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文化・芸術

2011年10月20日 (木)

坂東玉三郎特別舞踊公演




「坂東玉三郎特別舞踊公演」を観に日生劇場に行ってきました。
歌舞伎座さよなら公演最後の演目、「助六」以来だから1年半ぶり。
玉さまあまり東京で活動していなかったし、
今年初め海老蔵の騒動での急遽の代替公演チケットはあっというまに売り切れ。
悔しい思いをしました。
今回は産経リビングから割引の案内メールが来たので即ゲット。
2階の3列目で舞台はよく見渡せるのですが、やはりちょっと遠かった。
もちろんオペラグラスをしっかり持参しましたが。

Tamakeisei

今回は3つの舞踊、「傾城」「藤娘」「楊貴妃」
舞踊なのでそれぞれの時間はあまり長くはなく、休憩のほうが長いくらいでしたが、
一人で回す舞台なので準備に時間がかかりますよね。
最初の「傾城」が始まった時から、もうずっと鳥肌です。
何と言ったらいいのか、もうボキャ貧と言われようともただただ美しい・・のひと言なんです。
あまり美しいものを見ると泣けてくるのですが、何度かそれに襲われました。
あの美しさは「奇跡」の部類。
「助六」の時もそうだったけど、オペラグラスを持つ手が硬直して離れない感じ。
全体像も見なくちゃと思うのだけど、8割はオペラグラスで観ていたかも。

何が素晴らしいって、表情なんですよね。
クリアでいて、時に紗がかかったように、あるいはスローモーションのように、
表情が変わっていく。
硬質なクリスタルのような表情が、次の瞬間花が開いたような微笑に変わる、
ゾクッとするのは、魔に魅入られる、というような部分も確かにあるからなんでしょう。
それなのに周囲を見ると、オペラグラスを持っている人は数えるほど。

え~っ!もったいない。
他人事ながらヤキモキして、おせっかいにも隣の女性二人連れに、
「アップでご覧になってみませんか?」とオペラグラスを押し付けちゃいました、(笑)
(とても喜んでくれましたけど)

Tamasama2

踊りの良し悪しをどうこう言える立場じゃないけれど、全体があれだけ完璧に美しいということは、踊りも完璧なんじゃないかと。
そういえばずっと観たかった「藤娘」
実は私もほんのちょっと日本舞踊を習ったことがあって
(友人には「似合わないわよ~」と一笑に付されましたが)
「藤娘」も少し習いました。
でも当時はその踊りの心みたいなものが全然わからなかった。
今回玉さまの藤娘を見て、その振りが何を表すのか、
その心が手に取るようにわかったのにちょっと驚きました。
まあ歌舞伎座に何回も通って踊りも色々観たので、
知らずしらず勉強になっていたのかもしれませんが・・
それにしても本当に素晴らしいです。
藤の精、傾城、楊貴妃、それぞれそれ以外の何者でもなかった玉さま。

Tamasama4 

幕が閉じると拍手は鳴り止まず、
何度ものカーテンコールで優雅に応える姿、同時に観客への真摯な思いが伝わってきて胸を打たれました。
歌舞伎座さよなら公演では家に帰らず
歌舞伎座に寝泊りするほど全身全霊を燃やし尽くしたと聞きますが、
そのストイックなまでの情熱が熟成してあれほどのオーラを生むのでしょうね。
あれほどの人は今後当分出てこないような気がするし、
だとしたらその舞台はどれほど貴重なことか。
こっちももう若くないし、機会が許す限り「追っかけ」しなくちゃとつくづく思った次第です。




ところで日生劇場ですが、海底をモチーフにデザインされたそうで、
曲線を生かした壁の構造、レトロなタイル張りなどちょっと変わった雰囲気が新鮮でした。
そんなことは全く覚えていませんでしたが、実は40数年前の高校生の頃、一度行ったことがあるのです。
劇団四季の「白痴」を観にでした。
その公演の主役ムイシュキンに抜擢されたのが新人の松橋登で、
それを紹介した新聞記事の彼の写真を見て雷に打たれたようになり、
どうしてもどうしても彼を見たくて・・(笑)
その後松橋さん、TVや映画でも活躍されていましたが、今はどうされているのかしら?confident

Tamasama3_2








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2010年10月 2日 (土)

懐かしの幻燈館へようこそ♪



「幻燈」を知っていますか?
若い人は殆ど知らないのでは、と思いますが、
懐かしい思い出がある人もいらっしゃると思います。
「幻燈」を映す「幻燈機」は正式名ではなく、「スライド映写機」
今風に言うのなら「プロジェクター」でしょうか。
しかし「幻燈」という名前こそ昔の映写機にはふさわしい、と思うわたくしです。


