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書籍・雑誌

2014年12月27日 (土)

ラディッシュ


Radish



ラディッシュ。
この写真のは細長いけど、丸くて真っ赤なものがお馴染みだ。
日本には明治時代に入ってきたそうだが、小さい頃見た記憶はあまりない。


20代の頃、当時人気だった雑誌「anan」のある頁に、
ピーターラビットの小さなボウルに葉つきのまま無造作に入っているラディッシュの写真が載っていて、
そのとても洒落て新鮮な雰囲気が忘れられず、後にピーターラビットの食器を手に入れた時真っ先にマネしてみた。
例えば朝食のサラダ代わりに、丸のままかじるのがカッコいいというかお洒落、という雰囲気。
まあその後丸かじりするよりスライスしてサラダに入れたり甘酢漬けにしたり、
ディップソースをつけたりするほうがおいしいのがわかって、だんだん料理法も変わってきたけれど。


そういえば「赤蕪」にラディッシュというルビを振ってあるのを見たことがあるが、
ラディッシュは二十日大根で蕪ではない・・とはいえ丸いのは蕪に見えるので通称になっているようでややこしい。
最近はスーパーでも常に置いてあるし、近所の農産物直売所に行くと丸いのから細長いのまで色んな種類が売られている。
一方蕪のほうも生食に適した新しい品種が多く出回っており、本物の赤蕪や、紫色をしたアヤメなど、
ラディッシュ同様サラダでも浅漬けにしても美味しい。
でもラディッシュの紅い色はやっぱり私にはなつかしく特別な色かな。
最近好きなディップソースはバーニャカウダー。これは朝食より夕食の前菜。
ちょっとほろ苦いラディッシュをかじると、いつも遠い昔のあのananの写真を思い出す。



週刊俳句399号(2014/12/14)




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2011年12月31日 (土)

とりぱん12





予約していた「とりぱん12」が楽天から届いた。
寝る前にベッドの中で読むのが定番。
う~ん、落ち着く。癒し系のマンガなのね。

Toripan12


作者は北東北在住のとりのなん子というマンガ家さん。
2005年、雑誌「モーニング」の作品公募で大賞をとったエッセイマンガ「とりぱん」は現在まで同誌で連載が続いている。
とりぱんとは野鳥に与えるパンのことで、庭にやってくる野鳥との交流を、
温かくユーモラスに、時に過激にブラックに描いていてこれがすごく面白い。
癒し系のマンガだからといってほのぼの優しい路線かと思ったら大間違いで、
シニカルな目、時には毒を含んだブラックな思考が、
ごく自然にすべての命を慈しむ心と同居しているのが素晴らしいところ。
登場するのはスズメ、ヒヨドリ、メジロなどのよく見かける鳥から、
アオゲラ、コゲラ、オナガ、コムクドリ、シメ、カワラヒワ、
はたまたキレンジャクやヒレンジャクまで、さすが自然に恵まれた東北というか、
こんなのが庭にきてくれたらいいなあ~とうらやましくなったりする。
さらに池に飛来する白鳥やカモなどの、普通のイメージとは一味ちがったルポがこれまた面白い。


野鳥だけではなく、近所の猫や犬、羊やカモシカ、飼っている金魚などもしばしば登場するので、
時々ねこぱん、魚ぱんなどとも言われるが、
ちょっととりのさん、最近もろに


むしぱんになっていませんか?



いや、私的にはぜんっぜんOKなんですけど。
嫌がる人もいるようだけど、その「自覚無き虫めづる姫君ぶり」が何とも痛快。
カマキリ、クモ、チョウやガからスズメバチ、ダンゴ虫まで、登場する虫も多彩。
野鳥や犬猫、金魚を可愛がるくらいなら、人は温かい目で見てくれるだろうけど、
死にかけのカマキリを保護して餌のハエを獲ってやったり、
アゲハの幼虫のために山椒やパセリを植えて家の中で越冬させたり、
ファーブルよろしく狩人バチの奮戦を1時間半も観察したりするって
やはりドン引く人も多く、「変人」の烙印押される危険大。
しかし作者は全然そんなこと気にしないと思う。
実際にこういう女性ってあまりお目にかかったことがなく、
虫がキライといいながら実はけっこうむしぱん的なところもある私など
写真俳句サイトにしばしば虫登場)
すごく興味をひかれる。

Tripan12bsf_2 



本当言うと、今年は「あの日」以降、
しばらくこのとりぱんに縋って生活していた。
東京を彷徨った3月11日の深夜、TVで津波の映像を見て
「なにこれ、特撮・・?」とつぶやいたあの日、
それに次々と続く原発の大事故のニュース。
あの頃誰でもがそうだっただろうけどしばらくは不安で不安で、とうとうニュースも見られなくなり、
そんな時、とりぱんを読んでいる時だけは心が和み、安らいでいられた。
作者は東北在住のため、心配になって検索したら大きな被害は受けなかったとのことで安心したが・・



