
床にあったものは棚から落ちた私のいちまさん(市松人形)
鼻は欠け、目にはひびが入り、頬には幾筋ものひっかき傷、
そして何より、髪の毛が無い!
植わっていた人毛がすべて引きちぎられ、あたりに散らばっているありさ
まは、まるでホラー。
何でも写真を撮りたがる私だけどさすがにそれは・・・出来なかった。
よく市松人形を使ったホラー映画やマンガがあって、苦々しく思っていた
のだけど、はい、確かにこうなるとはっきり言って怖すぎです。



留守の間のことだから確証はないけどほぼ100%間違いない私の推測。
棚の上に猫が飛び乗り、はずみで人形を落とした。
それを見たミーシャが嬉々としてやってきて、(カノンも加担したのかも
)顔をかじり、髪の毛をくいちぎって思う存分おもちゃにした。・・・以上。think

Misya0912




ミーシャですけど何か・・?








犬を叱るのは現場でなければ効果が無いというが、何かいたずらしたあと
はそわそわして挙動不審になるから、まずいことをしたとは思っているらしい。
しかしミーシャときたら怒られたらとりあえずひっくり返って降参すれば
平気だも~ん、というノー天気なヤツだから今さら叱っても仕方ない。
猫にいたっては何を叱られてるのか全くわからないだろうし。
こちらは泣き寝入り・・・ってやつですか。sweat02


それにしても無残な姿になってしまったいちまさん、
一瞬もう供養して処分しちゃおうかと思ったが、それはあまりに可哀想。
確か目白の骨董屋さんで求めたもので、多分昭和初期の人形、品の良いお
顔が気にいったのだった。
でも修理ができるものかどうか・・と困りはてつつ、とりあえず風呂敷に
包んで戸棚の中に。
気になりながらもついそのままにしていたのだが・・。


今年になり、唐突に歌舞伎にはまって歌舞伎座に通うようになったのだが、

ある時歌舞伎座の裏手を散策していると、市松人形のお店があるではありませんか。
「銀座かぶきや」という店で、ガラス越しにたくさんの人形が並んでいる
のが見える。

Kabukiya1

















ここならもしかして修理をしてくれるかも、と思い入って聞いてみると、
受け付けてくれるとのこと。
かなり前から、代々人形師として市松人形を製作しているお店らしく、
当代のご主人から修理の工程を聞いて見積もりを出してもらった。
やはりガックリするような金額だがここならきっと心をこめて修理してく
れるだろうと思い、お願いすることに。
ついでに今まで立ったまま、座ることのできない人形だったのを、座るこ
とが出来るよう直してもらうこともお願いした。
これはもうひとりいるいちまさんも同じなので、ふたりそろってかぶきや
に入院とあいなったのでありました。(つづく)

Kabukiya2



















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2009年2月23日 (月)

猫の日猫の句♪



2月22日は「猫の日」
そういえば猫の俳句ってけっこう多い。
思いがけない俳人がほほえましい猫の句を詠んでいるのに出会うと何だか嬉しくなります。



猫の恋ぶたれた時が別れなり   芭蕉

内のチョマが隣のタマを待つ夜かな  正岡子規

恋猫のまなこばかりに痩せにけり   夏目漱石

色町や真昼しづかに猫の恋  永井荷風

叱られて目をつぶる猫春隣    久保田万太郎

いなずまの野より帰りし猫を抱く  橋本多佳子

買初の小魚すこし猫のため     松本たかし

わが屋根をゆく恋猫は恋死ねや   藤田湘子

猫の恋声まねをれば切なくなる  加藤楸邨

雑炊や猫に孤独というものなし   西東三鬼

四匹飼えば千句与えよ春の猫   寺井谷子

Madoneko





















犬の句もあるけど、
数としては圧倒的に猫のほうが多いでしょう。
自分の句を調べてもやはり猫を詠んだ句のほうが断然多い。
猫のほうが作りやすいのですね。
犬に比べて猫のほうが行動範囲がずっと広くて、内にも外にも猫のいる情景は無限。
まあ犬は今は外ではリードをつけられてお散歩する姿ばかり。
単独で町を歩いていたりしたらたちまち保健所に通報されちゃうご時世ですから、情景としての犬を詠む機会はせばまって当然かも。



もっとも猫にも同じ状況が忍び寄ってきています。
獣医さん曰く、家の中だけで飼っても猫はそこをテリトリーとして満足し、争うこともないからストレスもなくて充分幸福、なのだとか。
でもそれって単に「知らないことの幸福」なんでは?
猫が自由に外に出て、塀の上に寝そべっていたり、木登りして爪をといだり、バッタを追いかけてぴょんと跳んだり、そういう野性的な姿を見ることが人間の喜びでもあったはずなのに。
先に挙げた俳句も殆どそんな猫の野性的な姿を見られるからこその句。
俳句に限らず、旅先の神社や駅や漁港でふと出会った猫たちを写真に収める楽しみなど、そんな喜びの一切ない「猫のいない世界」になってほんとにいいんですか?と問いたいです。


ところで望み通り?野性的なのがうちの武蔵、
昨日隣の部屋でガタガタ音がするので、もしやと思って開けたら部屋中に鳥の羽が散乱。
ダーッと2階に駆け上がったのを追っていくと、机の下にアオジのなきがらが。
先日もヒヨドリを獲ってきたばかりなのに、まったく・・・。
それこそ猫の「野生の証明」だから責めても仕方ないのだけど、「食べもしないのに殺生するんじゃないの!」とつい叱りたくもなります。

