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2012年2月 8日 (水)

東京直下型地震




先日写真展をいくつか見るために東京へ行ったが、
東京直下型の地震が4年以内に70%と聞いてからどうしてもそれが頭から離れず、
用事が終るとさっさと帰ってきてしまった。
都は先日帰宅困難者のための訓練を行ったそうだが、
それはそれで大事なことだと思うけど、難民になって足止めを食うくらいならまだ良しとしなければならないのかもしれない。
去年3月11日、私は運悪く東京にいて帰宅難民を経験して不安な思いをしたのだが、
あの時はただ交通機関が止まっただけで東京に殆ど被害はなく、ただ待っていればよい状態だった。

Tokyo125_3   

東京が震災に見舞われればあんなものではすまないだろう。
3月の震災の時は津波の被害があまりにも大きかったので、以後津波対策ばかりがクローズアップされているようだが、
東京で恐ろしいのはそれより建物倒壊と火事だと思う。
それと何より恐ろしいのはパニック。
去年のように携帯がつながりにくくなるくらいで通信網が生きていれば情報が入ってくるからいいけれど、
それが遮断されてしまったら・・・どんなパニックが起こるだろうと思うとつくづく恐ろしい。
周囲が火事になってもどちらに逃げたらいいのかわからない。
デマも飛ぶだろう。
ヘタをすれば関東大震災の時の本所被服廠跡の悲劇の再来だ。



火事がおこった場合どちらに逃げたらいいのか、的確な情報は流せるだろうか。
通信が遮断されてしまった場合どうやって?
国や都はそのへんの対策を考えているだろうか?
大きな数字を持ち出して恐怖を煽るだけで、やることは帰宅難民になったときの過ごし方レクチャー?
肝心のその前の段階がすっぽり抜け落ちてはいないか?

Sinjyuku1_2 

直下型の場合、範囲は狭くなると思うけど想定震度は最大6強という。
調べてみると震災から後でも、4日後の静岡など、震度6の地震は起こっている。
それでも大量の死者が出たとの話は聞かない。
東京だとて地震の危険そのものは前から言われているので、ずっと以前から耐震基準を厳しくしてそれなりの手は打ってきたはずだ。
デパートなどでも何十億円もかけて補強工事をしたところが多いと聞く。
報道によれば想定される死者の8割は倒壊によるものだということだから、
耐震さえしっかりすれば、殆どの人が助かるということになる。
倒壊がなければたとえ火事が起こっても消火はスムースだろう。
間に合うかどうかは疑問だが、少しでも早くその対策を徹底的に進めてほしいものだ。
ひとくちに地震といっても揺れのタイプはさまざまでそれは起こってみなければわからず、100%安心、なんてことは言えないと思うけど、
原因と対策がはっきりしているのだから、犠牲者が少しでも減るようにあらゆる手を打つのが急務だろう。



マスコミの報道の仕方も問題だよね。
センセーショナルに報道し、週刊誌がそれっとばかりに恐怖を煽るような特集をこれでもかと組む。
その見出しが電車の広告でいやでも目に入る。
おかげですごく厭世的になってしまった人もたくさんいると思うし、
子供たちも怖い思いをしているのではないだろうか。
東大の研究所が出した今回の「4年以内70%」は別に新しい試算ではなく、去年の秋に出た「30年以内に98%」と同じ試算であり、
しかも去年の時点の地震頻度と今では異なるので、今試算すれば違った結果(もっと可能性は下がる)になるという。
京大が出した最近の試算では「5年以内に28%」となっていたけど。
と、ここまで書いてちょっと検索したら



東大地震研でも試算しなおしたら今度は「4年以内で50%以下」ですと。think
まあどう計算しようと誰にもわかるはずはないんですよね。学者さんを責めることなど出来ない。
それとあまりにパニックが広がったので意図的に下方修正したのかとも疑いたくもなる。
でもいつかはわからなくても来ることは確実。
帰宅難民で済めばもうけものだ。
個人的には避難ルート、近くの安全そうな場所などを把握し、シミュレートして日頃から備えておくことが大事だろう。
去年の震災の時も、震度7でも殆ど無傷、死者ゼロの町もあった。
やれば出来ます、何とか乗り切りましょう。


Sinjyuku2sf_2









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2011年12月21日 (水)

森田芳光監督の訃報





訃報で記事書くのってイヤなものですけど・・・
今年も色々訃報が相次ぎました。
今回は森田芳光監督・・
年齢が近い人の訃報はショックです。


1983年、「家族ゲーム」で一躍脚光を浴びた監督でしたが、
それ以前の1981年の監督作品、「の・ようなもの」の斬新さはとても新鮮でした。
見た作品は多くはなく、「の・ようなもの」「家族ゲーム」「キッチン」
「そろばんずく」「阿修羅のごとく」「わたし出すわ」「間宮兄弟」くらいでしょうか。
リストを見ると作品自体それほど多くはないんですね。
監督ではないけれど制作指揮をとった80年末~90年代はじめの「バカヤロー」シリーズもレンタルで殆ど見ましたが、
とっても痛快で溜飲を下げたことをよく覚えています。

Kazokugame_2  Kichin_2


でも私にとってベストワンといったらやっぱりデビュー作の「の・ようなもの」♪
昭和の時代の最後のすべてが晩夏光となって輝いているような心地良さ。
以前にも書いたけど、主人公はいかにも軟弱でヘタレなんだけど、
それは「間宮兄弟」(2006年)のオタク的ヘタレさとは全く違う。
ヘタレでもしっかりと「男があくまで男であった」最後の時代なのかな。
そんな駆け出しの落語家の主人公を飄々と演じる伊藤克信、
一癖も二癖もあるが気のいい周囲の男たち、
ちょっとインテリなソープ嬢を演じる秋吉久美子のナチュラルさもとてもいい。