昔わが家にその「幻燈機」がありました。
いつごろからあったのか覚えてないのですが、父が私や弟のために買ってきたのだと思います。
子供用の童話などのフィルムがあり、と言ってもほんの数個でそれほどレパートリーがあったわけではないのですが、
父にせがんで繰り返し上映してもらうのがとても楽しみでした。
まだTVの無かった頃からだと記憶しています。

Gentouki2

音はでないので、台本があり、(或いは画面に文章つき)
父が昔の弁士よろしく、面白おかしく読んで演じてくれるわけです。
スクリーンはふすまだったのか、それとも白いシーツでも掛けたのかそれも定かではありませんが、
見慣れた話なのにドキドキわくわく、楽しくて嬉しくて、父の一番の思い出といったらその幻燈かもしれません。

それから何十年も経って父はとうに亡く、幻燈のことなどすっかり忘れていたのですが、機器やフィルムなどは弟がずっと保管していました。
先日、何を思ったのかその幻燈一式を東京の「昭和のくらし博物館」に寄贈すると言ってきました。
博物館のほうでも譲り受けたいと言ってきたそうです。
まあもう使わないっちゃその通りなんだけど何だか寂しく、
それなら出来ればデータにして残してほしいと頼みましたら引き受けてくれ、
フィルムをスキャンしてデータ化したものを幻燈機の写真などと一緒にCDにして送ってくれました。



う~ん、なつかしいのひとこと!
子供の頃よく見た童話などはもちろんですが、驚いたことに全く記憶のないスライドもいくつか入っていたのです。
どう見ても戦前のフィルムとか・・・今となってはどういう経緯でうちにあったのか、知るすべもありませんが・・。

Gentouki4

調べたところこの幻燈機は富士フィルムの製作した「バーディ」という型。
発売されたのは昭和26年ですが、写真で見ると初代のもの(写真左下)とはちょっと違うので、おそらく昭和30年頃に販売されていたものかと。
今でももちろんちゃんと映ります。フィルムは昔のカメラフィルムのように筒型でしたが、普通のスライド形式でも使えたようです。
フィルムは小西六、いまは無きコニカですが、コニカミノルタを経てその技術はSONYのデジタルカメラに受け継がれていますね。



資料としてもちょっと貴重かな、と思い、
フィルムを何本かと幻燈機の写真や台本、レトロ感満載のオープニング画像などを「マイフォト」にまとめてみました。
よかったらぜひご覧になって下さい。
なにぶん古いものなので不鮮明な部分もあり、またいくつかのフィルムでは現在では不適切と見られる絵などもありますが、
その点はご容赦お願いいたします。

Opning3

以下リンクですが、左サイドバーのマイフォト内に常設してありますので、
どうぞご利用下さい。

☆「懐かしの幻燈館へようこそ」

☆「幻燈・きんたろう」

☆「幻燈・花さかじじい」

☆「幻燈・かぜをひいた鯨」

001




懐かしの幻燈館へのお立ち寄り、
お待ちしております。 happy01









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2010年3月 3日 (水)

雛まつり♪


今日は雛まつり♪

老いてこそなほなつかしや雛かざる     及川貞

という句もあるように、いくつになっても・・・
というより子供の頃はもちろん、年齢を重ねるにつれ、
ますますなつかしいものになっていくのかもしれません。


Hinasusi

ということで雛人形を飾り、今日は桜餅や白酒をお供えし、
ちらし寿司など拵えたものの、やっぱり一緒に祝う女の子がいないって寂しいよね・・・



雛あらば娘あらばと思ひけり      正岡子規

Hinawan1_2
あ、そうね 
そうだったね、一応・・・・sweat01
うんうん、とっても可愛い女の子でしたcoldsweats01


Hinawan2
塩分が多いものばっかりだからダメなの。
あとでジャーキーあげるから。


Hinawan3
しかしウチには猫軍団もいるので、いつ雛壇に飛びついてひっくり返されやしないかとハラハラ・・・
留守の時はもちろん閉めておき、開けてある時は監視怠りなく・・・
それでも子猫の時よりは落ち着いたのかな・・
今のところ跳び乗る心配はなさそうだけど、油断は禁物。


Hinawan5
この雛人形はちょうど20年前に求めたものですが、
まだまだきれい・・と思いつつよく見ると、官女さんの白い衣装などがやっぱりくすんでいるし、全体の色も褪せていて。。
ですよね、もし初節句に買ったとしたらもう20歳になるんだもの。
本当に月日の経つのは早い。

