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2012年2月

2012年2月29日 (水)

中村勘九襲名披露公演

2gatukankuro

中村勘九郎襲名披露公演、
最終日の夜の部に行ってきました。
昼の部の「土蜘蛛」も見たかったけど、空席は一等席のみじゃねえ・・・think
夜の部は「鈴ヶ森」「口上」「春興鏡獅子」「ぢいさんばあさん」
「口上」では新・勘九郎の父君、勘三郎をはじめ、一門の俳優さんたちからの温かいお祝いや励ましの言葉に笑ったりホロリとしたり。
祖父である芝翫さんも、さぞこの口上に参列したかったことでしょうに・・
残念ですね。

Kankuro1


一番観たかった「春興鏡獅子」、難曲と言われる前シテ、小姓弥生を勘九郎がどう踊るか、すごく楽しみでした。
弥生を舞いに引っ張り出す老女役に中村家のヌシ!?小山三さんが登場して場内大拍手。
勘九郎の弥生、女形の姿を見るのも初めてでしたがとても綺麗でびっくり(失礼!)しました。
弟の七之助とタイプが違い、どちらかといえば骨っぽいというか、男っぽい感じだと思っていたのにその変身ぶり、
若々しい強靭さは自在変化なしなやかさに、目の動きから指先まで可憐な女性そのもの。
その華麗な舞にひき込まれて息が詰まるような思いで見てしまいました。
後見には七之助が付き、もちろん無表情ながら、兄の舞をじっと見つめているようでした。
まだまだ若いからまだ成長途上だとは思うけど、本当に素晴らしかった。
これからどのように大成していくか、楽しみです。

Kankuro2


「ぢいさんばあさん」はちょうど2年前、歌舞伎座のさよなら公演で仁左衛門&玉三郎のコンビで見た演目。
歌舞伎って同じ演目でも、この人はどう演じるんだろうという楽しみがあって飽きないんですよね。
今回は三津五郎と福助のコンビで。
玉さまたちとはまた違った味、特におばあさんになって再会してからの福助は良かった。
とても可愛くて温かくてね・・前の席の若い女性がハンカチに顔を埋めっぱなしですすり泣いていましたよ。
そんな感じで久しぶりの歌舞伎を楽しみましたが、やっぱりいいなあ・・・。lovely





ところで新橋演舞場への道すがら、歌舞伎座の前を通ったのですが、
だいぶ工事も進んでビルが少し立ち上がり、前歌舞伎座のイメージを踏襲する破風屋根の骨組みが姿を現していました。

12kabukiza1

12kabukiza2

そういえば建て替えの理由のひとつとして耐震性の問題が挙げられていたけれど、
もし建て替えが無かったら去年の地震の時、どうだっただろうとつい考えてしまいます。
計画が実行されてなかったとしても、震災の後には一も二もなく建て替えが決まったことでしょう。
そう考えると、結果的にはちょうど良いタイミングだったのかもしれません。
新歌舞伎座のビルは災害時、3000人を収容できる体制を整えるとのことで、
もし観劇に来て地震に遭っても大丈夫ってことですよね、頼もしいです。
そう、あっという間に閉鎖からもう2年、来年には新・歌舞伎座がオープンするわけで。
玉三郎丈もご自分のHPで、「開場がさ来年ではなく、来年と言える今年になったことが非常に嬉しい」と書いていらっしゃいました。
本当に楽しみ、いったいどのくらいの料金設定になるのかという懸念はありますけどね。(;^_^A






12kankuro2
襲名公演らしく、記念グッズがいっぱい。
お土産に買ったのはチョコレート♪






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2012年2月28日 (火)

春を待つ




先日冷たい雨の降った翌朝、
さあ今日は天気がいいと居間のカーテンを引いたら、
思いがけなく鮮やかな金色が目に飛び込んできた。
柿の木の下に福寿草がふたつ咲いている~heart04
植えたのは何年か前で去年も咲かなかったし、すっかり忘れていた。
あまり寒いので庭にも全然下りなかったので、蕾が出たことさえ気がつかなかったのだ。

12fukujyu

Asaharu1

ともかく大げさに言えば何ヶ月ぶりかできれいな色を見た感じ。
それほどこの冬は長くて寒さが厳しかった。
当地では1月の20日を過ぎればもうぽつぽつと梅が咲きだすのが普通なのだが、
今年は2月半ば過ぎても蕾は固いまま。
本当に寒かったものねえ。
私は暑いのは苦手だが寒いのはわりと平気。(もちろんきちんと防寒しての話だけど)
だから冬は大好き。
晴れてさえいれば歩くのも気持ちがいいし、嫌な虫はいないし、
冬枯れの景色もまた落ち着くから。
でもそんな私でさえ、さすがに最近は春を待ち望む心持ちになってしまった。
もう枯れ色は飽き飽き。
カメラを持って出ても何も撮るものがなくて獲物のない猟師の気分。
花といえば水分のなくなったパンジーか葉ぼたんくらいだもの。




