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2012年5月13日 (日)

母の日の思い出



それは昔々の学生時代、東京は自由が丘の鞄店でアルバイトをしていた母の日のこと。
カーネーションで飾られた店の外に男性が一人立ち止まった。
短髪に下駄履き、今考えたら何かの職人さんか板前さんか・・
当時は長髪が全盛だったので逆にインパクトが強かったように思う。
先輩の店員が応対に出たが、入り口に立ったまま店の中に入ってこようとしない。
こういう店には近づいたこともない、気恥ずかしいといった様子がありありで一刻も早く用事を済ませて立ち去りたいようだったが 
どうやら母の日のプレゼントにハンドバッグを買いにきたのだとわかった。


「50くらいの女が喜びそうなやつだよ、何でもいいから」と言っているのが聞えた。
「こちらなどいかがでしょうか?」と店員が2個ほど入り口に持っていって勧めるのをロクに見ようともせず、
「あーそれでいい 早く包んでくれ」
先輩店員はおかしさをかみ殺しながら、ていねいにラッピングしてギフト用のカーネーションを飾り、
とうとう店内には入らなかった男性のところに戻ると、 
彼はひったくるように包みを受け取ってそそくさと立ち去っていった。



彼はいったいどんな態度で彼の母にプレゼントを渡したのだろうか?
ぶっきらぼうに「ほら コレ」とかなんとか?
あの頃、すべてにおいて悩みばかりで重苦しい日々を送っていた私だったが、
この出来事にはガラにもなく(シニカルを旨としていた当時としては不覚にもというべきか)ほのぼのと明るい気分にさせられた。
以来長い年月が経ったが 母の日というとこのエピソードを思い出す。



人は時に偶然、
思いもかけない思い出や物語を他人に与えるものなのだろう。
与えたほうはそんなこと夢にも知らないだろうが、
何故か受け取ったほうはそれを一生忘れなかったりするのだ。
母の日、今日はこんな微笑ましいエピソードが、
全国のあちこちで繰り広げられているのかもしれない。




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2012年4月 4日 (水)

南海トラフ超巨大地震?


先日内閣府の検討会が出した南海トラフ巨大地震の被害予想は実に衝撃的だった。
まずNHKニュースで観たのだが、予想を大きく超える巨大地震が想定され、マグニチュードは9.1
津波の高さ20メートル以上は6都県、高知のある町では34メートルにもなり、
震度7の揺れは10県に渡る、というようなことを矢継ぎ早に報道。
画面では津波の来る太平洋沿岸の広範囲が真っ赤に色分けされ、
去年のあの日、大津波警報の点滅する画面を思い出してぞっとした。
翌日新聞(手元にあったのは産経新聞)を見たらやはり第一面トップに「南海トラフ巨大地震、想定見直し」
「浜岡 予測越す津波」などの大文字。それに続いて予測される被害の状況が綴られている。

Nankai1
Nankai2

これを見たらさ、明日にでも来ると言われている南海地震、
来たらこんなにも甚大な被害になるのかと思っちゃいませんか。
ところが1ページめくって3面を見ると、「想定し得る最大級の地震」という記事があり、
読んでみると

新想定は次に起きる地震を想定したものではなく、
地震を起こすひずみが800年にわたって蓄積されたケースを試算したものだ
東日本大震災の研究で得られた知見を反映し、科学的に考えられる最大級の津波と揺れを想定、
めったに起きない巨大地震のシナリオを描き出した
とある。


はあ?なんですかそれ?



他の新聞やネットで検索してみると、検討会の事務局自身が

「今回の発表内容は震源の想定を変えた16パターンの最大値を重ね合わせたもので、
これらの被害が一度に起きることは実際にはあり得ない」
というただし書きあるじゃないですか。


要するになんですか?
考えられる16パターンの地震の最大被害を全部足してみましたってこと?

素人なのでその計算方法がよくわからないけれど、
実際の予測からかけ離れた想定だとしたら、
こんなセンセーショナルな発表の仕方をして何の役にたつんだろう、
というのが素朴な疑問。


他の新聞は知らないけど、
産経新聞の1面だけを見た人はそれを次の南海地震の想定と思っても仕方ないだろう。
なんでその重要な解説を3面に?
当然1面にきちんと併記するべきではないのか?

NHKニュースにいたっては、私はその解説を聞いた覚えもない。



それでなくても去年の地震での被災者はもちろん、
首都圏の人間だって全治5年くらい?の心理的な傷を負っているのだ。
加えて首都圏直下型地震も近いというプレッシャーにさらされ、
電車に乗れば「震度7では助からない」などの週刊誌の広告見出しを突きつけられ、
それでも多くの人は何とか気持ちを立て直して前向きにいこうとしているのに、
何で今、ここまで恐怖を煽るようなような報道を大々的にしなければならないのか。

私は首都圏にはこれから来るという地震の恐怖でノイローゼ状態になっている人がたくさんいると思っている。
将来に絶望すれば気力もなくなり、働く意欲さえ失ってしまう。
そのストレスが身体に及ぼす影響は放射性物質よりもはるかに恐ろしい。
もちろん今回の想定の現地である西日本、特に海岸沿いの人の恐怖は言わずもがな。