Noyouna

この映画の中で一番好きなのは、
主人公が夜中、千葉のガールフレンドの家から歩いて浅草まで帰るシーン。
吾妻橋を渡る夜明けの街に見えるのは、
今はなきアサヒビールの吾妻橋工場。
何というか何度見ても切なくて心地良くて、
まあ今となっては映像としても貴重なんでしょうね。

Azumabasi



監督の年代では例外なく、
学園紛争の影響を受けなかった人間はいないはず。
誰もの心に何らかの影を落としている。
それを今もひきずっている人も多いしね・・。
森田監督の映画を見ていても、何かの拍子にそれを感じることがあります。
それは同年代だからこそわかるのかもしれないけれど、
だとしたらよけい我々にとっては貴重かな、などと感じています。



ご冥福をお祈りいたします。





「の・ようなもの」のエンディング・テーマ、
最高なんですよ~~ ・゚゚・(>_<)・゚゚・。







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2011年9月 3日 (土)

ああ節電の夏終る





さて今年の夏は去年のように居座った凶暴な残暑に苦しめられる事はなく、
穏やかに去ってくれそうだが、節電節電で重苦しい夏でもあった。
東電も電力には余裕を持っていて、企業の電力制限解除も前倒しで行われるようだ。
しかしそんなこんながどうにも釈然としない。
あの震災直後の計画停電はいったいなんだったのですか??


ただパニクっただけだとしか思えない計画停電の後、
今度は夏には電力が足りなくなるから再び実施する、
電力はこんなにも足りないと数字を並べ、
企業も家庭も節電しないと大規模停電が起きる、とさんざん脅かし、
夏になってみれば東北電力に常時融通できるほどの余裕。
そりゃあ休眠させていた火力発電所を大急ぎで立ち上げるなど努力はしたのでしょう。
が、そもそも過去にも原発が殆ど停止したことは何度もあり、
代替の火力発電その他でカバーできることはわかっていたのではないの?
まあヘタなことを言って万一本当に電力が足りなくなるより、危ないと言っておいて、
努力でクリアしました、と言うことにしたいのはわかるけど。


で、節電節電の大号令、大合唱。
企業に対する苛酷な電力制限でどのようなダメージがあったのか、
その辺はよくわからないが、
家庭に対しても15%削減をめざしましょうとかなりの高圧的態度。
私の周囲でも、原発再稼動させたいためのポーズじゃないの、とか
大規模停電?出来るものならやってみな、という醒めた意見が多かったけれど、
そこは根が真面目な日本人。
誰のせいなんだよと思いつつ、節電自体は悪いことではないし、協力はしましたよ。
もともとTVは電源を切っていたけど、電子レンジ、洗濯機、
炊飯器、コーヒーメーカーなどすべてにタップをつけて使い終わったらOFF。
空気清浄機も1日中つけていたのを夜はOFFに。
2階の電話子機、電気スタンドなども朝起きるとOFF
電動歯ブラシも半日はOFFにしておく。



それだけやっても7月の使用量は前年比たったのマイナス1%。
これは去年は例年通り7月末まで梅雨でエアコンがいらず、
今年は6月中から猛暑で使わざるを得なかったから。
8月はなんと33%の削減だったが、これまた今年は7月末から涼しい日がしばらく続いたせいで、
どうも使用量はひたすらエアコンにかかっているらしい。
うちのエアコンは20年も経つ老朽化したものなので、
つけるたびにどんなに電力と電気代を食うのかと精神衛生上よろしくなく、
8月上旬仕方なく2台買い替え。(泣)
現在のだと3割は電力削減になるとのことで、
ようやく心安らかにつけられるようになったのだが・・。



それでも昼間一人でいるときは殆どつけないでがんばる。
もともと閉めきってエアコン、というのが好きじゃないので例年通りなのだが、
今年も熱中症で命を落とした人がたくさんいて本当に残念だ。
これは節電のせいばかりではないけれど、明らかに昔の「普通の暑さ」の域をこえている昨今、
エアコンは命にかかわる必需品となりつつある。
街でも駅のエスカレーターが止ったり、まるで夜のように暗いコンコースなどを多く見かけた。
そもそも東京のメトロの駅、それも新しいものなほど、エスカレーターに乗ることを前提として作られていて、
歩くのがイヤなら乗って下さいなんてシロモノではない。
高層ビルのエレベーターは言うに及ばず。
今年は総体的に去年よりは涼しかったので救われたのだろうけど、
去年みたいに暑い夏だったらどうなっていたのか、
それでも乗り切れたのか、そこが知りたいところだ。



ということで豊富な電力は絶対必要で、昔に戻れるわけはない。
今年の冬は・・来年の夏はまたどうなるのか。

原発は順次廃止、というのが現実的だと思う。
どう逆立ちしたってこれから原発が国民に支持されることは無いだろうから、
原発幻想は捨ててさっさと代替エネルギーの開発に力を注ぐべきですね。
今はもう不安定な原油に頼る火力があればいいというわけにはいかず、
先を見越して効率の良い新しいエネルギーを実現させるべき。
やれコストがどうとか言うけどそれは今の現実であり、原発、火力ありきでの計算でしょ。
それはこれからどんどん変えていける。
原発のコストが後始末のことまで考えたら安いなんてとんでもないことは誰もが知ってしまった。
ただ、「クリーンな自然エネルギー」という言い方はウソを含んでいて抵抗を感じる。
どんな発電にしろ100%クリーンなんてありえない。
きれいごととして、政治に悪用されかねない。
夢物語ではなく現実にするため、その幻想も捨てよう。
バブル崩壊後、日本は「目先のこと」しか見ない、考えないで結果的に自らの足をひっぱってきた。
今こそ腰を据え、長期ビジョンの観点からエネルギー政策に本腰を入れるべきだろう。


