三島・源兵衛川ミニ紀行
先週、中学の同期会に出席するため、
久しぶりに三島に行ってきました。
三島は小、中、高校時代を過ごした第二の故郷。
中学時代ってどんだけ昔なんだよという話ですが、
約500名の同期生のうち、90人ほどが集まって盛会。
クラスの皆で撮った写真を見ると、皆元気で若い♪
昔なら全員40代で通用するよな~って、まあ自己満足させといて下さい ![]()
もうひとつの目的はちょうど今咲いているであろう「三島梅花藻」を撮影すること。
去年は9月でもう終りかけていたので、リベンジの気満々で重たいデジイチを持参しました。
出発は通った中学校のすぐ向かいにある中郷温水池。
此処は中学の頃はただの池でしたが、今はきれいに整備された公園になっていて、
鴨や白鷺の生息地になっています。
何故「温水池」かというと、農業に使う水がそのままでは冷たすぎて使えないため、
一度ここに溜めてあたためるから。
富士の湧水である三島の水はそれほど冷たいのです。
ここから源兵衛川をさかのぼって駅近くの楽寿園をめざします。
今回、梅花藻もきれいに咲いていて写真もたくさん撮れましたが、
それより何より、甦った源兵衛川の美しさに感激しました。
私が子供の頃は町中にも小川が縦横に走り、
市役所の前の通りなどは両側に川がごうごうと音をたてて流れていて、
夜などは怖かったほどです。
今ではかなりの川が暗渠になり、その面影はありませんが、
見る影もなく汚れ澱んだ源兵衛川は市民の努力でみごとに甦り、
遊歩道も整備されて市民の憩いの場となっています。
川辺にはこんなおしゃれなカフェも・・・
温水池から楽寿園まで、街中を歩いたらけっこうな距離ですが、
川を伝っていくとあっというま、という感じ。
暑い日でしたが、だからよけいに気持ちが良くて・・
夏休み中ということで、たくさんの家族連れが水遊びを楽しんでいました。
こんなきれいな川で遊べる三島の子供たちは幸せです。
いや、それも市民の努力の賜物。
この源兵衛川のプロジェクトの中心には同期生も多くいて今でも活躍しています。
改めて、深く御礼申し上げます。
川辺を歩きながら、しきりに思い出されることがありました。
それは昭和38~39年、町を二分する重大事となった「石油コンビナート誘致騒動」
高度成長期まっただなかだった当時、三島、沼津、清水町にまたがる大がかりな石油コンビナート進出が計画され、実行されようとしていたのです。
当時の感触としては今の原発誘致じゃないけれど、地元が潤うことは確実で、
喜んで誘致、というのが普通だったと思います。
しかし三島はそれ以前に誘致していた某大工場が稼動してから湧水の量が激減したことで警戒し、
農業関係者を中心に反対運動が起こりました。
それはやがて大きな広がりとなって沼津や清水町も巻き込み、
ついにコンビナート進出を阻止したのでした。
当時としては画期的なことで、今では特筆すべき公害反対運動として記録されています。
http://www.city.mishima.shizuoka.jp/ipn001983.html
三島梅花藻と水辺のアイドル、カワセミくん
本当に阻止できて良かった・・
もしコンビナートが出来ていたら、川再生以前に川そのものが干上がっていたでしょう。
清水町の柿田川がコンビナートの水源として狙われていたのですから、
今や全国的に有名になった柿田川の湧水も枯渇してしまったに違いありません。
楽寿園の小浜池も、満水というほどではないにしろ水を湛え、
以前は完全に干上がっていることも多かったのでほっとしました。
楽寿園の向いの水泉園・・・と昔は言ってたけど、今は「白滝公園」というらしい。
ここは昔と変わらず、小学校の時水に入ったりボートの模型を浮かべたりして遊んだ頃のまま。
今楽しそうに遊んでいる子供たちも、夏休みの思い出として長く記憶に残ることでしょう。
願わくばこの子たちが親になって、その子供たちが、孫たちが、変わらぬこの地で水遊びを楽しんでほしい。
本当にこの冷たく美しい水は三島の素晴らしい財産。
いつまでも豊かに三島を潤してくれるよう、祈らずにはいられません。![]()























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