後日、11巻に収録された「その日」を読んだ時はしみじみと感動した。
失うもののない日常を生きる野性生物、
対して作り上げたものの崩壊に、あまりにも弱かった人間。
それでもそれぞれの日常を生き、役割をまっとうすることが大切なのだと。
その通りだと思う。
そして震災のずっと前に読んだ第1巻のラスト、
「何でもない日常こそがすべて」という、震災後誰でもが思ったであろうフレーズ
が、実感を持ってよみがえり、繋がっていく・・



いやいや、暗くなるのはよしましょう。
「とりぱんは皆さまに楽しい気分になってもらうためのもの」と作者も書いている。
はい、楽しい気分になってどんなに救われたことか。
そのうちM岡にとりぱんツアーに行きたいな。
とりのさん、今後もとりぱん、個人的にはむしぱんもどうぞよろしく♪

1111kama 雪うさぎのかまさん σ(^^)




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2010年9月16日 (木)

男性作家による少女マンガの時代




ふと気がついたら今日はこのブログの何と5周年記念の日でありました。
2005年からもう5年間もぽつぽつとだけど更新して続いているわけで。
まあ5年で10万アクセスにも届かないマイナーなブログではありますが coldsweats01
とりとめのない記事を読みに来て下さった方々、誠にありがとうございました。
いつまで続くかはわかりませんがこれからも細々とやっていくつもりですので、
どうぞ宜しくお願いいたします。

Ojigi2

ということで男性作家による少女マンガのことを少し。
今では優れた女性マンガ家が星の数ほどいてすでに一時代を築いているが
昭和30年代といったら数えるほどしかいなかった。
思い出すのは「フイチンさん」の上田とし子、「マキの口笛」の牧美也子
、「チャコちゃんの日記」の今村洋子、貸本時代から現在まで活躍中のわたなべまさこ、それに水野英子くらいだろうか。


その頃、まだ月刊誌だった少女雑誌には、今では大御所というか巨匠とい
える男性作家の人たちが少女マンガに活躍していた。
「リボンの騎士」に代表される手塚治虫をはじめ、
松本零士、ちばてつや、石森章太郎、藤子不二男、昨日書いた赤塚不二夫、つのだじろう、
高橋真琴、あすなひろしetc.・・・・

Ribon


少女マンガにおける男性作家のマンガの面白さといえば、
いわゆるお姫様願望ストーリーやお涙頂戴ものもあってそれはそれで魅力があったのだが、
やはりちばてつやに代表されるしっかりとした骨太のストーリー、
石森章太郎や松本零士が得意とした、SFやミステリーなどを取り入れたスケールの大きさにあったのではなかろうか。
ちばてつやを最初に見たのは少女クラブ時代の「ママのバイオリン」
それ以降「リナ」、「123と45ロク」、週間少女フレンドに変わってからも、「ユキの太陽」「島っ子」など傑作の連載が長く続いた。
主人公はおてんばだけど心優しく、今から見ると信じられないくらい自分をしっかり持った女の子。
苛酷な運命に負けず、地に足をつけて強く生きていくことの大切さを、この少女たちから学んだような気がする。

Tetuya1_2 Tetuya2_2



一方短編が輝いていた石森章太郎の作品はファンタジーワールド。
多分外国のSFをベースにした作品が多かったと思われるが、ホラーの要素もあって小学生だった私にとっては衝撃的で怖ろしくもあり、
何日も何ヶ月も心に突き刺さったままそれが疼く・・というような重い内容だった。
SFではタイトルを忘れてしまった印象深い作品がたくさんあるが、持っているのはヴァンパイアを描いた「きりとばらとほしと」。
他には「夜は千の目を持っている」「江美子ストーリー」なども忘れ難い。
面白いというよりはいつまでも哀しい思いが胸に残る名作。
今でもお姫さまイラストで活躍しているのは高橋真琴、愛らしい動物ものの松本零士(当時は松本あきら)
すでに故人となったあすなひろしも叙情にあふれた少女マンガを多く描いているが、殆どが復刻されることが無いのが惜しまれる。

Isimori1 Isimori2 Isimori3 Isimori4



以前某誌で松本零士のインタビューを読んだのだが、それによると当時の少年誌はなかなか新人に門戸を開いてくれず、
少女雑誌のほうが新人発掘に熱心だったため、本意不本意にかかわらず皆少女マンガを描いていたとのこと。
「女性のことは何もわからず」描いていたそうだが、それだからかえって良かった面もあるのかも。
そのうち女性作家が増えてくると男性は殆ど少年誌に移行したそうだが、男性作家が少女マンガの枠を大きく広げ、
その後の発展につなげてくれた功績は限りなく大きいと思う。

Reiji Reiji2



ところで。
これを書くために色々検索の途中でスゴイものを発見!