どこかで読んだのですが、ネズミを捕るのがネコ、鳥を捕るのがトコ、
ヘビを捕るのをヘコというそうな。
頼むからネズミとヘビはカンベンしてよね・・・・。bearing

Mo0812



















先人の句のあとにずうずうしいですが、自作の猫の句を集めてみました。coldsweats01
これからも猫の句、増えそうです・・・。




うつすらと電気を帯びて冬の猫

笑栗を拾ふチェシャ猫日和かな

伸びてゐる猫ふんじゃつた夏の午後

ふはふはを分けて二匹の子猫にす

セーターにもぐりて猫のみる夢は

亡き猫のそこに来てゐる日向ぼこ

秋霖や猫を抱いてスクワット

無慈悲にも猫の咥える羽化の蝉

緑陰に白猫ゐるを愛でゐたり

切れ切れの夢に割り込む猫の恋

炬燵猫聞き耳だけは立ててゐし

家出猫どこで見てゐる寒夕焼

恋猫になれぬわが猫抱いてをり

浅春や猫の獲り来し小鳥埋む


Meirin
















以前飼っていたシャムの美齢(メイリン) 美人で優しい猫でした weep

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2006年4月26日 (水)

句会デビューin Kagurazaka (;^_^A

「ネット句会」の経験はあるものの
俳句を始めてから4年あまり 基本的には師もなく 結社にも入らず
独りで気ままに でもこつこつと作り続けてきた
のんびりとそうやっているのもいいのだが やはり刺激に欠けるというか 
根が怠け者なものだから
せっかく自分としてはめずらしく飽きずに続いているこの趣味も停滞 前進困難というか進歩なしというか出口なしというか
拠って少し厳しい状況に自分を追い込んで前進を図るべきではないかと最近思っていた
それにはやはり 同じ俳句で鍛えられている人たちの評価と批評にさらされるのが一番
というわけで初めての「句会」(現実のね)に参加してみました

場所は東京・神楽坂
なのでその名も「カグラージュ句会」
去年「記念日俳句」でお世話になった「里」同人櫂未知子さまの主宰
(あの素晴らしい句を詠まれる櫂未知子氏・・わたくしとしては「櫂先生」とお呼びしたいところだが そう呼ばれるのはお嫌いなようなので&普通俳句界で使う「主宰」とはちょっとニュアンスが違うようです)
会場は未知子さまのご自宅のある素敵なマンションの集会所
病的?な方向音痴のわたくし 殊勝に迷う時間も計算に入れて会場に向かったが 地図のおかげで迷うこともなくすんなりと到着出来た
とりあえず3ヶ月限定の句会ということでその第1回
今回は「里」本拠地である佐久から島田牙城氏はじめ数名の里同人も合流して 参加者は30名を超えた
何しろ私は初めてなので それが小規模なのか大規模なのかもわからず 知っている人も皆無だし
勝手がわからなくて何かドジったらどうしよ・・とドキドキしてしまったのだが・・

結論から言うと 本当に楽しい時間を過ごさせていただきました♪
投句はひとり10句
30人以上ということは300句以上の句が提出されたことになる
それを全部読み 気に入った句を選句してゆく
何句選ぶかは多くても少なくても各自の自由
それぞれ選句発表して集計してから披講

ネット句会ではお互いあまり批評とかはしない というかしづらい
俳句仲間であっても現実には顔も知らないし どんな人かもわからないので
こんなこと言って誤解されたら とか真意を汲んでもらえず悪くとられたら などとどうしても用心深くなってしまうのだと思う
その点現実の句会では実際会って話を聞くわけだから その表情を100%見ることが出来 誤解をすることも少ない
舌鋒鋭い講評も飛び交ったがそれもさまざまな角度からの解釈や批評ということであり 
聞いていてとても刺激的だし勉強になる
私の句も あるものはケチョンケチョンにけなされたが それもまたとっても新鮮だったし(いえ 決して負け惜しみではなく・・笑)
「何でそうなるの?」と大笑いしたくなるような分析をされたり 作者も気づかなかった深層心理?を指摘されたり・・
句の数が多くて じっくり読むには少し時間が足りなかった感があり 一目で惹かれる句の他にも もっとじっくり読み込んだらじわじわと良さが浮かんでくる句もあっただろうに・・という思いがあって それは少し残念だったかな
白状すれば難しい単語で読めなかったり こんな季語初めて!どういう意味かしら?(オロオロッ)なんてこともあり 勉強不足を痛感・・(恥~)

それにしても未知子さまの司会 進行の見事なことには本当に敬服いたしました
実に歯切れ良く 辛辣なこともぽんぽんおっしゃるのだけどそれがまた魅力 と思わされてしまうのはさすが
会は1度としてだらけることなくてきぱきと進行して一気にクライマックス 閉会へ
1時から始めて閉会したのが6時過ぎという5時間以上の長丁場だったのだが
気がつけば持参したペットボトルのお茶の他 牙城さま差し入れの缶ビールまでしっかりといただきつつ
そんなに長い時間だったんだ と気づいたのは全部終わってからだった
いやほんとに充実した5時間
参加して良かったと心から思った次第です
新参者を温かく迎えて下さった未知子さま 皆さま 
ありがとうございました
<(_ _)>


「カグラージュ句会」は5月と6月にも開催される予定
主宰の評が全て という従来の句会とは違い ハードながら自由な雰囲気が魅力(だと思う 何しろ他の句会は知らないので)
俳句に対して果敢にして根性のある方(未知子さま談)歓迎だそうですよ♪

Ueno

たまに東京へ行くのもいいものです
1時間で別世界 (#^.^#)

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