また、こんなショッキングな発表をして、経済、外交的なマイナス要因にはならないのだろうか。
日本はそこまで危険な状況だという間違ったイメージを持たれるとしたら・・

確かに地震はいつか来るだろう。
1000年に一度の地震が連鎖することだって無いとは言えない。
いかに備えが大切かということは去年の震災で思い知らされたこともわかる。
でもこの時期に「16パターンの最大被害値を重ね合わせた」なんていうわけのわからない、
というか非現実的で無意味な予測で恐怖を与え、気力を削ぐのは無神経すぎないだろうか。
これだけ言っとけば、それより軽かった場合は「良かった」で済ませられるんだから、
という地震学者の思惑だと言われても仕方ないのでは?
それと報道はTVも新聞もまずセンセーショナルな内容で視聴者、読者を惹きつけようとする(としか思えない)
あざといやり方はやめてほしい。
今回の場合だったら、まずその算定の根拠や計算方法をきちんと明記、明示するべきだろう。
週刊誌もまた、ここぞとばかりの煽り記事を書くんだろうな・・・。



復興の遅れ、まだ遠い原発事故の収束、今年も続く電力不足の懸念、
でもモタモタする政府を尻目に新しい活路を求めて民間ではがんばっているんです。
いつだって日本は逆境をバネに新しい技術を開発、発展させてきた。
それも希望と気力があってこそ。
根拠の薄い、誤解を招くような脅かしはやめてもらいたいものだ。




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2012年2月 8日 (水)

東京直下型地震




先日写真展をいくつか見るために東京へ行ったが、
東京直下型の地震が4年以内に70%と聞いてからどうしてもそれが頭から離れず、
用事が終るとさっさと帰ってきてしまった。
都は先日帰宅困難者のための訓練を行ったそうだが、
それはそれで大事なことだと思うけど、難民になって足止めを食うくらいならまだ良しとしなければならないのかもしれない。
去年3月11日、私は運悪く東京にいて帰宅難民を経験して不安な思いをしたのだが、
あの時はただ交通機関が止まっただけで東京に殆ど被害はなく、ただ待っていればよい状態だった。

Tokyo125_3   

東京が震災に見舞われればあんなものではすまないだろう。
3月の震災の時は津波の被害があまりにも大きかったので、以後津波対策ばかりがクローズアップされているようだが、
東京で恐ろしいのはそれより建物倒壊と火事だと思う。
それと何より恐ろしいのはパニック。
去年のように携帯がつながりにくくなるくらいで通信網が生きていれば情報が入ってくるからいいけれど、
それが遮断されてしまったら・・・どんなパニックが起こるだろうと思うとつくづく恐ろしい。
周囲が火事になってもどちらに逃げたらいいのかわからない。
デマも飛ぶだろう。
ヘタをすれば関東大震災の時の本所被服廠跡の悲劇の再来だ。



火事がおこった場合どちらに逃げたらいいのか、的確な情報は流せるだろうか。
通信が遮断されてしまった場合どうやって?
国や都はそのへんの対策を考えているだろうか?
大きな数字を持ち出して恐怖を煽るだけで、やることは帰宅難民になったときの過ごし方レクチャー?
肝心のその前の段階がすっぽり抜け落ちてはいないか?

Sinjyuku1_2 

直下型の場合、範囲は狭くなると思うけど想定震度は最大6強という。
調べてみると震災から後でも、4日後の静岡など、震度6の地震は起こっている。
それでも大量の死者が出たとの話は聞かない。
東京だとて地震の危険そのものは前から言われているので、ずっと以前から耐震基準を厳しくしてそれなりの手は打ってきたはずだ。
デパートなどでも何十億円もかけて補強工事をしたところが多いと聞く。
報道によれば想定される死者の8割は倒壊によるものだということだから、
耐震さえしっかりすれば、殆どの人が助かるということになる。
倒壊がなければたとえ火事が起こっても消火はスムースだろう。
間に合うかどうかは疑問だが、少しでも早くその対策を徹底的に進めてほしいものだ。
ひとくちに地震といっても揺れのタイプはさまざまでそれは起こってみなければわからず、100%安心、なんてことは言えないと思うけど、
原因と対策がはっきりしているのだから、犠牲者が少しでも減るようにあらゆる手を打つのが急務だろう。



マスコミの報道の仕方も問題だよね。
センセーショナルに報道し、週刊誌がそれっとばかりに恐怖を煽るような特集をこれでもかと組む。
その見出しが電車の広告でいやでも目に入る。
おかげですごく厭世的になってしまった人もたくさんいると思うし、
子供たちも怖い思いをしているのではないだろうか。
東大の研究所が出した今回の「4年以内70%」は別に新しい試算ではなく、去年の秋に出た「30年以内に98%」と同じ試算であり、
しかも去年の時点の地震頻度と今では異なるので、今試算すれば違った結果(もっと可能性は下がる)になるという。
京大が出した最近の試算では「5年以内に28%」となっていたけど。
と、ここまで書いてちょっと検索したら



東大地震研でも試算しなおしたら今度は「4年以内で50%以下」ですと。think
まあどう計算しようと誰にもわかるはずはないんですよね。学者さんを責めることなど出来ない。
それとあまりにパニックが広がったので意図的に下方修正したのかとも疑いたくもなる。
でもいつかはわからなくても来ることは確実。
帰宅難民で済めばもうけものだ。
個人的には避難ルート、近くの安全そうな場所などを把握し、シミュレートして日頃から備えておくことが大事だろう。
去年の震災の時も、震度7でも殆ど無傷、死者ゼロの町もあった。
やれば出来ます、何とか乗り切りましょう。


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2011年9月 3日 (土)

ああ節電の夏終る





さて今年の夏は去年のように居座った凶暴な残暑に苦しめられる事はなく、
穏やかに去ってくれそうだが、節電節電で重苦しい夏でもあった。
東電も電力には余裕を持っていて、企業の電力制限解除も前倒しで行われるようだ。
しかしそんなこんながどうにも釈然としない。
あの震災直後の計画停電はいったいなんだったのですか??


