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2006年9月

2006年9月27日 (水)

蕎麦三昧♪

千葉は四街道へお蕎麦を食べに行ってまいりました
なんでわざわざ千葉にまで・・というと 四街道に住んでいるわたくしの従兄弟 彼の趣味が蕎麦打ちでありまして 親戚のあいだでもプロ並の美味しさ!という評判であり ぜひ一度賞味してみたいと思っていたことがやっと実現したという次第なんです

そもそもあまり「お蕎麦」と言うもの 「大好き!」というわけではなかったのです
美味しいお蕎麦といえばずうっと昔 雪の降る寒い日にお腹ぺこぺこで食べた確か町田駅の立ち食い蕎麦と 大学の時に旅行で行った戸隠のお蕎麦がさすがに長野♪と思ったくらいの記憶しかなく 反対に不味かった記憶は多くて 最近では新しく出来た近所の蕎麦屋の「鴨南蛮」
マズイ以前に鴨ではなく「鶏」だったし その時点でアウトじゃありませんかね~?(こういうの不当表示って言わないんだろうか)
その他寒くて温かいお蕎麦が食べたかったのに 半強制的?(笑)にざるそばを食べさせられた鎌倉の老舗の店など どうもお蕎麦にまつわる思い出はロクなものが無いというか・・ 

そもそも栽培自体は世界各地で何千年もの歴史を誇る蕎麦
今のようなスタイルで食べるようになったのは江戸時代のことらしい
聞いたところによるとその頃は一日二食が普通であり
そのため軽食として食べられたのだとか
今でも店によってはもりそばなどを頼むとほんの3・4回ほどすすっただけで終わりということがあり その量の少なさに怒り狂ったというエッセイを読んだことがあるけど やはりその「軽食」としての名残なのでせうか
遅めの午後 馴染みの蕎麦屋にふらりと入ってまずお銚子を一本
蕎麦味噌など その店で気に入りの肴をつまみながらゆっくりとお銚子を空ける
そして〆に軽くお蕎麦をすすり 満足して店を出る
そんなパターンの場合の量なんでしょうね
まあお店によっても違うのだろうけど 確かに初めての店などではそのへんを確かめないとむかっ腹が立つことになるかも・・(;^_^A

Soba3 で 四街道
前夜句会の二次会で遅くまで歌舞伎町で飲んだため二日酔い気味のアタマで東京駅総武線の長いエスカレーターを下り
電車に乗って1時間 
「寝床庵」当主みずから愛車BMWでお迎えに来てくれていました
「寝床庵」というのは屋号なんだけど もちろん本業はサラリーマンの彼 お店を構えているわけではありません
でも玄関には立派な看板が・・・友人が作ってくれたそうで 将来このまま使えそう (^o^)
ちなみに寝床庵とは落語の「寝床」からとったものだそうで 何のこと?と思ったけれど謙虚な自戒が込められていたのね・・と納得
お食事のほうは 先ほど書いた「粋な蕎麦屋の楽しみ方」とでもいうべき繊細なニュアンスとお味をたっぷり堪能させていただきました
蕎麦の素揚げ(おつまみに良い♪)の盛られたテーブルに出てきたのはまず出汁巻卵 
ふんわりとした舌ざわりの中に 当然出汁がよく効いて味わい深い(うちみたいに手抜きで「キッコーマン本つゆ」など使ってないことは歴然 笑)
続いて香ばしい蕎麦味噌
これは嘗め味噌の一種になるのでしょうか
甘めに調味した味噌に煎った?蕎麦の実が入っているのがプチプチと香ばしくて これはもうお酒のおつまみにぴったりという感じ
今まで味噌を嘗めながら・・・なんて習慣は無かったのだけど これはハマリそう
もっとも昼間なのでお酒ではなく 軽くビール(オイオイヾ( ̄o ̄;)二日酔いはどうなったんだ??)にしておいたけれど・・