でもこの数日、やっと春が動き出した。
1ヶ月以上遅れてようやく白梅が咲きだし、日当りの良い高みには紅梅も。
地面にもイヌフグリやオドリコソウ。
なんかね、これだけ寒かった後だと、こんなことがいつもの10倍くらい嬉しいもんなのね。
きちんと寒さが続くと、桜もきれいに咲くと聞くし。
去年の春のトラウマを、程度の差はあれ誰でもが抱えていると思うけど、
寒かった分だけ明るい春が花開いてほしいものです。



ということでここ数日に見つけた「春」ですnote

Asaharu2
Hanamomo


Koubai

Asaharu3_2 

小鳥たちにとっても辛い冬だったかもしれないね。

Asaharu4






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2012年2月16日 (木)

3Dデビュー♪「ALWAYS三丁目の夕日’64」



行ってきました、「ALWAYS三丁目の夕日'64」
前作「ALWAYS続・三丁目の夕日」から5年。
もうシリーズは終わりかと思っていたけど、
ちょうど5年後の1964年の設定がうまくはまって、
なつかしくも楽しい映画に仕上がっていた。
登場する大人のメンバーはそれほど変わってないけど、
前作で可愛らしい小学生だった一平君と淳之介くん、
今ではもう立派な高校生!
まあぁ大きくなって・・と頬がゆるんじゃうのは、
もう親戚のおばさんの気分。

Always64b

1964年といえば東京オリンピック。
当時別に行きたくもないのに聖火が通過するのを見にいかされたりしたが、
子供から大人にスイッチが切り替わる時期で生意気盛りだったせいで、
オリンピックには懐疑的で興味も無かった。
それが開会式を見て、ほんとに感動してしまったのだ。
あの日のどこまでも晴れ上がった空、(確か前日は大雨だった)
鳴り響くファンファーレ、それぞれのコスチュームに身を包んだ各国選手の行進、
いっせいにする敬礼姿の何と美しいこと!
あまり感動して涙がふくれあがったが、一緒に観ている両親には死んでも見せたくなかったので必死に我慢してたことをよく覚えている。(笑)
閉会式はそれにもまして感動的だったなあ・・・
だから今でも私にとってオリンピックとは東京オリンピックであり、
他のは断片でしかないんです。
それほど印象が強かった。

Tokyool3_2 



舞台はその1964年、例によって大事件が起こるわけでもなく、
良き時代のそれぞれのエピソードが淡々と綴られる。
あの時代をなつかしむ人々の琴線をかきならしてくれる手腕は健在。
(今回もやっぱりボロボロ泣きましたワ)weep
第一作は4回も映画館に通ったっけ。
今回はそこまでの情熱はないけど、先週2Dバージョンを観に行き、
迷ったけどせっかくだからと今日は3Dバージョンへ。
3Dって料金が高いのね。
それと眼鏡代併せて+400円。
ということで3Dデビューですnote



眼が疲れると聞いていたし、ひょっとして頭痛がするかも・・・
と危惧していたけれどそれは大丈夫だった。
ただ、すごい!という気分が味わえたシーンはそれほど多くはなく、
普通の、人が絡んでいるシーンではあまり3Dの迫力を感じることがなくてちょっと拍子抜け。
本当に三丁目に入り込めた気がしたのはやはり第一作で、
当然3Dではなかったから、あまりリアルという点では関係ないのではと思った。
あと2Dでは何だかやたら画面が暗いのが気になったけど・・・。

でもでも冒頭、東京タワーを俯瞰した場面ではスゴイですよ。
東京タワーのてっぺんが目の前に・・手を伸ばせばつかめそう。
ラスト、模型飛行機が私の耳をかすめて後方に飛んでいった。
だからやはり「アバター」などは3Dで観たらすごいんでしょうね。
普通のは観たけど、やっぱり3Dで観直そうかな。



それで思い出したけど、私の好きな昔のマンガ「21エモン」(藤子不二雄作)
に未来のテレビが出てくる。
スクリーンはなくて、その世界の中に入って見てるという感覚なのね。
ほんとの仮想空間に身を置くパターン。
そういうのってそのうち本当に出来るのかも。
それこそ目が回りそうだけど・・・。

21emon_2

21エモン第一巻より



オリンピック、新幹線開通、
これからどんどん豊かになっていく、と希望にあふれた時代。
もちろん負の部分もあったのだけど、こういうどちらを向いても閉塞感、
景気最悪、子供も産めないから人口減ります、大災害があり、これからもそれが続くかも、
の時代に生きていると、いやでも懐かしさばかりが先に立つ。
第一作ではただもうなつかしくて戻りたいくらい!という感じだったが、
それから6年経って世の中より悪い方に傾いたのだけど、
今回はそれじゃいけないんだな、と思ったことも確か。
宝石のような思い出は思い出。
今生きている時代を否定しても仕方ない。
実際良くなったことだってたくさんあるんだし、
今の時代なりのより大きな夢も希望もたくさんあるはず。
歴史の流れの中には悪い時期もあるのは仕方ないですよね。
昔は良かった、なあんて繰言ばかりの年寄には絶対なりたくないもんね。


ともあれ、あの迫ってくる東京タワーは一見の価値あり
未経験の年配の方も3Dデビュー、してみませんか?