ただパニクっただけだとしか思えない計画停電の後、
今度は夏には電力が足りなくなるから再び実施する、
電力はこんなにも足りないと数字を並べ、
企業も家庭も節電しないと大規模停電が起きる、とさんざん脅かし、
夏になってみれば東北電力に常時融通できるほどの余裕。
そりゃあ休眠させていた火力発電所を大急ぎで立ち上げるなど努力はしたのでしょう。
が、そもそも過去にも原発が殆ど停止したことは何度もあり、
代替の火力発電その他でカバーできることはわかっていたのではないの?
まあヘタなことを言って万一本当に電力が足りなくなるより、危ないと言っておいて、
努力でクリアしました、と言うことにしたいのはわかるけど。


で、節電節電の大号令、大合唱。
企業に対する苛酷な電力制限でどのようなダメージがあったのか、
その辺はよくわからないが、
家庭に対しても15%削減をめざしましょうとかなりの高圧的態度。
私の周囲でも、原発再稼動させたいためのポーズじゃないの、とか
大規模停電?出来るものならやってみな、という醒めた意見が多かったけれど、
そこは根が真面目な日本人。
誰のせいなんだよと思いつつ、節電自体は悪いことではないし、協力はしましたよ。
もともとTVは電源を切っていたけど、電子レンジ、洗濯機、
炊飯器、コーヒーメーカーなどすべてにタップをつけて使い終わったらOFF。
空気清浄機も1日中つけていたのを夜はOFFに。
2階の電話子機、電気スタンドなども朝起きるとOFF
電動歯ブラシも半日はOFFにしておく。



それだけやっても7月の使用量は前年比たったのマイナス1%。
これは去年は例年通り7月末まで梅雨でエアコンがいらず、
今年は6月中から猛暑で使わざるを得なかったから。
8月はなんと33%の削減だったが、これまた今年は7月末から涼しい日がしばらく続いたせいで、
どうも使用量はひたすらエアコンにかかっているらしい。
うちのエアコンは20年も経つ老朽化したものなので、
つけるたびにどんなに電力と電気代を食うのかと精神衛生上よろしくなく、
8月上旬仕方なく2台買い替え。(泣)
現在のだと3割は電力削減になるとのことで、
ようやく心安らかにつけられるようになったのだが・・。



それでも昼間一人でいるときは殆どつけないでがんばる。
もともと閉めきってエアコン、というのが好きじゃないので例年通りなのだが、
今年も熱中症で命を落とした人がたくさんいて本当に残念だ。
これは節電のせいばかりではないけれど、明らかに昔の「普通の暑さ」の域をこえている昨今、
エアコンは命にかかわる必需品となりつつある。
街でも駅のエスカレーターが止ったり、まるで夜のように暗いコンコースなどを多く見かけた。
そもそも東京のメトロの駅、それも新しいものなほど、エスカレーターに乗ることを前提として作られていて、
歩くのがイヤなら乗って下さいなんてシロモノではない。
高層ビルのエレベーターは言うに及ばず。
今年は総体的に去年よりは涼しかったので救われたのだろうけど、
去年みたいに暑い夏だったらどうなっていたのか、
それでも乗り切れたのか、そこが知りたいところだ。



ということで豊富な電力は絶対必要で、昔に戻れるわけはない。
今年の冬は・・来年の夏はまたどうなるのか。

原発は順次廃止、というのが現実的だと思う。
どう逆立ちしたってこれから原発が国民に支持されることは無いだろうから、
原発幻想は捨ててさっさと代替エネルギーの開発に力を注ぐべきですね。
今はもう不安定な原油に頼る火力があればいいというわけにはいかず、
先を見越して効率の良い新しいエネルギーを実現させるべき。
やれコストがどうとか言うけどそれは今の現実であり、原発、火力ありきでの計算でしょ。
それはこれからどんどん変えていける。
原発のコストが後始末のことまで考えたら安いなんてとんでもないことは誰もが知ってしまった。
ただ、「クリーンな自然エネルギー」という言い方はウソを含んでいて抵抗を感じる。
どんな発電にしろ100%クリーンなんてありえない。
きれいごととして、政治に悪用されかねない。
夢物語ではなく現実にするため、その幻想も捨てよう。
バブル崩壊後、日本は「目先のこと」しか見ない、考えないで結果的に自らの足をひっぱってきた。
今こそ腰を据え、長期ビジョンの観点からエネルギー政策に本腰を入れるべきだろう。


原発に替わる大規模発電の実現化なんて無理?
いいえ日本ならそれが出来ると、日本だからこそそれが出来ると私は信じている。
根拠?は無いです、はい、ノーテンキかも(笑)
でも昔から日本人は危機をばねにすごいものを作りだしてきたじゃない。
不可能なことを何とかやっちゃうのが日本人のすごいところ。
今回もこの災難が長い目でみれば「禍転じて福となる」となるよう、
信じてやまない次第です。



