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2012年11月18日 (日)

軽井沢万平ホテル




十一月二十三日。万平ホテルが春まで閉じてしまう日だ。
晩い秋の、別荘に続く小道はどこまでも人影がなく、そんな静まり返った、
最後の数日間を、ホテルのだだっ広い部屋の寝台で、ぼんやり気に入りの本を読んだり、ときに睡ってしまったりしながら、冬に向かってざわめきだす落葉樹たちの会話を聴いてみるのも、旅のひとつのかたちではないだろうか。

Manpei2_2 Manpei1 


これは大切にファイルしてある42年前の「anan」に載っていたエッセイの一節。
以前にも書いたが創刊当時のananには「少数者のぺいじ」という写真とエッセイのコーナーがあり、
私はそれをすごく楽しみにしていた。
切り抜きなので正確な号はわからないが、1970年のものだと思う。
文字通り少数者にしか受けなかったのか、早々にこのコーナーは終了してしまったのだが、
当時他では見られなかった洒落てちょっと高級志向な・・今風に言えばフォトエッセイの数々が今も強く印象に残っている。



で、万平ホテル。
このエッセイのせいでそこはかとなく憧れていたのだが、何度か軽井沢には行ったものの訪ねる機会は無かった。
今回軽井沢に行ったことのないという妹を誘ってようやく訪ねることが出来た。
季節もこのエッセイと同じ晩秋。
事前に今も11月末に閉めちゃうんだろうかと調べたらそんなことはないらしく、
クリスマスのディナープランなどが載っていたから今は通年営業しているらしい。
そうねえ、考えてみればこのエッセイの書かれた当時、軽井沢はまだ本当の避暑地だったのかも。
これ以降、雑誌に紹介されたスポットをめがけて若い女の子たちがどっと鎌倉や軽井沢や清里などに押しかけて「アンノン族」と呼ばれる社会現象を起こすことになるのだ。
今は高速を使って誰でも気軽に車で行けるし、新幹線に乗れば東京からも1時間ちょっと。
手ごろな観光地という印象のほうが強いが・・・

Manpei4



あいにく天気には恵まれず、どんよりと曇った寒い日だったが、
「紅葉明かり」と言いたいほど紅葉はきれいだった。
さすがにシーズンオフで休日にもかかわらず人が少なく、万平ホテルに向かう道も人影はまばら、
犬たちを散歩させていた地元の女性は、「もうすぐ寒くなって道路が凍って・・」と言っていたが、
私は夏来た時より晩秋の今のほうがずっといいなという思い。
人気のない別荘が落葉にうずもれていく、その静寂。
そのうちうっすらと道路に雪が積もる、その光景が見えるようだった。

Manpei3

かなり歩いてやっと着いた万平ホテルも落葉に埋もれそうな印象だった。
昼間だというのに灯された電灯がなつかしい感じ。
クラシックなロビーに入ると大きなストーブが燃えていた。
重厚な木の調度品やレトロな照明、軽井沢を描いた大きなステンドグラスなど、
さすがに歴史を感じさせる。
あのエッセイとは違い、観光客がけっこういて寂しい感じは味わえなかったが・・
長年に渡りここでどんな密やかなドラマが生まれ、また消えていったのだろうか。
まあそれはどこの老舗ホテルでもそうなのだろうが、避暑地のホテルというものはそんなことをひときわ強く感じさせるものなのかもしれない。

Manpei6
Manpei7



ティールームで紅葉の庭を眺めながらゆっくりとティー・タイム。
コーヒーと洋梨のタルトが美味しく、とりあえずは満足♪
あれから40年以上経ってこの場所に座っているんだなあと何となく可笑しくもあり。
万平ホテルを愛したジョン・レノンも一時長期滞在していたそうで、
彼の伝授したというロイヤルミルクティーがメニューに・・・ということを知ったのは家に帰ったあと。
残念、それなら資料館も見てくればよかったが、それは次の楽しみにとっておこう。
というかやはり一度泊まってみたいな。
そう、出来れば十一月の終わりごろにね。

Manpei5

帰ってから青空文庫で堀辰雄の「美しい村」を読み出したけど、
心地よい退屈・・というんでしょうか、
けっこう好みかも♪





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2012年10月24日 (水)

東京雑感



六本木へ行く用事があったので、その前に新装なった東京駅を見たくて立ち寄ることに。
ニュースなどで見物人が凄いと聞いていたが、月曜日だったのですごい混雑というわけでもなく一安心。
それでもやはり見にきている人は多く、皆カメラやケータイを向けていたが
そのへんはちゃんと計画していたのか、
駅の前には人専用のかなり広い見物用スペースが作ってあった。
夜のライトアップが美しいらしく、でもとても三脚なんて立てられないのでは・・
と思っていたがこれなら大丈夫そうと納得。
でも色んな人の撮った新・東京駅の写真はたくさん見たし、
今さらここまで三脚かついできて私がヘタな写真撮ってもしょうがないとうことで諦めたけど、
でもそのうち見たい、夜の東京駅。

Tokyos1
Tokyos3

それはともかく、さすがに東京の新しいシンボルにふさわしく、スケールも大きく素晴らしい建物。
ぴっかぴかの新品で~す、という感じが全くないのがいいよね。
もちろん大正時代に建てられた駅舎を復元したわけなので当然だけど
この重厚な駅舎と比較すると後ろのビルなど「その箱なに?ジャマ!」と言いたくなってしまう。
西洋風なのだが全く西洋というわけではなく、懐かしさを感じる雰囲気がたまらない。
見た目はレトロだけど、最新の技術で巨大地震にも耐えうる免震工法が使われているというし、
拡大された地下通路、地下広場なども災害時を想定してのことだろう。
丸の内北口のドームもとても素敵。
改札を出て普通に出口に向かう通路なのだが、歩いているだけでとても気分が良い。