仕る手に笛もなし古雛       松本たかし

いつかそんな風になるのかな。

雛見るや一人座りて燭の下   長谷川かな女

ともあれ今のところ私が死んだら行き場の無い雛人形ですから・・
せいぜい長生きして古雛になるのを見届けたいものです。


Hinawan4
カノンはお雛さまが気にいったみたいね・・・heartdog



もうひとりの女のコは・・・我関せずマイペース think


Ohagi0303_2 

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2010年2月11日 (木)

日の丸デコレーション



今日は建国記念日。
去年「銀座の日の丸」で、気軽に国旗を飾りたい、
と書いたわたくし。
書いたからには実行してみようと、こんなリースを飾ってみました。

Hinomarurisu
もちろんリースは市販のもの(こんな手のこんだの作れるわきゃあない)
紙製のちっちゃな国旗2本をクロスさせてできあがり♪
和風のリースだとどうしてもお正月風になってしまい、
洋風だとクリスマスっぽいのばかりで探すのに苦労しましたが。
このちっちゃい国旗、本来は何に使うのかしらね、
お子様ランチ?
でも数年前に見た三越のお子様ランチには日の丸じゃなくて三越の旗が立っていましたけど。coldsweats01



前にも書いたけど、正規のサイズの国旗は大きすぎて大げさすぎるし、
建国記念日だからってシリアスにならなきゃない理由もないわけで、
もっと気軽に楽しんで国旗を飾りましょうよ、というスタンス。
ま、左手からはどん引きされ、右手からは国旗侮辱だ、なんて言われるかもしれませんが。(笑)
とりあえずやってみましたが、改良の余地あるかも。
後半になったら、秋冬イメージのリースを使っても楽しそうnote




建国記念日といえばフランスやアメリカでは
独立記念日がその日にあたるのでしょう。
血を流して勝ち取った自由という自覚の国と、
何百年も昔からの紀元節がルーツである日本とでは盛り上がりが違うのは当然かもしれないけれど、
他国からの侵略も革命を起こすほどの圧政も受けずにきた国、とも言えるわけで、本当は稀有のことであり、幸福なことだ、と思うのですけれどね。


Hinomarurisu3

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2009年11月10日 (火)

銀座の日の丸


さてそのシネマ歌舞伎の帰り道。全然話が変わるのですが、
銀座4丁目方面に歩いていくと道すじに小さな国旗が並んでいる。
4丁目
交差点で左右を見ると晴海通りにも整然と日の丸が。
それを見た時、反射的に「わっ、戦時中!」と思ってしまい、我ながら驚
きました。
もちろん戦後生まれの私は戦時中なんて知らないのに、そう思ってしまう
って何だろう。
しかも私は日の丸アレルギーなどではないのに。

Ginza0911





















たとえばこれがニューヨークで、星条旗が飾ってあったら、
パリでトリコロールが同じように飾られていたとしたらどうだろう、と想
像してみたけど一向に違和感は無し。
ああ何か国民的祝日なのね、と思う程度でしょう。
それなのに自分の国の国旗を見て、戦時中、と思ってしまう感覚って・・


その光景を私が見たとしたらたくさんの映画の中。
それらの大部分は結果的に反戦映画だったでしょうから、そういうイメー
ジを繰り返し刷り込まれてきたということでしょうか。
戦後民主主義の土壌で育ち、若い時は反体制の雰囲気にあって先の大戦の
シンボルであった日の丸=悪、みたいなイメージを持たされてきたことも確かです。


もちろん本当に戦時中の経験から、今でも日の丸アレルギーだという人は
それでいいのだと思います。
辛い経験の記憶は消しようがないのだから。
でもその感覚がトラウマのように自分の中にもあったということがちょっ
とショックでした。
戦後60年以上も経っているのに、なんとかわいそうな日の丸ではありませ
んか。

Wakouhinomaru

















う~ん、このぶんではこのトラウマ、負のイメージが本当に抜けるまであと
数十年はかかるかも?
最近サッカーの応援など見ていると、日の丸を自由に使って楽しんでいる
ようだけど、そういう世代にはもうアレルギーはないと思いたい。
先入観も偏見もなく、ごく普通に自国の国旗として愛してほしいと思いま
すし、そういう時代が来るよう願いたい。
加えて国旗というものは世界のどの国でも大切にされていること、
それに敬意を払うのは「礼儀」であることを、子供のうちにきちんと教育
してほしいものです。



