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2011年3月

2011年3月30日 (水)

原発がなくても大丈夫 (リンク)



こんなサイトを見つけたのでちょっとご紹介。

反原発の立場でさまざまな活動をしてこられた田中優さんの講演を紹介したmisaさんのブログ。

http://ameblo.jp/aries-misa/day-20110323.html

講演の内容をmisaさんがダイジェストとしてまとめて下さり、
非常にわかりやすく、大切なポイントが理解できます。
後半では今研究されている、クリーンなエネルギーの色々が紹介されています。
目からウロコのユニークな発電とは?




内容はあくまで田中優氏の講演からであり、
misaさんの持論では無いことをご承知おき下さい。

先日の記事で私も、技術を越えるものは新しい技術、
日本は絶対にそれが出来る国と書きましたが、
やはり原発なしの新エネルギーはすでに色々考案、研究されているのですね。



もちろんこれらがすぐ実用化出来ると考えるほど私も脳天気ではありません。
デメリットだってあるでしょうし、実現にはさまざまな障害もあるでしょう。
この期に及んでも、安定電気供給のためには原発が不可欠との論調が跋扈していますし。
でも現在でも100%原発に依存してるわけではないのです。
30%より多いとしても、半分までは行ってないでしょう。
とりあえずは既存の火力、風力発電を充実させ、
その間に効率の良い安全なエネルギーを「実用化」を前提で絞込み、
実行に移す。
ここに紹介された以外にも、その技術はたくさんあるはず。



ようは国と電力会社のやる気の問題です。
原発抜きの電力発電を本気でやる気があるのか否かという問題です。
こんな惨事を起こしてしまって、以後誰が原発は安全だなどという世迷言を信じるでしょう。
今関東地方全域の何十万という人が、
心痛とストレスで身体に異常をきたしそうです。
放射線による10年後のがんの心配より先に、今現在心労で不安神経症や、心臓病などの病気になりそうなんです。


高濃度の放射線が検出されましたなんてニュースを見ながら、
ご飯を美味しく食べられるわけない。
どこへ行っても何をしても重苦しい不安につきまとわれ、楽しむことなど出来ない。



私の周囲でも、心痛で痩せてしまったと言う人がおおぜいいます。
いまだに解決の糸口も見えず、あと何ヶ月も何年もこの状態が続いたとしたら・・・
「知ってしまった」私たちは、原発のある限り一生心から安らぐことなど出来ないのですよ。


政府も「国民の生命を守る」という最低限の公約を実行する気があるのなら
全力で代替エネルギーの実現をはかるしかないではありませんか。
これ以降も国民の生命を危険にさらしてまで原発に固執するとしたら・・
原発で何千万という国民が死ななければわからない、というほどバカではないと信じたい。
(例えば次の地震で6基の原発が連鎖的に爆発すればそのくらい死ぬでしょう。そんなことはあり得ないなんて、一体誰が保証しますか?)

「良い教訓」とするにはあまりにも苛酷で緊迫した状態が続きますが、
この危機意識こそが流れを変える原動力だと思っています。




Touhoku1
2月に帯の加工を頼んだお店は福島県。
ようやく戻ってきた商品の箱にこんな書き込みが。
どんなに不安なことか・・・
めげずに踏ん張って欲しいです。


Touhoku2

ちょうどお米が無かったので、
福島のお米でもあったら買おうと思っていたけどありませんでした。
では宮城のお米を。
栗原は震度7を記録して死者ゼロだった町ですね♪








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2011年3月26日 (土)

原発制御不能 パエトーンのように2



今回の地震で、色々不思議に思ったことがあるがそのひとつとして。
広範囲に被害をもたらした巨大地震であったが、
その中でも最高震度である震度7に襲われた宮城県栗原市。
以下栗原市のHPから引用。


2011年3月11日(金曜日)午後2時46分ころ、栗原市で震度7を観測
 3月11日(金曜日)午後2時46分ころ、三陸沖を震源地とするマグニチュード9.0の地震、「平成23年(2011年)東北地方太平洋沖地震」が発生しました。
 この地震による市内各地区の震度は、次のとおりです。
【震度7】 築館地区
【震度6強】 若柳・高清水・一迫・志波姫地区
【震度6弱】 栗駒・瀬峰・金成地区
【震度5強】 鶯沢・花山地区