Tokyos5


思えば東京はずいぶん変わり、ずいぶん整備されてきれいになったと思う。
短大時代とその後数年東京に住んでいたことがあったけど、
70年代初頭のその頃は最悪だった。
公害が一番ひどかった頃で空気は悪いし川はドロドロ、町並みも無節操にゴチャゴチャして、
きれいな風景なんて殆ど無かった気がする。
夏の暑い日、歩いていたら息苦しくなってようやくアパートに帰り着き、
もう東京からは引上げよう、二度と来たくない、と強く思ったことを覚えている。
そういえば「木綿のハンカチーフ」というヒット曲があったけど、
あれに象徴されるように、都会は悪で田舎は善、みたいな風潮もあったのよね。
「東京砂漠」なんて歌もあったっけ。
当時の東京はそんなマイナスのイメージのほうが大きかったかも。

でもそれから10数年経って、住んでいた北海道から戻った頃には東京はかなり変わっていて驚いたものだ。
以後はだんだん東京に行くのも面白くなってきて、
現在は何やかやでけっこう行く機会は多いけど、どこへ行ってもわりと楽しんでいる。



最近の再開発では、「江戸」を強く意識したモチーフが多いようで、
この東京駅を中心にした日本橋界隈でもそのようなコンセプトで再開発が行われるのだとか。
日本橋といえば老舗も多いし、埋もれている史跡などもたくさんありそう。
江戸復活、とまではいかないまでも素晴らしいテーマであることは確か。
でもそれならまずやってほしいこと。

日本橋の上に青空を!



あの高速道路下の暗い日本橋を見るたびがっかりしてしまう。
まあ次回のオリンピックでも決まった暁には実現するかも・・・?
将来は復元された日本橋から京都まで、「東海道遊歩道」なんてのが整備されればいいなあ。



東京でほっとするもののひとつに地名がある。
淡路町 茗荷谷 半蔵門 九段下 京橋 稲荷町 人形町 小伝馬町etc.
メトロに乗っていても、昔ながらの地名に色々想像をかきたてられたり思いを馳せてみたり・・・ 
地方では由緒ある地名を平気で捨ててどこにでもあるようなつまらない町名に変更してしまうことが多く、
何考えてるんだろうと腹の立つことも多いのだが。
今となっては何より昔ながらの地名に最先端の街、という組み合わせのほうがよっぽどかっこいいと思いません?
「業平橋」駅がとうきょうスカイツリー駅に変わっちゃったのは観光上仕方のない面もあると思うけど、
江戸情緒あふれるすてきな地名、いつまでも守り続けてほしいものだ。



東京の街の名懐(ゆか)し秋日和      雪うさぎ



1007yakei












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2012年3月14日 (水)

高速道路走行リハビリ中?



久しぶりに高速道路を走った。
母の七回忌で甲府まで、今回は息子と二人。
もちろん息子に頼んじゃったっていいのだけど、
思うところがあって自分で運転したかったのだ。



あれはもう10年ほど前のこと、
当時夫が群馬県の某市に単身赴任となり、
といっても関越を使って1時間半くらいで行ける場所だったので、
週に1度くらいは行き来をしていた。
私もよく一人で訪ねていったのだがある夕方、
いつも通り関越花園インターでスイスイと本線に合流したとたん、
急に頭がぼうっとして後ろに引っ張られるような不快な感覚に陥り、
そのショックで全身が硬直して足がガタガタと震えだし、
そのまま気を失うのではないかという恐怖に襲われた。
そうなったら大事故になってしまう・・必死でハザートランプを作動させ、
路肩に停止。
震えはなかなか止らず、もう暗くなった高速道で停車しているのはまた別の意味で怖い。
いつまでもそうしてはいられないので、力をふりしぼって何とか走り出し、
幸い1区間だけだったので何とか無事に降りることが出来たのだが・・


結局原因は何なんだかわからないのだが、それ以来一人で高速を走るのが恐怖になってしまった。
といっても毎週のように休日前の夫を迎えに行かなければならないわけで、
1区間、10分だけだから!と自分に言い聞かせ、何とか2年ほど続けたが、
特に雨が降ったりすると怖くてそのストレスは相当なものだった。
夫の単身赴任が終ってからは高速を使う機会もあまりなくなり、
あっても夫や息子に任せればいいので気楽にはなったのだけど。



まああれってパニック障害の一種なんでしょうね。
誰かが隣にいればわりと平気だし、一般道なら一人でも何ともない。
考えてみればあのあと、いわゆる更年期症状が急に出てきたので、
知らないうちにその影響で神経が過敏になっていたのかもしれない。
でもそうは思ってもトラウマになってしまったのか、ひとりで高速を運転するのはイヤ。
だけどそれはかなり行動範囲を狭めることかも。
出来れば克服したいな・・と最近思うわけで。



なのでリハビリ!のつもりで、
今回は隣に息子もいるし、以前と違ってナビという心強い味方もいるし、
数年ぶりに高速運転にチャレンジ。
甲府までは今では家から5分のインターに入れば一度も降りることなく、
関越→圏央道→中央高速とダイレクトに行くことが出来る。
(以前は環八に降りてから中央に入るまでどれだけかかったことか!)
当日はあいにくの雨。
それどころか途中雪になるかもの予報。
ハイウェイ情報をチェックした結果、甲府までは大丈夫そうなので予定通り出かけた。
雨が降っていてユウウツだと思ったが、結果的に言えばかえって良かったのかもしれない。
何故ならそのせいでスピードを出さなくてよかったから。
80キロ、70キロ規制が多かったせいで堂々と?そのくらいのスピードで走れた。
途中談合坂で朝食をとって、3時間弱で到着。
これなら大丈夫♪と思ったが・・