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2011年8月21日 (日)

三島・源兵衛川ミニ紀行



先週、中学の同期会に出席するため、
久しぶりに三島に行ってきました。
三島は小、中、高校時代を過ごした第二の故郷。
中学時代ってどんだけ昔なんだよという話ですが、
約500名の同期生のうち、90人ほどが集まって盛会。
クラスの皆で撮った写真を見ると、皆元気で若い♪
昔なら全員40代で通用するよな~って、まあ自己満足させといて下さい coldsweats01



もうひとつの目的はちょうど今咲いているであろう「三島梅花藻」を撮影すること。
去年は9月でもう終りかけていたので、リベンジの気満々で重たいデジイチを持参しました。
出発は通った中学校のすぐ向かいにある中郷温水池。
此処は中学の頃はただの池でしたが、今はきれいに整備された公園になっていて、
鴨や白鷺の生息地になっています。
何故「温水池」かというと、農業に使う水がそのままでは冷たすぎて使えないため、
一度ここに溜めてあたためるから。
富士の湧水である三島の水はそれほど冷たいのです。

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ここから源兵衛川をさかのぼって駅近くの楽寿園をめざします。
今回、梅花藻もきれいに咲いていて写真もたくさん撮れましたが、
それより何より、甦った源兵衛川の美しさに感激しました。
私が子供の頃は町中にも小川が縦横に走り、
市役所の前の通りなどは両側に川がごうごうと音をたてて流れていて、
夜などは怖かったほどです。
今ではかなりの川が暗渠になり、その面影はありませんが、
見る影もなく汚れ澱んだ源兵衛川は市民の努力でみごとに甦り、
遊歩道も整備されて市民の憩いの場となっています。

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川辺にはこんなおしゃれなカフェも・・・


温水池から楽寿園まで、街中を歩いたらけっこうな距離ですが、
川を伝っていくとあっというま、という感じ。
暑い日でしたが、だからよけいに気持ちが良くて・・
夏休み中ということで、たくさんの家族連れが水遊びを楽しんでいました。
こんなきれいな川で遊べる三島の子供たちは幸せです。
いや、それも市民の努力の賜物。
この源兵衛川のプロジェクトの中心には同期生も多くいて今でも活躍しています。
改めて、深く御礼申し上げます。

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川辺を歩きながら、しきりに思い出されることがありました。
それは昭和38~39年、町を二分する重大事となった「石油コンビナート誘致騒動」
高度成長期まっただなかだった当時、三島、沼津、清水町にまたがる大がかりな石油コンビナート進出が計画され、実行されようとしていたのです。
当時の感触としては今の原発誘致じゃないけれど、地元が潤うことは確実で、
喜んで誘致、というのが普通だったと思います。
しかし三島はそれ以前に誘致していた某大工場が稼動してから湧水の量が激減したことで警戒し、
農業関係者を中心に反対運動が起こりました。
それはやがて大きな広がりとなって沼津や清水町も巻き込み、
ついにコンビナート進出を阻止したのでした。
当時としては画期的なことで、今では特筆すべき公害反対運動として記録されています。


http://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn001983.html


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三島梅花藻と水辺のアイドル、カワセミくん



本当に阻止できて良かった・・
もしコンビナートが出来ていたら、川再生以前に川そのものが干上がっていたでしょう。
清水町の柿田川がコンビナートの水源として狙われていたのですから、
今や全国的に有名になった柿田川の湧水も枯渇してしまったに違いありません。

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楽寿園の小浜池も、満水というほどではないにしろ水を湛え、
以前は完全に干上がっていることも多かったのでほっとしました。
楽寿園の向いの水泉園・・・と昔は言ってたけど、今は「白滝公園」というらしい。
ここは昔と変わらず、小学校の時水に入ったりボートの模型を浮かべたりして遊んだ頃のまま。
今楽しそうに遊んでいる子供たちも、夏休みの思い出として長く記憶に残ることでしょう。

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願わくばこの子たちが親になって、その子供たちが、孫たちが、変わらぬこの地で水遊びを楽しんでほしい。
本当にこの冷たく美しい水は三島の素晴らしい財産。
いつまでも豊かに三島を潤してくれるよう、祈らずにはいられません。confident


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2011年8月11日 (木)

ひまわり



立秋は過ぎたとはいえ、なお続く厳しい暑さの中、
ひまわりがたくましく咲いている。
近年は鉢でも育てられるコンパクトなタイプも多いようだが、
やはりひまわりといえば人の背丈を越えるような大型の花が夏らしくていい。
毎年この時期になると連鎖的に思い出すのはイタリア映画「ひまわり」
涙の止らないラブ・ロマンスであると同時に、見事な反戦映画の傑作。

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第二次世界大戦下のイタリア。
戦争で引き裂かれた新婚夫婦の、夫は終戦後も戻らない。
夫は必ず生きていると信じる妻は
僅かな手がかりを頼りに夫の従軍したソ連に向う。
しかしようやく探しあてた夫には、ロシア人の妻と子供がいて・・・


ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの名コンビに、
ロシア人の妻としてリュドミラ・サベーリワ。
もとバレリーナのサベーリワの清楚な可憐さがまたいじらしく、
どちらに肩入れしていいのか困ってしまう。