 地震による被害の概況〔3月25日(金曜日)現在〕
【人的被害】 ●死者:なし ●行方不明者:なし ●重傷者:2人 ●軽傷者:411人
【住家被害】 ●全壊:5棟 ●半壊:15棟 ●一部損壊:132棟 ●床下浸水:3棟
【給水可能地域】
 市内8地区のほとんどで通水し、断水地域の市内16カ所に給水車を配し対応中
【道路交通規制】 〔市道〕全面通行止め:23カ所、片側交互通行:16カ所
【停電中の地域】 なし、市内全域で通電中

引用終わり。



何と震度7を観測した栗原町では死者、行方不明者はゼロ、
家屋の全壊はたった5件だという。
もちろん内陸部なので津波の被害を受けなかったこと、
地盤の関係その他さまざまな要因が重なっているのだろうが、
日本以外で、震度7で全壊5件なんて考えられるだろうか。
そういえば津波に呑みこまれてゆく三陸地方各地の映像でも、当然津波が来るということは地震の後だということだが、
その時点で全壊している家は見た限りでは皆無に近かった。


つまり、地震そのもので全壊、それに伴う死者というのは本当に少なかったということですよね。
まだ正確な統計は当分先だけど、死者の9割が津波によるものとの情報もあり。
これは時間帯にも左右され、殆どの人が眠っていた早朝に起きた阪神大震災の時には家具などによる圧死が多かったようだが・・
今回の津波は時間をおかずに襲ってきたため、逃げる暇も無かったということが被害を大きくした。
まさに想定外。


これを教訓にして、津波に対する備えが出来れば、もっと想定外の地震が来ても充分対応できるはずだ。
思った以上に、わが国の耐震建築技術は素晴らしいのかもしれない。
というより震度7に対応できる技術をすでに備えているということ。
これは本当に心強いではないか。
建設中のスカイツリーも何の被害もなく、完成前にその耐震性の高さをアピールしたのも快挙だった。
地震は仕方ない、わが国の宿命だから。
海岸地方ではさらに津波に対する備えさえ万全にすれば・・
そして火事さえ出さなければ・・・
たとえこれから今回のような巨大地震がおこっても、被害は最小限にとどめられるだろう。



対して。
原発は想定外の津波に対し、あっさりとやられてしまった。
想定していたものの2倍から3倍の津波だったという。
しかし原発の場合、それを想定外でしたで言い抜けることは出来ないはずだ。
今の時点で今回の地震は1000年に一度、とか言われているが、
まがりなりにも日本の歴史が綴られているのは長く見積もってもたかだか2000年。
それ以前にどんな地殻変動があったのかなんて、誰も証明できない。
一万年に一度、3万年に一度の大地震や地殻変動だって必ずあるはずだし、
明日起こっても何の不思議も無い。


それは想像するだに恐ろしい。
誰だって、生きているうちにそんな災害に遭いたくはない。
でもよく言われるように大災害は「神の怒り、天罰」などではない。
そう思って謙虚になるのも悪くはないが、日本人がどんなに信心深くなったって地震は襲ってくる。
客観的に見ればただの地震、ただの地殻変動だが、
それがどれほどの破壊力を持っていることか、今回日本中が改めて思い知った。
そんな日本に、原発を作ることがいかに危険なことか、まったくの素人だってわかるし、今回はからずもそれが証明されてしまった。
ネットを調べれば例えばどこそこの原子炉が爆発した時どういう被害が出るのか、身の毛のよだつような色々なシミュレーションが見つかる。
無論私は何の専門知識も無く、どれが正しいのかはわからないのでリンクは控えますが。
それぞれで判断お願いいたします。