ちょっとへこんだのはむしろ帰路。
帰路はお天気も上々、絶好のドライブ日和だったし日曜でもあり、
車の数も多く当然ながら皆100キロ以上で走っている。
私は何があっても80キロで、なんて思っても現実問題としてそれってはっきり言ってメーワク運転なのかも。
どんどん追い越されて前に入られるとかえって怖いし。
3車線ならまだ気楽なのだが2車線だとほんとにイヤ。
動体視力が衰えているのは確実で、トンネルでは緊張する。
特にトンネルが下り坂だと、怖くてブレーキを踏みたくなっちゃう。
それを必死に我慢して、大丈夫、高速のカーブはちゃんと高速用に設計されているんだから、
100キロ以下でハンドル切り損ねるなんてあり得ないよ!と自分に言い聞かせて。
う~んでもやっぱりもう100キロ以上は自信ないな。
(下り坂で一時的に100キロ越していた時はあったけどね。)



息子は「ちゃんと運転してたじゃん、大丈夫だよ」なんて気軽に言ってたけど、
やっぱりけっこう怖かったのよ。
まあ今回は一人じゃなかったし、やっぱり一人で1区間からチャレンジしたほうがいいかな。
と思いつつ今日買物に行ったら対向車線のトラックを見てちょっとまた高速の恐怖が甦り・・
ここから脱出するのはまだまだ難しそう・・・

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ところで春は文字通り桃源郷になる甲府近辺。
今年はやはり大幅に花は遅れていたけれど、観光案内を調べて行った「不老園」では、白、紅、ピンクとたくさんの梅を見ることが出来た。
3月11日、東京にいた去年とはうって変わった別世界。
春は遅れても、今年の東北にもたくさんの花が咲きますように。



Fujisifon
中央道談合坂S.A限定、富士山シフォンケーキ桜バージョン♪
信玄餅は甲府の定番土産ですね。








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2012年1月19日 (木)

りんごかもめの玉子




東北の銘菓というと思い出すのは仙台の「萩の月」ですが、
私の気に入りは岩手三陸の「かもめの玉子」note
黄身餡をカステラ生地に包んでホワイトチョコレートをコーティングしたお菓子で、形も玉子そっくりで可愛らしい。

Kamometamago_2 

プレーンタイプ、ミニかもたま。


ずっと以前まだ「鴎の玉子」という名称だった頃、
青森で購入して以来、東北へ行くと必ず買ってくるように。
もっとも最近では定番のプレーンタイプは東京のデパートとか、
当地のスーパーでも物産展などの折には買えるようになりました。
以前は大きなタイプが主流でしたが、このごろは小型のミニタイプがよく売れているみたい。
ミニのほうが気軽に食べられていいですね。



去年の10月青森、岩手をちょっと旅行したのですが、
現地に行くと「かもめの玉子」にも色んな種類があるのにビックリでした。
紅白バージョン、ショコラ風味、バナナ風味、季節商品として栗入り、
そしてりんごかもめの玉子。



実はその時、直営店でしか買えないという限定商品、
「黄金かもめの玉子」が欲しくて買いに行ったんです。
それは無事に買えたんですが、横に「りんごかもめの玉子」というのがあったので、
これも初めて!と味見がてら小さな3個入りを買ってきました。
「黄金かもめの玉子」は丸ごとの栗入り、さらに外側には金箔がキラリと。
平泉の世界遺産登録を記念して作ったらしいけど、一個350円!
まあ見た目豪華なんだけどそれほど感動の味では・・・栗の好きな人ならいいかも。


Kamotama1 Kamotama2

内装も外装も?豪華!



それより何気なく買ったりんごかもめの玉子のほうが好みですっかり気にいってしまいました。
こちらは3個入りで420円だから1個140円。
ピンクのコーティングも可愛いし、りんごの果肉、果汁が入っているので甘酸っぱく、サッパリした味わいですごく美味しい。
イメージとしてもいかにも東北らしくていい感じ。
たったひとつしか食べられなかったので物足りなくて・・
こちらでは全く売っていないので、ついお取り寄せしちゃいました。
う~ん、やっぱり金箔よりりんごのほうがいいheart04
これからも時々食べたくなりそうです。
3個入りは何かに添えてちょこっとプレゼント、などにも気が利いてるし。


Kamotama3

Kamotama4



ところで「かもめの玉子」を作っているのは岩手県大船渡市の「さいとう製菓」
さきほどちょっと調べた時、さいとう製菓本社があの大津波で全壊したことを初めて知りました。
社長さんの撮った津波の動画もありましたがとても見る気には・・・
幸い工場は無事だったそうで、一ヶ月後には製造再開したそうです。
注文する時見たHPにはそんなこと一言も書いてなかったので全く知らなかった。
なんと1960年のチリ地震津波の時にも壊滅的被害を受けたとのこと・・・
でもそこから奮起して今では三陸一を誇る銘菓名店とも言える存在、
今回もどうか負けずにがんばってほしいものです。
応援を兼ねて、また注文しますね uphappy01


さいとう製菓HP


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2012年1月14日 (土)

激写!ダルマ太陽♪





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先日沼津の千本浜海岸で、思いがけず「ダルマ太陽」に遭遇しました。
沼津港で深海水族館を見たり、市場をぶらぶらしていたらちょうど夕暮れ。
夕日を見に千本浜にでも行こうかと、何気なく立ち寄ったのですが、
何と見事なダルマ夕日が・・・
ラッキ~notenote  妹と二人、思わず激写してしまいました。
カメラ持ってて良かったわ~ というかこういうことがあるから、
いつもカメラを手放せないんですよね。



ダルマ太陽は大気と海水の温度差が激しい時、
光の屈折現象でおこるそうで、蜃気楼の一種でしょうか。
大気の温度が低い時ですから現れやすいのは冬ですね。
これは夕日ですが、順序を逆にして朝日でも見られます。
もうひとつの太陽が現れてくっつき、ダルマのような形になるのですが、
今回見たのはダルマというより「オメガ」のかたち。
実際「オメガ・サン」とも言うようで。
写真では見たことあるけど、実際に見たのは初めてかも・・・