ともかく泣けましたね。
何度観たかわからないけどそのたびに泣いてしまう、特にラストシーン。
万感の思いをこめて見つめあう、二度と逢うことはないふたり。
愛し合いながら結ばれない、あるいは添い遂げられないというパターンが
個人的にすごく好きなので。
そうなるとお互いは永遠の存在、そんな存在になれるのはある意味幸せなことかも。
このパターンの映画、他にも「シェルブールの雨傘」とか「追憶」など。
いずれも一生忘れられない余韻を残している。



これが公開されたのは1970年だが、その時の解説文に、
ひまわり(女性)は太陽(男性)を追う、
太陽があってこそ輝く哀しい存在だ、みたいな事が書かれていて、
友人同士、「その通りよね~」とか「冗談!何それ、アタマ来る!」」とか議論したものだ。
そういえばウーマンリブの時代だったけど、
若かった我々は皆それぞれに恋もしていたし。



ところでこの当時は冷戦時代でソ連は孤立しており、
西側諸国がソ連で映画のロケをするなんて考えられないことで、
その点ずいぶん話題になったものだ。
何でも映画の製作者が当局に必死で働きかけ、
映画の意図を繰り返し説明して説得、ようやく撮影許可が下りたという。
おかげで地平線まで続くソ連の広大なひまわり畑が、
この映画の象徴として強烈な印象を残すことになった。

Sunflower2_2

しかし映画スタッフの熱意にほだされて・・という人情話などではないだろう。
当時のソ連がメリットの全く無いことをするはずもなく
(それは今のロシアも同じだろうが)
何らかのアピール効果ありと判断したのかもしれない。

以前は気にしなかったのだが、この映画には原発が出てくるシーンがあるのだ。
ふたりの妻が対面したシーンで、夫の帰ってくる時間になり、
二人は家を出て近くの駅に向う。
その泥だらけの道路の向こうに
白い煙を吐きながら巨大な原発の高炉がそびえ立つ。

Sunflower1_2

ほんの数カットだが、とても印象的だ。
ソ連は1950年代にすでに原発を稼動させているそうだ。
場所はわからないが、ロケだから実際に使われている原発であったことは確か。
見た感じ集落は原発からほんの数十メートルという映像で、
こんなに近くて大丈夫なのかなと思ってしまう。


唐突な原発の登場は、多分ソ連がわのアピールだと思う。
あるいは牽制?
当時は各国で核実験も盛んだったし、
最先端の技術の存在をさりげなく知らしめたかったのかもしれない。
あのチェルノブイリ事故の20年近くも前の話。
それと、今年になって福島の原発事故のあと、
ひまわりが放射性物質を吸着するという話を聞き、またまたその事を思い出した。
あのソ連の広大なひまわり畑はそれと何か関連が??



いや、多分それはないとは思うけど。
昔ソ連の小説を読んだ時、
登場人物たちがやたらに「ひまわりの種」を食べるシーンが出てきて、
ひまわりの種ってそんなに美味しいのかしらと思ったことがある。
で、今ちょっと調べてみたらやはりひまわりの種は今でもロシア庶民の大好物だとのこと。
ビタミンや葉酸が豊富に含まれていて健康と美容にいいそうだ。
じゃ、あの広大な地のひまわりは全部食用なのか・・
ウォツカ飲みながら齧るんでしょうかね・・あ、ひまわりからはオイルも採れるし。



原発周辺の汚染地域に植えられたひまわりは花を咲かせただろうか。
汚染物質を吸収するということは、ひまわり自体が汚染植物になるということよね。
もちろん種を採ったりはしないだろうけど、
ひまわりの種を好んで食べる野鳥も多い。
その辺も出来れば考慮してほしい。



映画での、悲惨な戦争による多くの犠牲者を覆うひまわり。
平和な時代でありながら、国の存亡を危うくするような事故の地に咲くひまわり。
いつもにもまして、あまりにも重い鎮魂の夏が往く。




ひまはりの咲き極まれば時止まる     雪うさぎ


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ヘンリー・マンシーニの主題曲がまた泣かせますweep










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2011年7月25日 (月)

アナログ放送の終った日




昭和28年から今日まで放映されたアナログ放送がついに終わりましたね。
わが家の二階に1台残っていたアナログ14型テレビで、その歴史的瞬間?を見届けました。

Analog5
Analog1


思えば実家にテレビがやってきたのは昭和33年か4年でしたか、
一番古い記憶は若乃花と栃錦の千秋楽の一番でした。
皇太子殿下(当時)と美智子妃殿下のご婚礼パレードも観ました。
日曜日の午前中、近所の友人たちがいつも遊びに・・というよりテレビを観にやってきました。
当時のテレビって何インチだったのかなあ・・
4本脚がついていて、消してある時はミニ緞帳のようなカバーをかけたものです。



白黒時代のなつかしい番組について書き出したらキリがないので、
思い出すままにちょっと書き出してみました。
子供向け活劇、西部劇、アメリカのホームドラマ、
日本のドラマ、バラエティ その他色々

白馬童子
七色仮面
怪傑ハリマオ
忍者部隊月光
まぼろし探偵

Anarog3
アニーよ銃をとれ
ララミー牧場 
ブロンコ
シャイアン


パパは何でも知っている
ベン・ケーシー
逃亡者
パティ・デュークショー
ルーシー・ショー
奥様は魔女


おとぎの国
ディズニーランド
ナッティドリームランド
名犬ラッシー
名犬リンティンティン
トムとジェリー
フィリックスちゃん(タイトルは違っているかも)
バックス・バニー
宇宙家族ロビンソン