Soba1 本日のメインは「鴨せいろ」
ということで鴨の大好きな私は楽しみにしていたのだけど その前に鴨のつくねや焼いた鴨ロースなどが並び
これまた美味しくて感激
鴨肉を叩いて作るつくねなんて初めて食べたけど 贅沢だなあ・・
でも実はこれを言うと呆れられるからイヤなのだけど わたくし鴨は大好きなのにその相方ともいうべき「葱」が苦手なんです
葱抜きの「鴨南蛮」なんて思いっきりマヌケですよねっ!とわかってはいるのだけどどうしようもない
(今回の鴨せいろも葱抜きということで写真もちょっと間が抜けてますよね 本来は手前のつけ汁にたっぷり葱が入っているハズ)
真打登場♪のお蕎麦は厳選した蕎麦粉と水だけで作る 要するに十割蕎麦
茹でる前のものを見せてもらったけれど 柔らかな色あいといいしなやかさといい とても十割には見えません
なんか蕎麦粉だけのものって「黒い 不揃い」って先入観があって・・・
以前食べたものはぼそぼそしていて 以来十割蕎麦はおいしくない と思っていました
Soba2 冷たいお蕎麦を温かい汁につけて食べるというのも初体験の鴨せいろ
全然ぼそぼそ なんてことはなくてのどごしも良く とても美味しかった
しかも後をひく美味しさというか さきほどの食べ方でいくと〆のお蕎麦は軽く・・でOKなのだけど おかわりしちゃいました
鴨の出汁というのはやはり普通の鶏とは全然違う~
それを割った蕎麦湯までしっかりいただいて大満足♪
ご馳走さまでございました <(_ _)>
お蕎麦に対するイメージが好転したというか それを味わう粋な雰囲気を実際に楽しめたというか
お蕎麦の奥の深さにちょっぴり触れられたという感じでしょうか♪
うん 大げさに言えばひとつの「文化」ですよね

そういえば「新蕎麦」は秋の季語
当主もおっしゃっていましたがこれからの季節 いちだんと香り高いお蕎麦が味わえるそうです
ちょうど今朝の新聞によれば 今秩父では蕎麦の花が満開とか

新蕎麦やその山畑の窓に見ゆ    水原秋桜子

新蕎麦を打つ昼酒のうまき頃    角川春樹

いいですね~
次にはぜひ 香り高い「新蕎麦」を味わってみたいものです
またよろしくね~ (#^.^#)  

Sobamiso

お土産にいただいた「蕎麦味噌」
米茄子に塗って田楽にしてみました
お酒が進み過ぎないよう ご用心

追記

本日散歩の折に遭遇
当地で満開の蕎麦の花です

Sobahana

2006年9月26日 (火)

もちろん拳銃(BlogPet)

きょうタラッタ♪は応用するつもりだった?


「恐竜v sほ乳類1億年ものあいだ ただただそれを憂う気持ちはあるが あの小惑星衝突の地獄をくぐり抜けられた要因だったのかもしれないそれが合理的かつ 優れた人類を存続させるために最良の方法なのかもしれず 真実はタイムマシンでも次の世代にバトンタッチできればそれでいいわけだ我々の祖先の映像もエキサイティングだったし自分たちに繋がっているのかもしれないね (そんなのまっぴら!と思う旧人類の「最強」が何かと繰り返し思わず突っ込みたくなる(もちろん拳銃 埠頭のことです (^-^)



*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「タラッタ♪」が書きました。

2006年9月22日 (金)

飲酒アナライザー

悲惨な事故が相次ぎ 罰則が厳しくなっているのにもかかわらず
飲酒運転は後をたたない
法律のみならず官庁や企業でも飲酒運転即懲戒免職 などと罰則が厳しくなったことで 飲酒がばれるのを恐れて逃走する「ひき逃げ」が急増しているというのも恐ろしい話だ
今日の新聞には携帯電話を使ったアルコールチェックシステム開発の記事が載っていた
例えばドライバーが検知器に息を吹きかけるとそのデータが携帯を通して会社に送られ チェックされる という仕組み
またボルボ社ではシートベルトにアルコール検知器を備え付け アルコールが検知されるとエンジンがかからない車を開発したそうな
そこまでしなければ飲酒運転てなくならないのだろうかと考えこんでしまうけど 現実に毎日起きている許しがたい事故を思うとどう言っても自覚の出来ないドライバーが多いということで仕方がないのだろうか

