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2009年6月

2009年6月21日 (日)

六月大歌舞伎


行ってきました、六月大歌舞伎。
以前はどうだったか知らないけれど、さよなら公演となってからは連日満員
のようで、一幕見席の切符売り場も長蛇の列。

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新聞で見たカウンドダウン時計が一秒ごとに残り時間を減らしていくのを見

改めて歌舞伎座を見上げてやっぱり惜しいなあ・・・とタメイキ。
それはともかくさよなら公演というだけあって、毎月豪華な配役、豪華な演
目が続くのは嬉しい限りです。
今月は夜の部の松本金太郎ちゃんのデビューを見たかったけど諦めて昼の部
のみ。
今回は友人と一緒なので、気合を入れて松竹のwebチケットに連日アクセス
を繰り返し、一階花道わきの席をゲット♪
欲をいえばもう2~3列前なら最高だったけど、花道のすぐ西側なので花道
ごしに舞台を見ることになり、ちょっとななめになるのが難だけど、
邪魔な
人の頭などは一切無いのでせいせいと楽しめました。

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演目は松緑、魁春による曽我物舞踊、「正札附根元草摺」
(しょうふだつき
こんげんくさずり)
幸四郎、吉右衛門、染五郎という超豪華な顔ぶれで魅せる
「双蝶々曲輪日記
角力場」(ふたつちょうちょうくるわにっき すもうば)
 梅玉、福助が舞う、悲しくも美しく幻想的な舞踊、 
「蝶の道行」(ちょ
うのみちゆき)
そして”仁左衛門一世一代にて相勤め申し候”
「女殺油地獄」(おんなごろしあぶらのじごく)

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幸四郎、吉右衛門の存在感に圧倒され、染五郎にうっとり、
初めて見る福助の舞に感服しつつも(ほんとにこの人って色々な役を演るけ
れど、どれもぴったりと決まってすごいです)
ハイ、本日のお目当てはやはり「女殺油地獄」
つい先日NHKに仁左衛門が出演、この作品について語ってくれたのだけど、
クールなイメージと裏腹に明るく温かい人柄と笑顔の方で、すっかりにわか
ファンになっちゃいました。
なので花道を来る仁左衛門を見ただけで、もう目がheart01に。(笑)
何しろ花道のすぐ隣なので、足なども目の前を通過するわけで。
真っ白な足の、その足首の細さに思わずドッキリ。

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「松本金太郎展」も大盛況















「女殺油地獄」は近松門左衛門が実際の事件(油屋の後家殺し)を題材に書
いたと言われています。
歌舞伎では油屋の放蕩息子(色々家庭内の事情もあるのだが)、河内屋与兵
衛が家からも勘当され、
金に困って近所に住むやはり油屋の人妻、豊嶋屋お吉に借金を申し込む。
普段から与兵衛にも親切なお吉だったが、与兵衛の行状にさすがに呆れ果て
、それをはねつける。
「いっそ不義になって貸して下され」と迫る与兵衛。それもダメだとわかる
ととうとうお吉に刃を向ける。
大きな油の瓶が倒れ、流れる油に滑りながらの凄絶な殺人。
お吉が息絶えると、与兵衛は震え慄きながら、金を奪い取って油まみれのま
ま逃走していく・・。
という話。


仁左衛門が大阪でこれを初演したのが昭和39年。
なんと45年前の東京オリンピックの年!?
当時20歳だったそうで、その演技が評判を呼び、当たり役に。
でもこの役には本当の若さが必要、というお考えのようで、
もう何年も前からこの役は演じない、と決めていたそうです。
今回さよなら公演ということで、会社からどうしても、と言われてやること
になったけど、
今度こそほんとに最後です、とNHKの番組で話してらっしゃいました。


その「最後」を見られてしあわせ・・・なんだけど


若い時の舞台は知らないけれど、少なくとも年齢からくる違和感など全く無
かったです。
本人は本意でないにしても、観るほうとしては、今だからこその「翳のある
色気」を満喫できたとも言える。
油まみれのままよろめきながら花道を走ってきたお姿、目に焼き付いてしま
いましたよ~。