Omega1_2  Omega2

Omega3 Omega4

Omega5 Omega6

Omega7 Omega8

Omega9 Omega10

Omega11 Omega12



写真の右手、水平線近くに伸びているのは、
雲ではなく陸続きの静岡県中部です。
先端は清水か静岡のあたりでしょうか。
完全に浮き上がって見え、蜃気楼だということがよくわかります。



すごくめずらしいのか、かなり頻繁に見られるものなのかよく知りませんが、
私としては「こいつは春から縁起がいい」てな気分でした。happy01heart01
今年は良いことありますようにnote

Omega_2
1月8日午後4時47分、沼津市千本浜にて









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2011年11月30日 (水)

手のひらに翡翠




ある朝のこと、
起きて下の居間に入ろうとすると何か異様な気配。
バサバサと鳥の羽音、それに鳴き声。
言いたかないけどうちの猫がしょっちゅう小鳥を獲ってくるので、
ある程度は慣れているのだけど全くうんざりします。
羽が散乱して死骸が・・ということもあるので、生きているらしいのは救い。
見回すとまだカーテンをひいてあるので薄暗い中、これまた異様なシルエットが。
今まで捕まえてきたのはスズメ、ヒヨドリ、アオジ、ツグミなどだったけど、
あの大きな長いくちばしは・・・

まさかカワセミ~~??



ともかくすぐ逃げられるように窓を全開にし、
見るとカーテンレールの上にいるのは確かにカワセミ。

カーテンレールにカワセミ・・・ってあり得ない。

うちってミラクルワールドなのかsign02wobbly


我に返り、どうせなら写真撮っちゃおうかと目を逸らした瞬間、
カワセミは消えていました。
しかし猫が咥えてきたのなら、羽の一枚くらい必ず落ちているはずなのに、
あれば目立つだろう羽が全く落ちていない。
まさか猫用入り口から自分で入ってきたわけはないし・・・
寝ぼけて幻影でも見たのかと思ったほど・・・謎sweat01



それから数日後、今度は夕方買物から帰るとまたまた鳥の羽ばたきと鳴き声が。
あわてて見ると猫が弄っているのは今度こそ正真正銘のカワセミ。
猫を追っ払って窓を開けようとしたとき、カワセミは飛び上がって壁に激突、
そのままキュリオケースの裏に転落しました。
懐中電灯で見ると幸い手の届くところにうずくまっていたので、
つかんで引っ張り出すと、意識はあるけどグッタリした様子。
こちらも動転していたせいもあるけど、
何だかアタマと体がどっちを向いているのかわからない状態。



で、でもカワセミを掴むなんてあり得ないほどせっかくのチャンスだから、
ちょ、ちょっと撮らしてよね、とコンデジを持ち出し、写真を撮ったものの
慌てていたせいであとで見たら殆どボケ。
マクロモードで撮ればよかったのに・・・

Hisui1

ともかくカワセミが棲息する近くの池に戻さねば・・
外に出るとつかまれたままのカワセミ、首をぐるぐる回すものの茫然とした様子で、
暴れる気配もないのが心配。
それでも大きなくちばしを開けて時々指に食いつきましたが。(全然痛くない)
池に着いてフェンスの上に立たせようとしたけれど立てない。
横倒しになってしまう。
ああやっぱり骨が折れちゃったのかなあ・・・
どうしよう、野鳥だから勝手に保護することもできないし・・
獣医さんに持ち込んだら診てくれるのかなあ・・
「アンタさあ、2度も猫に獲られるってマヌケ過ぎない・?」
などと言いつつカワセミを撫でるという貴重な体験をしつつ
悩むこと十数分・・・


Hisui2



突然我に返ったように、カワセミは勢いよく池の向うに飛んでいきました。
よろよろもせず、まっすぐに。

よ、良かった~note
何とか無事だったんだ。
手に血もついていないから、外傷も殆どないはず。
心底ほっとしました。
黒いつぶらな目が可愛かったカワセミ、つかむと見かけよりずっと細くって。
くちばしで挟まれた指の感触、思い出すと何だかいとおしいです。




ところで。
これまで猫は一度もカワセミなんて獲ったことがないのに、
それを可能にしたのは棲息している池の激変のせいです。
農業用水であるこの池は去年まで周囲にはドングリの生る木が茂り、
山藤やアケビが育ち、水際は込み入った藪で、
こんな光景が見られていました。

Numa1

Numa4

当時のカワセミはこんな藪の中によくいました。

Numa3

ところが今年早々から、整備して公園にするとかで工事を始めたのですが、
思った通り全部の木を切り倒し、藪を取り払ってコンクリートで固め、
何のためかわからない水上遊歩道?を申し訳程度に設置しておしまい。
いかにもお役所仕事一丁あがりって感じね。
夏にはうるさいほど鳴いていたウシガエルも死んでしまい、
目には見えなくてもどれだけの生態系が破壊されたことか。(怒)


Numa2

それでも小魚はいるので、意外とたくましいカワセミは戻ってきたのですが。
藪がなくなったので猫の恰好のターゲットになったのでしょう。
でも逆に言えばこれだけ見通しが良いのですから、猫が近づいたらすぐわかると思うのですが。
こんなところで襲われるなんて、やはり間が抜けているとしか思えない・・・



まさかと思うけど、
ウチの庭にある睡蓮鉢のメダカを獲りにきたところをやられたとか・・・

いやそれはないだろうなあ・・・でも・・・

う~~~ん  think





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2011年8月21日 (日)

三島・源兵衛川ミニ紀行



先週、中学の同期会に出席するため、
久しぶりに三島に行ってきました。
三島は小、中、高校時代を過ごした第二の故郷。
中学時代ってどんだけ昔なんだよという話ですが、
約500名の同期生のうち、90人ほどが集まって盛会。
クラスの皆で撮った写真を見ると、皆元気で若い♪
昔なら全員40代で通用するよな~って、まあ自己満足させといて下さい coldsweats01