原発に替わる大規模発電の実現化なんて無理?
いいえ日本ならそれが出来ると、日本だからこそそれが出来ると私は信じている。
根拠?は無いです、はい、ノーテンキかも(笑)
でも昔から日本人は危機をばねにすごいものを作りだしてきたじゃない。
不可能なことを何とかやっちゃうのが日本人のすごいところ。
今回もこの災難が長い目でみれば「禍転じて福となる」となるよう、
信じてやまない次第です。



Kanon10825moji

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2011年7月25日 (月)

アナログ放送の終った日




昭和28年から今日まで放映されたアナログ放送がついに終わりましたね。
わが家の二階に1台残っていたアナログ14型テレビで、その歴史的瞬間?を見届けました。

Analog5
Analog1


思えば実家にテレビがやってきたのは昭和33年か4年でしたか、
一番古い記憶は若乃花と栃錦の千秋楽の一番でした。
皇太子殿下(当時)と美智子妃殿下のご婚礼パレードも観ました。
日曜日の午前中、近所の友人たちがいつも遊びに・・というよりテレビを観にやってきました。
当時のテレビって何インチだったのかなあ・・
4本脚がついていて、消してある時はミニ緞帳のようなカバーをかけたものです。



白黒時代のなつかしい番組について書き出したらキリがないので、
思い出すままにちょっと書き出してみました。
子供向け活劇、西部劇、アメリカのホームドラマ、
日本のドラマ、バラエティ その他色々

白馬童子
七色仮面
怪傑ハリマオ
忍者部隊月光
まぼろし探偵

Anarog3
アニーよ銃をとれ
ララミー牧場 
ブロンコ
シャイアン


パパは何でも知っている
ベン・ケーシー
逃亡者
パティ・デュークショー
ルーシー・ショー
奥様は魔女


おとぎの国
ディズニーランド
ナッティドリームランド
名犬ラッシー
名犬リンティンティン
トムとジェリー
フィリックスちゃん(タイトルは違っているかも)
バックス・バニー
宇宙家族ロビンソン



ポンポン大将
事件記者
私だけが知っている
恐怖のミイラ
少年ケニヤ
ふしぎな少年
若い季節
夢で会いましょう
ジャスチャー
お笑い三人組
チロリン村とくるみの木


鉄腕アトム
狼少年ケン
鉄人28号
エイトマン 
スーパージェッター
0戦はやと
宇宙少年ソラン
遊星少年パピイ
ワンダースリー 
レインボー戦隊ロビン
宇宙船シリカ
ウルトラQ



多くの番組、覚えている人もたくさんいると思いますが・・
このうち覚えてないのに忘れられない?のが
「ナッティドリームランド」と「おとぎの国」
ナッティ・・のほうはとても面白い異色なアニメだったと思うけど、
内容は記憶にありません。
「おとぎの国」はディズニーランドとは関係なく、
シャーリー・テンプルが案内役兼主演で、童話などを演じていたと思う。
テーマ曲もロマンティックで、今でもメロディを覚えています。



何といっても「名犬ラッシー」は私の犬の原点。
何十年もたって犬を飼うことになった時、選んだのはコリーにそっくりな
シェルティで、それは代々変わりません。



「宇宙船シリカ」は竹田人形座の人形劇。
人形劇でSFですよ~
これはNHKの番組だったけど、ファンレターを出して人形のスナップつきの
返事をもらったのでとても嬉しくて印象に残っています。
(今でも押入れのどっかにあるはず)


エイトマンこと東探偵には恋しました(笑)
0戦はやとやソランの歌は今でも歌えるほど好きです。

Analog2_3  Analog3_3
   

「ジャングル大帝 」あたりから「この番組はカラー放送です」
みたいなテロップが出て、クソ~と思いましたね。annoy
カラーに替えたのはいつだったか記憶無し。
高校時代に夢中になり、世界史の成績がグンとアップした「タイムトンネル」の時はもうカラーで観ていました。



まあ映像の質では比べ物にならないけど、
そんな時代の番組を観てこられたのはある意味すごく幸せかも。
子供に「私たちの小さかった頃の番組」の話を出来る、第一世代なのでしょうし。



さて完全デジタル時代。
次の50年はどんな進化があるのでしょう。



アナログ波絶へてひととき蝉時雨         雪うさぎ



Analog4
Analog6

夜12時過ぎ、すでにザーザーの砂嵐でした。






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2011年6月20日 (月)

6月・・・原発の悪夢まだ



久しぶりに雨が止んだので庭の掃除&草むしり。
先日家人が伐ってそのままになっていた梅の枝の山に小虫が発生している。
それらを片付け、すでに草ぼうぼうの様相を呈している花壇の雑草をしばし無心で抜き続ける。
つかのまの梅雨晴れ間ののんびりした情景だが、
毎日の「本日の放射線情報」(
なんつーブラックな!1年前ならジョークにも思いつかんぞ)によると
当地はこのところ毎時0.05~0.06マイクロシーベルトあたりで推移しているが、
それは地上からかなり高い部分のこと。
地表近くや雨樋の近く、雑草の茂っている部分、落葉だまりの道などは軽くその倍は越えているようだ。
最近は個人的に計測機を購入して測定している人も多いらしい。
ということで今日は通常の倍くらいは被曝したかもしれないけど、
はい、「ただちに影響の出る数値」ではないですね、そうですね。annoyannoyannoy