それにしてもこれほど多くの人が毎日運転しているわけで もちろんたいていの人は確信犯ではなく 飲酒運転は絶対にするまいと思っているはず
私などももちろんそうなのだが お酒を飲んだあとって何をどのくらい飲んだ時 どのくらいの時間で醒めるものなのか
何時間したらアルコールゼロの安全な状態に戻るのか それを知りたくてもさっぱりわからない
夕食にビールを1本飲み 数時間経ってもう充分醒めただろうと自覚して家人を迎えに行ったとする
その時に検問にひっかかったとして 呼気0.15mgだったら即免停かつ30万円以下の罰金だ
これはこわい
そんな風に戦々恐々としている人って多いのではないだろうか
飲んだら乗るな だけではねえ・・などと思っていたらこんなサイトを見つけました
性別と体重 酒量を書き込むと経過時間による血中濃度 呼気濃度がチェックできる
むろん体質も関係してくるだろうから非常に正確 とは言えないと思うけれど一定のめやすにはなるはず
ほんとにここに書いてある通り 0.15mgなんて言われたってわけわかんないですよね~
どうして現実的かつ具体的な指導をしないのだろうと不満だったけれど やはり個人差を考慮したらヘタなことは言えないということだろうか
でもそれってある意味卑怯ですよね
飲酒運転を検挙するのが目的ではなく 減らすことが大事なわけでしょ
それなら行政がある程度の指導・・あくまで一般的なデータとしてでいいからここにあるような具体的な情報を与えるべきではないの?
ただやみくもに罰則強化されても 我々善良な?ドライバーには非常な心理的ストレスになるだけだ
まあそれも抑止力になると言いたいのかもしれないけど 何か違うんじゃない?という感じがぬぐえない

ということで酒気帯びアナライザー
飲み方のパターンを色々変えてやってみました
ふ~ん 缶ビール1本だけなら1時間半でOKなのか・・
大瓶1本だと3時間
当然のことながらアルコール度数が多いほど醒めるのに時間がかかる・・
などなど確かめることが出来 ちょっとスッキリしました
そういえば携帯サイズのアルコール検知器なるものも何種類か売られているようだけど そういうのって正確なんだろうか
あまりおおっぴらに売られていないところを見ると 例えば警察の検知器と数値が違って・・などというトラブルを恐れての及び腰なのか・・・こういうところもヘン
少なくとも大部分の良識あるドライバーにとっては あればとても役に立つと思いますけどね
罰則の強化にしても今まで重大な事故を起こしているのはどういうドライバーなのかよく考えてほしい
確信犯で再犯を繰り返す悪質なドライバーと たまたま0.15mgぴったりにひっかかってしまったドライバーを同列にって あんまりじゃないかと思うんですけどね・・・(-_-;)

Insyuposta

前にもご紹介したんですが
面白かったので再び・・(^o^)
クリックしてみて下さい♪

2006年9月13日 (水)

今さら映画 σ(^^) /ヴェニスの商人

英国の文学とか童話などは昔から親しみがあり だからこそ英国に惹かれるのかもしれないが 映画化された物語も素晴らしいものが多かった
今回の旅行でシェークスピアの生家に立ち寄ったこともあり その熱?が冷めないうちにとまず「恋に落ちたシェイクスピア」をレンタルして観たが 
なんかああいう描き方を見ていると 重々しく「文豪」と奉られる今までのイメージと違い シェイクスピアって要するに当時の売れっ子劇作家だったというだけなんじゃないの・・??なんて思ってしまった
でもそれって確かに あまり間違ってはいないのかもしれない
当時の人たちから支持されて次々と発表され 上演された作品群は 必ずしも「高尚」なものばかりとは言えない
「英国を代表する優れた文学」という以前に「面白い!」と多くの「普通」の観客を楽しませたわけだから・・
もっとも彼に関しては殆ど資料が残っていないそうで シェークスピア別人説まであるほど その生涯の詳細を知ることは不可能のようだ

「恋に落ちた・・」を返却に行った時 思いがけない彼の作品のDVDを見つけた
「ヴェニスの商人」
日本でもよく知られ わかりやすいストーリーということもあって上演回数はもっとも多いということだ
なのにそういえば 映画化されたという話はついぞ聞いたことがない
この話には特別なこだわりがあるので早速借りてきて観たが 思った通りなぜなかなか映画化できなかったかがわかったような気がした

