「ガロ」1967年8月号
思いがけないものに再会する、ということが増えたのも、
やはりネットの効能?なのだろうか。
最近偶然オークションで見つけたのは1967年の漫画雑誌「ガロ」8月号。
実に41年ぶりの再会。
この号、多分ガロとの最初の出会いだったと思う。
学校帰りに立ち寄った本屋で、ふと手にとって立ち読みをしたのだ。
その中の、あるマンガに頭を殴られたような衝撃を受け、しばし茫然としたことを忘れない。
それがつりたくにこの「六の宮姫子の悲劇」だった。
今読めば、な~んだという内容(というかオチ)なのだが、
それは今の時代だからこその感性。
1967年当時は、まだまだマンガは素朴で子供のもの、という環境だった。
そこに実験的、革新的な雑誌として登場したのが青林堂から出たこの「ガロ」
ついで虫プロ商事の「COM」
前衛的とも言える内容はそれまで皆無だったもので、ガロとCOMには無名の若い作家たちが全く新しい感性で個性的なマンガを描き始め、
やがてマンガ界を大きく変えていくことになるのだが・・。
今でも忘れないほど衝撃を受けたにもかかわらず、
当時この本を買うことはなかったのは、何となく悪の匂いがしたのと(どこが!?と思うのもやはり今の感性。当時は純情な少女でしたので
)
自由に雑誌を買えるほどおこづかいをもらってなかったから・・だと思う。
オークションには内容まで載っていなかったのだが、幸いガロにはマニアが多く、ネット上でバックナンバーの詳細まで網羅したサイトがいくつかある。
ありがたく利用させていただき調べてみると、確かにもう一度読みたかった「六の宮姫子の悲劇」が掲載された号♪
なにしろ40年も前の雑誌でしかも青林堂ときては、もともとが紙質が良いわけがなく(青林堂は原稿料もロクに払えないというウワサだった)状態は覚悟していたが、本屋さんの出品だったせいか思ったよりはずっとマシな状態の本が届いた。
下は目次。
つげ義春もまだブレイク前の初期作品だ。
この数年後、林静一、 佐々木マキらがデビューし、
白土三平の「カムイ伝」が終了したあと経営が悪化したとはいえ、
古川益三、鈴木翁二、安部慎一、ますむらひろしなどなど、異才ともいうべき数々の新人漫画家を輩出した。
70年安保の頃は「朝日ジャーナル」と並ぶ全共闘世代必読書?だったような。
こむずかしい解釈でつげ義春を論じた文章など、よく見かけたものだ。
40年ぶりに読んだ「六の宮姫子の悲劇」は、ただただ可愛いマンガだった。
当時それに衝撃を受けたということは、私の年齢もそうだけど、
いかに時代が変わってしまったか、ということなんだろうな結局。
1967年、セーラー服を着ていた自分からも、あの時代からも、
信じられないほど遠く離れてしまったのだから。
つりたくにこは30代で病死したそうだ。
ガロの作家は夭折する人が多い、とは前から言われてはいたけれど、
気の毒に彼女もそれから逃れられなかったらしい。
でも初めて私を悪の道?に誘ったのは彼女かも。
おかげで人生楽しく!?なりました。<(_ _)>
改めてご冥福をお祈りいたします。
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