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当地のお天気

旅に出る♪

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2008年11月

2008年11月26日 (水)

記念した(BlogPet)

きのうはねずみは天気が買物すればよかった?
でも、きのう、やつふさの都会に言い訳しなかった?
でも、みにぃ♪とお迎えに予報するつもりだった?
それできのう、魔人ブウ美齢と再会しなかった?
それできのう、記念した。
それで夕空に一読するはずだったの。

*このエントリは、ブログペットの「タラッタ♪」が書きました。

2008年11月24日 (月)

お迎え♪

久しぶりにワンにゃん動画をUPしてみました。 カノンとミーシャが散歩から帰ってくると、 家の前で待っていた武蔵とおはぎが迎えにきてすりすり。 って、私には全然してくれないんですが。(ー"ー )

サイドバーの動画リンクから入ると、
もう少し大きな画面で見られます。m(_ _)m

2008年11月22日 (土)

夕空にジュピター&ヴィーナス♪



ここ数日、急に寒くなってきましたが、
冬晴れ、と言いたくなる上天気が続き、気分が良いです。
今年は「立冬」が実際の季節とあまりズレている感じがなく、
暦通りに冬に入ったような。
温暖化だ異常気象だと言われるようになって久しく、何だか天気予報で「寒波がやってきます。」などと聞くとほっとしたりして・・。



その冬晴れの夕暮れ、金星と木星の接近というすてきな光景が西の空に見られます。
たいした写真を撮れないことはわかっちゃいるんだけど、
ついついカメラを向けてしまう。(∩_∩)ゞ
良かったらクリックして見て下さると嬉しいです。
(上が木星、下が金星です。)

下の2枚は昨日のもの。
とりあえずまた車の屋根にカメラを乗せて撮ったのですが、
あとで見たら屋根にも星がくっきり写ってるではありませんか。
30秒ほどの蓄積ですが、やはり明るい星なんだなあと実感。
あ、私の車エアウェーブは屋根全体がガラス張りなので。

Kinmoku2 Kinmoku3





















こちらは今日撮ったもの。
昨日より少し早い時間だったので、最初はまだ明るかったです。
2枚目の写真でよくわかると思いますが、金星の左から下にかけての星の形、
柄杓を伏せた北斗七星にソックリで一瞬、え?なんでこんな西空に北斗七星が?と思っちゃいました。
金星が今いるのは射手座付近。
これは射手座の一部を形作っている、「南斗六星」と呼ばれる星だと思うのですが、確信はありません。
何しろ肉眼だと殆ど見えないので・・。

Kinmoku5 Kinmoku4


















さて来月12月1日、この日はこの金星、木星、
さらに新月から間もない細い月が加わって、
3つの天体が双眼鏡の視野に収まる接近が見られるそうです。
これは必見!
ともかくこういう天体ショーは晴れてくれなければどうしようもないのがツライところ。
どうかお天気になりますように。



それにしても金星や火星、木星から見る地球ってどんな風に輝いているのか、
一度でいいから見てみたいものだ・・・・。

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2008年11月18日 (火)

「ガロ」1967年8月号



思いがけないものに再会する、ということが増えたのも、
やはりネットの効能?なのだろうか。
最近偶然オークションで見つけたのは1967年の漫画雑誌「ガロ」8月号。
実に41年ぶりの再会。

Garo1

















この号、多分ガロとの最初の出会いだったと思う。
学校帰りに立ち寄った本屋で、ふと手にとって立ち読みをしたのだ。
その中の、あるマンガに頭を殴られたような衝撃を受け、しばし茫然としたことを忘れない。

それがつりたくにこの「六の宮姫子の悲劇」だった。
今読めば、な~んだという内容(というかオチ)なのだが、
それは今の時代だからこその感性。

1967年当時は、まだまだマンガは素朴で子供のもの、という環境だった。
そこに実験的、革新的な雑誌として登場したのが青林堂から出たこの「ガロ」
ついで虫プロ商事の「COM」
前衛的とも言える内容はそれまで皆無だったもので、ガロとCOMには無名の若い作家たちが全く新しい感性で個性的なマンガを描き始め、
やがてマンガ界を大きく変えていくことになるのだが・・。