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油まみれの花道をお掃除中












仁左衛門曰く「服を変えたらそのまま現代劇になりますから」というこの作
品は、
過去にも映画やTVドラマになってますね。
昔、小劇場などでも上演してたような。
歌舞伎だと陰惨とはいえ、それなりにデフォルメされていてそれが薄められ
ているけど、ドラマなんかだとリアルになるからちょっときつい。
松田優作が与兵衛を演じたドラマでは、その陰惨さが彼のキャラクター
で増幅され、息苦しくなってリタイアした記憶があります。

女殺油地獄 [DVD]

映画やドラマになると与兵衛とお吉の間に恋愛関係を入れちゃったりして大幅改ざん、になっちゃうし。
(と思っていたら今年も新作映画になってるし。やっぱりこういう感じか)


ともあれ親子の愛憎、放蕩息子と両親、というテーマは確かに時代を超えた永遠のテーマのひとつなのかもしれません。



さて7月は・・・。
またしばらくweb松竹にアタックしまくりだわ・・・・。sweat01

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京橋で偶然見かけた「江戸歌舞伎発祥の地」の石碑























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歌舞伎終了後、友人との食事に出た、
茄子、瓜、とうもろこしなどすべて生で食べる夏野菜の盛り合わせ。
美味しくてbeerが進み過ぎ・・・・coldsweats01


十五代目襲名記念 写真集 片岡仁左衛門

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2009年6月12日 (金)

実録・連合赤軍あさま山荘への道程



1970年のある春の夜。
私は時間を気にしながらある学生と横浜駅近くの喫茶店に座っていた。
帰宅途中の横浜駅で、なぜか私を待っていた学生、これで3度目だろうか。
当時短大で勉強そっちのけで熱中していたのが演劇で、
劇団には早稲田や東工大、水産大学などの学生が多数出入りしていた。
彼らは多かれ少なかれ学生運動にも関っており、
デモにでかけたキャストがパクられて公演が中止に、なんてこともよくあって。
その学生もそんな一人だった。

彼は埴谷雄高の本が良いからと私に貸してくれたり、その本について熱く語ったりするのだが、悪いけど私にはサッパリわからない。
私も何度かデモに行ったり、かっこつけて「朝日ジャーナル」を買ったりしていたけど、むろんノンポリもいいところで、
ほんとは朝日ジャーナルや埴谷雄高なんかより、創刊された「anan」に惹かれちゃう、もろ”プチブル”サイドだったのだと思う。


「本の話はわかったわ。で、あなたの考えは?」
私はちょっとうんざりしながら何度目かの同じ質問をした。
だって彼の話の内容は皆本からの引用。
本人がどう思っているのか、全然見えてこなくてイライラするのだ。
そう質問しても、返ってくる答えはちょっと角度を変えただけでやはり本の内容から全く出てこない。

彼だけではなく、当時学生運動をしていた人たちにはよくあるタイプ。
横浜駅で待ち伏せしていた彼の目的は、彼なりの私への個人的なアプローチだったのか、
それとも××派のオルグの一環だったのか、今となってはわからない。
ただ言えることは、彼はとても真面目で穏やかな良い人だったということだ。




この映画を見てそんなことを思い出しました。


で終わりにしたいところだけど・・・。



語るにはあまりにつらい映画。
映画というより、当時を知っている人にとっては殆どドキュメンタリー、なのかもしれない。

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日本中がTVに釘付けになった「あさま山荘」事件が終わってから、
次々に発覚した連合赤軍の大量リンチ殺人。
その過程を緻密に、克明に描いていく。
覚悟して観始めたけれど、結局目を離すことは出来ず
3時間以上を一気に観てしまった。
本当に辛くて痛ましくて・・。


けれどよく言われるように「いったい何故?」とは私は思わないのだ。
この映画を観て、まさにそれが描かれていると思った。
そう、「何故?」の答えが明確に出ている。
そこがすごい。
徹底して連合赤軍の、彼らのサイドから描いていることが成功の要因だろう。
終盤のあさま山荘の場面でも、外の機動隊や親族の様子などは一切描かず、山荘の中の人物だけを追う。
観る者は徹底して、「連合赤軍のメンバーだけ」につきあわされるのだ。


