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2011年8月

2011年8月21日 (日)

三島・源兵衛川ミニ紀行



先週、中学の同期会に出席するため、
久しぶりに三島に行ってきました。
三島は小、中、高校時代を過ごした第二の故郷。
中学時代ってどんだけ昔なんだよという話ですが、
約500名の同期生のうち、90人ほどが集まって盛会。
クラスの皆で撮った写真を見ると、皆元気で若い♪
昔なら全員40代で通用するよな~って、まあ自己満足させといて下さい coldsweats01



もうひとつの目的はちょうど今咲いているであろう「三島梅花藻」を撮影すること。
去年は9月でもう終りかけていたので、リベンジの気満々で重たいデジイチを持参しました。
出発は通った中学校のすぐ向かいにある中郷温水池。
此処は中学の頃はただの池でしたが、今はきれいに整備された公園になっていて、
鴨や白鷺の生息地になっています。
何故「温水池」かというと、農業に使う水がそのままでは冷たすぎて使えないため、
一度ここに溜めてあたためるから。
富士の湧水である三島の水はそれほど冷たいのです。

Misimakawa1

ここから源兵衛川をさかのぼって駅近くの楽寿園をめざします。
今回、梅花藻もきれいに咲いていて写真もたくさん撮れましたが、
それより何より、甦った源兵衛川の美しさに感激しました。
私が子供の頃は町中にも小川が縦横に走り、
市役所の前の通りなどは両側に川がごうごうと音をたてて流れていて、
夜などは怖かったほどです。
今ではかなりの川が暗渠になり、その面影はありませんが、
見る影もなく汚れ澱んだ源兵衛川は市民の努力でみごとに甦り、
遊歩道も整備されて市民の憩いの場となっています。

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川辺にはこんなおしゃれなカフェも・・・


温水池から楽寿園まで、街中を歩いたらけっこうな距離ですが、
川を伝っていくとあっというま、という感じ。
暑い日でしたが、だからよけいに気持ちが良くて・・
夏休み中ということで、たくさんの家族連れが水遊びを楽しんでいました。
こんなきれいな川で遊べる三島の子供たちは幸せです。
いや、それも市民の努力の賜物。
この源兵衛川のプロジェクトの中心には同期生も多くいて今でも活躍しています。
改めて、深く御礼申し上げます。

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川辺を歩きながら、しきりに思い出されることがありました。
それは昭和38~39年、町を二分する重大事となった「石油コンビナート誘致騒動」
高度成長期まっただなかだった当時、三島、沼津、清水町にまたがる大がかりな石油コンビナート進出が計画され、実行されようとしていたのです。
当時の感触としては今の原発誘致じゃないけれど、地元が潤うことは確実で、
喜んで誘致、というのが普通だったと思います。
しかし三島はそれ以前に誘致していた某大工場が稼動してから湧水の量が激減したことで警戒し、
農業関係者を中心に反対運動が起こりました。
それはやがて大きな広がりとなって沼津や清水町も巻き込み、
ついにコンビナート進出を阻止したのでした。
当時としては画期的なことで、今では特筆すべき公害反対運動として記録されています。


http://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn001983.html


Baikamo4

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三島梅花藻と水辺のアイドル、カワセミくん



本当に阻止できて良かった・・
もしコンビナートが出来ていたら、川再生以前に川そのものが干上がっていたでしょう。
清水町の柿田川がコンビナートの水源として狙われていたのですから、
今や全国的に有名になった柿田川の湧水も枯渇してしまったに違いありません。

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楽寿園の小浜池も、満水というほどではないにしろ水を湛え、
以前は完全に干上がっていることも多かったのでほっとしました。
楽寿園の向いの水泉園・・・と昔は言ってたけど、今は「白滝公園」というらしい。
ここは昔と変わらず、小学校の時水に入ったりボートの模型を浮かべたりして遊んだ頃のまま。
今楽しそうに遊んでいる子供たちも、夏休みの思い出として長く記憶に残ることでしょう。

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願わくばこの子たちが親になって、その子供たちが、孫たちが、変わらぬこの地で水遊びを楽しんでほしい。
本当にこの冷たく美しい水は三島の素晴らしい財産。
いつまでも豊かに三島を潤してくれるよう、祈らずにはいられません。confident