Tokiwa

先月発売になったばかり!


きゃ~!いずみあすか(石森・赤塚合作のペンネーム)
U.マイア(石森、赤塚、水野英子合作)の作品もある!


ま、まぼろしの作品群ではありませんか!
このタイミングに何という偶然・・これこそ今見たいマンガそのものだわ・・・


ということで早速注文。
読んだらそのうちまた紹介しますね  wink




Pes



こちらもラジオドラマにまでなったヒット作。
当時のスピッツブームの火付け役になったとも言われる、山田えいじの「ペスよおをふれ」

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2010年9月15日 (水)

赤塚不二夫 「おハナちゃん」



今朝PCを立ち上げたらあらら、Googleのロゴがバカボンに。
何事?と思って調べたら14日は故・赤塚不二夫の誕生日で、生誕75周年と
のこと。
75周年と言われても・・・と苦笑したが、75年ならまだ生きていてもちっ
とも不思議ではないのに、その意味では残念ですよね。(2008年没)

Bakabon


赤塚不二夫といえば私などが真っ先に思い出すのはバカボンではなく、も
っと以前に描かれた「おそ松くん」
昭和30年代少年サンデーに連載中、リアルタイムで読んでいたから。
一世を風靡した「シェー」のイヤミ氏やおでんを持ったチビ太、
ハタ坊、デカパン、トト子ちゃんなど、ほんとに馴染みの深いキャラだっ
た。
おそ松くんを読んで育った世代は学生運動の嵐吹き荒れる時代になっても
親しみを忘れず、あちこちでニャロメの落書きとかが見られたものだ。
ごく初期をのぞいておそ松くん(と六つ子の兄弟)より、まわりのキャラ
に重点が移っていったんだよね。



ところで赤塚不二夫の少女マンガといえばメジャーなのは「ひみつのアッ
コちゃん」だろうか。私は「りぼん」を読まなかったので殆ど知らなかったが、そのほかにも少女マンガは意外とたくさん描かれている。
中でも大好きだったのが、少女クラブに連載されていた「おハナちゃん」
これは1960年からなので、「ひみつのアッコちゃん」より古い。

Akatuka1


私が読み始めてしばらくして少女クラブは廃刊となり、「おハナちゃん」
も水野英子の「星のたてごと」もちばてつやの名作「123と45ロク」も、はい、廃刊なのでこれにて打ち切り~という感じで唐突に終わってしまい、寂しい思いをした。
赤塚はこのあたりから(少年誌では「ナマちゃん」など)ギャグマンガ家
としての地位を確立していったみたいだ。



おハナちゃんはともかく可愛い。
素直でおちゃめで子供らしく、さらに言うなら女の子らしい。
お母さんと二人暮しなのか、殆どお父さんが出てこないのが疑問だったが
・・(殆どというのは、確か一度だけでてきた覚えがあるので)
いったいどういう設定だったのだろう?

Akatukaohana Akatukaohana2

上、禁止用語には目をつぶってね m(_ _)m


少女クラブ廃刊から子供雑誌も週刊誌の時代となり、その後も赤塚は短期
連載の少女マンガ、「あらマアちゃん」「ジャジャ子ちゃん」「ヒッピーちゃん」「へんな子ちゃん」「おカズちゃん」など数多く描いている。
でも時代とともにキャラクターもガラリと変わり、タイトルからもわかる
ようにギャグにはかなりの毒が加わり、二度とおハナちゃんのような愛らしい女の子が描かれることは無かった。

Akatukajyajya Akatukahippy

まあ可愛い女の子が主人公のマンガなど、ほんとは描きたくなかったのかもしれないけど・・
彼に限らず、マンガ家さんはデビュー当時は雑誌社の意向通り描かなきゃ
ならなかったのでしょうね~。
それにしても昔は女性のマンガ家が少なかったせいか、
多くの男性作家が当たり前に少女マンガを描いておりました。
ついでなのでちょっと触れたいけど、
長くなるのでまたこの次に。

Akatukaaoime

「青い目の由紀」、これSFなんですよ♪







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2010年8月29日 (日)

COM1967年 夏


先日思わず書いた駄句が

エアコンの牢獄にゐる酷暑かな


という状態がずっと続いて連日36度、37度、
灼熱地獄の中に出かけるのも恐ろしく、
はい、今日もマイナーなマンガネタで更新です。
すいません、興味のない人には全然面白くありませんので、
スルーして下さいませ。m(_ _)m



最近手に入れた古いCOM、
何と43年前の1967年8月号。
当時私は・・・あまり言いたくない(笑)
COMはバックナンバーを創刊から何年か全部買って持っていたのだが、
弟に持っていかれてしまい、
偶然特別に好きだった号を見つけて入手したというわけ。
もちろん古びてはいるけど、43年前にしてはけっこう状態も良い。
(思うのだけど紙という保存手段はやはり素晴らしいものだと。
データみたいにいきなり消えちゃうなんてことないし、
少なくとも千年も保っているものがあるんですものね。)