もうひとつの目的はちょうど今咲いているであろう「三島梅花藻」を撮影すること。
去年は9月でもう終りかけていたので、リベンジの気満々で重たいデジイチを持参しました。
出発は通った中学校のすぐ向かいにある中郷温水池。
此処は中学の頃はただの池でしたが、今はきれいに整備された公園になっていて、
鴨や白鷺の生息地になっています。
何故「温水池」かというと、農業に使う水がそのままでは冷たすぎて使えないため、
一度ここに溜めてあたためるから。
富士の湧水である三島の水はそれほど冷たいのです。

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ここから源兵衛川をさかのぼって駅近くの楽寿園をめざします。
今回、梅花藻もきれいに咲いていて写真もたくさん撮れましたが、
それより何より、甦った源兵衛川の美しさに感激しました。
私が子供の頃は町中にも小川が縦横に走り、
市役所の前の通りなどは両側に川がごうごうと音をたてて流れていて、
夜などは怖かったほどです。
今ではかなりの川が暗渠になり、その面影はありませんが、
見る影もなく汚れ澱んだ源兵衛川は市民の努力でみごとに甦り、
遊歩道も整備されて市民の憩いの場となっています。

Misimakawa2

Misimakawa3
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川辺にはこんなおしゃれなカフェも・・・


温水池から楽寿園まで、街中を歩いたらけっこうな距離ですが、
川を伝っていくとあっというま、という感じ。
暑い日でしたが、だからよけいに気持ちが良くて・・
夏休み中ということで、たくさんの家族連れが水遊びを楽しんでいました。
こんなきれいな川で遊べる三島の子供たちは幸せです。
いや、それも市民の努力の賜物。
この源兵衛川のプロジェクトの中心には同期生も多くいて今でも活躍しています。
改めて、深く御礼申し上げます。

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川辺を歩きながら、しきりに思い出されることがありました。
それは昭和38~39年、町を二分する重大事となった「石油コンビナート誘致騒動」
高度成長期まっただなかだった当時、三島、沼津、清水町にまたがる大がかりな石油コンビナート進出が計画され、実行されようとしていたのです。
当時の感触としては今の原発誘致じゃないけれど、地元が潤うことは確実で、
喜んで誘致、というのが普通だったと思います。
しかし三島はそれ以前に誘致していた某大工場が稼動してから湧水の量が激減したことで警戒し、
農業関係者を中心に反対運動が起こりました。
それはやがて大きな広がりとなって沼津や清水町も巻き込み、
ついにコンビナート進出を阻止したのでした。
当時としては画期的なことで、今では特筆すべき公害反対運動として記録されています。


http://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn001983.html


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三島梅花藻と水辺のアイドル、カワセミくん



本当に阻止できて良かった・・
もしコンビナートが出来ていたら、川再生以前に川そのものが干上がっていたでしょう。
清水町の柿田川がコンビナートの水源として狙われていたのですから、
今や全国的に有名になった柿田川の湧水も枯渇してしまったに違いありません。

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Misimakawa13 

楽寿園の小浜池も、満水というほどではないにしろ水を湛え、
以前は完全に干上がっていることも多かったのでほっとしました。
楽寿園の向いの水泉園・・・と昔は言ってたけど、今は「白滝公園」というらしい。
ここは昔と変わらず、小学校の時水に入ったりボートの模型を浮かべたりして遊んだ頃のまま。
今楽しそうに遊んでいる子供たちも、夏休みの思い出として長く記憶に残ることでしょう。

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願わくばこの子たちが親になって、その子供たちが、孫たちが、変わらぬこの地で水遊びを楽しんでほしい。
本当にこの冷たく美しい水は三島の素晴らしい財産。
いつまでも豊かに三島を潤してくれるよう、祈らずにはいられません。confident


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2011年8月 2日 (火)

第3回こもろ日盛俳句祭へ 2



日盛俳句会2日目。

(ゆうべ飲みすぎてちょっと二日酔い気味だったことは置いといて~)
今日は写真俳句のメンバー3人と合流する予定。
9時過ぎに市民会館の受付会場で待ち合わせ。
有希さん、あかねさん、お蝶さんが元気な顔を見せてくれました。
バス吟行は「マンズワイン・高原美術館コース」に行くことになりましたが、
出発まで1時間以上あるので先に「懐古園」を見ることにしました。
1時間では見て回るのに時間が足りないのですが、
まあ小諸に来て見ないわけにはいかないです。


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「懐古園」は駅のすぐそばに広がる小諸城の城址。
鎌倉時代から江戸時代にかけて造られ、使われた城で、
浅間山の火山灰で作られたそう。
今も立派な門や石垣が多く残り、
苔に覆われた石垣が緑に抱かれている光景は見事です。
まだ紫陽花がきれいに咲き、当地ではとっくに終った合歓の花も満開。
やはり季節が1ヶ月くらいずれている感じ。
島崎藤村の記念館にもちょっと立ち寄ってみました。
藤村といえば有名な「破戒」も「夜明け前」も読んだこと多分無くて、
知っているのは「椰子の実」の歌だけだというのは情けなさ過ぎ!と思いましたが、
そういえばちょうど藤村が小諸時代に書いた「千曲川のスケッチ」は読んだことがありました。
写生をするように文章でのスケッチ、当時は新鮮だったことでしょう。

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天守台、大手門などざっと見てまわり、市民会館に戻って今度はバスでマンズワイン小諸ワイナリーへ。
工場見学はパスして周囲のぶどう畑の周辺を歩きました。
今はまだ硬い青ぶどうで一句と思いましたがまとまらず。
試飲したワインはフレッシュでわかりやすい美味しさでした。
(そんなことをしてる場合か?)
時折雨が降り、また晴れるという不安定な天気の中、続いて小諸高原美術館へ。
下には上信越自動車道、なだらかな高原が続いて浅間につながっていくのですが、
その浅間も雲に隠れたりまた姿を見せてくれたり。