原発を廃止すべきと言えば、
では代替の案はあるのか、とすぐ言われる。
でも現在日本の電力で原発の占める割合は3割だとか。
はっきり言って政府が原発廃止の政策を打ち出し、その方向に転換がなされれば、
3割くらいの不足はあっというまに埋められると思っている。
追い詰められれば、何とか必要なものを短期間に作ってしまうのが日本人の凄いところではないか。
太陽光発電の研究だってかなり進んでいるはずだし、今の時点ではコストがどうのとか言っているけど、
それは原発優先の政策のせいであり、やる気になれば数年でかなりの実用化が期待できるのではないかと思っている。
その間少しくらい停電が続いたって我慢しますよ。
でもこの先、地震が起きるたびにどこの原発が・・・という恐怖を味わうストレスには耐えられない。
今回の原発事故処理が長引くほど、原発の正体見たりという国民の嫌悪感、恐怖心は増すばかりだろう。
これからもし原発を続けるとしたらどれほどの災害想定、それに伴う補強改築の莫大な費用、
それこそコストが合わなくなるのでは?
東電は夏場に電力が足りなくなると盛んに脅かしているが、あれは国民を締め付けて、
やっぱり原発が無いとダメなのね・・・と思わせる陰謀ではないかと思っている人も大勢いるみたい。(私も半分そう思っている)



「日本に原発はいらない」
もちろんこの主張には一切の政治的思惑など入っていません。
考えてみて下さい。
広島と長崎であれほどの悲惨な経験をした世界で唯一の国なのに、
今度は原発事故で国民の半分が死んでしまいました・・
なんてことになったら悲劇を通り越してもはや喜劇だ。
私たちは愚かなパエトーンになってはならない。
今からでも遅くない。
というよりあの事故を同じようにリアルタイムで見ている他の国も、
震え上がって自国の原発対策に乗り出した。
今が潮流を大きく変えるチャンスかもしれない。


「地震はけっこうあるんですけどね・・
でも建物は耐震構造で磐石だし、津波対策も万全だし、
何より今は原発ひとつもありませんから安全ですよ」
外国人に胸をはってそういえる国になったら素晴らしいではないか。

どうか今回の恐ろしい事故が一時でも早く収束し、
禍転じて福となる、の例え通り、これをきっかけに安全でクリーンなエネルギーに方向転換できますように・・・
と切に祈るばかりです。


※追記※

山岸涼子「パエトーン」
この事態に対応し、3/23からWEB公開されていることを今知りました。
山岸さんとしては20数年たって実現してしまった悪夢に、
ぜひ原発の真実を多くの人に知って欲しかったのだと思います。
こちらから読めますので、ぜひご一読下さい。
http://www.usio.co.jp/html/paetone/index.html


Paeton3_2   





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2011年3月22日 (火)

原発制御不能 パエトーンのように・・・



いわゆる”キューバ危機”があったのは1962年、
私が小学生の頃だった。
当時は冷戦時代、ソ連とアメリカがキューバを挟んで睨みあい、
核戦争寸前になった悪夢のような2週間。

TVは連日緊迫したニュースを流し続け、
巷では戦争になったら日本も巻き込まれ、水素爆弾で全滅する、と言われていた。
私は恐ろしさのあまり、ニュース恐怖症になってしまった。
でも親にはそう言えず、ちょうど夕食時にかかるニュースの時は何かと理由をつけて席を外したりしたものだ。

それから何十年も経ってまたもや同じような経験をするとは。
はい、原発のニュース怖くて見られないヘタレ状態です。
小学生から全然進歩してないのかよ!と自分でも呆れるのだが、出来れば終息のニュースが流れるまで布団でもかぶっていたいというのが本音。