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2011年8月11日 (木)

ひまわり



立秋は過ぎたとはいえ、なお続く厳しい暑さの中、
ひまわりがたくましく咲いている。
近年は鉢でも育てられるコンパクトなタイプも多いようだが、
やはりひまわりといえば人の背丈を越えるような大型の花が夏らしくていい。
毎年この時期になると連鎖的に思い出すのはイタリア映画「ひまわり」
涙の止らないラブ・ロマンスであると同時に、見事な反戦映画の傑作。

Dvdhimawari_4   

第二次世界大戦下のイタリア。
戦争で引き裂かれた新婚夫婦の、夫は終戦後も戻らない。
夫は必ず生きていると信じる妻は
僅かな手がかりを頼りに夫の従軍したソ連に向う。
しかしようやく探しあてた夫には、ロシア人の妻と子供がいて・・・


ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの名コンビに、
ロシア人の妻としてリュドミラ・サベーリワ。
もとバレリーナのサベーリワの清楚な可憐さがまたいじらしく、
どちらに肩入れしていいのか困ってしまう。



ともかく泣けましたね。
何度観たかわからないけどそのたびに泣いてしまう、特にラストシーン。
万感の思いをこめて見つめあう、二度と逢うことはないふたり。
愛し合いながら結ばれない、あるいは添い遂げられないというパターンが
個人的にすごく好きなので。
そうなるとお互いは永遠の存在、そんな存在になれるのはある意味幸せなことかも。
このパターンの映画、他にも「シェルブールの雨傘」とか「追憶」など。
いずれも一生忘れられない余韻を残している。



これが公開されたのは1970年だが、その時の解説文に、
ひまわり(女性)は太陽(男性)を追う、
太陽があってこそ輝く哀しい存在だ、みたいな事が書かれていて、
友人同士、「その通りよね~」とか「冗談!何それ、アタマ来る!」」とか議論したものだ。
そういえばウーマンリブの時代だったけど、
若かった我々は皆それぞれに恋もしていたし。



ところでこの当時は冷戦時代でソ連は孤立しており、
西側諸国がソ連で映画のロケをするなんて考えられないことで、
その点ずいぶん話題になったものだ。
何でも映画の製作者が当局に必死で働きかけ、
映画の意図を繰り返し説明して説得、ようやく撮影許可が下りたという。
おかげで地平線まで続くソ連の広大なひまわり畑が、
この映画の象徴として強烈な印象を残すことになった。

Sunflower2_2

しかし映画スタッフの熱意にほだされて・・という人情話などではないだろう。
当時のソ連がメリットの全く無いことをするはずもなく
(それは今のロシアも同じだろうが)
何らかのアピール効果ありと判断したのかもしれない。

以前は気にしなかったのだが、この映画には原発が出てくるシーンがあるのだ。
ふたりの妻が対面したシーンで、夫の帰ってくる時間になり、
二人は家を出て近くの駅に向う。
その泥だらけの道路の向こうに
白い煙を吐きながら巨大な原発の高炉がそびえ立つ。

Sunflower1_2

ほんの数カットだが、とても印象的だ。
ソ連は1950年代にすでに原発を稼動させているそうだ。
場所はわからないが、ロケだから実際に使われている原発であったことは確か。
見た感じ集落は原発からほんの数十メートルという映像で、
こんなに近くて大丈夫なのかなと思ってしまう。


唐突な原発の登場は、多分ソ連がわのアピールだと思う。
あるいは牽制?
当時は各国で核実験も盛んだったし、
最先端の技術の存在をさりげなく知らしめたかったのかもしれない。
あのチェルノブイリ事故の20年近くも前の話。
それと、今年になって福島の原発事故のあと、
ひまわりが放射性物質を吸着するという話を聞き、またまたその事を思い出した。
あのソ連の広大なひまわり畑はそれと何か関連が??