Com8gatu_2 


何故この号が好きかというと、新人マンガ家による「夏」をテーマにした競作特集があるから。
宮谷一彦、白石晶子、青柳祐介、岡田史子、
小山田つとむ、はせがわほうせい。

このうち、もっともメジャーになったのははせがわほうせい(現・長谷川法世)と青柳祐介だろうか。
この号にぐら・こんで入選した「正午に教会で」は長谷川のデビュー作となり、のちに「漫画アクション」に連載した「博多っ子純情」が小学館漫画賞を受賞している。
青柳祐介も「土佐の一本釣り」でやはり同じ賞を受け、この作品は映画化もされたが、2001年に死亡。
土佐の浜には彼の石像が建っているそうだ。
白石晶子は少女コミックなどに描いていたようだが、あまり記憶に無い。
小山田つとむは永井豪原作の「ドロロンえん魔くん」など少年誌にも多数発表、その後絵本の挿絵なども描いていたようだ。



けれどなんといっても強烈な印象だったのは宮谷一彦と岡田史子。
宮谷はこの年「ねむりにつくとき」でCOM新人賞。
ともかく絵がうまくてその緻密な作風の描写はすばらしく、泥くささとは無縁の強烈な個性、都会的なスマートさで独特の世界を創り出した。
その後商業誌に反体制的な過激ともいえる作品を次々発表、学生運動の嵐の吹き荒れる世相の中、一時ヒーロー的扱いを受けていた。
私などはそのあまりに露骨な過激さについていけず、その頃にはもう彼の作品を追うことはやめてしまったが・・。

でもCOMに発表された作品は皆好きだった。
この「夏」特集の「日は沈むことなく」をはじめとして「若者のすべて」シリーズになる「街には雨が・・・」「セブンティーン」「ライクアローリングストーン」などなど。
以前は単行本が出ていたと思ったけど、今はさがしても皆無。
この初期の作品、復刻してくれないものか。
当時ご本人自身スキャンダラスな話題に事欠かない、長身で俳優にしたいほどのイイ男だったけど、今はどうしているのだろうか・・。

Natu1_3   


そして岡田史子。
あの大マンガ家、萩尾望都が「天才」とあがめた「幻のマンガ家」と言えるだろう。
私から見れば岡田史子は特別に美しい一滴の露、萩尾望都はその一滴から悠々たる大河を紡ぎ出した人と思えるのだが、
その作品群の起爆剤になったとしたら、やはり岡田史子はすごい人なのかもしれない。
確かにイメージという意味では、(いきなり思いっきり個人的な例えでスミマセンが)萩尾望都の作品から俳句のインスピレーションは受けないが、岡田史子の作品からは受けることがある。
ずっと以前に出た単行本を今でも時々読み返し、そのたびに新鮮な思いにとらわれる。永遠に理解できないからこそ、イメージは枯れることは無いのかも。

COM1967年2月号「太陽と骸骨のような少年」でデビュー。
翌年「ガラス玉」でCOM新人賞を受けている。
その後、「ピグマリオン」「サンルームのひるさがり」「赤い蔓草」など珠玉のような作品を次々発表したが、メジャーな雑誌で描く気はなかったようだ。
カフカなどの影響、ムンクに思い入れがあることなどがわかるが、絵柄も毎回違うし、マンガというより詩のようでもあり・・。
彼女が描いていたのは10年にも満たないはず。
早々と筆を折り、すでに2005年に亡くなっているが、今でも熱烈なファンは大勢いることだろうし、決して忘れられることはないだろう。




そんな、今から思えば貴重な執筆陣の描いた1967年の夏・・
自分にとってのそれは昔すぎて思い出すことも出来ないが、
ただ当時の気分だけは鮮やかに蘇ってくるようだ。



ちなみにこの号では他に、
手塚治虫の「火の鳥・黎明編」、「ハトよ天まで」
永島慎二の「青春残酷物語、フーテン」
石森章太郎のファンタジーワールド「ジュン」
のちにハードボイルドな劇画で活躍する佐藤まさあきの「猫」など、
読み応えのある作品が揃っている。



う~ん、学校帰りに買って三島駅のホームで電車が行っちゃったのにも気づかず、読み耽っていたのはこの号だったかもしれない・・・。coldsweats01

Comura_2

この号の裏表紙。
フジテレビって「母と子のフジテレビ」だったのね~smile













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2010年8月13日 (金)