そんな程度なら私などはどうでもいいが、
人間よりずっと地表に近い部分を移動する犬猫などはどうなのだろう。
まあわが家のワンズももう6歳なので、仮に影響があったとしても寿命が先だとは思いたい。
それでも草を食べたがるのは、可哀想だけど禁止。
「やめて!放射能がついてるから!」(放射能ではなく放射性物質とはわかっているけど昔からのクセでね)
ついついネットで関連する記事を探してしまう。
身の毛のよだつようなデータを並べているサイトも多いが、
ここで生きていくと決めた以上腹を括るしかないです。



まったくこんな心配をしなくてはならない日が来るとは悪夢のようだ。
それでも老い先短い?我々は居直ることも出来るが、
赤ちゃんや小さい子供を持つ若い親御さんたちの心労を思うと胸が痛む。
いったいいつになったら原発は収束するのか。
そういえば東電のシンボルマーク、
あれは核分裂をデザイン化したものだそうだ。
シンボルマークを変えた時点で以後原発推進やる気満々だったんでしょうね。
一見ミッキーマウスを連想させるところがよけいにブラック。
結果的に国民総モルモット状態か?


Tepco_0_2 

もっとも東電は真実を隠している、という非難は確かにそうなのだが、
ほんの少しは理がある、と個人的には思ったりもする。
3月の水素爆発の時点で「メルトダウン」と発表していたらどんなパニックがおこったろうか。
それを思うとまた違った意味で恐ろしい。





とにもかくにもこの長い長い悪夢、
一刻でも早く覚めてほしいものです。think

Ajisai617

Kotubame617

いつも通り花は咲き、今年はアゲハチョウも多く、
うちのツバメも無事巣立ったんですけどね・・・・









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2011年4月 4日 (月)

気休め?安心?冷戦時代核実験の話



最近時々見かける記事について。


冷戦時代、アメリカ、ソ連、フランス、イギリスなどが
さかんに核実験をやっていた時期がありました。
当時の世界はそのために、今より1000倍から10000倍の放射性物質に覆われ、
陸にも海にも降りそそいで(フォールアウト)当然植物も動物もその汚染を受けていました。
1940年代後半から1960年代前半が主であり、その後中国が加わっていますから、
現在50代以上の人はみなその放射性物質の洗礼を受けているということ。

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/rb-rri/gimon.pdf

http://d.hatena.ne.jp/ffkgmaki/20110401/1301607237



私などももろにその世代なので、そのへんのことはよく覚えています。
でも世間の風潮はそんなに深刻なものではなく、せいぜい雨にあたらないようにとか、
放射能がついているかもしれないからりんごの皮はむいたほうがいいとか、その程度。
放射能の雨にあたると頭がはげるとか、冗談にも使われていたくらいで切実感はありませんでした。
今その数値を見れば何をのんきな、と思いますが、
結果的には知らなかったことが幸いしたと言えるのかも。


だってそれだけの量の物質が飛散していたとすると・・

埼玉県の4/3の最大放射線量は約0.08マイクロシーベルト

10000倍だと800マイクロシーベルト

1000倍でも80マイクロシーベルト

原発30キロ圏の倍以上ってこと?



まあこんな計算は意味ないのかもしれないけど、
今そんな数値が出たらパニックどころの騒ぎじゃないだろうと思うと恐ろしい。

数値の正確性はわかりませんが、
実際にそれだけ多くの核実験があったこと、
そういう調査結果が出ていることは事実です。


そしてそれを子供の頃からもろにかぶり、
もしかしたら80マイクロシーベルトくらいの大気に10年以上さらされて、
汚染されていたかもしれない食物をたべてきて、
それでも無事に正常な大人になり、
一応健康な自分が今あることも事実です。



だからって今の状態を大したことない、なんて思えるものではありませんが。
でもこの関連記事を読んで、正直言って少しは気が楽になったことは確かかな。




そういえば学校で映画鑑賞の時、よくその水爆実験のフィルムを見せられました。
美しい環礁が炸裂してきのこ雲が立ち上がる映像。
海を渡る無数の蝶がそのために皆死んで海に落ちてゆく光景。
また、牧場のようなところで、核実験の爆風で牛が吹き飛ぶのを塀一枚隔てて兵士が記録しているフィルムも見ましたが、
あの人たちって死ななかったのかしら。
ともかく今から見れば放射性物質の害をわかっているのか?と奇異に思えますが、
実際わかっていなかったのでしょう。
ようやくマズイと気がついてのち、核実験は地下に変わったのですから。




これからどうなるのか・・・
人間の叡知が試される正念場ですね。

Fukusimasake_2
福島の吟醸酒。
これからなるべく被災地の商品を買って協力confident




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2011年3月30日 (水)

原発がなくても大丈夫 (リンク)



こんなサイトを見つけたのでちょっとご紹介。

反原発の立場でさまざまな活動をしてこられた田中優さんの講演を紹介したmisaさんのブログ。

http://ameblo.jp/aries-misa/day-20110323.html

講演の内容をmisaさんがダイジェストとしてまとめて下さり、
非常にわかりやすく、大切なポイントが理解できます。
後半では今研究されている、クリーンなエネルギーの色々が紹介されています。
目からウロコのユニークな発電とは?