ヴェニスの商人(2004年制作)

マイケル・ラドフォード監督
出演  アル・パチーノ ジェレミー・アイアンズ ジョセフ・ファインズ リン・コリンズ
ストーリーはお馴染みだと思うけど 16世紀のヴェニス
財産を使い果たし 愛する女性に求婚するための費用を親友アントニオに貸してくれるように頼むバッサニオ
あいにくアントニオの全財産は船の積荷となって海に出ていた
親友のため 彼は日頃冷たい目を向けているユダヤ人の高利貸しシャイロックに借金を申し込む
シャイロックの出した条件は3ヶ月以内に返せなければ アントニオの体から肉1ポンドを切り取る というもの
心配するバッサニオだったが船が戻ることを信じているアントニオはその条件を呑む
バッサニオはそのお金で求婚のためベルモントに出かけ 莫大な遺産を残して死んだ彼女の父が婿選びの条件として課した箱選びにも成功して見事その女性 ポーシアを射止めた
ポーシアも若く美しい貴公子バッサニオにひとめぼれ
しかしその頃ヴェニスにはアントニオの船がすべて難破して財産は海に沈んだという恐ろしい知らせが届いていた
金を返せなかったアントニオに対し シャイロックは迫害され続けたユダヤ人としての恨みをむき出しにし 倍額の金をというバッサニオの申し出やヴェニス公爵のとりなしにも耳を貸さず 何が何でも証文通りの「肉1ポンド」を差し出すよう迫るのだった

そもそもこの作品 悲劇だったのだろうかそれとも喜劇?と思い調べてみたら
なんと「喜劇」に入っている
この映画で観た限りでは 男女間のやりとりはコミカルでウィットの利いた喜劇そのものだけど
メインストーリーはとても喜劇とは思えない
映画の冒頭 16世紀 世界一の自由都市であったヴェニスでも ユダヤ人はゲットーに隔離され夜は鍵をかけられ 外出する時には一目でユダヤ人とわかるように赤い帽子を被らされた
まともな職業につけない彼等は金貸し業などで生活していたが それを忌み嫌う熱心なキリスト教徒からは折にふれ迫害を受けていた というような解説文が流れる
それが20世紀のあのホロコーストにまで連綿とつながっているのね と思うまでもなく そんなことは全く考えない子供の頃読んだ
シャイロック=強欲な金貸し=悪という図式は吹っ飛び
すれちがっただけでアントニオに唾を吐きかけられるシャイロックに感情移入してしまうのも仕方がない というかそれが狙いか
現代では到底 シャイロックを単純な悪玉には描けないだろうと思った通り だからこそ映画化も難しかったのかな
そのシャイロックを演じるのがかのアル・パチーノ
その役になりきった存在感といったらもう言葉もないくらいで これでもかというくらい 何故人肉1ポンドという理不尽なものに執着するのかという「理由」を迫力のある演技・・悲哀 誇り 憤怒 憎悪 復讐への情熱 こもごも取り混ぜて完璧に演じているのだ
気弱で心優しい三男坊が冷徹なゴッドファーザーに変身するあの場面から・・思えばアル・パチーノは何という凄い俳優になったことだろう・・・
他の出演者もそれなりに良いのだが アル・パチーノの存在感には遠く及ばないという感じだった

それにしてもシェークスピアの時代 英国にはまだユダヤ人は入っていなかったと聞いたが 彼はどのようにしてその心情をああもリアルに描けたのだろう
同じ人間としてどこが違うのか 切ったら赤い血は流れないのか 毒を盛られても死なないのか とシャイロックが血を吐くような屈辱と忍耐の底から絞り出す破綻した叫びは聞くものの胸をえぐる
それでもなおかつこの物語を喜劇にしてしまうところはやはりその時代の作家であった所以か
対するキリスト教徒のまあ当時は普通だったのだろう差別意識は現代から見るとやはり傲慢この上ないものに見えてしまうのだ
おまけに主要人物のいい加減さも現代から見れば鼻につく
あんたたち 何して生計立てているの?という感じ(笑)
バッサニオは放蕩の末財産を食いつぶして ポーシアに求婚するのだって財産目当ての部分も大あり
それをアントニオは「名誉に恥じない」こととして助力するわけだし
友人たちも放蕩息子というイメージの面々ばかり
しかし現代の価値観で過去を裁くのもまた傲慢であるというのも私の持論
当時は身分がはっきりしていたから ある程度以上の階層では「額に汗して働く」なんて発想は全然なかったのだろうし・・
映画としては現代からの告発にも見えるし 悲劇的なものを含めて当時の社会を忠実に描いているとも見える(求婚の箱選びの部分などは多分にお伽噺的と言えようが)