いや、多分それはないとは思うけど。
昔ソ連の小説を読んだ時、
登場人物たちがやたらに「ひまわりの種」を食べるシーンが出てきて、
ひまわりの種ってそんなに美味しいのかしらと思ったことがある。
で、今ちょっと調べてみたらやはりひまわりの種は今でもロシア庶民の大好物だとのこと。
ビタミンや葉酸が豊富に含まれていて健康と美容にいいそうだ。
じゃ、あの広大な地のひまわりは全部食用なのか・・
ウォツカ飲みながら齧るんでしょうかね・・あ、ひまわりからはオイルも採れるし。



原発周辺の汚染地域に植えられたひまわりは花を咲かせただろうか。
汚染物質を吸収するということは、ひまわり自体が汚染植物になるということよね。
もちろん種を採ったりはしないだろうけど、
ひまわりの種を好んで食べる野鳥も多い。
その辺も出来れば考慮してほしい。



映画での、悲惨な戦争による多くの犠牲者を覆うひまわり。
平和な時代でありながら、国の存亡を危うくするような事故の地に咲くひまわり。
いつもにもまして、あまりにも重い鎮魂の夏が往く。




ひまはりの咲き極まれば時止まる     雪うさぎ


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ヘンリー・マンシーニの主題曲がまた泣かせますweep










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2011年8月 5日 (金)

熱中スタジアム「みんなのうた」その後



忙しくて書くヒマがなかった間に、
収録に参加した「熱中スタジアム・みんなのうた」が2週に渡って放映されました。
収録は長かったけれど、各45分によくまとめられていて感心。
ゲストの道原さんと畑さんの一時は一触即発!?のバトルもソフトに描かれていて、
まあ畑さんのカゲキな発言をもっと聞きたかったような気もしたけど、
とっても楽しい番組に仕上がっていて嬉しかったです。


マニアの皆さんのNHKにも残っていない貴重な音源とか楽譜とか、
「大きな古時計」の再現模型とか、ただもう感心するばかり。
第2夜の「なまものおじさん」は圧巻でしたね~
私的には感動しつつあれが一番のホラーだったけど。(笑)
(でも後でネットであの歌を作詞した方のブログを読んで
何だそうだったのかと納得しました)
ともかく皆さんの情熱には脱帽、本当に感動的でした。
皆さん、お疲れさまでした。m(_ _)m

Minnauta3sf


ところでみんなのうた50周年ということで、
何か記念のメディアが出ているのかなと思って検索してみたら、
やはりCDが出ている。
でも45周年の時にも出ているのよね。
もちろんそれ以前にも色々・・・廃盤になったものも多い。
諸般の事情で同じ歌でも放送された音源と違うアレンジや、
歌手が別人、というものも。
ファンとしてはそれは絶対許せないことで、
どうせだったら放送された通りの歌を聴きたいけれど、
それを把握するのはけっこう大変みたい。
メジャーな曲はいくつものCDに重複しているし。



そして「みんなのうた」といえばやはり映像。
NHKエンタープライズから「みんなのうたDVD-BOX全12枚セット」が出ていますね。
2002年までの曲の中から168曲をチョイス。
初期の名曲がわりと網羅されていて、「誰も知らない」「ブンブンポルカ」
「調子をそろえてクリッククリッククリック」「クラリネットをこわしちゃった」
「ゆりかごのうた」「小さい秋みつけた」「こねこの病気」etc.
(「こねこの病気」は当時3歳くらいだった妹が「こねこがかわいそう~」と大泣き
したという思い出があります)


もうひとつ好きな80年代では「コンピューターおばあちゃん」
「泣いていた女の子」の他にも、「サラマンドラ」「アスタ・ルエゴ」
「早春賦」「パパとあるこう」などが入っているのにはすごく惹かれるけど。

お値段40,320円也。
買います?(;^_^A

(amazonでは32,762円で出てますが)



やっぱり一番聞きたい曲が入ってないんですよね。
収録の前のアンケートの質問の流れに従うと何故か一番好きな歌が書けなかった。
これだけたくさん歌があれば、好みのばらけるのは当然だし、
でもその思い入れは各自とても強いものがある。
時々youtubeでUPされることがあっても速攻で削除されちゃう。
著作権上当然とは思いますが、やっぱり見たかったなあ・・
とつい思ってしまいます。