Garo2
















今でも忘れないほど衝撃を受けたにもかかわらず、
当時この本を買うことはなかったのは、何となく悪の匂いがしたのと(どこが!?と思うのもやはり今の感性。当時は純情な少女でしたので shine
自由に雑誌を買えるほどおこづかいをもらってなかったから・・だと思う。

オークションには内容まで載っていなかったのだが、幸いガロにはマニアが多く、ネット上でバックナンバーの詳細まで網羅したサイトがいくつかある。
ありがたく利用させていただき調べてみると、確かにもう一度読みたかった「六の宮姫子の悲劇」が掲載された号♪
なにしろ40年も前の雑誌でしかも青林堂ときては、もともとが紙質が良いわけがなく(青林堂は原稿料もロクに払えないというウワサだった)状態は覚悟していたが、本屋さんの出品だったせいか思ったよりはずっとマシな状態の本が届いた。

下は目次。
つげ義春もまだブレイク前の初期作品だ。
この数年後、林静一、 佐々木マキらがデビューし、
白土三平の「カムイ伝」が終了したあと経営が悪化したとはいえ、
古川益三、鈴木翁二、安部慎一、ますむらひろしなどなど、異才ともいうべき数々の新人漫画家を輩出した。
70年安保の頃は「朝日ジャーナル」と並ぶ全共闘世代必読書?だったような。
こむずかしい解釈でつげ義春を論じた文章など、よく見かけたものだ。

Garo3













40年ぶりに読んだ「六の宮姫子の悲劇」は、ただただ可愛いマンガだった。
当時それに衝撃を受けたということは、私の年齢もそうだけど、
いかに時代が変わってしまったか、ということなんだろうな結局。
1967年、セーラー服を着ていた自分からも、あの時代からも、
信じられないほど遠く離れてしまったのだから。


つりたくにこは30代で病死したそうだ。
ガロの作家は夭折する人が多い、とは前から言われてはいたけれど、
気の毒に彼女もそれから逃れられなかったらしい。
でも初めて私を悪の道?に誘ったのは彼女かも。

おかげで人生楽しく!?なりました。<(_ _)>
改めてご冥福をお祈りいたします。





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2008年11月17日 (月)

ユニクロ病・・?



昨日ココログニュースで見たこんな記事、
一読、思わずクスリと笑ってしまった。
実は私も今年ユニクロデビューというか、まさにこの病気に感染しつつあったのだ。


この冬流行のきざし?ユニクロ病にご用心!


ユニクロの名はもちろん知っていたけど、
何となく若い人向けというイメージだったので、あまり関心が無かった。
最近は時々行く池袋の大きなデパート内でも、かなりのスペースの売り場を展開していて、お~景気がいいですな、と思っていた程度だったが、
去年TVで見た、松田龍平のヒートテックのCMが好感度高く、印象に残っていたのだろうか。
先月だったか、新聞に隣町のユニクロのチラシが入っていて、ちょうど普段着用の長袖のTシャツが欲しかったので、何気なく行ってみた。


土日はそのフライスTシャツが値下がりするので、店内はかなりの人。
大量生産なんだろうなあ・・・ココログの某ブログが指摘していたように、町を歩いていれば同じものを着た人に会う危険性は極めて高そう。
でもまあ無地のTシャツならどってことないかと豊富なカラーの中から好きな色のものを3枚ほど買った。(1枚680円!安っ!)
感心したのはスタッフの人たちが、とても感じがいいこと。
最近はやる気のないようなスタッフばかりの店が多くて、何か聞いても
「さあ、そこになきゃ無いんじゃないですか~」なんて対応をするヤツも多いのだ。
ユニクロのスタッフ、皆若いのだが、サイズの有無などを聞いてもはきはきした受け答えですぐに調べて答えを出してくれた。
考えてみればそれが当たり前の対応なのだが、それがめずらしく感じられるって、ある意味情けないのかも・・・。


