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2009年6月12日 (金)

実録・連合赤軍あさま山荘への道程



1970年のある春の夜。
私は時間を気にしながらある学生と横浜駅近くの喫茶店に座っていた。
帰宅途中の横浜駅で、なぜか私を待っていた学生、これで3度目だろうか。
当時短大で勉強そっちのけで熱中していたのが演劇で、
劇団には早稲田や東工大、水産大学などの学生が多数出入りしていた。
彼らは多かれ少なかれ学生運動にも関っており、
デモにでかけたキャストがパクられて公演が中止に、なんてこともよくあって。
その学生もそんな一人だった。

彼は埴谷雄高の本が良いからと私に貸してくれたり、その本について熱く語ったりするのだが、悪いけど私にはサッパリわからない。
私も何度かデモに行ったり、かっこつけて「朝日ジャーナル」を買ったりしていたけど、むろんノンポリもいいところで、
ほんとは朝日ジャーナルや埴谷雄高なんかより、創刊された「anan」に惹かれちゃう、もろ”プチブル”サイドだったのだと思う。


「本の話はわかったわ。で、あなたの考えは?」
私はちょっとうんざりしながら何度目かの同じ質問をした。
だって彼の話の内容は皆本からの引用。
本人がどう思っているのか、全然見えてこなくてイライラするのだ。
そう質問しても、返ってくる答えはちょっと角度を変えただけでやはり本の内容から全く出てこない。

彼だけではなく、当時学生運動をしていた人たちにはよくあるタイプ。
横浜駅で待ち伏せしていた彼の目的は、彼なりの私への個人的なアプローチだったのか、
それとも××派のオルグの一環だったのか、今となってはわからない。
ただ言えることは、彼はとても真面目で穏やかな良い人だったということだ。




この映画を見てそんなことを思い出しました。


で終わりにしたいところだけど・・・。



語るにはあまりにつらい映画。
映画というより、当時を知っている人にとっては殆どドキュメンタリー、なのかもしれない。

Asama3














日本中がTVに釘付けになった「あさま山荘」事件が終わってから、
次々に発覚した連合赤軍の大量リンチ殺人。
その過程を緻密に、克明に描いていく。
覚悟して観始めたけれど、結局目を離すことは出来ず
3時間以上を一気に観てしまった。
本当に辛くて痛ましくて・・。


けれどよく言われるように「いったい何故?」とは私は思わないのだ。
この映画を観て、まさにそれが描かれていると思った。
そう、「何故?」の答えが明確に出ている。
そこがすごい。
徹底して連合赤軍の、彼らのサイドから描いていることが成功の要因だろう。
終盤のあさま山荘の場面でも、外の機動隊や親族の様子などは一切描かず、山荘の中の人物だけを追う。
観る者は徹底して、「連合赤軍のメンバーだけ」につきあわされるのだ。


そこから見えてくるものは確かにある。
おかしいかもしれないけれど、リーダーの森恒夫の演説を聞いていて、
何だか劇をやっているようだ、と思った。
彼も自分の言葉で喋っているとは思えない。
しかし正しいことを言っているつもりなのだ。
世の中を良い方向に変えようという動機で革命を夢み、行動をおこしたはずなのに、行き着いたのが悪魔の所業という、その過程の恐ろしさ。
いや、その所業こそが正しいと信じる恐ろしさ、か。

Asama1












しかし考えてみれば、そのような”所業”はめずらしいとも言えない。
まさに当時、中国で行われていた文化大革命では、同じような粛清が実に10年にわたって行われていたのだから。
「ブルジョワ的」などのいいがかり的理由で反革命分子にしたてあげられ、多くの人が凄惨なリンチを受けて虐殺された。
主体となったのは紅衛兵という若者たち。
犠牲者の数は数百万とも数千万とも言われる。
これがどんなに異常で恐ろしいことか、あまり言われることの無いのが不思議だが・・・。
「自己を共産化」して邁進する連合赤軍の行為を見て、文革のミニ版、と私などは思うのだけど。


ある思想が閉塞した状況で暴走すると、どんなに恐ろしいことになるかをまざまざと見せつけられる。
しかし本当に・・・あまりにも痛ましい。
自己批判、総括、そして敗北死、とは凄惨な集団暴行の果ての凍死。
やらなければ自分が標的にされる。(次々とメンバーをピックアップする永田洋子が秀逸)
「このままでいいのか?明日はまた必ず誰かが殺されるんだぞ」と呼びかけるメンバーはいなかったのだろうか。
終盤、あさま山荘で最年少のメンバーが「俺たちは勇気がなかったんだよ!」と叫び泣く姿が胸をえぐる。

Asama2












この事件を検索していたとき、現代の若者が、
赤軍派の彼らを、たとえば秋葉原で殺傷事件を起こした青年と同じような連中だろ、と書いているのを目にして絶句。


それは違うよ・・・
全然違う。



まあ自分の生きる時代の尺度でしか考えられないのは無理ないけど・・・
後世の解釈(たかが35年前なのに)はこんな風にあっさりと捻じ曲げられちゃうんだな、と脱力してしまった。



その、多分理解不可能な当時の若者を演じた、現代の役者たちは皆素晴らしかった。
2.3名をのぞいて殆ど初めて見る俳優ばかりだったけど。
何より、若松孝二監督には脱帽。



赤軍派の最大の罪は、結果的に若者たちから政治的関心を完全に奪ってしまったことだ、と言われている。

つらい映画だけど、現代の若い人たちにもぜひ観てもらいたいです。






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コメント

団塊の世代の私も若き頃、
学生運動の端っこに加わったことがありました。
その経験から生き方や物の考え方を決定的に方向付けられました。
いまだに心の底にあの頃の自分なりの
「空の悲しみ」を引きずっています。

運動が下火になり、自分にも就職の季節がやって来て
「俺達はいったい何をしてきたんだ・・・」と自問したことがありました。
そういう中で学んだことのひとつにセクトの怖さがあります。
それは結局オウム事件や、近隣のいくつかの国家の
政治姿勢などに見られるものと同様だと思います。

飛躍しますがこれらを乗り越えるためには
開かれた国、開かれた自分に常に自ら挑戦する心が
必要ではないかと考えています。

雪うさぎさんの真摯な言葉に感動しました。

☆shinさん

コメントありがとうございます。
当時は本当に学生運動の嵐が吹き荒れていましたね。
大学に入っても授業も受けられず・・という異常事態でした。
学生運動に熱中した人は、人一倍ものを真面目に考え、世の中を憂い、
正義感に燃えていたのだと思います。
でもおっしゃる通り恐ろしいのがひとつの思想に心酔し、
凝り固まるあまりに排他的、攻撃的になって収拾がつかなくなること・・
そういう意味では真面目な人ほど危険なのかもしれません。
決して過去の話ではなく、現在でも互いに譲らない宗教の対立などで、テロが後を絶ちませんね。

もっとも今の日本では、若者は身近にいくらでもある「手軽でとりあえずの快楽」に閉じこもり、
何の行動も起こそうとしない・・それも問題だと思います。
私から見れば当時より今のほうがよっぽど危機的状況に思えますが・・。

開かれた国> はい、人間も国も柔軟であるべきですね。
右向け右で暴走・・・という事態をまたおこさないためにも、
国家の立て直しが急務だと思っています。

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