だから。
NHKはそろそろみんなのうた作品を放出してくれないかなあ。
つまりダウンロード出来るようにしてくれないかなあということです。
もちろん無料とは言いません。
さきほどのDVD-BOXでは168曲として1曲240円。
喜んで出しますよ~
好きな作品を好きなだけ選んでDLして楽しむことが出来たら最高ですね。
だって「みんなのうた」はこれからも増えていくんだし、
だんだんCDにもDVDにもまとめるのが難しくなっていくのでは?
世代も違うし、自分で選べるほうが合理的。

でもまあ色んな問題が絡んできますからね・・・まだちょっと無理かな。
それにますます貴重になっていく作品、
NHKとしてもそう簡単に開放するわけにもいかないか。
でもいつかそうなればいいな~と思っています。
それにしてもNHKの「みんなのうた動画」さえ、
曲の半分で終わりってなんだかなあと思いません・・・?



ちなみに私の一番見たい聞きたい曲は「バナナ・スピリット」
1980年に放映された今は亡き西岡恭蔵さんの作曲と歌。
(あの「プカプカ」の西岡さんなのね!)
アニメーションは若井丈児さん、こちらに画像が残っています↓

http://www.three-d.co.jp/works/1975-1980/01_banana.html

初期の60年代にも前述のほか「アイスクリームのうた」や「ドロップスのうた」
「雪の降る町を」など懐かしい歌がたくさんありますが、
それを別にすればやっぱり好きなのは80年代の作品。
この他にも絶対見たい、聞きたい作品として
「コラソンDEデート」「あさおきたん」「かくれんぼ」「いろはまつり」など。

それと「しらんぷり」ね。
当時はそうでもなかったけど、
時が経つにつれ切なさが胸に迫ってくる不思議な曲。
歌の中の「ぼく」が、もしなれるんならりんごの花になって
あの空いっぱいに咲いてママをずっと見ていてあげる、というような歌詞。
あの男の子はもう死んじゃっていないんだという解釈もあるようですが、
私はそうは思わない。それでも、
「でもママがいくら呼んでもぼくは知らないよ しらんぷりさ」
って、今見たら絶対泣いちゃいそうです。weep

Minnauta2_2 
Minnnauta1


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2011年8月 2日 (火)

第3回こもろ日盛俳句祭へ 2



日盛俳句会2日目。

(ゆうべ飲みすぎてちょっと二日酔い気味だったことは置いといて~)
今日は写真俳句のメンバー3人と合流する予定。
9時過ぎに市民会館の受付会場で待ち合わせ。
有希さん、あかねさん、お蝶さんが元気な顔を見せてくれました。
バス吟行は「マンズワイン・高原美術館コース」に行くことになりましたが、
出発まで1時間以上あるので先に「懐古園」を見ることにしました。
1時間では見て回るのに時間が足りないのですが、
まあ小諸に来て見ないわけにはいかないです。


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「懐古園」は駅のすぐそばに広がる小諸城の城址。
鎌倉時代から江戸時代にかけて造られ、使われた城で、
浅間山の火山灰で作られたそう。
今も立派な門や石垣が多く残り、
苔に覆われた石垣が緑に抱かれている光景は見事です。
まだ紫陽花がきれいに咲き、当地ではとっくに終った合歓の花も満開。
やはり季節が1ヶ月くらいずれている感じ。
島崎藤村の記念館にもちょっと立ち寄ってみました。
藤村といえば有名な「破戒」も「夜明け前」も読んだこと多分無くて、
知っているのは「椰子の実」の歌だけだというのは情けなさ過ぎ!と思いましたが、
そういえばちょうど藤村が小諸時代に書いた「千曲川のスケッチ」は読んだことがありました。
写生をするように文章でのスケッチ、当時は新鮮だったことでしょう。

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天守台、大手門などざっと見てまわり、市民会館に戻って今度はバスでマンズワイン小諸ワイナリーへ。
工場見学はパスして周囲のぶどう畑の周辺を歩きました。
今はまだ硬い青ぶどうで一句と思いましたがまとまらず。
試飲したワインはフレッシュでわかりやすい美味しさでした。
(そんなことをしてる場合か?)
時折雨が降り、また晴れるという不安定な天気の中、続いて小諸高原美術館へ。
下には上信越自動車道、なだらかな高原が続いて浅間につながっていくのですが、
その浅間も雲に隠れたりまた姿を見せてくれたり。