ところでこの銀座の国旗、文化の日はもう過ぎたし何だろう・・と思った
ら、
天皇陛下ご在位二十周年をお祝いして・・ということらしい。
祝賀の日となる12日は国旗を掲げましょうと書いてあったけど、
まあ掲げたいと思っても近所から右翼と思われるんじゃないかと二の足を踏む・・という情けない現実もあるんですよ。
それに正式なサイズの国旗ってはっきり言ってデカ過ぎるの。
今の時代に
合わないの。
前から思っているのだけど、小さな国旗を組み込んだ和風のリースを作っ
て玄関ドアに飾るとか、鉢花に国旗をアレンジするとか。
もっと自由に楽しんだらどうでしょう。
そんな風に気軽に飾るほうが、国旗に親しみを持ち、負のイメージから遠
ざけてくれることに繋がると思うんですけどね・・。




Hinomarumatuyama


















先日の文化の日、たった一軒見かけた国旗掲揚の和菓子屋さん。
なかなか良い光景ではありませんか。




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2009年4月 6日 (月)

歌舞伎座四月公演



今月はガマンしよう、という決心はどこへやら、
ガマンできなくなって、やはり四月大歌舞伎に出かけてしまいました。
今回は夜の部なので、よしっ!着物で決めてやろうじゃないのと、2年ぶりに着物を引っ張り出しまして。
幸いお天気も良く暖かな着物日和。cherryblossom
行ってみるといつもにも増して着物の人が多かったです。
春休みのせいか若いお嬢さんの着物姿も多くて、それだけで華やいだ雰囲気が嬉しいですが、それ以上に年配の方の着物姿につい見惚れてしまうことが多い。
たまにしか着ずいまだに着るのに苦労する私なんかとは違って、衣紋の抜き方といい、無造作に見えて細部に凝る粋さといい、もう年季が違うんですよね~。
実に目の保養。
そんなことも歌舞伎座の楽しみ方のひとつであります。

Sakuramoti




銀座のお菓子屋さん。
桜餅がいっぱい!








さて四月夜の部は「彦山権現誓助剱(ひこさんごんげんちかいのすけだち)毛谷村
廓文章(くるわぶんしょう)吉田屋
曽根崎心中(そねざきしんじゅう)の3本。

「毛谷村」はイヤホンガイドがなかったら全然わからなかったでしょうね。
複雑怪奇?な仇討ちの物語ですが、毛谷村六助の吉右衛門はあたり役らしく、おおらかな演技で安心して観ていられる感じ。
相手役、お園の福助が良かったです。前半は武道に長けた怪力女、後半は一転、いじらしく可愛らしい女へ。
2月の「菅原伝授手習鑑」の八重役もそうだったけど、いじらしく可愛い女の福助、魅力的です。


「廓文章」は仁左衛門&玉三郎というもうそれだけでいいわ♪という豪華配役。
物語のほうは大店の放蕩息子が花魁に入れあげて勘当され、それでも恋しい女に逢いにくるのだが、そこはぼんぼん育ちのわがまま男。
いざ逢うと素直になれず、うらみごとのオンパレードでつれなくあたる。
何を言われてもじっと耐える花魁、夕霧太夫。
そうこうしているうちに親元から勘当が解けたという知らせと、身請けの金が千両箱で届き、めでたしめでたし・・・というアホみたいな話なんだけど。

Kuruwa2














ところがこの芝居、今か今かと待っていても、夕霧(玉三郎)がなかなか出てこなくってイライラ。(笑)
ようやく出てきて、今回は目の覚めるような豪華な花魁の衣装でもあり、そのあまりの美しさにクラクラ。
前の2回は踊りだけだったので、声も初めて聞きました。
恋しい男になじられながら、恋しさや悲しみをちょっとした仕草や目線で表現する、その可憐な愛らしさといったら。
ただ今回どうしたのか、じっと座っている時にやけにまばたきが多かったのが気になりました。
何かの理由で目が痛いのかも・・・と、ちょっとハラハラ。coldsweats02


そしてあまりにも有名な「曽根崎心中」。
お初を演じる坂田藤十郎は、な、なんとこの役を昭和28年から千回以上演じているのだとか!
演じ始めた当初はブームになるほどの人気だったそうです。当時は20代前半という勘定になりますから、
さぞ初々しいお初だったのでしょうね。
さすがに御歳は隠しきれず(77、8歳!)最初はちょっと違和感を感じましたが、進行するにつれそんなことは全く気にならなくなり、
可憐な19歳のお初に見えてくるのには、
はい、恐れ入りましてございます。m(_ _)m

Sonezaki3














歌舞伎超初心者のわたくし、あとで調べて藤十郎とは扇千景さんのご主人であられる中村鴈治郎(前名)であることも初めて知りました。


鴈治郎氏といえばかなり前だけど、
祇園の舞妓さんとどうのこうのってワイドショーで・・(以下略)


