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2009年3月

2009年3月27日 (金)

ドラマ・「黒部の太陽」


話題が遅れますが、先週の土日、
フジテレビで放映された「黒部の太陽」観ました。
開局50周年の記念作品ということで、えらく気合が入ってるみたいだけど、
どうなのかなあ・・・つまんなかったら観るのよそう、と思っていたのだけど、最初の数分で、あ、これはいける!と思いましたね。
ほんと、映画でもドラマでも、面白いか否かは最初の数分でたいていわかる。




やれば出来るじゃない・・・・heart04
ちゃんとしたドラマ・・・・wink


と感動つつ、2晩連続でしっかり観てしまいました。



「黒部の太陽」は大木正次の原作。
ご存知の通り1968年に熊井啓監督、三船敏郎、石原裕次郎の主演で映画化されています。

Kurobe
















電力不足に陥っていた昭和30年代前半に、関西電力が黒部川第四発電所建設を決断。しかし当時人跡未踏ともいうべき黒部峡谷の工事は困難を極め、結果的に171人もの犠牲者を出した世紀の難工事となりました。
ドラマではその中でも最大の難関となった大町トンネル掘削に重点を置き、そこに関る人々のさまざまな人間模様が重層的に描かれています。


通称「親方」
命を張ってトンネル工事に奮闘する工夫たちのリーダー倉松に香取慎吾。
関西電力の工事責任者、滝山に小林薫。
熊谷組の工事課長にユースケ・サンタマリア
他に中村敦夫、柳葉敏郎、伊武雅刀、津川雅彦、田中邦衛など、ともかくキャストがものすごくて、他のドラマなら主役級の俳優ばかりがずらりと顔を揃える。
エンドタイトルロールのキャスト名なんてあいうえお順だものね。
往時の工事関係者が言葉を失ったという忠実に再現されたトンネルのセットもすごいし、難工事の描写も息を呑む迫力だし、
昭和30年代の雰囲気も良く出ていて。

Kurobe3 Kurobe4












もっとも役者がそれを壊してしまう、と思われることもありました。
無理もないことだと思うけど、深田恭子はとうていあの時代の女性には見えないし、主役である香取慎吾もね・・。
すごく頑張っているのは伝わってきて、好感は持てるのだけど、
やはりあの時代の男には見えない。
クールさを狙っているのでしょうが、口調が投げやりに聞こえたり、ちょっとした「間」が現代的だったり。
あの時代、そういう突っ込み方はしなかったよ、というような。
時代のテンポというのは呼吸と同じで、後世の人がそれを再現することは殆ど不可能なんだろうなあ・・。
でも「熱くて強い男」を体当たりで演じた、その熱演は認めます。
好感度もUP upwardright happy01


香取くんは、「男はこんなに力強いんだ」ということを描きたかったそうだけど、その気持ち、なんかわかります。
今の時代、女性のほうが強いかも?だものね。
命をかけて危険な作業に取り組む男たち、それを黙って支える女たち、が普通だった時代。
女性は工事中のトンネルに入ることは禁忌だそうだけど、
いや~私などは頼まれても入りたくない。
何でも男女平等だというのなら、女もトンネル掘ってみろ、なんて言われたらイヤですから、黙々と危険な仕事をする男性を尊敬します!と言っとかないと。(笑)
現代では170人も亡くなる工事など考えられないし、機械化が進んでリスクはぐっと減ったと思うけど、それもこれも、先人たちの尊い犠牲の上に成り立っていることを忘れてはいけないですね・・・。


さてこうなると、俄然映画のほうも観たくなるではありませんか。
しかし以前探して驚いたのですが、映画「黒部の太陽」はいまだにビデオにもDVDにもなっていないのです。
何でも石原裕次郎が、大きなスクリーンで観てほしいからと映像化を拒否したのだとか。
大きなスクリーンで・・って、もう何十年もどこでも上映されてないぢゃん。(一部カット版が地元で上映されたことはあるらしい)
あれだけの名作と言われる作品を、結局埋もれさせてしまうって、
いくら製作者の一人だからとはいえ、何様!?って感じだなあ。
実は基本的に裕次郎は嫌いなのですが、三船敏郎が大好きだし、熊井啓監督も好きなので、これはぜひ観たい!
裕次郎伝説と心中させるなんてもってのほか!
すみやかにデジタルマスター化して全国公開したのち、
DVD化するべし!


あ、このフジテレビのドラマ化はその布石?・・・なんてことになったら嬉しいのだけど。
ちなみにドラマのほうは、DVD化されるそうですよ。

Kurobe2_2































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2009年3月 5日 (木)

やもり


折りしも今日は「啓蟄」ですが、「やもり」って知っていますか?
トカゲの仲間、ということは爬虫類ですが、家に住みついて人間にとっての害虫を食べてくれるせいか、昔から「家を守る」という意味で「やもり」(漢字では「守宮」「家守」。)と呼ばれています。


ちなみによく混同される「いもり」は姿は似ているものの、蛙の仲間である両生類、水辺に生息するため、井戸を守るという意味で「いもり」と呼ばれるそうな。
もっとも別名「アカハライモリ」の名の通り、お腹が真っ赤で背中は黒く、私はずっと昔川で一度遭遇しただけですが、かなり強烈な印象でした。
対してやもりはちょっとスケルトンなイメージもあるくらい、色と言うほどの色でもない地味な姿なんですが・・・。