物語はご存知の通り判事に変装したポーシアの機転で「肉1ポンド取るように 但し一滴でも血を流したら死刑である」という展開となり
裁判は土壇場で逆転 シャイロックは全財産を没収されることとなる
それに対してアントニオは「慈悲」?を示し 財産の半分を駆け落ちしたシャイロックの娘夫婦に譲ること シャイロック自身がキリスト教徒に改宗することを条件に没収を許すように申し出る
ポーシアのイタズラですったもんだしていたバッサニオたち新婚夫婦の騒動も解決し
誰もがハッピー めでたしめでたし・・・ということなのだろうが
現代でさえ全く解決していないどころかますます泥沼化しつつある宗教の対立ということを反射的に思い浮かべ
改宗を宣告されたシャイロックの苦しみはいかばかり・・・という後味の悪さが残った
その苦悩に満ちた表情 最後までアル・パチーノの独壇場であったとも言える
う~ん 「正義は勝つ!」みたいな単純な思考でスッキリと見られれば 確かに喜劇なんだけどね
そういう時代はもう終わったのかなあ・・・?

というふうにひっかかってしまったところをあれこれ書いたけど
テンポも良く 恋愛のかけひきなど楽しめる部分もたくさんあり
実際ヴェニスでロケしただけあって当時の雰囲気もたっぷり(音楽もふくめて)堪能できます
当時の衣装で歩けばそのままタイムスリップしちゃえるのがヴェニスのすごいところ
私としては物語の面白さとアル・パチーノの絶品の演技を楽しめて堪能したという感じ
こだわりがあるというのは 実は高校3年のとき演劇部にいて 学園祭でこの劇を(神をも恐れず)上演したんです
何ヶ月かほんとに熱心に練習し 終わったらしばらく虚脱してしまったりして
女子高だったので今から考えるとタカラヅカ状態だったんですねえ(笑)
なつかしい思い出です

ちなみに私はバッサニオ役を演じました ε=ε=ε=ε=ε=┏(*≧◇≦)┛

Eigavenus

2006年9月12日 (火)

腕時計(BlogPet)

雪うさぎが、ベルトを売ることなどもちろんなく 脱力しつつ近くの時計をお預かりしても 事を穏便に済ませようという人間にいわれなきクレームでわかったことがあるものだネットで買う・・
というのカウンターで作業する時計と思っていて時間を合わせようと数年を過ぎたとたんに壊れたのだが
身近に時計屋があれば案外簡単になおったのだが 小鳥の鳴き声が時報を知らせる気に眠る・・・
と突っ込む気にも行かないのだが
とか思った?


*このエントリは、BlogPet(ブログペット)の「タラッタ♪」が書きました。

2006年9月 4日 (月)

ああ スカンジナビア号 (;。;)

ええ~~っ!あのスカンジナビア号が・・!?とショックで茫然としたのは今朝のこと
何気なく目にとめた新聞記事でありました
記事によれば2日午前1時半頃 和歌山県串本町の沖合いで改修のために引き船に曳航されて上海に向かっていた元客船「スカンジナビア号」が浸水 傾斜を始め いったん港に入港するも約30分後に完全に沈没したとある
なんということ・・あのスカンジナビア号が・・

地元の人以外にはあまり知られていないのかもしれないけれど
スカンジナビア号(5105トン)は静岡県沼津市の木負西浦でホテル&レストランとして長い間親しまれてきたもとスウェーデンの豪華客船
調べてみたら建造は1927年 「北極星」を意味する「ステラポラリス」の名でデビューしている
第二次大戦中はナチス・ドイツに接収されたりもしたが その後1969年まで豪華客船として世界各地をクルーズ
重厚で豪華な内装をした優美な船体は「七つの海の白い女王」と呼ばれたそうな
1970年に三島市の伊豆箱根鉄道が買い取って駿河湾で海上ホテルとしてオープン
それから30余年 営業不振からまずホテルが閉鎖し 昨年3月にはレストランも閉店
地元では保存運動も起きていたようだが結局スウェーデンの企業に売却が決まり 8月31日 三津浜を出航したばかりだという