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雨に追われるように入った美術館、常設は白鳥映雪という画家の作品。
伊東深水の弟子で美人画の巨匠、短い時間でしたが純和風の美人画や異国情緒あふれる女性の肖像画なども楽しみました。
集合時間が迫ったので戻ろうとしたところ、別の部屋に企画展として別の画家の作品が。
桜田晴義という画家の展示作品、ちょっとだけと思って入ったらこれがえらい私好みの絵なんですよね。
でも時間が無い・・とせめて一回りしようと早足でざっと一周しました。
実は絵はよく俳句のインスピレーションを与えてくれるのです。
なんとか2句ばかり形になってくれました。



市民会館に戻り、今日は友人も一緒なのでいつもは食べない昼食をつきあうことに。
信州に来たら蕎麦を食べない手はない、ということでおいしいというお蕎麦やさんをおしえてもらいました。
古い造りだけど開放的な感じのするお蕎麦屋さんで、私が食べたのは「みぞれ蕎麦」
おろし蕎麦かと思ったらさにあらず、お豆腐が乗っていて混ぜながら食べるという変わったぶっかけ蕎麦でした。
コシのあるお蕎麦でしたが、味はちょっと好みじゃなかったかも。
でも信州蕎麦が食べられて、気がすんだって感じ。

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さて次はいよいよ2日目の句会。
写真俳句メンバー全員で申し込んだE教室、
今日のスタッフ俳人は「沖」の筑紫磐井先生と「街」の今井聖先生でした。
またまたお名前しか存じ上げず・・・すみません。

兼題は「毛虫」
今日もやはり「毛虫」は1句のみの投句となりましたが、
他の句はこちらに来てから作ったものを敢えて提出。
写真俳句仲間のあかねさんとお蝶さんは句会も初めてということで少し心配しましたが、
なんのなんの、お二人とも堂々としたもの。
さまざまな結社所属のベテラン俳人にひけをとらず、何人もの選を受けてらっしゃいました。


私も前日よりは調子が良く、現地で作った句がいくつか入ってほっと一安心。
さらに最後に作った句(美術館で桜田晴義氏の絵を見て詠んだ句)を筑紫先生、今井先生とも採って下さり、
筑紫先生は特選を下さいました。
もう大感激。
最後の1~2分、ねばって見てまわったことがいかにラッキーだったかってことですね。
う~ん何が幸いするかわからない。
そのあとの質疑応答でも、色々有意義な話を聞くことが出来ました。
ともあれ苦手だった「吟行」でとりあえず結果を出せたので、私としては大満足です。
(ただラッキーだっただけかもしれないけど)coldsweats01


句会の後、昨日と同じく場所を変えて、
今日は4人の先生方によるシンポジウム、「私にとって季語とは」
パネリストはさきほど指導いただいた筑紫先生、今井先生に片山由美子先生、岸本尚毅先生。
今回は眠くなることもなく、先生方のバトルを交えた?ディスカッションを楽しみました。
詠み手の意識はそれぞれ全く違うわけで、季語に関してもそれをどう捉えるかという定義など無いのですよね。
筑紫先生は無季俳句を作る方。
それもひとつの選択であり、ちょっと私には惹かれるものがあります。

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最後は写真俳句メンバーそろって、駅前の居酒屋で打ち上げでした。
有希さんもあかねさんもお蝶さんも私も、楽しみつつ良い結果が出せてほんとに良かったです。
話は盛り上がってだんだん俳句とは関係ない方向に限りなく脱線していき・・(笑)
とても楽しい時間を過ごしました。
私とあかねさんは8時25分発の電車で帰らなければなりませんが、
有希さんとお蝶さんはそれぞれ撮影の旅を続けるとのこと。
小諸駅前で、お開きとなりました。



行く前は半分「気が重いなあ」とも思っていましたが、
やはり行動すべきだなと実感。
冷静に考えれば吟行が苦手なことに変わりはないのですが、
これも鍛錬するしかないのでしょうね。
なんにしても日盛俳句、良い「武者修行」になったみたい。
小諸の町もとても気に入ったし、ぜひまた訪ねて来たいものです。




暗き絵に古きワインと蜥蜴の尾

夏の花あふれて信濃の駅小さし


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