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雨に追われるように入った美術館、常設は白鳥映雪という画家の作品。
伊東深水の弟子で美人画の巨匠、短い時間でしたが純和風の美人画や異国情緒あふれる女性の肖像画なども楽しみました。
集合時間が迫ったので戻ろうとしたところ、別の部屋に企画展として別の画家の作品が。
桜田晴義という画家の展示作品、ちょっとだけと思って入ったらこれがえらい私好みの絵なんですよね。
でも時間が無い・・とせめて一回りしようと早足でざっと一周しました。
実は絵はよく俳句のインスピレーションを与えてくれるのです。
なんとか2句ばかり形になってくれました。



市民会館に戻り、今日は友人も一緒なのでいつもは食べない昼食をつきあうことに。
信州に来たら蕎麦を食べない手はない、ということでおいしいというお蕎麦やさんをおしえてもらいました。
古い造りだけど開放的な感じのするお蕎麦屋さんで、私が食べたのは「みぞれ蕎麦」
おろし蕎麦かと思ったらさにあらず、お豆腐が乗っていて混ぜながら食べるという変わったぶっかけ蕎麦でした。
コシのあるお蕎麦でしたが、味はちょっと好みじゃなかったかも。
でも信州蕎麦が食べられて、気がすんだって感じ。

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さて次はいよいよ2日目の句会。
写真俳句メンバー全員で申し込んだE教室、
今日のスタッフ俳人は「沖」の筑紫磐井先生と「街」の今井聖先生でした。
またまたお名前しか存じ上げず・・・すみません。

兼題は「毛虫」
今日もやはり「毛虫」は1句のみの投句となりましたが、
他の句はこちらに来てから作ったものを敢えて提出。
写真俳句仲間のあかねさんとお蝶さんは句会も初めてということで少し心配しましたが、
なんのなんの、お二人とも堂々としたもの。
さまざまな結社所属のベテラン俳人にひけをとらず、何人もの選を受けてらっしゃいました。


私も前日よりは調子が良く、現地で作った句がいくつか入ってほっと一安心。
さらに最後に作った句(美術館で桜田晴義氏の絵を見て詠んだ句)を筑紫先生、今井先生とも採って下さり、
筑紫先生は特選を下さいました。
もう大感激。
最後の1~2分、ねばって見てまわったことがいかにラッキーだったかってことですね。
う~ん何が幸いするかわからない。
そのあとの質疑応答でも、色々有意義な話を聞くことが出来ました。
ともあれ苦手だった「吟行」でとりあえず結果を出せたので、私としては大満足です。
(ただラッキーだっただけかもしれないけど)coldsweats01


句会の後、昨日と同じく場所を変えて、
今日は4人の先生方によるシンポジウム、「私にとって季語とは」
パネリストはさきほど指導いただいた筑紫先生、今井先生に片山由美子先生、岸本尚毅先生。
今回は眠くなることもなく、先生方のバトルを交えた?ディスカッションを楽しみました。
詠み手の意識はそれぞれ全く違うわけで、季語に関してもそれをどう捉えるかという定義など無いのですよね。
筑紫先生は無季俳句を作る方。
それもひとつの選択であり、ちょっと私には惹かれるものがあります。

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最後は写真俳句メンバーそろって、駅前の居酒屋で打ち上げでした。
有希さんもあかねさんもお蝶さんも私も、楽しみつつ良い結果が出せてほんとに良かったです。
話は盛り上がってだんだん俳句とは関係ない方向に限りなく脱線していき・・(笑)
とても楽しい時間を過ごしました。
私とあかねさんは8時25分発の電車で帰らなければなりませんが、
有希さんとお蝶さんはそれぞれ撮影の旅を続けるとのこと。
小諸駅前で、お開きとなりました。



行く前は半分「気が重いなあ」とも思っていましたが、
やはり行動すべきだなと実感。
冷静に考えれば吟行が苦手なことに変わりはないのですが、
これも鍛錬するしかないのでしょうね。
なんにしても日盛俳句、良い「武者修行」になったみたい。
小諸の町もとても気に入ったし、ぜひまた訪ねて来たいものです。




暗き絵に古きワインと蜥蜴の尾

夏の花あふれて信濃の駅小さし


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2011年7月31日 (日)

第3回こもろ日盛俳句祭へ 1



長野県・小諸市で開かれた「こもろ日盛俳句」に参加してきました。
この俳句祭は高濱虚子が明治41年8月に俳人を集めて
8/1~8/31まで行った「日盛会」にちなんだものだそうで今年で3回目。
もちろん参加するのは初めてです。
ともかく「その場で見て、その場で詠む」という吟行が苦手で
今までこの種の会には参加したことがなかったけど、
そんなことでは進歩が無い!と自分を奮い立たせての初参加。
俳句を初めてもう10年近くにもなるというのに、
いまだに突き抜けられない壁に風穴を開けたかったという感じかな。
俳句の結社というものが苦手で挫折したこともあるのですが、
この会は「超結社」で誰でも自由に参加というスタンスに惹かれました。


開催は3日間ですが初めてだし、2日間の日程を取り、
7月29日朝7時半熊谷を出発。
受付は8時半からですが、9時ちょっと過ぎに小諸に着くこれが一番早い列車。
新幹線で軽井沢まで行き、そこからしなの鉄道で小諸まで。
小諸駅にはスタッフがいて、会場の市民会館までの道順を教えてくれました。
まずホテルへ寄って荷物を預かってもらってから会場へ。
途中見た小諸の町並みはしっとりしてシックな古い家屋なども残っており、
整備された道しるべなどもレトロな感覚を生かし、旅情を感じさせるものでした。

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軽井沢駅としなの鉄道の電車



受付の手続きと句会の書類や名札、地図などを受け取り、
それからは1時半開始の句会まで各自吟行です。
市内を自由に歩いてもいいし、3コースのバス吟行の手配もあり。
この日は浅間山の登山口まで行く「浅間山荘コース」
(あのあさま山荘ではありません)を選びました。