山岸涼子 アルゴー・ノート



欲しかった本をやっと手に入れた。
あすかコミックススペシャルの山岸涼子全集25
探してたんですコレ・・・・
ミシェル・デュトワシリーズの第3話まで収録された本はとっくに持っていたのだけど、未読の完結編「アルゴー・ノート」があることが判明。
なんとそれはこの本にしか入ってないというのだ。
(山岸涼子の作品は文庫も含め、あちこちの出版社から重複して出ている)
そうなると何が何でも読みたくなるじゃありませんか。
しかしあすかコミックスはとっくに絶版。
ならばと中古をさがしたが、Amazonに出ていたのがなななんと38,000円の値がついていてぶっとんだ。
幻の作品と言われているらしいけど、38,000円はないでしょう。annoy
まあそれは売れたんだか引っ込めたんだか知らないけど、今も4200円の値がついている。
book offだとこの本待ちの人が20人以上。
う~ん、こりゃダメかなあと思っていたのだけど。



結論を言うと急転直下、yahooオークションで送料込み1000円ほどで落札できました。
何気なくチェックしたらちょうどあって、即落札、ラッキー♪
良心的な価格で出品して下さったAさん、ありがとうございました。m(_ _)m

Mishel

「アルゴー・ノート」
完結とはいえ、解釈は各自でご自由に、というのが余韻を残す。
読んでしまえばどうってことないのだけど、
やはり気がすんだ、という感じ。
ミシェル・デュトワシリーズの第一話、「ゲッシング・ゲーム」に出会ったのが1972年。
それ以前とがらりと変わった線の細い退廃的な絵に衝撃を受けた。
以来その繊細な絵に魅せられ、人間の底知れぬ内面をえぐるような一連の作品に魅せられていくことに。


「アラベスク」に代表されるバレエ漫画のことはひとまず置いておいて。
実は私はデビュー前の山岸涼子の作品をチラリと見たことがある。
1968年当時、虫プロの出していた雑誌COM
ガロのライバル誌ともいわれ、やはり新人の発掘に力を入れていて、
毎月募集した作品を採点する「漫画予備校」というのをやっていた。
実際、ここから巣立っていった漫画家は多い。
その中で入選だったか佳作だったか、「水の中の空」という作品が紹介されていたのが妙に印象に残っていた。
何年か経ってから漫画家山岸涼子を知り、ああ、あの時の・・と感慨深かったものだ。
「アラベスク」のブレイクから、いわゆる「花の24年組」の一人として活躍が始まり、30年以上経った現在でも第一線で活躍中なのはご存知の通り。

Umayado_2 



連載に夢中になったのは80年代に「LaLa」に掲載された「日出処の天子」。聖徳太子を描いた長編だ。
思いっきり作者の屈折した?好みの入ったとんでもないフィクションなんだけど、面白くて面白くて毎月待ち遠しかった。
この頃から単行本は殆ど買っているけれど、おしなべて彼女の作品は色々な意味で怖い。
オカルト的な意味で怖い、という作品もあるのだが、そんな単純なものではなく、人間の奥底の闇に潜むどろどろとしたものを、腸を抉りだすような冷徹さで抉り出す、そんな底知れぬ恐ろしさがある。
読んでいて暗澹としちゃうことも多いのだが、多分それらは真実であるのだろう、目をそらすことが出来なくなってしまうのだ。
あ、明るい作品もありますよ。
ともかく山岸ワールドに踏み込んだら迷路に踏み込んだ如く、
出てこられなくなってしまうのよね、なんてことを私も30年以上やっているわけで。


夏といえば怪談、ということで、
では最後に山岸涼子の極めつけ怖い作品をご紹介しておきましょう。
「汐の声」と「わたしの人形は良い人形」
これはオカルトの分野だけど、ほんとに怖いです。
超弩級の怖さです。
私は読みながら金縛りになるところでした。
読む方は覚悟してど~ぞ smile

Sionokoe_2 Watasino_2












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2010年2月22日 (月)

平成22年・猫の日



今日は猫の日。cat
ご存知の通り2月22日でニャンニャンニャンという語呂合わせだが、
今年は平成22年ということでニャンの5連発というとてもめでたい(何が?)年まわり。
我が家の猫たちはそんなことは関係なく、今日もジョウビタキなど獲ってきて私を泣かせたりして、相変わらずのワル猫ぶりですが。


手元に何度も読み返した作品社の「日本の名随筆」の中の「猫」の巻がある。
猫好きの大御所で知られる大沸次郎を初め、谷崎潤一郎、内田百閒、藤原審爾、柳田邦夫などの作家から熊井明子、金井美恵子、伊丹十三などのエッセイストたちが書いたそれぞれの猫の話。
猫が好き、という話だけではなく、嫌いという話もある。
よくも悪くも猫という動物が、かくも人間の生活に入り込んでいるのだということがわかって面白い。
だいぶ昔の本なので、描かれている年代も古いものが多く、
今のように完全内猫?など殆どいないし、猫に不妊手術をするなんて発想はない時代の話が多いので、登場する猫たちは病気やケガであっけなく死んでしまうことが多く、読むのがちょっとつらかったりするが・・。