妹にメールしたら地元では出航の様子もニュースで流れたそうでやはり驚いていた
思えばその妹と4年前だっただろうか 三島の実家に帰ったとき
海を見にいこうかと出かけた折に レストランに立ち寄ってお茶を飲んだのが最後になった
昔三島でOLしていた頃は ちょっと洒落たデートスポットでなかなか人気があった
泊ってみたいね と言い合ったことは実現しなかったが・・
またここの「北欧風バイキング」は豪華でとても美味しく
勤めていた会社の同僚たちとおいしい料理を食べながら楽しい時間を過ごしたのも良い思い出になっている
けれどなんといっても忘れられないのは この船で挙げられた私の弟の結婚式
いわゆる「人前婚」だったが重厚かつシックな船の内装がブライダルの雰囲気に良く似合い お色直しなどせずに通した花嫁のウェディングドレスの白さが際立って美しかった
出席した中でも一番ステキな結婚式だったのだ(それが沈んじゃったとは 弟たちもショックだろうなあ・・)

完全に沈没 というからにはもう駄目なんでしょうね・・
上海で改修後は故国スウェーデンに戻り 海上ホテルとして再びオープンする予定だったとのこと
それならいつかまたスウェーデンで再会する機会もあったかもしれないけど もうそれも叶わなくなってしまった
専門家の中には 80年を経た老朽化のため遠方までの航海に耐えられないだろうと指摘していた人もいるらしく 今後問題になりそうだ
確かに4年前 最後に訪ねた時も老朽化は隠しようもなかった
でも景色の良いプロムナードデッキ 年代を経て重々しさを増した木の壁の美しいバーレストラン
往年の王朝風サロンを思わせる多分ダンスホール
北欧の生活や物語を描いた木工細工の壁画や窓に施されたガラス細工
落ち着いた輝きを放つウェディングベルなど 過ごした楽しい時間とともになつかしく思い起こされるのだ
今でこそスカンジナビアの何倍もある豪華客船でのクルーズも一般的になったが 思えばあの頃はまだ その雰囲気だけ味わうのが精一杯だったのかもしれない
でもそのひとときの夢は それぞれの忘れ難いエピソードとともに多くの人々の心の中でいつまでも輝き続けるにちがいない
そう STELLA POLARISのように・・・

さようなら スカンジナビア号
すてきな思い出をありがとう

Sukandinabia


富士山もよく似合った・・
ありし日のスカンジナビア号です

2006年9月 3日 (日)

テロに屈しない/ 帰国編

英国旅行 テロにも遭わず無事帰国いたしました (;^_^A
出発前の情報集めはタイヘンでした
空港のセキュリティチェックはどのくらいのものなのか
旅行会社などに聞いても情報が錯綜し 日によってコロコロ変る
最初は成田からヒースローに発つ場合には何も制限なしと言われたが翌日にはやはり液体はダメ と
出発直前に聞いたところ 大きさに制限のある手荷物一個は携帯を許されているらしいものの 結局何がどこまで許可なのか行ってみるまでわからずじまいでした
成田に着いてようやく旅行会社のカウンターにたどり着き 添乗員に聞いてみると液体やジェル状のものはダメということ
したがって歯磨きもダメ
さらに最終的にはリキッドでなくても ファンデーション類やリップスティックもすべてダメということが判明
え~そんなあ・・・という感じでしたね
ロストバゲッジという危険が常にある海外旅行では 小さな手荷物に一泊分がしのげるくらいの手回り品を入れておくのが普通
もしそうなったら歯も磨けず バケ粧も出来ず なんか不安だな~と思ったことでした
仕方なくスーツケースを開けてすべての化粧品を移動
手荷物一個といってもハンドバックは別なのか これも何回聞いても答えがまちまちだったこと
結局はあくまで手荷物は「一個」限定ということで チェックの時には飛行機の中の体温調節のためのスカーフやソックス 常備薬 歳時記くらいしか残っていなかったバッグのなかにショルダーバックを突っ込み 一個にして通過
私が出発のその前日 お盆休みで海外に行っていた人たちの帰国がピークを迎えたと聞いていたので少しは空いているかと思ったけれどさすがにまだまだ夏休み
チェックインの行列はジグザグ状態で延々と続き 思わず「ココはディズニーランドか!」とツッコミたくなったりして
ところどころにペットボトルをはじめ 化粧品やその他あらゆる食べたり塗ったりスプレーしたりするリキッド状のボトル スティックが没収されてうず高く積まれている
おそらく100%がテロとは何の関係もないものだろうに 気の毒・・・
最後には靴まで脱がされ 裸足でゲートを通過
これが帰国の時にはもっと厳しくてボディチェックまでありました
何か隠し持ってないか係員に全身を触ってチェックされる これも初めての経験
(女性には女性の係員が行います)