行く前の天気予報ではお天気は最悪。
家人に「雨女」とかバカにされつつ覚悟して来たのですが、
雨は時折ぱらつくぐらいで時々は青空ものぞき、拍子抜けするくらい。
あとでTVを見たら、新潟・福島方面では大変な大雨になっていたようで・・
被災地に追い討ちをかけるような新たな水害、お見舞い申し上げます。

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小諸の町並み、標識も素敵です♪



バスで登っていった浅間登山口は、
涼しくて快適だったけどあまりイメージをかきたてられる場所でもありませんでした。
いや、イメージじゃなくて「写生」するのよね。
俳句の基本である「写生」が苦手だという致命的欠陥を再認識。
周囲を見るとすらすらとメモを取っていらっしゃる俳人の方々。
ところで最近は「写真俳句」にも重きを置いている私、
今回も愛用の一眼レフを持ってくるつもりだったけど、
いや待てよ、そうしたらまた俳句じゃなくて写真ばかりに夢中になりそうと思い断念、
それでもやっぱり記録用にと持ってきたコンデジでついバチバチ撮っては
「違~う!写真じゃなくて俳句だってば!」と一人突っ込みを入れておりました。

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再びバスに乗って会場に戻り、
いよいよ句会に参加です。
句会は今回AからFの6つの会場に別れ、各20人くらいでしょうか。
スタッフ俳人と呼ばれるそりゃもう私なんかから見たら雲の上のヒトみたいな
有名俳人の方が2名づつ仕切って下さるという贅沢さなのですが、
どの会場にどの俳人が配置されるかは会場に行ってみて初めて知るというのも楽しい。
この日選んだF会場のスタッフ俳人は「河」の小島健先生、
もう一人は「天為」の岸本尚毅先生でした。
不勉強にしてお名前くらいしか存知あげなかったのですが。
もちろん皆さん数々の俳句賞をお取りになり、著作も多いというプロ俳人です。



句会は5句出し、5句選(うち1句を特選に選ぶ)でこの日の兼題は「日盛り」
「日盛り」で5句出しても良いし、当季雑詠でもよいということで、
なるべく兼題を重視したかったのですが、
結局出した「日盛り」は用意してきた一句だけになっちゃいました。
せっかく吟行に行った地での句はやはりまとまらず、
他の4句はロクな句じゃなかったので選句で入ったのは1点のみ。
でも日盛りの句は小島、岸本両先生とも選に入れて下さり、
本当に嬉しかったです。


虫が虫齧る音のみ日の盛り


小島先生は特選にとも考えて下さったそうですが、それを外した理由として、
「かりかりと蟷螂蜂の貌を食む」という山口誓子の句を思い出したと言われました。
類想を少し感じるということなのでしょうね。
そういうことをはっきり言っていただけるのはほんとに有難いです。
こちらがどういう状況で作ったにせよ、
読み手がどう感じるかは作者がどうこう言うことではありません。
私とて山口誓子のその句は知っていましたから100%影響を受けてません!
と言えるものではないと思っています。

他の方からは「虫」自体が季語なのでこういう使い方はいかがなものか、
という質問も出され、
それは私も考えたことなので、興味深くお話を聞きました。
参加者はさまざまな結社の所属でそれぞれ考え方も違うようなので、
結社とあまり縁の無い(一応「里」所属ですが殆ど投句のみ)
私にはすべてがすごく新鮮でした。



句会も無事終わり、4時からは場所を移して講演会。
2時間に渡って「天為」主宰の有馬朗人先生の記念講演を拝聴。
「虚子と切れ字、虚子の導入した季語」という題で、
科学者でもある先生のお話は簡潔でわかりやすく、ためになるのですが、
いかんせんろくに寝てない5時起きなので時折眠気が・・・
(有馬先生、すみません)sweat01

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そのあとは懇親会。
ここでは「里」の同人や会誌の編集をして下さっている仲寒蝉さん、
櫂未知子さん(先生と呼びたい方ですが呼ぶと怒られます)皆さんに久しぶりにお会いしました。
6年ほど前、「里」に入るきっかけとなった「記念日俳句」で
お名前だけ知っていた方とも初めてお会いできたり。
他の人に比べたら全然交流関係なしに等しいのですが、なかなか面白かったです。

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一日目のスタッフ俳人の皆さん。
中央の男性は「里」編集長の仲寒蝉さん、左隣は櫂未知子さん、
その隣は「俳句王国」でおなじみの神野紗希さん、
 右端は岸本尚毅先生。




終ってみればとても充実した1日でしたが、ともかく睡眠不足の上疲れて眠くて・・・
帰りにちょっと軽く食事して、翌日の朝食のサンドイッチやコーヒーを買い、
ホテルへ。
ホテルはビジネスホテルですが設備は一応揃っていてベッドは大きく、
一泊6000円弱にしてはそれなりに快適でした。
シャワーを浴びると即爆睡。
明日はまた違う兼題、ともかく吟行句を投句!にチャレンジです。(続く)



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2011年3月15日 (火)

3月11日 東京難民



3月11日、東京であの地震に遭いました。
その日は国立新美術館で「シュールレアリズム展」を見るため、
友人の可惜夜さんと1時に待ち合わせ、ゆっくり展示を見てから館内のカフェでコーヒーでも飲もうと、カフェの窓際に席を取りました。
展示会のナビゲーター、「リサとガスパール」(フランスの絵本のキャラ)に因んだ、
「ガスパールのダブルエスプレッソラテ」を飲みながらおしゃべりしていて30分もたった頃、揺れがきました。
どうせすぐ収まるだろうと思ったけど、揺れの巾は大きくなり、まるで船酔いのような気分の悪さ。
カフェの周囲は吹き抜けのガラス張りで、もし割れたらという恐怖はあったもののその兆候はなく、何かが落ちてくるでもなく、
最新の建物でもありかえって安全かも・・とわりに落ち着いていられました。
他のお客さんも同じ思いだったのか、慌てる人は見当たらなかったです。
しかしあまりに長い異常な揺れに外に出る人も。
あの時何かが落ちて音を立てたり、誰かが悲鳴をあげたら一気にパニックになっていたかもしれません。
それにしても館内放送があるわけでもなく、美術館がわも不親切。
そういうことを想定して、誘導の放送をするとか、情報を提供するとかするべきなのでは?