Paetonbook
山岸涼子の「パエトーン」
初出は不明だが、手元の単行本発行は昭和63年とある。
今から20年以上前の作品だ。



ギリシャ神話「パエトーン」はご存知の方も多いだろうがこんなお話。


母から自分が太陽神アポロン(ヘリオスとも)の息子であると聞かされた少年パエトーンは
それを証明してもらおうと険しい山を越え、アポロンに会いに行く。
アポロンは確かに彼が息子であると認め、何でも望みを叶えてやろうと約束する。
パエトーンは父の「太陽の馬車」を1日貸してほしいと申し出る。
太陽の馬車は大神ゼウスでさえ扱うことの出来ない、唯一アポロンだけが操縦できる馬車。
アポロンは必死になって願い事を変えるように説得するが、
パエトーンは約束を盾にゆずらない。
とうとう太陽の馬車が引き出され、その素晴らしさに心躍らせるパエトーン。
しかし走り出した馬車はたちまち暴走を始め、軌道を外れて狂ったように駆け回った。
パエトーンは馬を御すことも出来ずにすくみあがり、手綱さえ放してしまう。
狂った馬車は地上の山や森を焼き払い、海は干上がって砂漠と化し、多くの人々が焼け死んでゆく。
大神ゼウスはその様子を見て憂い、世界を救うためにパエトーンめがけ稲妻を投げつけた。
太陽の馬車はこなごなに飛び散って消え、パエトーンは火に包まれて流れ星のように地上に落ちていった・・・・



山岸涼子はこのパエトーンを現代、危険な原子力発電に頼って文明を謳歌する人間にあてはめた。
チェルノブイリ事故の恐るべき実態、当時の日本の原発の実情などがわかりやすく描かれている。
当時から20年も経っているので、日本の原発の数はもっと増えているだろう。
そして恐れていた事故が起こってしまった。
天災が原因とはいえ、日本の存亡を危うくする大事故だ。
色々な情報が錯綜しているが、素人の私には何が正しいのかはっきりわからない。
ただわかるのは
、「原子力発電はパエトーンと同じ驕った愚かな行為」というのが真実だったということだ。
政府は何重にも安全対策をほどこして管理しているから安全、と言い続けてきた。
私たちも、いややっぱり危険はあるでしょうと思いながら、
豊富な電力の消費を謳歌するために見て見ぬふりをしてきたと言えないだろうか?


考えてもみてほしい。
あの事故の経過を見ればわかるとおり、
はい、地震で自動的に運転が止りました、ですむならめでたしめでたしだ。
石油ストーブなどではそれで解決する。
たとえ火がでても、水をかければちゃんと消える。
ところが運転を停止したあとでも、管理が出来ないと核燃料、
使用済み核燃料まで暴走をはじめるというのが原発の事実だった。
(そんなことは私も全く知らなかった、停止すればそれでOKかと思っていた)
あれだけの人数を投入して命がけの作業を続けても、いまだに解決にいたらない。
高度の放射能が漏れ出したら、もう現場で人間が作業することも出来なくなり、
放棄して逃げ出さざるを得ない実態になったら・・・・
いったいどうなるというのだろうか。

Paeton3

つまり人間は、原子力を完全に管理など出来ないということでしょう?
まさに制御不能、身の程知らずで愚かなパエトーンと同じだ。
今回の事故で多くの人がそう思い、その恐ろしさが骨身に沁みたと思う。
今回は自動停止装置が働いたからまだ良かったのか・・・
しかし停止装置そのものが作動しないという事故だって充分にありうる。
私も何年か前から感じていたのだが、日本列島は地震の活動期に入ったことは間違いないようだ。
想像したくはないが、東海地震も近いのかもしれない。
その時浜岡原発がどうなるのか、地元の人が心配するのは当然だ。


いや、浜岡だけの問題ではない。
日本中いたるところにある原発がもしチェルノブリ級の事故をおこしたら、
国中が数日中に放射能汚染されてしまうそうだ。
そう、全長だって3000キロ程度の国土なのだから・・・




日本は国土狭いんです。
原発の周囲にも人がたくさん住んでいる。
加えて世界一の地震国です。
しかもしかもその地震の活動期に入っているとしたら、
大きな地震が今後もどこにくるかわからない、
その時原発が事故を起こすかもしれない。
そう思い続ける恐怖、ストレスに耐えられますか?
原発はそのリスクを補ってなお余りあるものですか?