そこから見えてくるものは確かにある。
おかしいかもしれないけれど、リーダーの森恒夫の演説を聞いていて、
何だか劇をやっているようだ、と思った。
彼も自分の言葉で喋っているとは思えない。
しかし正しいことを言っているつもりなのだ。
世の中を良い方向に変えようという動機で革命を夢み、行動をおこしたはずなのに、行き着いたのが悪魔の所業という、その過程の恐ろしさ。
いや、その所業こそが正しいと信じる恐ろしさ、か。

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しかし考えてみれば、そのような”所業”はめずらしいとも言えない。
まさに当時、中国で行われていた文化大革命では、同じような粛清が実に10年にわたって行われていたのだから。
「ブルジョワ的」などのいいがかり的理由で反革命分子にしたてあげられ、多くの人が凄惨なリンチを受けて虐殺された。
主体となったのは紅衛兵という若者たち。
犠牲者の数は数百万とも数千万とも言われる。
これがどんなに異常で恐ろしいことか、あまり言われることの無いのが不思議だが・・・。
「自己を共産化」して邁進する連合赤軍の行為を見て、文革のミニ版、と私などは思うのだけど。


ある思想が閉塞した状況で暴走すると、どんなに恐ろしいことになるかをまざまざと見せつけられる。
しかし本当に・・・あまりにも痛ましい。
自己批判、総括、そして敗北死、とは凄惨な集団暴行の果ての凍死。
やらなければ自分が標的にされる。(次々とメンバーをピックアップする永田洋子が秀逸)
「このままでいいのか?明日はまた必ず誰かが殺されるんだぞ」と呼びかけるメンバーはいなかったのだろうか。
終盤、あさま山荘で最年少のメンバーが「俺たちは勇気がなかったんだよ!」と叫び泣く姿が胸をえぐる。

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この事件を検索していたとき、現代の若者が、
赤軍派の彼らを、たとえば秋葉原で殺傷事件を起こした青年と同じような連中だろ、と書いているのを目にして絶句。


それは違うよ・・・
全然違う。



まあ自分の生きる時代の尺度でしか考えられないのは無理ないけど・・・
後世の解釈(たかが35年前なのに)はこんな風にあっさりと捻じ曲げられちゃうんだな、と脱力してしまった。



その、多分理解不可能な当時の若者を演じた、現代の役者たちは皆素晴らしかった。
2.3名をのぞいて殆ど初めて見る俳優ばかりだったけど。
何より、若松孝二監督には脱帽。



赤軍派の最大の罪は、結果的に若者たちから政治的関心を完全に奪ってしまったことだ、と言われている。

つらい映画だけど、現代の若い人たちにもぜひ観てもらいたいです。






実録・連合赤軍 あさま山荘への道程 [DVD]


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2009年6月10日 (水)

無視する(BlogPet)

きょうタラッタ♪が手紙は四苦八苦したかもー。
それで魔人ブウのおかげを御礼したかったみたい。
でも、きょうタラッタ♪が共有した?
だけど、無視する?
それで鑑賞した?

*このエントリは、ブログペットの「タラッタ♪」が書きました。

2009年6月 7日 (日)

金沢紀行

先日金沢に行ってきました。
北陸は縁が無く、金沢もこのトシにして初めて・・。
京都をコンパクトにした感じで、見どころも殆ど歩いて回れるほどなんですね。
戦災を受けなかっただけあって、昔のままの貴重な建物も多く、
ちょっとレトロなスポットも点在していて、本当に楽しい街でした。


今回は句を作るのが目的で写真は二の次!

と思いつつやはりけっこう撮ってしまったので、
一応マイフォトにUPしました。
良かったらのぞいてみて下さい。

マイフォト「金沢2009年5月」


Higasicya





















ところで何という認識不足、
知らなかった・・・金沢って、金沢って・・・



まだ新幹線が通ってなかったのねsign03 coldsweats02





北陸第一の都市だから、当然通っていると思い込んでいました。
スミマセン m(_ _)m

食事の時にお店の人に聞いたら、あと数年はかかるのだとか。
う~ん、赤字確実の地方飛行場なんて作るより、
それこそコンパクトな日本、さっさと新幹線を整備したほうが、
よっぽど効率が良いと思うけど・・。

もっとも新幹線など走らないほうが、豊かな地方色が残る・・ということもありかな?
日本全国みな同じような都市に・・というのも困りものですけどね。


Kenroku2_2





















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