で、実はその「やもり」がけっこう好きだったりするのは、
ひとえに小学生の頃読んだ浜田廣介の「五ひきのやもり」のおかげです。


☆     ☆     ☆     ☆     ☆

仲のよいやもりの夫婦がある家の板壁のすきまに住んでいた。
ある春の日、昼寝をしているとその家のおじいさんがやってきて、
少しずれていた板壁を修理しようと釘を打ち付ける。
夫のやもりはその釘に貫かれ、幸い命は助かったものの、身動きができなくなってしまう。
妻と生まれた三匹の子どものやもりは心を痛め、父親やもりのために餌を運び続ける。やがて大きくなった兄弟やもりは父親を自由にする方法をさがして旅にでるが、10年経っても見つからず、年老いた両親のもとに帰ってくるが・・・。

Yamorisasoe
















何ともほのぼのとした泣かせるお話で、(何と言うか、浜田廣介節とでもいいましょうか)
ハッピーエンドなのだけど、5ひきの家族やもりのラストの姿を想像するだけで涙ぐんでしまいそう。
何度も繰り返し読んだ、子供の頃の愛読書です。



ところがこのやもりになかなか遭遇する機会がなく、「この家にはいないのかしらね?」なんて言っていたのでしたが・・・・。

なんとうちの猫が、最近やもりを捕ってくるのです!

Yamori1


















幸い殺しはしないので、すぐ取り上げて逃がしてやるのですが、
今日もまた家人が床のすみにへばりついているやもりを発見。
ほんとに小さいのでまだ子供なのでしょうが、
いったいどこから捕ってくるやら・・・。
家人の手の上で写真を撮りましたが、尻尾が無いですね・・やっぱり。
調べたらトカゲと同じでまた生えてくるそうでほっとしましたが。


目なんて可愛いんですよね。
(と言いつつ、やはり私は手に乗せることはできませんが・・・。coldsweats01
昔から家守と言われて親しまれてきたのは、
やはりこのどこかとぼけた愛嬌のある顔、
トカゲよりずっとドンくさい動きなどに可愛らしさを感じてしまうからでしょう。
大きな手足でどこにでも張り付いて移動できるのは、指下板という指にある特殊な器官によるものだそうです。



ともかく~「家守」なんだから!
快適にずっと住みついてもらって、守ってもらわなきゃ。
大切にしなきゃいけないの!
だからもう絶対に捕ってきちゃダメだよ!
と猫に申しわたしたのだけど・・・



わかってくれないだろうなあ・・・。cat

Yamori2














こちらは去年の暮れ、どこかから逃げてきたのか、
ベランダのレールの中に隠れていたやもり。
あ、これは尻尾が無事だわ。

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2009年3月 2日 (月)

大正のお雛さま



長女であるにもかかわらず、私はお雛さまを持っていなかった。
当時北海道ではそういう習慣(母方の祖父母が贈るとか)が無かったとか、母にチラリと聞いたことがあったような気がするし、考えてみれば贈りたくても当時北海道で雛人形を売っていたかどうかも確かに疑問だけど、今となってはわからない。
だから4歳で横浜に引っ越した折、祖母の家で初めて雛人形を見た時の感激を今も覚えている。
幼い私には見上げるように高い雛壇。繊細で優美な雛たち。
ままごとをしたくなるような、小さくて美しいお道具の数々。
「お雛さまの国」と言いたくなるような、初めて出会った優雅でファンタジーにあふれた世界に魅了されたのだ。

Taisyohina3




















その雛人形は父の姉妹である叔母たちのもの。
昔のことだからいっぺんに揃えたわけではなく、それぞれの初節句に親王、官女、五人囃子・・と贈られたり買ったりして、最古は大正10年から、新しくは昭和14年頃までに渡っている。
その後叔母たちは次々に結婚したが、女の子が生まれなかったせいか雛人形はそのまま祖母の家に残り、祖母が亡くなったあと女の子が二人いた(私と妹ね)父のところに引き取られたというわけ。

Taisyohina10



















まあ自分のものでないことが不満ではあったけど、
そういうわけで小学校6年の時から、実家にも雛人形が飾られることとなったのだ。
当時でももうお雛さまはだいぶガタがきていて、姫の後ろの髪ははげているし、顔にもひびが入っていたり、着物も破れていたり・・・。
初めて見た頃と違ってこちらも大きくなっていたので、もっときれいな新しいおひなさまが欲しいな・・なんて思っていたけれど。

Taisyohina4



















考えてみれば、この雛人形、激動の時代をくぐってきたわけだ。
横浜にあったのだから、関東大震災にも遭っているし、空襲にも・・。
お雛さまどころではない年もあっただろうし、人形の箱に名だけを残し、幼くて亡くなった叔母もいる。ネズミにかじられたという髪や衣装の傷は、そんな歴史を物語っているようだ。

Taisyohina5 Taisyohina6

















で、このお雛さまなのだが、今は私の弟の家にある。
うちの子供は男の子だったし、弟のところは女の子。
まあ実家の名を継いでいるのは当然弟なので、○○家のおひなさまとして、これからも大切に伝えていってもらいたいと思っている。


Taisyohina9



















それにしても私と妹にはなつかしいお雛さま、
ちゃんと飾られているのかな~と思っていたらちょうど、
昨日弟が写真を送ってきてくれた。

別に高価なものではなく、ごく普通の人形だと思うけど、
今見るととてもいいお顔をしている。
昭和40年代ころだったろうか、現代風にしたのか目のぱっちりしたお雛さまが主流になってがっかりしたことがある。
今はまた伝統的なお顔を踏襲しているようでほっとしているが、
この人形のような顔にはもうお目にかかれないよね・・・。

Taisyohina11 Taisyohina12


















一番古いもの(親王飾り)はもう90年近く経っているんだなあ・・・。
初めて出会った時、目を輝かせたあの幼い女の子ですらもうこんなトシに・・・。(笑)
「お雛さまの国」では、やはり時間がゆっくりゆっくり流れているのかもしれないね。





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こちらは私の平成のお雛さま♪

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