Always64c
3D用眼鏡。次の機会にも使えます♪





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2012年2月 8日 (水)

東京直下型地震




先日写真展をいくつか見るために東京へ行ったが、
東京直下型の地震が4年以内に70%と聞いてからどうしてもそれが頭から離れず、
用事が終るとさっさと帰ってきてしまった。
都は先日帰宅困難者のための訓練を行ったそうだが、
それはそれで大事なことだと思うけど、難民になって足止めを食うくらいならまだ良しとしなければならないのかもしれない。
去年3月11日、私は運悪く東京にいて帰宅難民を経験して不安な思いをしたのだが、
あの時はただ交通機関が止まっただけで東京に殆ど被害はなく、ただ待っていればよい状態だった。

Tokyo125_3   

東京が震災に見舞われればあんなものではすまないだろう。
3月の震災の時は津波の被害があまりにも大きかったので、以後津波対策ばかりがクローズアップされているようだが、
東京で恐ろしいのはそれより建物倒壊と火事だと思う。
それと何より恐ろしいのはパニック。
去年のように携帯がつながりにくくなるくらいで通信網が生きていれば情報が入ってくるからいいけれど、
それが遮断されてしまったら・・・どんなパニックが起こるだろうと思うとつくづく恐ろしい。
周囲が火事になってもどちらに逃げたらいいのかわからない。
デマも飛ぶだろう。
ヘタをすれば関東大震災の時の本所被服廠跡の悲劇の再来だ。



火事がおこった場合どちらに逃げたらいいのか、的確な情報は流せるだろうか。
通信が遮断されてしまった場合どうやって?
国や都はそのへんの対策を考えているだろうか?
大きな数字を持ち出して恐怖を煽るだけで、やることは帰宅難民になったときの過ごし方レクチャー?
肝心のその前の段階がすっぽり抜け落ちてはいないか?

Sinjyuku1_2 

直下型の場合、範囲は狭くなると思うけど想定震度は最大6強という。
調べてみると震災から後でも、4日後の静岡など、震度6の地震は起こっている。
それでも大量の死者が出たとの話は聞かない。
東京だとて地震の危険そのものは前から言われているので、ずっと以前から耐震基準を厳しくしてそれなりの手は打ってきたはずだ。
デパートなどでも何十億円もかけて補強工事をしたところが多いと聞く。
報道によれば想定される死者の8割は倒壊によるものだということだから、
耐震さえしっかりすれば、殆どの人が助かるということになる。
倒壊がなければたとえ火事が起こっても消火はスムースだろう。
間に合うかどうかは疑問だが、少しでも早くその対策を徹底的に進めてほしいものだ。
ひとくちに地震といっても揺れのタイプはさまざまでそれは起こってみなければわからず、100%安心、なんてことは言えないと思うけど、
原因と対策がはっきりしているのだから、犠牲者が少しでも減るようにあらゆる手を打つのが急務だろう。



マスコミの報道の仕方も問題だよね。
センセーショナルに報道し、週刊誌がそれっとばかりに恐怖を煽るような特集をこれでもかと組む。
その見出しが電車の広告でいやでも目に入る。
おかげですごく厭世的になってしまった人もたくさんいると思うし、
子供たちも怖い思いをしているのではないだろうか。
東大の研究所が出した今回の「4年以内70%」は別に新しい試算ではなく、去年の秋に出た「30年以内に98%」と同じ試算であり、
しかも去年の時点の地震頻度と今では異なるので、今試算すれば違った結果(もっと可能性は下がる)になるという。
京大が出した最近の試算では「5年以内に28%」となっていたけど。
と、ここまで書いてちょっと検索したら



東大地震研でも試算しなおしたら今度は「4年以内で50%以下」ですと。think
まあどう計算しようと誰にもわかるはずはないんですよね。学者さんを責めることなど出来ない。
それとあまりにパニックが広がったので意図的に下方修正したのかとも疑いたくもなる。
でもいつかはわからなくても来ることは確実。
帰宅難民で済めばもうけものだ。
個人的には避難ルート、近くの安全そうな場所などを把握し、シミュレートして日頃から備えておくことが大事だろう。
去年の震災の時も、震度7でも殆ど無傷、死者ゼロの町もあった。
やれば出来ます、何とか乗り切りましょう。


Sinjyuku2sf_2









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