(続く)








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2011年3月15日 (火)

3月11日 東京難民



3月11日、東京であの地震に遭いました。
その日は国立新美術館で「シュールレアリズム展」を見るため、
友人の可惜夜さんと1時に待ち合わせ、ゆっくり展示を見てから館内のカフェでコーヒーでも飲もうと、カフェの窓際に席を取りました。
展示会のナビゲーター、「リサとガスパール」(フランスの絵本のキャラ)に因んだ、
「ガスパールのダブルエスプレッソラテ」を飲みながらおしゃべりしていて30分もたった頃、揺れがきました。
どうせすぐ収まるだろうと思ったけど、揺れの巾は大きくなり、まるで船酔いのような気分の悪さ。
カフェの周囲は吹き抜けのガラス張りで、もし割れたらという恐怖はあったもののその兆候はなく、何かが落ちてくるでもなく、
最新の建物でもありかえって安全かも・・とわりに落ち着いていられました。
他のお客さんも同じ思いだったのか、慌てる人は見当たらなかったです。
しかしあまりに長い異常な揺れに外に出る人も。
あの時何かが落ちて音を立てたり、誰かが悲鳴をあげたら一気にパニックになっていたかもしれません。
それにしても館内放送があるわけでもなく、美術館がわも不親切。
そういうことを想定して、誘導の放送をするとか、情報を提供するとかするべきなのでは?

311b 
311a_3 

この時までは平和でした・・


外に出て、携帯をチェックするも地震があったとしか出てこない。
他の人に聞いてもやはりわからず、ある喫茶店の前で皆が中をのぞきこんでいるので行ってみたら、
ガラス戸のなかのTVが東北の大地震という報道を流していました。
同時に頭上の看板がグラグラ揺れて・・
危険を感じていったん美術館の庭に戻りましたが、いつまでもそうしているわけにもいかず、
ちょうどお客を下ろしたタクシーをつかまえて、最寄のJR駅まで行ってくれるよう頼みました。


ところがこの運転手さん、営業を始めてまだ2日目だとかで全然道がわからない。
お客に道を聞くなって!(ていうかそれでよく営業許可が出るなあ)
すでに道路は渋滞が始まっており、渋谷に行くのを中止して表参道で下車。
原宿駅まで行ってみましたが、駅の前には人があふれかえっていて、危惧していた通り電車は運転中止。
もちろんメトロも同じ。
途中窓ガラスの割れた建物や、ケガか病気か、道路に倒れて周囲の人に介抱されている人も見ました。


家に帰るには池袋から東上線に1時間も乗らなければなりません。
ともかく池袋まで、バスでもいいから・・と思ったものの、バスは超満員。
すでに道路は大渋滞になっていました。
じっとしていると寒いし、こうなれば歩くしかない・・
いったい何キロくらいあるのか、山手線でいうと6駅ぶん。
明治通りをひたすら行けばいいので道に迷う心配は無いのが唯一の慰め。
(あとで調べたらだいたい10キロくらい?)


折りよく休みで家にいてくれた家人とも連絡が取れ、残してきた犬猫の心配をする必要もなく安心できたことは救いでした。
可惜夜さんのほうはやはり家に残してきた愛猫が心配そうで・・・本当にこういう時、いてもたってもいられないの、よくわかります。
途中千駄ヶ谷のドトールで休憩、仕事の終わった可惜夜さんのご主人とも合流して再び明治通りを北上。
同じような「東京難民」が、時には「人の渋滞」をおこすほど、たくさん歩いていました。
ちょっと異様な光景ではあるのですが、
特に若い人は不思議なほど明るい顔なのが印象的でした。
友だち同士、「チョーこわかったあ」なんて喋りつつ携帯やスマホをチェックしながら楽しそうに歩いている。
キミたち、状況がわかってんの?とも言いたかったけど、あの多くのひとが皆暗い顔をして黙々と歩いているのを想像すると、それもイヤですね。
思うにスマホやワンセグ携帯などで情報を常に受けていられる安心感があるのかも。
それとああいう時って無言の連帯感みたいなものが生まれるんですよね。
ともかく情報が常に入って来るということが、いかに人を落ち着かせるかということがよくわかります。