内容はあくまで田中優氏の講演からであり、
misaさんの持論では無いことをご承知おき下さい。

先日の記事で私も、技術を越えるものは新しい技術、
日本は絶対にそれが出来る国と書きましたが、
やはり原発なしの新エネルギーはすでに色々考案、研究されているのですね。



もちろんこれらがすぐ実用化出来ると考えるほど私も脳天気ではありません。
デメリットだってあるでしょうし、実現にはさまざまな障害もあるでしょう。
この期に及んでも、安定電気供給のためには原発が不可欠との論調が跋扈していますし。
でも現在でも100%原発に依存してるわけではないのです。
30%より多いとしても、半分までは行ってないでしょう。
とりあえずは既存の火力、風力発電を充実させ、
その間に効率の良い安全なエネルギーを「実用化」を前提で絞込み、
実行に移す。
ここに紹介された以外にも、その技術はたくさんあるはず。



ようは国と電力会社のやる気の問題です。
原発抜きの電力発電を本気でやる気があるのか否かという問題です。
こんな惨事を起こしてしまって、以後誰が原発は安全だなどという世迷言を信じるでしょう。
今関東地方全域の何十万という人が、
心痛とストレスで身体に異常をきたしそうです。
放射線による10年後のがんの心配より先に、今現在心労で不安神経症や、心臓病などの病気になりそうなんです。


高濃度の放射線が検出されましたなんてニュースを見ながら、
ご飯を美味しく食べられるわけない。
どこへ行っても何をしても重苦しい不安につきまとわれ、楽しむことなど出来ない。



私の周囲でも、心痛で痩せてしまったと言う人がおおぜいいます。
いまだに解決の糸口も見えず、あと何ヶ月も何年もこの状態が続いたとしたら・・・
「知ってしまった」私たちは、原発のある限り一生心から安らぐことなど出来ないのですよ。


政府も「国民の生命を守る」という最低限の公約を実行する気があるのなら
全力で代替エネルギーの実現をはかるしかないではありませんか。
これ以降も国民の生命を危険にさらしてまで原発に固執するとしたら・・
原発で何千万という国民が死ななければわからない、というほどバカではないと信じたい。
(例えば次の地震で6基の原発が連鎖的に爆発すればそのくらい死ぬでしょう。そんなことはあり得ないなんて、一体誰が保証しますか?)

「良い教訓」とするにはあまりにも苛酷で緊迫した状態が続きますが、
この危機意識こそが流れを変える原動力だと思っています。




Touhoku1
2月に帯の加工を頼んだお店は福島県。
ようやく戻ってきた商品の箱にこんな書き込みが。
どんなに不安なことか・・・
めげずに踏ん張って欲しいです。


Touhoku2

ちょうどお米が無かったので、
福島のお米でもあったら買おうと思っていたけどありませんでした。
では宮城のお米を。
栗原は震度7を記録して死者ゼロだった町ですね♪








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2011年3月26日 (土)

原発制御不能 パエトーンのように2



今回の地震で、色々不思議に思ったことがあるがそのひとつとして。
広範囲に被害をもたらした巨大地震であったが、
その中でも最高震度である震度7に襲われた宮城県栗原市。
以下栗原市のHPから引用。


2011年3月11日(金曜日)午後2時46分ころ、栗原市で震度7を観測
 3月11日(金曜日)午後2時46分ころ、三陸沖を震源地とするマグニチュード9.0の地震、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が発生しました。
 この地震による市内各地区の震度は、次のとおりです。
【震度7】 築館地区
【震度6強】 若柳・高清水・一迫・志波姫地区
【震度6弱】 栗駒・瀬峰・金成地区
【震度5強】 鶯沢・花山地区

 地震による被害の概況〔3月25日(金曜日)現在〕
【人的被害】 ●死者:なし ●行方不明者:なし ●重傷者:2人 ●軽傷者:411人
【住家被害】 ●全壊:5棟 ●半壊:15棟 ●一部損壊:132棟 ●床下浸水:3棟
【給水可能地域】
 市内8地区のほとんどで通水し、断水地域の市内16カ所に給水車を配し対応中
【道路交通規制】 〔市道〕全面通行止め:23カ所、片側交互通行:16カ所
【停電中の地域】 なし、市内全域で通電中

引用終わり。



何と震度7を観測した栗原町では死者、行方不明者はゼロ、
家屋の全壊はたった5件だという。
もちろん内陸部なので津波の被害を受けなかったこと、
地盤の関係その他さまざまな要因が重なっているのだろうが、
日本以外で、震度7で全壊5件なんて考えられるだろうか。
そういえば津波に呑みこまれてゆく三陸地方各地の映像でも、当然津波が来るということは地震の後だということだが、
その時点で全壊している家は見た限りでは皆無に近かった。


つまり、地震そのもので全壊、それに伴う死者というのは本当に少なかったということですよね。
まだ正確な統計は当分先だけど、死者の9割が津波によるものとの情報もあり。
これは時間帯にも左右され、殆どの人が眠っていた早朝に起きた阪神大震災の時には家具などによる圧死が多かったようだが・・
今回の津波は時間をおかずに襲ってきたため、逃げる暇も無かったということが被害を大きくした。
まさに想定外。