お客は若い人ばかりではなく、ファミリーや中高年の人も多かった(私もその一人だが)のが意外だった。
私の買ったTシャツのように定番ともいうべき商品も多く、なるほどそれなら年齢に限らず着られるものね。
カーディガンのSサイズを探している女性がいて、スタッフと話しているのが耳に入ったのだが、70歳代のおばあちゃまへのプレゼントとのこと。
う~ん、オーソドックスなカシミヤのカーディガンなんて、軽くて暖かくて、
確かにお年寄りにぴったりの素敵なプレゼントだ♪


そういえば後日私もカシミヤのセットを、期間限定の時にネット注文した。
その後すぐ、もうひとつの注文があったので追加にならないかと問い合わせたが、事務処理上それは出来ないとのこと。
けれど代りに、普通低額の単品にかかってしまう送料がフリーになるクーポンを発行してくれた。
なんか行き届いているなあ・・とますます好感度アップ。



ちなみにお店で買った680円のフライスタートルネックTシャツ。
とっても着心地が良く、普段着としてとっかえひっかえして着ている。
何度も洗った後はどうなるのか知らないが、新しいうちは発色もきれいで光沢もあるので、カジュアルなネックレスなど合わせればジャケットのインナーとして外出にも充分通用する。
この値段ならたとえ1年で着倒しても惜しくないものね・・
そうそう、これからの季節、ヒートテック商品も気になる存在♪

とまあこんな具合に、ユニクロ病初期感染状態。(笑)
”安物買いの銭失い”には懲りている(はずだ)けれど、
ロープライスで着心地が良く、見た目似合っているものならおおいに利用したいところ。
さてさてこの病、重症になるのかあっけなく治癒するのか、
今のところ微妙・・かな。wink



Plane_2














トルメキアの船だ!>違


ずいぶん低空飛行の自衛隊機を何気なく撮ったら右上に(多分)旅客機が写っていました。
最近のカメラってすごいsweat01

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2008年11月 1日 (土)

三日月&宵の明星



最近晴れの予報でも曇ってしまうことが多かったのですが、
今日は朝から快晴、
少し寒いくらいなのも心地良い日でした。
東京では去年より17日早く、木枯し一番が吹いたとのこと、
そういえば午前中は当地でも風が強かったです。


夕方スーパーで買物をし、店を出たらもうすっかり暗くなっていましたが、
ふと西の空を見ると、暮れ残る空に三日月と、その右上に大きな金星が輝くという素晴らしい光景が飛び込んできました。
すごいチャンス!写真撮らなきゃ!と慌てて車に戻り、いつも持っているカメラを取り出したものの、三脚がなければ撮れっこない。
車の屋根に乗せればなんとか・・とやってみたらどうにかレンズに入りそう。
高感度モードか夜景モードか、などとじたばたしながら合わせてみたけど、電線がジャマ!
でも混雑する土曜の駐車場でいい場所をさがしてキョロキョロしてたらぶつかりそうだし、そんなことしてる間にどんどん沈んでしまうんですよね。
泣く泣く電線ごと、何とか撮った写真です。

Tukikinsei2


























(いやしかし、ヤオ○ーの駐車場で車にカメラを乗っけて一心不乱に撮っていたワタシって人さまからどう見られたかと思うと・・・)coldsweats01


今日こんな接近があるのを知っていたら、いい場所で待機できたのに、ちょっと残念でした。
もちろんもっと接近する時もあるので調べておこうと思っていても、つい忘れちゃってダメですね~。

ともあれ、これからは空気が澄んで夜空の美しい季節。
天気の良い日が多からんことを♪



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今日はワンワンワンで、犬の日でもありました。
でもはっきり言って私なんて、
毎日が犬の日ですから・・・・・think dogdog

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灯台記念日/喜びも悲しみも幾年月



今日11月1日は「灯台記念日」。
明治元年(1868年)、日本最初の洋式灯台となる、神奈川県横須賀市の観音崎灯台の起工式が行われたことを記念して、昭和24年(1949年)に海上保安庁により制定されたとのこと。
普段は立ち入れない灯台内部が特別公開されたり、各地で記念行事が行われるそうだ。
真っ青な海に白亜の灯台、って惹かれるものがありますよね。
もちろん現在の航行船にとっても重要な標識であることは変わりないけれど、
昔は灯台を守る人々は本当に大変だった・・・とすぐに思ってしまうのは、
ハイ、映画「喜びも悲しみも幾年月」を繰り返し観たせいでございます。