家と連絡を取り合っているうちに私の携帯もどんどん電池が減ってきました。
これは不安。
写真俳句の友人が色々情報をメールで送ってくれ、心配した弟妹や遠くの友人からもメールがはいるのですが、
電池切れがこわくて返信も出来ず・・
auがあったら緊急用?充電器があるか聞いてみようと思いましたが機会なし。
途中通りかかった新宿の日本赤十字社東京都支部に招き入れられ、休憩させてもらいました。
スタッフが親切にトイレの案内などしてくれ、とても助かりました。


池袋に着いたのは夜9時すぎ。
デニーズなど24時間営業の店はいっぱいで、仕方なく居酒屋で待機。
疲れて食欲もなく、何時間かいましたが、帰宅困難者を都立高校や大学でも受け容れてくれるとの情報があったので、
近くの立教大学にでも行ってみようかと池袋駅に寄ったところ、
ちょうど可惜夜さんのお宅がある西武線が開通、お言葉に甘えて一緒に行って泊めていただくことに。
ほんとにもう地獄に仏。翌日無事に帰宅することができました。(可惜夜さん、ほんとにありがとうございました)
愛猫のたらちゃんも無事でお宅にも被害がなく、本当に良かったです。
こうして東京難民生活?は半日で終了。



教訓。
家人は暖かくて安全な場所にいて、あまり動くなと言ったけど、
歩いてでも目的地に行ってよかった。
行動しなきゃわからないこともあります。
もちろん余震も続く中だったので、充分注意するべきですが。
深夜西武線に乗れたときも、各停とはいえ意外なほど空いていたのに驚きました。
乗っていた若い男性も、「来てみて正解だったよな、来なきゃ動いてるのわからなかった」と話していました。
交通情報などはやはりTVなどでもすぐ放送されるわけではないし、帰宅困難者の受け入れ情報もTVに出たのは深夜1時すぎでした。
便利なツールがたくさんあって心強いとはいえ、皆が持っているわけではないので、
東京都としてももう少しそのへんを考えて、情報がすばやくいきわたるようにしてほしいです。



それにしてもそんなこと、
被災地の方々の苦労にくらべたらなんてことはありません。
初めて見たあの津波の光景の衝撃・・・
カフェラテ一杯飲み終わらないうちに、世界が変わってしまった。
今はともかく犠牲者のご冥福をお祈りし、
まだ不明の方が一人でも助かるよう、祈るばかりです。



311c

表参道の「ルイ・ヴィトン」では何故か上部から水が流れ落ち・・・
大勢のひとが歩いている光景は、何故か撮る気になれませんでした。

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2011年3月 3日 (木)

2011年アカデミー賞授賞式つれづれ♪




何年ぶりかでアカデミー賞の授賞式を観ました。
今の時点ではまだ日本では公開されてない作品も多いから、予想を立てるのではなく、
賞をとったなら観てみようか・・というスタンスになるのはいつものことだけど。
今回、第83回の授賞式を観る気になったのは、アン・ハサウェイが司会だったから。
「プラダを着た悪魔」以来この人大好きなんです。
こぼれそうな大きな目に大きな口がキュートで、笑顔が最高に明るくて、
見ているだけでこちらも元気になってくる感じだから。
もっともそのあまりに健全なイメージから脱却しようとしたのか、「レイチェルの結婚」ではガラリと変わって家族とぶつかり荒れ狂う薬物中毒の女性を熱演。
その他、最近では「ジェィン・オースティン 秘められた恋」や「バレンタインデー」なども観たけれど、私的にはやっぱり「プラダ・・」が最高だなあ。

Akademi1

そのアン・ハサウェイ、もう一人の司会者、ジェームズ・フランコと息の合ったコンビで、
思ったとおり楽しい授賞式を演出してくれました。
彼女もうきれいなの何のって、そしてともかく明るいのが良いです。
さすがデビューから王女さま役(プリティ・プリンセス他)を多くこなしているだけあって、
またゴージャスなドレスが似合うこと似合うこと。
何回もお色直し!?をしてさまざまなドレスで目の保養をさせてもらいました。
あの中にプラダのドレスはあったのかしら。
宝石はすべてティファニーをつけ、宣伝料としてン億円もらったという噂。