これを教訓にして、津波に対する備えが出来れば、もっと想定外の地震が来ても充分対応できるはずだ。
思った以上に、わが国の耐震建築技術は素晴らしいのかもしれない。
というより震度7に対応できる技術をすでに備えているということ。
これは本当に心強いではないか。
建設中のスカイツリーも何の被害もなく、完成前にその耐震性の高さをアピールしたのも快挙だった。
地震は仕方ない、わが国の宿命だから。
海岸地方ではさらに津波に対する備えさえ万全にすれば・・
そして火事さえ出さなければ・・・
たとえこれから今回のような巨大地震がおこっても、被害は最小限にとどめられるだろう。



対して。
原発は想定外の津波に対し、あっさりとやられてしまった。
想定していたものの2倍から3倍の津波だったという。
しかし原発の場合、それを想定外でしたで言い抜けることは出来ないはずだ。
今の時点で今回の地震は1000年に一度、とか言われているが、
まがりなりにも日本の歴史が綴られているのは長く見積もってもたかだか2000年。
それ以前にどんな地殻変動があったのかなんて、誰も証明できない。
一万年に一度、3万年に一度の大地震や地殻変動だって必ずあるはずだし、
明日起こっても何の不思議も無い。


それは想像するだに恐ろしい。
誰だって、生きているうちにそんな災害に遭いたくはない。
でもよく言われるように大災害は「神の怒り、天罰」などではない。
そう思って謙虚になるのも悪くはないが、日本人がどんなに信心深くなったって地震は襲ってくる。
客観的に見ればただの地震、ただの地殻変動だが、
それがどれほどの破壊力を持っていることか、今回日本中が改めて思い知った。
そんな日本に、原発を作ることがいかに危険なことか、まったくの素人だってわかるし、今回はからずもそれが証明されてしまった。
ネットを調べれば例えばどこそこの原子炉が爆発した時どういう被害が出るのか、身の毛のよだつような色々なシミュレーションが見つかる。
無論私は何の専門知識も無く、どれが正しいのかはわからないのでリンクは控えますが。
それぞれで判断お願いいたします。



原発を廃止すべきと言えば、
では代替の案はあるのか、とすぐ言われる。
でも現在日本の電力で原発の占める割合は3割だとか。
はっきり言って政府が原発廃止の政策を打ち出し、その方向に転換がなされれば、
3割くらいの不足はあっというまに埋められると思っている。
追い詰められれば、何とか必要なものを短期間に作ってしまうのが日本人の凄いところではないか。
太陽光発電の研究だってかなり進んでいるはずだし、今の時点ではコストがどうのとか言っているけど、
それは原発優先の政策のせいであり、やる気になれば数年でかなりの実用化が期待できるのではないかと思っている。
その間少しくらい停電が続いたって我慢しますよ。
でもこの先、地震が起きるたびにどこの原発が・・・という恐怖を味わうストレスには耐えられない。
今回の原発事故処理が長引くほど、原発の正体見たりという国民の嫌悪感、恐怖心は増すばかりだろう。
これからもし原発を続けるとしたらどれほどの災害想定、それに伴う補強改築の莫大な費用、
それこそコストが合わなくなるのでは?
東電は夏場に電力が足りなくなると盛んに脅かしているが、あれは国民を締め付けて、
やっぱり原発が無いとダメなのね・・・と思わせる陰謀ではないかと思っている人も大勢いるみたい。(私も半分そう思っている)



「日本に原発はいらない」
もちろんこの主張には一切の政治的思惑など入っていません。
考えてみて下さい。
広島と長崎であれほどの悲惨な経験をした世界で唯一の国なのに、
今度は原発事故で国民の半分が死んでしまいました・・
なんてことになったら悲劇を通り越してもはや喜劇だ。
私たちは愚かなパエトーンになってはならない。
今からでも遅くない。
というよりあの事故を同じようにリアルタイムで見ている他の国も、
震え上がって自国の原発対策に乗り出した。
今が潮流を大きく変えるチャンスかもしれない。


「地震はけっこうあるんですけどね・・
でも建物は耐震構造で磐石だし、津波対策も万全だし、
何より今は原発ひとつもありませんから安全ですよ」
外国人に胸をはってそういえる国になったら素晴らしいではないか。

どうか今回の恐ろしい事故が一時でも早く収束し、
禍転じて福となる、の例え通り、これをきっかけに安全でクリーンなエネルギーに方向転換できますように・・・
と切に祈るばかりです。


※追記※

山岸涼子「パエトーン」
この事態に対応し、3/23からWEB公開されていることを今知りました。
山岸さんとしては20数年たって実現してしまった悪夢に、
ぜひ原発の真実を多くの人に知って欲しかったのだと思います。
こちらから読めますので、ぜひご一読下さい。
http://www.usio.co.jp/html/paetone/index.html


Paeton3_2   





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2011年3月22日 (火)

原発制御不能 パエトーンのように・・・



いわゆる”キューバ危機”があったのは1962年、
私が小学生の頃だった。
当時は冷戦時代、ソ連とアメリカがキューバを挟んで睨みあい、
核戦争寸前になった悪夢のような2週間。

TVは連日緊迫したニュースを流し続け、
巷では戦争になったら日本も巻き込まれ、水素爆弾で全滅する、と言われていた。
私は恐ろしさのあまり、ニュース恐怖症になってしまった。
でも親にはそう言えず、ちょうど夕食時にかかるニュースの時は何かと理由をつけて席を外したりしたものだ。

それから何十年も経ってまたもや同じような経験をするとは。
はい、原発のニュース怖くて見られないヘタレ状態です。
小学生から全然進歩してないのかよ!と自分でも呆れるのだが、出来れば終息のニュースが流れるまで布団でもかぶっていたいというのが本音。