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この時までは平和でした・・


外に出て、携帯をチェックするも地震があったとしか出てこない。
他の人に聞いてもやはりわからず、ある喫茶店の前で皆が中をのぞきこんでいるので行ってみたら、
ガラス戸のなかのTVが東北の大地震という報道を流していました。
同時に頭上の看板がグラグラ揺れて・・
危険を感じていったん美術館の庭に戻りましたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、
ちょうどお客を下ろしたタクシーをつかまえて、最寄のJR駅まで行ってくれるよう頼みました。


ところがこの運転手さん、営業を始めてまだ2日目だとかで全然道がわからない。
お客に道を聞くなって!(ていうかそれでよく営業許可が出るなあ)
すでに道路は渋滞が始まっており、渋谷に行くのを中止して表参道で下車。
原宿駅まで行ってみましたが、駅の前には人があふれかえっていて、危惧していた通り電車は運転中止。
もちろんメトロも同じ。
途中窓ガラスの割れた建物や、ケガか病気か、道路に倒れて周囲の人に介抱されている人も見ました。


家に帰るには池袋から東上線に1時間も乗らなければなりません。
ともかく池袋まで、バスでもいいから・・と思ったものの、バスは超満員。
すでに道路は大渋滞になっていました。
じっとしていると寒いし、こうなれば歩くしかない・・
いったい何キロくらいあるのか、山手線でいうと6駅ぶん。
明治通りをひたすら行けばいいので道に迷う心配は無いのが唯一の慰め。
(あとで調べたらだいたい10キロくらい?)


折りよく休みで家にいてくれた家人とも連絡が取れ、残してきた犬猫の心配をする必要もなく安心できたことは救いでした。
可惜夜さんのほうはやはり家に残してきた愛猫が心配そうで・・・本当にこういう時、いてもたってもいられないの、よくわかります。
途中千駄ヶ谷のドトールで休憩、仕事の終わった可惜夜さんのご主人とも合流して再び明治通りを北上。
同じような「東京難民」が、時には「人の渋滞」をおこすほど、たくさん歩いていました。
ちょっと異様な光景ではあるのですが、
特に若い人は不思議なほど明るい顔なのが印象的でした。
友だち同士、「チョーこわかったあ」なんて喋りつつ携帯やスマホをチェックしながら楽しそうに歩いている。
キミたち、状況がわかってんの?とも言いたかったけど、あの多くのひとが皆暗い顔をして黙々と歩いているのを想像すると、それもイヤですね。
思うにスマホやワンセグ携帯などで情報を常に受けていられる安心感があるのかも。
それとああいう時って無言の連帯感みたいなものが生まれるんですよね。
ともかく情報が常に入って来るということが、いかに人を落ち着かせるかということがよくわかります。



家と連絡を取り合っているうちに私の携帯もどんどん電池が減ってきました。
これは不安。
写真俳句の友人が色々情報をメールで送ってくれ、心配した弟妹や遠くの友人からもメールがはいるのですが、
電池切れがこわくて返信も出来ず・・
auがあったら緊急用?充電器があるか聞いてみようと思いましたが機会なし。
途中通りかかった新宿の日本赤十字社東京都支部に招き入れられ、休憩させてもらいました。
スタッフが親切にトイレの案内などしてくれ、とても助かりました。


池袋に着いたのは夜9時すぎ。
デニーズなど24時間営業の店はいっぱいで、仕方なく居酒屋で待機。
疲れて食欲もなく、何時間かいましたが、帰宅困難者を都立高校や大学でも受け容れてくれるとの情報があったので、
近くの立教大学にでも行ってみようかと池袋駅に寄ったところ、
ちょうど可惜夜さんのお宅がある西武線が開通、お言葉に甘えて一緒に行って泊めていただくことに。
ほんとにもう地獄に仏。翌日無事に帰宅することができました。(可惜夜さん、ほんとにありがとうございました)
愛猫のたらちゃんも無事でお宅にも被害がなく、本当に良かったです。
こうして東京難民生活?は半日で終了。



教訓。
家人は暖かくて安全な場所にいて、あまり動くなと言ったけど、
歩いてでも目的地に行ってよかった。
行動しなきゃわからないこともあります。
もちろん余震も続く中だったので、充分注意するべきですが。
深夜西武線に乗れたときも、各停とはいえ意外なほど空いていたのに驚きました。
乗っていた若い男性も、「来てみて正解だったよな、来なきゃ動いてるのわからなかった」と話していました。
交通情報などはやはりTVなどでもすぐ放送されるわけではないし、帰宅困難者の受け入れ情報もTVに出たのは深夜1時すぎでした。
便利なツールがたくさんあって心強いとはいえ、皆が持っているわけではないので、
東京都としてももう少しそのへんを考えて、情報がすばやくいきわたるようにしてほしいです。



それにしてもそんなこと、
被災地の方々の苦労にくらべたらなんてことはありません。
初めて見たあの津波の光景の衝撃・・・
カフェラテ一杯飲み終わらないうちに、世界が変わってしまった。
今はともかく犠牲者のご冥福をお祈りし、
まだ不明の方が一人でも助かるよう、祈るばかりです。



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表参道の「ルイ・ヴィトン」では何故か上部から水が流れ落ち・・・
大勢のひとが歩いている光景は、何故か撮る気になれませんでした。

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