か、かなりの豪傑であられる方のようですね。
ということで今月も堪能いたしました。heart04


それにしても歌舞伎って不思議。
女形の役をほんものの女性が演じる、と考えてみると、
全然普通のお芝居(ジャンルとしては新派かな?)になってしまうわけで。
何故男が女を演じる必要があるのか、という問題に明確な答えは難しいと思うけれど、
何故それがかくも魅力的なのかということは、観るたびにつきつけられる事実であり、毎回驚かされています。
女より女らしいとも言えるけど、そんな単純なものではないんですよね。
玉三郎の神がかった、ともいえる美しさを見ていると、男とか女を超越した「美の極致」という言葉が、
しきりに頭の中で明滅するのです。




ところで5月は、6月は・・・sweat01
玉さまの出演無しね。
よ、良かった、行かずに済むわ・・・・って、なんじゃそりゃ。gawk



坂東玉三郎

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2009年3月 2日 (月)

大正のお雛さま



長女であるにもかかわらず、私はお雛さまを持っていなかった。
当時北海道ではそういう習慣(母方の祖父母が贈るとか)が無かったとか、母にチラリと聞いたことがあったような気がするし、考えてみれば贈りたくても当時北海道で雛人形を売っていたかどうかも確かに疑問だけど、今となってはわからない。
だから4歳で横浜に引っ越した折、祖母の家で初めて雛人形を見た時の感激を今も覚えている。
幼い私には見上げるように高い雛壇。繊細で優美な雛たち。
ままごとをしたくなるような、小さくて美しいお道具の数々。
「お雛さまの国」と言いたくなるような、初めて出会った優雅でファンタジーにあふれた世界に魅了されたのだ。

Taisyohina3




















その雛人形は父の姉妹である叔母たちのもの。
昔のことだからいっぺんに揃えたわけではなく、それぞれの初節句に親王、官女、五人囃子・・と贈られたり買ったりして、最古は大正10年から、新しくは昭和14年頃までに渡っている。
その後叔母たちは次々に結婚したが、女の子が生まれなかったせいか雛人形はそのまま祖母の家に残り、祖母が亡くなったあと女の子が二人いた(私と妹ね)父のところに引き取られたというわけ。

Taisyohina10



















まあ自分のものでないことが不満ではあったけど、
そういうわけで小学校6年の時から、実家にも雛人形が飾られることとなったのだ。
当時でももうお雛さまはだいぶガタがきていて、姫の後ろの髪ははげているし、顔にもひびが入っていたり、着物も破れていたり・・・。
初めて見た頃と違ってこちらも大きくなっていたので、もっときれいな新しいおひなさまが欲しいな・・なんて思っていたけれど。

Taisyohina4



















考えてみれば、この雛人形、激動の時代をくぐってきたわけだ。
横浜にあったのだから、関東大震災にも遭っているし、空襲にも・・。
お雛さまどころではない年もあっただろうし、人形の箱に名だけを残し、幼くて亡くなった叔母もいる。ネズミにかじられたという髪や衣装の傷は、そんな歴史を物語っているようだ。

Taisyohina5 Taisyohina6

















で、このお雛さまなのだが、今は私の弟の家にある。
うちの子供は男の子だったし、弟のところは女の子。
まあ実家の名を継いでいるのは当然弟なので、○○家のおひなさまとして、これからも大切に伝えていってもらいたいと思っている。


Taisyohina9



















それにしても私と妹にはなつかしいお雛さま、
ちゃんと飾られているのかな~と思っていたらちょうど、
昨日弟が写真を送ってきてくれた。

別に高価なものではなく、ごく普通の人形だと思うけど、
今見るととてもいいお顔をしている。
昭和40年代ころだったろうか、現代風にしたのか目のぱっちりしたお雛さまが主流になってがっかりしたことがある。
今はまた伝統的なお顔を踏襲しているようでほっとしているが、
この人形のような顔にはもうお目にかかれないよね・・・。

Taisyohina11 Taisyohina12


















一番古いもの(親王飾り)はもう90年近く経っているんだなあ・・・。
初めて出会った時、目を輝かせたあの幼い女の子ですらもうこんなトシに・・・。(笑)
「お雛さまの国」では、やはり時間がゆっくりゆっくり流れているのかもしれないね。





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こちらは私の平成のお雛さま♪

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2009年2月26日 (木)

歌舞伎座二月公演



う~む、どうもハマりそうでヤバイなあ・・とワーニングランプを点滅させつつ、
1月に続き今月も歌舞伎座に行ってきました。
昼の部の「京鹿子娘二人道成寺」をどうしても観たくなっちゃって。
これはやはり人気があるらしく、平日なのにほぼ満員。
まあさよなら公演が始まってから、私みたいに今の歌舞伎座のうちに観ておこう!という人が多いらしいです。