Paetonbook
山岸涼子の「パエトーン」
初出は不明だが、手元の単行本発行は昭和63年とある。
今から20年以上前の作品だ。



ギリシャ神話「パエトーン」はご存知の方も多いだろうがこんなお話。


母から自分が太陽神アポロン(ヘリオスとも)の息子であると聞かされた少年パエトーンは
それを証明してもらおうと険しい山を越え、アポロンに会いに行く。
アポロンは確かに彼が息子であると認め、何でも望みを叶えてやろうと約束する。
パエトーンは父の「太陽の馬車」を1日貸してほしいと申し出る。
太陽の馬車は大神ゼウスでさえ扱うことの出来ない、唯一アポロンだけが操縦できる馬車。
アポロンは必死になって願い事を変えるように説得するが、
パエトーンは約束を盾にゆずらない。
とうとう太陽の馬車が引き出され、その素晴らしさに心躍らせるパエトーン。
しかし走り出した馬車はたちまち暴走を始め、軌道を外れて狂ったように駆け回った。
パエトーンは馬を御すことも出来ずにすくみあがり、手綱さえ放してしまう。
狂った馬車は地上の山や森を焼き払い、海は干上がって砂漠と化し、多くの人々が焼け死んでゆく。
大神ゼウスはその様子を見て憂い、世界を救うためにパエトーンめがけ稲妻を投げつけた。
太陽の馬車はこなごなに飛び散って消え、パエトーンは火に包まれて流れ星のように地上に落ちていった・・・・



山岸涼子はこのパエトーンを現代、危険な原子力発電に頼って文明を謳歌する人間にあてはめた。
チェルノブイリ事故の恐るべき実態、当時の日本の原発の実情などがわかりやすく描かれている。
当時から20年も経っているので、日本の原発の数はもっと増えているだろう。
そして恐れていた事故が起こってしまった。
天災が原因とはいえ、日本の存亡を危うくする大事故だ。
色々な情報が錯綜しているが、素人の私には何が正しいのかはっきりわからない。
ただわかるのは
、「原子力発電はパエトーンと同じ驕った愚かな行為」というのが真実だったということだ。
政府は何重にも安全対策をほどこして管理しているから安全、と言い続けてきた。
私たちも、いややっぱり危険はあるでしょうと思いながら、
豊富な電力の消費を謳歌するために見て見ぬふりをしてきたと言えないだろうか?


考えてもみてほしい。
あの事故の経過を見ればわかるとおり、
はい、地震で自動的に運転が止りました、ですむならめでたしめでたしだ。
石油ストーブなどではそれで解決する。
たとえ火がでても、水をかければちゃんと消える。
ところが運転を停止したあとでも、管理が出来ないと核燃料、
使用済み核燃料まで暴走をはじめるというのが原発の事実だった。
(そんなことは私も全く知らなかった、停止すればそれでOKかと思っていた)
あれだけの人数を投入して命がけの作業を続けても、いまだに解決にいたらない。
高度の放射能が漏れ出したら、もう現場で人間が作業することも出来なくなり、
放棄して逃げ出さざるを得ない実態になったら・・・・
いったいどうなるというのだろうか。

Paeton3

つまり人間は、原子力を完全に管理など出来ないということでしょう?
まさに制御不能、身の程知らずで愚かなパエトーンと同じだ。
今回の事故で多くの人がそう思い、その恐ろしさが骨身に沁みたと思う。
今回は自動停止装置が働いたからまだ良かったのか・・・
しかし停止装置そのものが作動しないという事故だって充分にありうる。
私も何年か前から感じていたのだが、日本列島は地震の活動期に入ったことは間違いないようだ。
想像したくはないが、東海地震も近いのかもしれない。
その時浜岡原発がどうなるのか、地元の人が心配するのは当然だ。


いや、浜岡だけの問題ではない。
日本中いたるところにある原発がもしチェルノブリ級の事故をおこしたら、
国中が数日中に放射能汚染されてしまうそうだ。
そう、全長だって3000キロ程度の国土なのだから・・・




日本は国土狭いんです。
原発の周囲にも人がたくさん住んでいる。
加えて世界一の地震国です。
しかもしかもその地震の活動期に入っているとしたら、
大きな地震が今後もどこにくるかわからない、
その時原発が事故を起こすかもしれない。
そう思い続ける恐怖、ストレスに耐えられますか?
原発はそのリスクを補ってなお余りあるものですか?



(続く)








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2011年3月15日 (火)

3月11日 東京難民



3月11日、東京であの地震に遭いました。
その日は国立新美術館で「シュールレアリズム展」を見るため、
友人の可惜夜さんと1時に待ち合わせ、ゆっくり展示を見てから館内のカフェでコーヒーでも飲もうと、カフェの窓際に席を取りました。
展示会のナビゲーター、「リサとガスパール」(フランスの絵本のキャラ)に因んだ、
「ガスパールのダブルエスプレッソラテ」を飲みながらおしゃべりしていて30分もたった頃、揺れがきました。
どうせすぐ収まるだろうと思ったけど、揺れの巾は大きくなり、まるで船酔いのような気分の悪さ。
カフェの周囲は吹き抜けのガラス張りで、もし割れたらという恐怖はあったもののその兆候はなく、何かが落ちてくるでもなく、
最新の建物でもありかえって安全かも・・とわりに落ち着いていられました。
他のお客さんも同じ思いだったのか、慌てる人は見当たらなかったです。
しかしあまりに長い異常な揺れに外に出る人も。
あの時何かが落ちて音を立てたり、誰かが悲鳴をあげたら一気にパニックになっていたかもしれません。
それにしても館内放送があるわけでもなく、美術館がわも不親切。
そういうことを想定して、誘導の放送をするとか、情報を提供するとかするべきなのでは?