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「喜びも悲しみも幾年月」は木下恵介監督、昭和32年公開の長編映画。
見合い結婚で結ばれた灯台職員とその妻、さらに子供たちの、昭和7年から20数年にわたる波乱に満ちた生活を明るく描く。
明るくといっても当時の灯台守の生活は苛酷だ。
北は北海道から南は九州の離島まで、日本中を数年おきの転勤。
当時は灯を入れるのもすべて手動であり、台風の時などは命がけ。
灯台は人里離れた場所にあるため、子供たちには遊び相手もいない。
加えて戦争をはさんだ激動の時代。
米軍による灯台への機銃掃射で、実際何人もの職員が殉職している。

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そんな中で、灯台守の使命に燃える真面目な夫(佐田啓二)と、
明るく優しくたくましい妻(高峰秀子)とは、「生活することが仕事」という環境にあって、さまざまな苦労を共にし、時にはケンカをしながらも深い絆で結ばれてゆく。
息子の死という悲劇を乗り越え、最後は結婚して海外へ向かう愛娘の乗る船を、新婚時代に赴任した観音崎灯台から見送る場面で終わっている。
(このラストシーン、灯台と船が呼び合う霧笛の音で、いつも涙が・・)

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「二十四の瞳」の高峰は泣かせたけど、この映画の彼女もほんとにいい♪
佐田啓二もこの作品が最高だと思う。
孤立した暮らしの中で、時にはストレスからイライラして衝突しても、
お互いを思いやって絆を深めてゆく夫婦の姿は尊く、その年月の重みが心に沁みいってくるようだ。
ああ、こんな夫婦になれたらな、と誰でもが思うのではないだろうか。
転勤により日本を南北東西に縦横する、各地の灯台の風景(日本全国ロケ敢行)も素晴らしい。



実はこの映画にはモデルがあり、実際に灯台守の妻であった田中きよさんという女性が、
「海を守る夫とともに二十年」という手記を昭和31年、雑誌「婦人倶楽部」に寄稿、
それを読んで感動した木下恵介監督が映画化を決めたという。
当時きよさんの夫、田中績(いさお)さんは、福島県の塩屋崎灯台の台長だった。
夫妻は映画と同様、サハリンから五島列島まで8ヵ所の灯台に赴任、10人の子供に恵まれたが、
娘さんの話によれば定年後もいつも一緒で、相次いで亡くなるまで30年間、
本当に仲が良かったそうだ。
頼りにし、いたわり合うのはお互いだけ、という環境が「灯台の夫婦には倦怠期がない」と言われる所以だろうか。



ところで私はこれを映画で観たことはなく、大人になってから初めてTVで観たのだと思う。
でも子供の頃、亡くなった父がよくこの映画の主題曲を口ずさんでいた事ははっきり覚えている。

「おいら岬の 灯台守は  妻とふたりで 沖ゆく船の・・・」


多分、いい映画だよとか聞いたと思うのだが、夫婦の愛情物語になどてんで興味のなかった当時は「ふ~ん、パパの好きそうな映画ね」と鼻で笑っていたような。
それから長い年月がたった今、この映画を何度も観かえし、観るたびに涙する私を父は笑っているだろうか。


Todai5
 

















何十年にも渡り、そんなドラマも続いてきた灯台だが
、平成18年、映画の舞台のひとつでもあった長崎県五島列島の女島(めじま)灯台の自動化を最後に、すべての灯台が無人化されたそうだ。
「灯台守」という仕事はその役目を終えた。(灯台守というのは通称で、職員は海上保安庁の所属)


先人の苦労を偲ぶ、というのはどんな仕事でも同じだけれど、
灯台記念日の今日、灯台を見かける機会があったら、ぜひそんな歴史にもちょっとだけ思いを馳せて下さい。
私もそうしたいところだけど・・・海はあまりにも遠いです。(・_・、)

Todai6









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