それでもはっきり言ってチェックは完璧ではないですね
自主的に出す という協力的な態度に拠るところが多く 手荷物を係員がひっくり返して逐一調べるわけではないですから
もっとも日本のツーリストイコールテロリストなどという可能性は限りなくゼロに近く 知らないところで怪しいと判断された人はもっと厳しいチェックを受けているのかもしれないけれど・・
そういえば10年くらい前にヒースローから帰国する時 出発前にホテルで使った果物ナイフをスーツケースに入れ忘れ 手荷物にしたところしっかり没収された体験があった(これは成田で返してもらえた)
今みたいにテロ問題が深刻でない時でもそうだったんだから 今はよけいにぬかりないと信じたいですけどね
ともかくあのような混雑がこの先ずっと続くのも大問題だし 
かといって何がなんでもテロは回避しなければならないし
ではどうすればいいのか 混乱はまだまだ続きそう・・・

ところで私にはよくわからないのだけど
ではスーツケースの中身は?という問題
今回のテロ計画も自爆テロなのだから ならばスーツケースに時限爆弾を仕掛けておいても同じことよね
もちろんX線その他で透視して厳重なチェックをするんだろうし ゆえにテロリストはそれが出来ないからこそわざわざ機内で爆薬を合成するというややこしい計画を立てたのだとは思うけれど・・
現在アメリカへの便のセキュリティチェックはもっと厳しく スーツケースに施錠が出来ないそうだ
怪しいと思われた荷物は問答無用に鍵を壊されて開けられ 破損の保障も一切なし(そのために特殊なマスターキーで係員が開錠 施錠できるTSAシステム対応のスーツケースが売れているらしい)
実は今回往路長い時間をかけてエジンバラにたどりついた際 私のおろしたて(;。;)のスーツケースの鍵が思いっきり壊れていることが判明
安いものだから乱暴に扱われて壊れたかな と思ったのだがよく見ると何か変だ
鍵の部分がそっくりなくなっているのもおかしいし さらにこじ開けようと何かをつっこんだような跡がある
これって不審と思われて開けられようとしたのか (でもそれだったら片方だけこわして途中でやめるのはおかしい)
それとも泥棒に狙われたのか(預けてから泥棒に・・というのもちょっと考え難い)
はたまたやはり航空会社の取り扱いが無神経だったのか・・・・ナゾは深まるばかりである
(幸いもう片方の鍵と中央のダイヤルロックは無事だったので旅行に支障はありませんでした)
とりあえず月曜になったら保険会社に電話しなくては・・

ことほどさようにテロ問題は深刻なことは確かです
でもね 当初の乗り継ぎ時間が大幅に拡大してホテルにたどりついたのは深夜・・というハードな初日を過ごしても
スーツケースが壊されても やはり行って良かった
私の行ったツアーもキャンセルがかなり出てたった9人になっていたけど 悪いけどその分中身の濃い旅行を楽しめたかも
まあ無事に帰ってきたから言えるのかもしれないけれど 
とりあえずテロには屈しなかったぞかな?(笑)
でも本当に本当に この問題なんとかしなくちゃ
どこにでも何らかの危険はつきまとうものだけど せめてテロの危険を心配する必要などなく 世界中を安心して旅行できる日が一日も早く来ますように・・・

Kagi1 Kagi2_1

左が壊された鍵の部分です

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