Kabuki2gatu















結果的には1月にも増して面白かった♪
それぞれ全く毛色の違った出し物なので全然飽きないんですね。
ちょっと複雑な話だけどテンポ良く楽しめる、狂言を元にした「菅原伝授手習鑑」
ただもう華やかで目を奪われる舞踊の大曲「京鹿子娘二人道成寺」
心温まる世話物「人情噺文七元結」はイヤホンガイドも必要のないほどわかりやすく、文字通りの人情噺についホロリ。

お目当ての玉三郎&菊之助の「京鹿子・・・」はほんとに圧巻でした。

舞台はご存知、清姫と安珍の物語で知られたあの道成寺。
旅の僧の安珍に恋をし、裏切られた悔しさに蛇に化身して、安珍の逃げ込んだ鐘もろとも焼き殺してしまった清姫。
それから何年かして新しい鐘が出来上がり、今日はその鐘供養の日。
そこへ花子と名乗る美しい白拍子が現れ、鐘を拝みたいと申し出る。
女人禁制の道成寺だが、舞を奉納したいという花子は許されて入山する。
そこへいつのまにか、うりふたつのもうひとりの花子が現れ、ふたりは華やかに舞い踊りながらだんだん鐘に近づいて・・・。
実は花子は清姫の亡霊で、再び鐘を落とさんとしていたのだ・・・
というお話。

Dojyoji_3



















玉三郎と菊之助、息もぴったりでその美しさは例えようもなく、
本当に一人がすっと増殖したような凄みも感じられて。
ただし今回はずっと後ろの席しか取れなかったので花道が殆ど見えず、始まってからかなり長いこと花道でふたりの道行が続いたのが見えなくて、すごいストレス。
前回が2階席の一番前と良すぎたので仕方ないのですが・・。
幸い双眼鏡を持ってきていたので、それが活躍してくれました。
全く同じ衣装のふたりは時に見分けがつかないほどでしたが、双眼鏡で見るとやはり表情が全然違う。菊之助もいいのだけど、どうしても吸い寄せられるように玉三郎を追ってしまいます。なんというか、眼力(がんりきに非ず、めじから)の迫力が違うというか。
後半だんだんと表情が険しくなり、蛇の本性を現してくるのを目で表現するのです。
ラスト、鐘に取り付いて僧たちをにらむ冷たい炎が燃えているような目つきにぞっとするやらシビレるやら・・・
ほんと、堪能しました。
菊之助はこのあとすぐ次の「文七元結」で文七を演じ、さらに夜の部の勧進帳にも出演って、すごすぎる体力・・・。coldsweats02



Bunsiti_2












「文七元結」




ところでその歌舞伎座の席なんですが、
ネットで簡単に取れるとはいえ、なかなか希望の席は手に入りにくいようです。
それと同じ一等席でも、同じ料金の割にはすごい差がある。
例えば2階席の一等席は9列あるうちの7列目まで。
残りの8列9列は2等席になります。
1列目と7列目では、見え方が全然違い、同じ1等席とは思えない。
今回は7列目しかなかったので、ひとつだけ後ろの2等席だって殆ど変わらない、と8列目を購入しましたが・・・。
やっぱり人の頭の隙間から見る、という感じになっちゃうんですよね。
それとネットで買うときはどういう順番で席が表示されるのか知らないけれど、早ければ良いとも限らず、次の日に再検索するともっといい席が表示されたりもします。
多分どこかで押さえていた席がキャンセルになったりとか、色々事情があるんだろうけど、同じ料金であまりにも違うってちょっと釈然としない。
どちらにしても新しい劇場ではもう少し見やすいレイアウトを考えてほしい。
それから、せめて座席からどかないでも人が通れるスペースが欲しいですね~
ついでに、新幹線や飛行機のように、前の座席から倒して作るテーブルがぜひ欲しい!
他の劇場と違って歌舞伎座に食事は付き物。
お茶を置くスペースもないってあんまりですよね。
実現は充分可能と思われますので、ぜひご検討を♪




さ~て3月は・・・って  (゚o゚C=(_ _;
バキッ
行けないですよ~もちろん sweat01
毎月桟敷席に座れるような身分に、なってみたいものです・・(泣)

Kabuki2gatub
















3月は昼夜通しで「忠臣蔵」なんですね

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2009年1月27日 (火)