Nekonohi4


俳人の中では加藤楸邨と金子兜太が書いているが、楸邨のエッセイの最後に水原秋桜子が猫嫌いで、伝書バトを盗られたはらいせに猫を空室に閉じ込め、「10日くらい生きてたよ」と言ったという話が出てきて、いっぺんに秋桜子が嫌いに(笑)
金子先生(この方は今もお元気ですから)のほうは猫好きらしく、家の猫たちのことが温かい筆致で書かれていて心が和んだ。
有馬頼義の「お軽はらきり」にはついほろり。
ともあれ猫好きな人はぜひじっくりと読んでほしい一冊だ。



猫の哀れといえば、何年か前、実家でよその猫の死を見届けたことがある。
当時実家ではメス猫を2匹飼っていて、もちろん手術はしてあるのだが、よくオス猫が家のまわりをウロウロしていた、そのうちの一匹。
シャムの雑種らしいのだが、大きくてゴツゴツしていて声もしゃがれたブサイク猫。
これが妙にひとなつこくて、母や妹が時々あまりものの餌をやっていたらしい。
遊びに行っていたある夏の日、ボロボロになってやせ衰えたその猫がやってきて玄関にへたりこんでしまった。
うつる病気なら困るのだが、動こうとしないので古いタオルを敷いて寝かせてやった。
苦しそうに息をして、どうみても危篤状態であまり持ちそうにない。
私はシャム猫が好きで何匹か飼ったのだが、その時にシャムの性格は犬に近い、と聞いていた。
つまり人が好きで、人のそばにいたい性格だということだろう。
普通は猫は死ぬとき家を出ていくというが、この猫は逆に人恋しくてちょっとだけでも可愛がってくれた家を慕ってきたのだろうか。
昔野良猫になる前、可愛がってくれた自分の家を思って・・。
そう思うと、哀れでたまらなかった。

結局、その日のうちに猫は静かに死んでいった。
真夏のことでもあり、街中で埋める場所もないので市役所に連絡して引き取ってもらった。
入れた段ボール箱にせめて花を添えて・・。
かわいそうだったが家で静かに死ねたことで、少しは安心できたかもしれない、少しは慰められたかもしれない、と思うとこちらも慰められる気がした。
とはいえ、思い出すと今でも切ない。


現代は家の中だけでケガの心配もなく、幸せに暮している猫が多い。
でもその分外で見かける機会が減ってさびしくもある。
うちの猫は外出はするが、手術してあるためか行動範囲はごく狭く、
恋猫のシーズンになってよその猫の雄叫びがきこえてもキョトンとしている。
そうそう、猫の恋のシーズンといえばまさにこれから。
後先考えず道路を突っ切る猫が多いので運転には充分ご注意を。
横切った猫を追ってもう一匹飛び出すこともこの季節の特徴ですからね。

Nekonohi5

めずらしくキャットタワー最上階で共存している武蔵とおはぎ。
この場所は暖かいので、いつもは場所を取りあって大ゲンカ。

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2009年9月25日 (金)

白洲正子 「夕顔」


昨日まで3夜連続で白洲次郎の生涯を描いたドラマを放映していたが、中谷美紀の演じた妻の白洲正子のほうも、近年とみに人気が高いようだ。
随筆家であり、能や骨董に造詣の深い美の探求者。
先日たまたまタイトルに惹かれ、「夕顔」というエッセイ集を買ったのだが、その中に面白いエピソードがあった。
正子は夕顔の花が好きで毎年育てていたが、ある時夕顔の花の開く決定的瞬間を見たいと思い、いつも咲き出す4時に合わせてひとつの花の前に陣取って、片時も目を離さず見
ていたそうだ。
ところがその蕾は5時になっても6時になっても開こうとしない。
なおも見つめていると・・


Masakoyugao
















「すると不思議なことにその蕾は、かすかにふるえるような動きを見せたかと思うと、さもくたびれたように首を垂れてしまった。ほかの花はみな元気に咲き切っているのにこれはどうしたことか。
もしや息を吹き返してはくれぬかと、11時まで見つづけたが、しまいにはまったく生きる力を失って地に落ちた。」




何度やっても同じだったというこの結果については、
「おもうに夕顔は非常に敏感な植物なので、花を咲かせるという重大な秘事を、凝視されることが堪えがたかったのではあるまいか」
と書いている。
源氏物語に出てくる夕顔の君も、この繊細さを踏襲するごとく儚く描かれているとある。