311b 
311a_3 

この時までは平和でした・・


外に出て、携帯をチェックするも地震があったとしか出てこない。
他の人に聞いてもやはりわからず、ある喫茶店の前で皆が中をのぞきこんでいるので行ってみたら、
ガラス戸のなかのTVが東北の大地震という報道を流していました。
同時に頭上の看板がグラグラ揺れて・・
危険を感じていったん美術館の庭に戻りましたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、
ちょうどお客を下ろしたタクシーをつかまえて、最寄のJR駅まで行ってくれるよう頼みました。


ところがこの運転手さん、営業を始めてまだ2日目だとかで全然道がわからない。
お客に道を聞くなって!(ていうかそれでよく営業許可が出るなあ)
すでに道路は渋滞が始まっており、渋谷に行くのを中止して表参道で下車。
原宿駅まで行ってみましたが、駅の前には人があふれかえっていて、危惧していた通り電車は運転中止。
もちろんメトロも同じ。
途中窓ガラスの割れた建物や、ケガか病気か、道路に倒れて周囲の人に介抱されている人も見ました。


家に帰るには池袋から東上線に1時間も乗らなければなりません。
ともかく池袋まで、バスでもいいから・・と思ったものの、バスは超満員。
すでに道路は大渋滞になっていました。
じっとしていると寒いし、こうなれば歩くしかない・・
いったい何キロくらいあるのか、山手線でいうと6駅ぶん。
明治通りをひたすら行けばいいので道に迷う心配は無いのが唯一の慰め。
(あとで調べたらだいたい10キロくらい?)


折りよく休みで家にいてくれた家人とも連絡が取れ、残してきた犬猫の心配をする必要もなく安心できたことは救いでした。
可惜夜さんのほうはやはり家に残してきた愛猫が心配そうで・・・本当にこういう時、いてもたってもいられないの、よくわかります。
途中千駄ヶ谷のドトールで休憩、仕事の終わった可惜夜さんのご主人とも合流して再び明治通りを北上。
同じような「東京難民」が、時には「人の渋滞」をおこすほど、たくさん歩いていました。
ちょっと異様な光景ではあるのですが、
特に若い人は不思議なほど明るい顔なのが印象的でした。
友だち同士、「チョーこわかったあ」なんて喋りつつ携帯やスマホをチェックしながら楽しそうに歩いている。
キミたち、状況がわかってんの?とも言いたかったけど、あの多くのひとが皆暗い顔をして黙々と歩いているのを想像すると、それもイヤですね。
思うにスマホやワンセグ携帯などで情報を常に受けていられる安心感があるのかも。
それとああいう時って無言の連帯感みたいなものが生まれるんですよね。
ともかく情報が常に入って来るということが、いかに人を落ち着かせるかということがよくわかります。



家と連絡を取り合っているうちに私の携帯もどんどん電池が減ってきました。
これは不安。
写真俳句の友人が色々情報をメールで送ってくれ、心配した弟妹や遠くの友人からもメールがはいるのですが、
電池切れがこわくて返信も出来ず・・
auがあったら緊急用?充電器があるか聞いてみようと思いましたが機会なし。
途中通りかかった新宿の日本赤十字社東京都支部に招き入れられ、休憩させてもらいました。
スタッフが親切にトイレの案内などしてくれ、とても助かりました。


池袋に着いたのは夜9時すぎ。
デニーズなど24時間営業の店はいっぱいで、仕方なく居酒屋で待機。
疲れて食欲もなく、何時間かいましたが、帰宅困難者を都立高校や大学でも受け容れてくれるとの情報があったので、
近くの立教大学にでも行ってみようかと池袋駅に寄ったところ、
ちょうど可惜夜さんのお宅がある西武線が開通、お言葉に甘えて一緒に行って泊めていただくことに。
ほんとにもう地獄に仏。翌日無事に帰宅することができました。(可惜夜さん、ほんとにありがとうございました)
愛猫のたらちゃんも無事でお宅にも被害がなく、本当に良かったです。
こうして東京難民生活?は半日で終了。



教訓。
家人は暖かくて安全な場所にいて、あまり動くなと言ったけど、
歩いてでも目的地に行ってよかった。
行動しなきゃわからないこともあります。
もちろん余震も続く中だったので、充分注意するべきですが。
深夜西武線に乗れたときも、各停とはいえ意外なほど空いていたのに驚きました。
乗っていた若い男性も、「来てみて正解だったよな、来なきゃ動いてるのわからなかった」と話していました。
交通情報などはやはりTVなどでもすぐ放送されるわけではないし、帰宅困難者の受け入れ情報もTVに出たのは深夜1時すぎでした。
便利なツールがたくさんあって心強いとはいえ、皆が持っているわけではないので、
東京都としてももう少しそのへんを考えて、情報がすばやくいきわたるようにしてほしいです。



それにしてもそんなこと、
被災地の方々の苦労にくらべたらなんてことはありません。
初めて見たあの津波の光景の衝撃・・・
カフェラテ一杯飲み終わらないうちに、世界が変わってしまった。
今はともかく犠牲者のご冥福をお祈りし、
まだ不明の方が一人でも助かるよう、祈るばかりです。



311c

表参道の「ルイ・ヴィトン」では何故か上部から水が流れ落ち・・・
大勢のひとが歩いている光景は、何故か撮る気になれませんでした。

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