ポンポン大将
事件記者
私だけが知っている
恐怖のミイラ
少年ケニヤ
ふしぎな少年
若い季節
夢で会いましょう
ジャスチャー
お笑い三人組
チロリン村とくるみの木


鉄腕アトム
狼少年ケン
鉄人28号
エイトマン 
スーパージェッター
0戦はやと
宇宙少年ソラン
遊星少年パピイ
ワンダースリー 
レインボー戦隊ロビン
宇宙船シリカ
ウルトラQ



多くの番組、覚えている人もたくさんいると思いますが・・
このうち覚えてないのに忘れられない?のが
「ナッティドリームランド」と「おとぎの国」
ナッティ・・のほうはとても面白い異色なアニメだったと思うけど、
内容は記憶にありません。
「おとぎの国」はディズニーランドとは関係なく、
シャーリー・テンプルが案内役兼主演で、童話などを演じていたと思う。
テーマ曲もロマンティックで、今でもメロディを覚えています。



何といっても「名犬ラッシー」は私の犬の原点。
何十年もたって犬を飼うことになった時、選んだのはコリーにそっくりな
シェルティで、それは代々変わりません。



「宇宙船シリカ」は竹田人形座の人形劇。
人形劇でSFですよ~
これはNHKの番組だったけど、ファンレターを出して人形のスナップつきの
返事をもらったのでとても嬉しくて印象に残っています。
(今でも押入れのどっかにあるはず)


エイトマンこと東探偵には恋しました(笑)
0戦はやとやソランの歌は今でも歌えるほど好きです。

Analog2_3  Analog3_3
   

「ジャングル大帝 」あたりから「この番組はカラー放送です」
みたいなテロップが出て、クソ~と思いましたね。annoy
カラーに替えたのはいつだったか記憶無し。
高校時代に夢中になり、世界史の成績がグンとアップした「タイムトンネル」の時はもうカラーで観ていました。



まあ映像の質では比べ物にならないけど、
そんな時代の番組を観てこられたのはある意味すごく幸せかも。
子供に「私たちの小さかった頃の番組」の話を出来る、第一世代なのでしょうし。



さて完全デジタル時代。
次の50年はどんな進化があるのでしょう。



アナログ波絶へてひととき蝉時雨         雪うさぎ



Analog4
Analog6

夜12時過ぎ、すでにザーザーの砂嵐でした。






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2011年4月 4日 (月)

気休め?安心?冷戦時代核実験の話



最近時々見かける記事について。


冷戦時代、アメリカ、ソ連、フランス、イギリスなどが
さかんに核実験をやっていた時期がありました。
当時の世界はそのために、今より1000倍から10000倍の放射性物質に覆われ、
陸にも海にも降りそそいで(フォールアウト)当然植物も動物もその汚染を受けていました。
1940年代後半から1960年代前半が主であり、その後中国が加わっていますから、
現在50代以上の人はみなその放射性物質の洗礼を受けているということ。

http://www.rri.kyoto-u.ac.jp/rb-rri/gimon.pdf

http://d.hatena.ne.jp/ffkgmaki/20110401/1301607237



私などももろにその世代なので、そのへんのことはよく覚えています。
でも世間の風潮はそんなに深刻なものではなく、せいぜい雨にあたらないようにとか、
放射能がついているかもしれないからりんごの皮はむいたほうがいいとか、その程度。
放射能の雨にあたると頭がはげるとか、冗談にも使われていたくらいで切実感はありませんでした。
今その数値を見れば何をのんきな、と思いますが、
結果的には知らなかったことが幸いしたと言えるのかも。


だってそれだけの量の物質が飛散していたとすると・・

埼玉県の4/3の最大放射線量は約0.08マイクロシーベルト

10000倍だと800マイクロシーベルト

1000倍でも80マイクロシーベルト

原発30キロ圏の倍以上ってこと?



まあこんな計算は意味ないのかもしれないけど、
今そんな数値が出たらパニックどころの騒ぎじゃないだろうと思うと恐ろしい。

数値の正確性はわかりませんが、
実際にそれだけ多くの核実験があったこと、
そういう調査結果が出ていることは事実です。


そしてそれを子供の頃からもろにかぶり、
もしかしたら80マイクロシーベルトくらいの大気に10年以上さらされて、
汚染されていたかもしれない食物をたべてきて、
それでも無事に正常な大人になり、
一応健康な自分が今あることも事実です。



だからって今の状態を大したことない、なんて思えるものではありませんが。
でもこの関連記事を読んで、正直言って少しは気が楽になったことは確かかな。




そういえば学校で映画鑑賞の時、よくその水爆実験のフィルムを見せられました。
美しい環礁が炸裂してきのこ雲が立ち上がる映像。
海を渡る無数の蝶がそのために皆死んで海に落ちてゆく光景。
また、牧場のようなところで、核実験の爆風で牛が吹き飛ぶのを塀一枚隔てて兵士が記録しているフィルムも見ましたが、
あの人たちって死ななかったのかしら。
ともかく今から見れば放射性物質の害をわかっているのか?と奇異に思えますが、
実際わかっていなかったのでしょう。
ようやくマズイと気がついてのち、核実験は地下に変わったのですから。




これからどうなるのか・・・
人間の叡知が試される正念場ですね。

Fukusimasake_2
福島の吟醸酒。
これからなるべく被災地の商品を買って協力confident




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2011年3月30日 (水)

原発がなくても大丈夫 (リンク)



こんなサイトを見つけたのでちょっとご紹介。

反原発の立場でさまざまな活動をしてこられた田中優さんの講演を紹介したmisaさんのブログ。

http://ameblo.jp/aries-misa/day-20110323.html

講演の内容をmisaさんがダイジェストとしてまとめて下さり、
非常にわかりやすく、大切なポイントが理解できます。
後半では今研究されている、クリーンなエネルギーの色々が紹介されています。
目からウロコのユニークな発電とは?