歌舞伎♪初鑑賞2 / 鷺娘



「鳥肌が立つ」という言葉があります。
本来は不快感や恐怖を感じた時に使われるものなのに、最近は感動した時、素晴らしいと感じた時などに使われることが多く、これは誤用だ、と書いてあったものを読んだことがあり。
でもこれに限っては私は賛同出来ない。
何故なら素晴らしいものを見て、本当に鳥肌が立ったことが何度もあるからです。
誤用だと言われても、実際に鳥肌立っちゃうんだから仕方ない。
何度かあるそのひとつが、アンナ・パブロワによるバレエ、「瀕死の白鳥」の映像を見た時のこと。
そして今回坂東玉三郎の「鷺娘」を観て、同じように鳥肌が立ちました。

Sagimusume_2 























「鷺娘」はもともと江戸時代に上演されていた舞踊の一部。
一時廃れてしまったのを、明治になってから復活させて評判になり、以後独立した人気作品に。
道ならぬ恋に身を焦がし、ついには地獄の業火に焼かれて息絶える鷺の精。
玉三郎の鷺娘はずいぶん前から当たり役として評判でしたが、今回やっと見ることが出来て、その美しさ、迫力にほんとに圧倒されました。
登場した白無垢姿から何度もの引抜、ぶっ返り(一瞬にして衣装を変える技)を経て、地獄の責め苦の苦しさを訴えるラストはまさに圧巻。
降りしきる雪の中で苦痛にのけぞるそのしなやかな姿態は、荒川静香のイナバウワーも色褪せる美しさ。

Sagimusume3_3



































こちらでちょっとその雰囲気を・・・・)


あとで調べたら玉三郎はバレエダンサーとしてもプロに遜色のない実力の持ち主だそうで、なるほど・・どうしても「瀕死の白鳥」を思い出してしまうのは、やはりその要素をかなり取り入れているんでしょうね・・。
実際西欧人はこれを見て「日本版・瀕死の白鳥」(または「ジゼル」)と思っているらしいけど、逆に大正時代にパブロワのバレエを観た当時の歌舞伎役者は、「これはヨーロッパの鷺娘だ!」と言ったとか。
美しい純白の優雅な鳥に対するイメージと思い入れは、はからずも東西共通だったということでしょうか。


それにしても玉三郎がこれを初めて演じたのが1978年、
すでに1984年には世界一流のバレエダンサーが集うメトロポリタン・オペラハウスのガラコンサートで絶賛を浴びているとのこと。
もっと若い時代に踊った「鷺娘」も観たかったな・・・。
もちろんそれが今の踊りより優れているとは限らない。
歳を経るほどに、若い時には到達し得なかった美の”極み”に近づくとも言えるのだから。
それぞれ、「その時代にしか踊れない感性」がどう変化していったのか、それを追う価値は充分あったことでしょう。
やはり観たいと思ったものはすぐ観るべし!だったか・・・。bearing


ということで、二月の公演・昼の部はその玉三郎と菊之助の「京鹿子娘二人道成寺」
うわ~これまた観たいではありませんか!
すでに連日、良い席は殆どふさがっている状態のようですが。sweat01



話は戻って歌舞伎座ですが・・。
建て替えてどんな形になるのか。
高層ビルに組み込まれるのだとか、正面の意匠はそのまま引き継ぐのだとか、まだはっきりしないようですが、出来るかぎり現在のイメージを残してほしい、と思うのは、
一度でも歌舞伎座に行ったことのある人なら皆同じでしょう。
何にしても何百年も続く伝統芸能が今も愛されているということは素晴らしいこと♪
良き伝統の形式と、安全を守る最新テクノロジーの華麗なる融合が、
新時代の歌舞伎の殿堂に花開きますように・・。

Kabuki6














こちらは去年12月の撮影ですcamera




☆1/28追記

と書いた翌朝、
新聞などに新・歌舞伎座のリニューアル計画全容が発表されました。
それによるとリニューアル後の建物は地上29階、地下4階、
ギャラリーやオフィス棟などを含む複合施設になるとのこと。
平成14年に国の有形文化財に指定された今の建物の雰囲気を出来るだけ残すために、欄干などは再利用し、唐破風屋根も継承されるみたい。
要するにそれが入り口部分で、今のイメージの建物の背後に29階建てのビルを背負うという感じでしょうか。
むろん劇場のバリアフリー化とともに、より見やすい座席設定も考えてほしいもの。。。

ん~まあいいか。
4年後の再オープンに期待です♪



☆2/6再追記

玉三郎の「鷺娘」ですが、
終了した1月の公演が歌舞伎座での、
というより事実上
最後の上演であったことを、
ご本人がHP(今月のコメント)で書かれていらっしゃいます。

http://www.tamasaburo.co.jp/index.html

確かに・・年齢を考えたら限界だったのでしょうか。
寂しいけど、だからこそ先月行って良かった・・
ギリギリ間に合ったんだ・・と感謝の気持ちでいっぱいです。





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2009年1月26日 (月)