植物は人の心がわかり、可愛がったり優しい言葉をかけてやるとよく育つ、というのは事実らしいが、そこまで繊細だとは・・。
でも植物によって性格が違い、平気で開く花もあるのかも。
私が育てているのは夕顔でなく夜顔なのだが、確かに夜顔も絞った傘のような純白の蕾が解かれて開いていくさまは魅力的だ。
居間の外に這わせてあるので、後ろからだがよく見える。
そういえばある時、開き始めたな・・と思い、5分くらいして再び目をやったらもういっぱいに開ききっていて驚いたことがある。
やはり視線を感じ、見てないうちに!と急いで開いたのかもしれない。


その夜顔も、今夜とうとう最後の花になった。
真夜中の今、いっぱいに開いてかすかな香りを立てている。

Yugaofin_2


















グリーンカーテンとして活躍したゴーヤも殆ど枯れたし、
もうネットも外さなければ・・。
来年はほんとの夕顔も育ててみたいな。
夕顔の実のほうはイヤというほど食べたんですが。
大根のお化けのような夕顔の実、薄く切って油で炒め、少量の砂糖と醤油で味付けすると、夏の暑さの中でもいくらでも食べられちゃう。
涼しくなると食べたくなくなるので、きっと身体を冷やす作用があるのかもしれない。



それにしても昨日のドラマは観ていて疲れた。。。
最終回は息もつかせぬ展開だったので。
でも白洲次郎、ケンブリッジを出て英国流のダンディズムを完璧に身につけ、日本で初めてジーンズをはいたとか、10代の頃から最新の車を次々と乗り回していたとか、わか
りやすい事柄はともかく、いったい何者であったのかということはやはり最後までわからなくて。
吉田茂の懐刀として国政を動かす位置にあり、GHQと渡り合い、憲法改定に奔走し、サンフランシスコ平和条約調印の原稿を日本語に書き直させるなど、見ていて痛快な部分も
多いのだが、闇の部分も多く持つ、ナゾの人物という評価はこれからも変わらないのかも。
わかることは彼に限らず、以前はたくさんいた「骨のある男」が絶滅寸前ということだろうか。
おそろしいというか情けないというか、特に政治家に関してそれを感じてしまうのだから最悪だ。

しかしカッコ良かった~~ 伊勢谷友介の熱演、釘付けになっちゃった。
前から好きだったけど、今回は、う~んノックアウトって感じですな。lovely


Jirou_3













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2008年11月18日 (火)

「ガロ」1967年8月号



思いがけないものに再会する、ということが増えたのも、
やはりネットの効能?なのだろうか。
最近偶然オークションで見つけたのは1967年の漫画雑誌「ガロ」8月号。
実に41年ぶりの再会。

Garo1

















この号、多分ガロとの最初の出会いだったと思う。
学校帰りに立ち寄った本屋で、ふと手にとって立ち読みをしたのだ。
その中の、あるマンガに頭を殴られたような衝撃を受け、しばし茫然としたことを忘れない。

それがつりたくにこの「六の宮姫子の悲劇」だった。
今読めば、な~んだという内容(というかオチ)なのだが、
それは今の時代だからこその感性。

1967年当時は、まだまだマンガは素朴で子供のもの、という環境だった。
そこに実験的、革新的な雑誌として登場したのが青林堂から出たこの「ガロ」
ついで虫プロ商事の「COM」
前衛的とも言える内容はそれまで皆無だったもので、ガロとCOMには無名の若い作家たちが全く新しい感性で個性的なマンガを描き始め、
やがてマンガ界を大きく変えていくことになるのだが・・。

Garo2
















今でも忘れないほど衝撃を受けたにもかかわらず、
当時この本を買うことはなかったのは、何となく悪の匂いがしたのと(どこが!?と思うのもやはり今の感性。当時は純情な少女でしたので shine
自由に雑誌を買えるほどおこづかいをもらってなかったから・・だと思う。

オークションには内容まで載っていなかったのだが、幸いガロにはマニアが多く、ネット上でバックナンバーの詳細まで網羅したサイトがいくつかある。
ありがたく利用させていただき調べてみると、確かにもう一度読みたかった「六の宮姫子の悲劇」が掲載された号♪
なにしろ40年も前の雑誌でしかも青林堂ときては、もともとが紙質が良いわけがなく(青林堂は原稿料もロクに払えないというウワサだった)状態は覚悟していたが、本屋さんの出品だったせいか思ったよりはずっとマシな状態の本が届いた。

下は目次。
つげ義春もまだブレイク前の初期作品だ。
この数年後、林静一、 佐々木マキらがデビューし、
白土三平の「カムイ伝」が終了したあと経営が悪化したとはいえ、
古川益三、鈴木翁二、安部慎一、ますむらひろしなどなど、異才ともいうべき数々の新人漫画家を輩出した。
70年安保の頃は「朝日ジャーナル」と並ぶ全共闘世代必読書?だったような。
こむずかしい解釈でつげ義春を論じた文章など、よく見かけたものだ。