内容はあくまで田中優氏の講演からであり、
misaさんの持論では無いことをご承知おき下さい。

先日の記事で私も、技術を越えるものは新しい技術、
日本は絶対にそれが出来る国と書きましたが、
やはり原発なしの新エネルギーはすでに色々考案、研究されているのですね。



もちろんこれらがすぐ実用化出来ると考えるほど私も脳天気ではありません。
デメリットだってあるでしょうし、実現にはさまざまな障害もあるでしょう。
この期に及んでも、安定電気供給のためには原発が不可欠との論調が跋扈していますし。
でも現在でも100%原発に依存してるわけではないのです。
30%より多いとしても、半分までは行ってないでしょう。
とりあえずは既存の火力、風力発電を充実させ、
その間に効率の良い安全なエネルギーを「実用化」を前提で絞込み、
実行に移す。
ここに紹介された以外にも、その技術はたくさんあるはず。



ようは国と電力会社のやる気の問題です。
原発抜きの電力発電を本気でやる気があるのか否かという問題です。
こんな惨事を起こしてしまって、以後誰が原発は安全だなどという世迷言を信じるでしょう。
今関東地方全域の何十万という人が、
心痛とストレスで身体に異常をきたしそうです。
放射線による10年後のがんの心配より先に、今現在心労で不安神経症や、心臓病などの病気になりそうなんです。


高濃度の放射線が検出されましたなんてニュースを見ながら、
ご飯を美味しく食べられるわけない。
どこへ行っても何をしても重苦しい不安につきまとわれ、楽しむことなど出来ない。



私の周囲でも、心痛で痩せてしまったと言う人がおおぜいいます。
いまだに解決の糸口も見えず、あと何ヶ月も何年もこの状態が続いたとしたら・・・
「知ってしまった」私たちは、原発のある限り一生心から安らぐことなど出来ないのですよ。


政府も「国民の生命を守る」という最低限の公約を実行する気があるのなら
全力で代替エネルギーの実現をはかるしかないではありませんか。
これ以降も国民の生命を危険にさらしてまで原発に固執するとしたら・・
原発で何千万という国民が死ななければわからない、というほどバカではないと信じたい。
(例えば次の地震で6基の原発が連鎖的に爆発すればそのくらい死ぬでしょう。そんなことはあり得ないなんて、一体誰が保証しますか?)

「良い教訓」とするにはあまりにも苛酷で緊迫した状態が続きますが、
この危機意識こそが流れを変える原動力だと思っています。




Touhoku1
2月に帯の加工を頼んだお店は福島県。
ようやく戻ってきた商品の箱にこんな書き込みが。
どんなに不安なことか・・・
めげずに踏ん張って欲しいです。


Touhoku2

ちょうどお米が無かったので、
福島のお米でもあったら買おうと思っていたけどありませんでした。
では宮城のお米を。
栗原は震度7を記録して死者ゼロだった町ですね♪








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2011年3月26日 (土)

原発制御不能 パエトーンのように2



今回の地震で、色々不思議に思ったことがあるがそのひとつとして。
広範囲に被害をもたらした巨大地震であったが、
その中でも最高震度である震度7に襲われた宮城県栗原市。
以下栗原市のHPから引用。


2011年3月11日(金曜日)午後2時46分ころ、栗原市で震度7を観測
 3月11日(金曜日)午後2時46分ころ、三陸沖を震源地とするマグニチュード9.0の地震、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が発生しました。
 この地震による市内各地区の震度は、次のとおりです。
【震度7】 築館地区
【震度6強】 若柳・高清水・一迫・志波姫地区
【震度6弱】 栗駒・瀬峰・金成地区
【震度5強】 鶯沢・花山地区

 地震による被害の概況〔3月25日(金曜日)現在〕
【人的被害】 ●死者:なし ●行方不明者:なし ●重傷者:2人 ●軽傷者:411人
【住家被害】 ●全壊:5棟 ●半壊:15棟 ●一部損壊:132棟 ●床下浸水:3棟
【給水可能地域】
 市内8地区のほとんどで通水し、断水地域の市内16カ所に給水車を配し対応中
【道路交通規制】 〔市道〕全面通行止め:23カ所、片側交互通行:16カ所
【停電中の地域】 なし、市内全域で通電中

引用終わり。



何と震度7を観測した栗原町では死者、行方不明者はゼロ、
家屋の全壊はたった5件だという。
もちろん内陸部なので津波の被害を受けなかったこと、
地盤の関係その他さまざまな要因が重なっているのだろうが、
日本以外で、震度7で全壊5件なんて考えられるだろうか。
そういえば津波に呑みこまれてゆく三陸地方各地の映像でも、当然津波が来るということは地震の後だということだが、
その時点で全壊している家は見た限りでは皆無に近かった。


