平成22年・猫の日
今日は猫の日。![]()
ご存知の通り2月22日でニャンニャンニャンという語呂合わせだが、
今年は平成22年ということでニャンの5連発というとてもめでたい(何が?)年まわり。
我が家の猫たちはそんなことは関係なく、今日もジョウビタキなど獲ってきて私を泣かせたりして、相変わらずのワル猫ぶりですが。
手元に何度も読み返した作品社の「日本の名随筆」の中の「猫」の巻がある。
猫好きの大御所で知られる大沸次郎を初め、谷崎潤一郎、内田百閒、藤原審爾、柳田邦夫などの作家から熊井明子、金井美恵子、伊丹十三などのエッセイストたちが書いたそれぞれの猫の話。
猫が好き、という話だけではなく、嫌いという話もある。
よくも悪くも猫という動物が、かくも人間の生活に入り込んでいるのだということがわかって面白い。
だいぶ昔の本なので、描かれている年代も古いものが多く、
今のように完全内猫?など殆どいないし、猫に不妊手術をするなんて発想はない時代の話が多いので、登場する猫たちは病気やケガであっけなく死んでしまうことが多く、読むのがちょっとつらかったりするが・・。
俳人の中では加藤楸邨と金子兜太が書いているが、楸邨のエッセイの最後に水原秋桜子が猫嫌いで、伝書バトを盗られたはらいせに猫を空室に閉じ込め、「10日くらい生きてたよ」と言ったという話が出てきて、いっぺんに秋桜子が嫌いに(笑)
金子先生(この方は今もお元気ですから)のほうは猫好きらしく、家の猫たちのことが温かい筆致で書かれていて心が和んだ。
有馬頼義の「お軽はらきり」にはついほろり。
ともあれ猫好きな人はぜひじっくりと読んでほしい一冊だ。
猫の哀れといえば、何年か前、実家でよその猫の死を見届けたことがある。
当時実家ではメス猫を2匹飼っていて、もちろん手術はしてあるのだが、よくオス猫が家のまわりをウロウロしていた、そのうちの一匹。
シャムの雑種らしいのだが、大きくてゴツゴツしていて声もしゃがれたブサイク猫。
これが妙にひとなつこくて、母や妹が時々あまりものの餌をやっていたらしい。
遊びに行っていたある夏の日、ボロボロになってやせ衰えたその猫がやってきて玄関にへたりこんでしまった。
うつる病気なら困るのだが、動こうとしないので古いタオルを敷いて寝かせてやった。
苦しそうに息をして、どうみても危篤状態であまり持ちそうにない。
私はシャム猫が好きで何匹か飼ったのだが、その時にシャムの性格は犬に近い、と聞いていた。
つまり人が好きで、人のそばにいたい性格だということだろう。
普通は猫は死ぬとき家を出ていくというが、この猫は逆に人恋しくてちょっとだけでも可愛がってくれた家を慕ってきたのだろうか。
昔野良猫になる前、可愛がってくれた自分の家を思って・・。
そう思うと、哀れでたまらなかった。
結局、その日のうちに猫は静かに死んでいった。
真夏のことでもあり、街中で埋める場所もないので市役所に連絡して引き取ってもらった。
入れた段ボール箱にせめて花を添えて・・。
かわいそうだったが家で静かに死ねたことで、少しは安心できたかもしれない、少しは慰められたかもしれない、と思うとこちらも慰められる気がした。
とはいえ、思い出すと今でも切ない。
現代は家の中だけでケガの心配もなく、幸せに暮している猫が多い。
でもその分外で見かける機会が減ってさびしくもある。
うちの猫は外出はするが、手術してあるためか行動範囲はごく狭く、
恋猫のシーズンになってよその猫の雄叫びがきこえてもキョトンとしている。
そうそう、猫の恋のシーズンといえばまさにこれから。
後先考えず道路を突っ切る猫が多いので運転には充分ご注意を。
横切った猫を追ってもう一匹飛び出すこともこの季節の特徴ですからね。
めずらしくキャットタワー最上階で共存している武蔵とおはぎ。
この場所は暖かいので、いつもは場所を取りあって大ゲンカ。





















最近のコメント