賞を取った中で私が唯一観ているのが「アリス・イン・ワンダーランド」
これは美術監督賞と衣装デザイン賞をとりました。
原作とは別物と思うしかなかったけど、アメリカ映画って何で何でも冒険ファンタジー、戦士モノにしちゃうんでしょうねえ。
昔のディズニーのアリスは可愛かったけどやっぱりもろアメリカ風。
原作のテニエルの挿絵をもとにした、悪夢の底に落ちていくようなアニメをいつか作ってくれないかな。

Aris



「英国王のスピーチ」が作品賞、主演男優賞、監督賞、脚本賞の4部門を受賞。
これはぜひ観なければ。
「インセレプション」、「ソーシャル・ネットワーク」も面白そう。
主演女優賞は「ブラック・スワン」のナタリー・ボードマンが受賞。
ナタリー・ボードマンといえば、「ブーリン家の姉妹」を観た時、どこかで見たような・・と思ったら、
何とあの「レオン」のマチルダを演じた少女だったんですね。
「レオン」を観たのもごく最近、バイオレンス映画は苦手だったので敬遠していたのだけど、あれはやはりすごく良かった。
子役のヒットで潰れずオスカーを取る女優に成長したとは本当に素晴らしい。
バレエ映画も大好きなのでこれも楽しみです。

Akademi3
Akademi2


主演男優賞候補のひとり、ジェフ・ブリッジスも年とったなあ・・大御所って感じ。
「恋のゆくえ」のクールなピアニスト、すごく素敵だったけど。
あと昔から好きなロバート・ダウニーJRがプレゼンターとして登場、
ジュード・ロウとの漫才ばりのトークが面白かった。
過去の逮捕歴(麻薬関係で何度も逮捕されている)をジョークのネタにしちゃう余裕がすごい。
この人は童顔なせいか、あまり変わらず。
「愛が微笑む時」「ワン・モア・タイム」などのラブコメも良かったけど、
何と言っても「チャーリー」の名演技が忘れられません。
もっとも近作「シャーロック・ホームズ」は映画としてはジョークとしか思えなかったけど。
CG乱用の悪しき見本みたい。

Akademi4

授賞式の終盤、セリーヌ・ディオンの歌う「スマイル」に乗せて、
2010年に亡くなった映画人の追悼映像が流れましたが、
なつかしい人の名前がいくつも出てきて驚き、しんみりしました。
「奇跡の人」「俺たちに明日はない」などの監督、アーサー・ペン、
数々の映画音楽の名曲を生み出した作曲家のジョン・バリー。
「007ロシアより愛をこめて」「フォロー・ミー」「愛と哀しみの果て」・・・
その他多くの曲が多くの人に愛されるスタンダード・ナンバーになっています。

俳優では「イージーライダー」のデニス・ホッパー、
私の好きな「ジェーン・エア」を演じたスザンナ・ヨーク、
「タイタニック」で101歳になったヒロインを演じたグロリア・スチュアート、
何より驚いたのが80年代あの「結婚しない女」で一世を風靡したジル・クレイバーグ。
まだ60代と若かったのに・・・

そういえばそれとは別だけど、薬物がらみの事故で若くして亡くなる俳優ってけっこう多い。
「スタンド・バイ・ミー」のリバー・フェニックスや、
個人的にすごく好きな映画「ゴールデン・ボーイ」の主演、ブラッド・レンフロも20代半ばで亡くなっている、
本当に惜しい・・・
でもいつも思うけれど、いちばん輝いていた姿がスクリーンに永遠に残るって、
やっぱりうらやましいですよね。

Akademi5

ということで、久しぶりに楽しく見せてもらった授賞式。
ともあれ、真っ先に観たいのはやはり「ブラック・スワン」かな。
そう思いつつ、1年もすればレンタルも出るしWOWOWでやるからいっか、と思っちゃうからダメなのね。
あ、今調べたら「英国王のスピーチ」は2月末からすでに公開中。
「ブラック・スワン」は5月13日公開予定。
たまにはちゃんと映画館に行きましょう~happy01




Prada

やっぱりアンはこれが最高♪

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