Garo3













40年ぶりに読んだ「六の宮姫子の悲劇」は、ただただ可愛いマンガだった。
当時それに衝撃を受けたということは、私の年齢もそうだけど、
いかに時代が変わってしまったか、ということなんだろうな結局。
1967年、セーラー服を着ていた自分からも、あの時代からも、
信じられないほど遠く離れてしまったのだから。


つりたくにこは30代で病死したそうだ。
ガロの作家は夭折する人が多い、とは前から言われてはいたけれど、
気の毒に彼女もそれから逃れられなかったらしい。
でも初めて私を悪の道?に誘ったのは彼女かも。

おかげで人生楽しく!?なりました。<(_ _)>
改めてご冥福をお祈りいたします。





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2008年6月12日 (木)

飛行機が苦手なあなたに



そういえば飛行機に乗るのが大好きで、もう楽しみでワクワクしちゃう、という人にはあまりお目にかかったことが無い。
友人のひとりにそう言ってた人がいるけど、つくづくうらやましいですねえ。
何でも世の中の96%の人は飛行機が苦手なんだそうです。
あんな鉄のカタマリが何百人も乗せて空を飛ぶなんて信じられない!という言葉はよく聞きます。
ずっと前、吉田戦車のマンガ(「伝染るんです」だったかな?)で、飛行機の中のあるドアを開けたら、機長初めスタッフ全員が必死で祈祷していた・・なんて描写があって笑ってしまったけど、まあわかる気がする。
かくいう私も旅行大好きなくせにいつまで経っても飛行機がコワイですから・・・
でも悲しいかな、わが国から脱出するには飛行機しか手段がない・・・最近は豪華船のクルーズなんかもあるようですがお金とヒマが無い。


しかし当然、どんなに怖がってもたいていは無事に目的地に着くわけです。
怖くてろくに窓の外も見ずかたまって座り、ちょっとの揺れにも青ざめる・・なんて考えてみればバカバカしいことこの上ない。
無事に降りてから、な~んだ、じゃあもっと楽しめばよかった、なんてね。
でも頭ではわかっていても 次に乗る時はやっぱり怖いわけです。


で、何とかしようと飛行機コワイを克服する本でも読んでみようか、と探してみました。
いくつか出ているのですが、何故か殆ど絶版になっていて手に入らない。
ようやく図書館で一冊だけ見つけ、読んでみました。

Hikoukihon













作者はもと飛行機恐怖症で、今はそれを克服し、同じように苦しんでいる人のためにカウンセリングをしている人のようです。
飛行機を怖がるタイプとして、何でも自分でコントロールしないと気がすまない人、何でも悪いほうにばかり考える人、閉所恐怖症やパニック障害の気がある人などがあげられるそう。
リラックス法や座ったまま出来るエクササイズの方法などが書いてあるのですが、う~ん、それは私にはあまり役立つとは言えなかったみたい。
タイプで言えば「何でも悪いほうに考える」タイプかな。


だから飛行機がどうして飛ぶのかという物理的な話や、最新の飛行機の詳しい情報や、こういうわけだから絶対安全なのだ、という話のほうがよほどいい。
安全であることを納得できたら少しは安心するものね。
いや、納得までいかなくても誰かが、「飛行機怖いの?なんで?こんな安全な乗り物ないのに」とでも言ってくれれば、それだけでもほっとするものです。
でも読んだおかげで、乱気流で堕ちた飛行機は存在しないこと、上空で揺れるのはでこぼこ道や波で車やボートが揺れるのと同じで異常でも何でもないこと、
着陸のやりなおしなどもしょっちゅうあることで、パイロットは慣れていること、
さらに離陸や着陸の時のさまざまな音の理由などがわかり、ちょっとは役に立ったかも。
確かに飛行機事故は減っているし、不幸にして起きた事故の原因は徹底的に追究され、その後の改良につながっていることも信じられます。
(今はどちらかといえばテロのほうがこわいかな・・?)


作者がある時フライトを終えて着陸した時 こんなアナウンスがあったそうです。


「皆さまの旅のもっとも安全な部分がただいま終わりました。
このあとご利用になるお車、バス、タクシーでのご無事をお祈りいたします」

まあ確率的はそうなんですよね。
タクシーに乗っていて事故に遭う確率のほうがよほど高い。
でもそうは思っても地上に降り立つとほっとするのは、人間は本来空を飛ぶ動物ではないからで、こればかりはどうしても不自然の感がぬぐいきれないからでしょう。


要するに気の持ちようなのかな、とも思います。
狭いシートにじっと十数時間はきついし、機内食つめこまれるのも苦行?だし、エンジン音がうるさくて眠れないし、好きな映画も何故か飛行機では集中できなかったけど、何でも楽しんじゃえばいいのよね・・・・とはわかっているんだけど!


「飛行機?私だ~い好き♪楽しいじゃない?」なんて言える日がくるのかなあ・・・見果てぬ夢のような気がしますが・・・・ airplanegawk




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