つまり、地震そのもので全壊、それに伴う死者というのは本当に少なかったということですよね。
まだ正確な統計は当分先だけど、死者の9割が津波によるものとの情報もあり。
これは時間帯にも左右され、殆どの人が眠っていた早朝に起きた阪神大震災の時には家具などによる圧死が多かったようだが・・
今回の津波は時間をおかずに襲ってきたため、逃げる暇も無かったということが被害を大きくした。
まさに想定外。


これを教訓にして、津波に対する備えが出来れば、もっと想定外の地震が来ても充分対応できるはずだ。
思った以上に、わが国の耐震建築技術は素晴らしいのかもしれない。
というより震度7に対応できる技術をすでに備えているということ。
これは本当に心強いではないか。
建設中のスカイツリーも何の被害もなく、完成前にその耐震性の高さをアピールしたのも快挙だった。
地震は仕方ない、わが国の宿命だから。
海岸地方ではさらに津波に対する備えさえ万全にすれば・・
そして火事さえ出さなければ・・・
たとえこれから今回のような巨大地震がおこっても、被害は最小限にとどめられるだろう。



対して。
原発は想定外の津波に対し、あっさりとやられてしまった。
想定していたものの2倍から3倍の津波だったという。
しかし原発の場合、それを想定外でしたで言い抜けることは出来ないはずだ。
今の時点で今回の地震は1000年に一度、とか言われているが、
まがりなりにも日本の歴史が綴られているのは長く見積もってもたかだか2000年。
それ以前にどんな地殻変動があったのかなんて、誰も証明できない。
一万年に一度、3万年に一度の大地震や地殻変動だって必ずあるはずだし、
明日起こっても何の不思議も無い。


それは想像するだに恐ろしい。
誰だって、生きているうちにそんな災害に遭いたくはない。
でもよく言われるように大災害は「神の怒り、天罰」などではない。
そう思って謙虚になるのも悪くはないが、日本人がどんなに信心深くなったって地震は襲ってくる。
客観的に見ればただの地震、ただの地殻変動だが、
それがどれほどの破壊力を持っていることか、今回日本中が改めて思い知った。
そんな日本に、原発を作ることがいかに危険なことか、まったくの素人だってわかるし、今回はからずもそれが証明されてしまった。
ネットを調べれば例えばどこそこの原子炉が爆発した時どういう被害が出るのか、身の毛のよだつような色々なシミュレーションが見つかる。
無論私は何の専門知識も無く、どれが正しいのかはわからないのでリンクは控えますが。
それぞれで判断お願いいたします。



原発を廃止すべきと言えば、
では代替の案はあるのか、とすぐ言われる。
でも現在日本の電力で原発の占める割合は3割だとか。
はっきり言って政府が原発廃止の政策を打ち出し、その方向に転換がなされれば、
3割くらいの不足はあっというまに埋められると思っている。
追い詰められれば、何とか必要なものを短期間に作ってしまうのが日本人の凄いところではないか。
太陽光発電の研究だってかなり進んでいるはずだし、今の時点ではコストがどうのとか言っているけど、
それは原発優先の政策のせいであり、やる気になれば数年でかなりの実用化が期待できるのではないかと思っている。
その間少しくらい停電が続いたって我慢しますよ。
でもこの先、地震が起きるたびにどこの原発が・・・という恐怖を味わうストレスには耐えられない。
今回の原発事故処理が長引くほど、原発の正体見たりという国民の嫌悪感、恐怖心は増すばかりだろう。
これからもし原発を続けるとしたらどれほどの災害想定、それに伴う補強改築の莫大な費用、
それこそコストが合わなくなるのでは?
東電は夏場に電力が足りなくなると盛んに脅かしているが、あれは国民を締め付けて、
やっぱり原発が無いとダメなのね・・・と思わせる陰謀ではないかと思っている人も大勢いるみたい。(私も半分そう思っている)



「日本に原発はいらない」
もちろんこの主張には一切の政治的思惑など入っていません。
考えてみて下さい。
広島と長崎であれほどの悲惨な経験をした世界で唯一の国なのに、
今度は原発事故で国民の半分が死んでしまいました・・
なんてことになったら悲劇を通り越してもはや喜劇だ。
私たちは愚かなパエトーンになってはならない。
今からでも遅くない。
というよりあの事故を同じようにリアルタイムで見ている他の国も、
震え上がって自国の原発対策に乗り出した。
今が潮流を大きく変えるチャンスかもしれない。


「地震はけっこうあるんですけどね・・
でも建物は耐震構造で磐石だし、津波対策も万全だし、
何より今は原発ひとつもありませんから安全ですよ」
外国人に胸をはってそういえる国になったら素晴らしいではないか。

どうか今回の恐ろしい事故が一時でも早く収束し、
禍転じて福となる、の例え通り、これをきっかけに安全でクリーンなエネルギーに方向転換できますように・・・
と切に祈るばかりです。


※追記※

山岸涼子「パエトーン」
この事態に対応し、3/23からWEB公開されていることを今知りました。
山岸さんとしては20数年たって実現してしまった悪夢に、
ぜひ原発の真実を多くの人に知って欲しかったのだと思います。
こちらから読めますので、ぜひご一読下さい。
http://www.usio.co.jp/html/paetone/index.html


Paeton3_2   





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