歌舞伎♪初鑑賞



唐突に歌舞伎を観に行ってきました。
歌舞伎ねえ・・・日本の代表的伝統芸能だし、一度は観てみたいね~などと思うばかりで数十年。
去年、歌舞伎座が2年後に取り壊され、建て直しをされると聞いて、
それならぜひ今の歌舞伎座で一度観なければ!とにわかに焦り、
1月公演のチケットをゲット。


建て直しのために休演するのは平成22年の5月からということで、
この1月からそれまでの16ヶ月間は「さよなら公演」と銘打っての興行。
ともかく初めてだし、歌舞伎のことなどぜ~んぜん知らないながら、
坂東玉三郎の「鷺娘」、これだけはずいぶん前から観たいと思っていた演目なので、昼の部をチョイス。
他にはお正月にふさわしい「祝初春式三番叟」と「俊寛」、「十六夜清心」
どんなものか全くわからず、ちょこっとあらすじを調べただけでちょっと緊張しつつ歌舞伎座へ。

Kabuki1

















歌舞伎座はまだお正月の華やかなムード。
老朽化のための建て替えというから、中はかなりのボロかしら?と思っていたけど見たところそんなこともなく、ちょっとレトロな風情もまたいい♪
でも耐震性とかに問題があるらしく、
もはや補強の段階ではないとのこと。
関東大震災や空襲で焼けてしまった先代の歌舞伎座を引き継いで昭和26年からすでに半世紀以上。
でもパリのオペラ座など、130年以上経って現役なわけだし・・・。
う~む、これも地震国の宿命なのかなあ・・・。

Kabuki5 

お正月ムードの正面ロビー


座席は2階の一番前、しかも舞台の真正面という抜群のロケーションでラッキー♪
1等席だけど、産経リビングの割引を使って少し安く買えました♪
チケットは桟敷席の2万円から、3階B席の3000円くらいまで。
当日売りの一幕見席は1000円前後だそうで、とりあえず目当ての演目がひとつだけの時などはいいかもしれません。
でもチケットが高いとはいえ、時間は昼の部が11時から始まって4時すぎまで。
幕間をはさんで5時間ほど、ゆっくりと非日常の世界に浸れるのだから、あながち高いばかりとはいえないかも。

Kabuki2   
















演目については何しろ知識がないので、イヤホンガイドをレンタル。
これはあらすじや解説、要所要所の見どころ、歌舞伎特有の所作の意味などを的確にガイドしてくれるので実に役に立ちます。
初めてでもこれさえあれば大丈夫!って外国人並だね・・・・。
役者についても知識ゼロ。
尾上~とか片岡~とか同じような名前ばかり(当たり前だけど)が並ぶので、サッパリわかりません。
わかったのは「三番叟」の、お雛さまみたいな「菊之助」って、あの寺島しのぶの弟の?
市川染五郎っていうことは、松本幸四郎の息子ってことだから親子で「俊寛」を共演してるわけだ♪
なんて程度。
(というかTVドラマなどでしか見たことがなく、皆さんちゃんと歌舞伎やってらっしゃるのね・・な~んて、ゴメンナサ~イ)
Kabuki3 coldsweats01















この三色の引き幕って、歌舞伎のシンボルって感じ♪
もちろん上演中は撮影禁止



いやいや、ガイドのおかげで初めてでもすごく楽しめました。
「俊寛」のラストでは船を見送って崖の上で慟哭する幸四郎を真正面間近に見てドキドキ。
やっぱりナマはいいなあ・・・。
正直いって各役者が上手いのかヘタなのか論評できるレベルではないのでその点は・・・なのだけど、
思ったほど難解でもなく、充分に楽しめたことは確か。
考えてみれは歌舞伎はもともと庶民の娯楽、別に気取った芸術ではないはずだものね。


2回目の幕間、30分間はランチタイム。
お弁当各種は入場の前に玄関脇の「歌舞伎茶屋」、場内の売店でも買えます。
種類も豊富でけっこう美味しい♪
ちょっと豪華なお弁当を予約することもできます。
食堂もあるけれど、30分しかないのでゆっくり出来ないと思うし、
好きなお弁当を買っておいたほうがいいと思う。
お茶などの飲み物もむろんありますが、隣の席の女性は慣れた感じで自前のポットを取り出し、お茶を飲んでらっしゃいました。


さてさて、最後は楽しみにしていた「鷺娘」ですが・・・(続く)

Kabuki4_2

















売店、歌舞伎茶屋。
ここで売っていた「あんず大福」がとっても美味しくて・・・heart04
東京ではなかなか出会えない、「麩まんじゅう」も♪

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