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2006年7月

2006年7月28日 (金)

腕時計

Enriko 考えてみれば 腕時計というものをしなくなってから久しいのでありました
ここ数年は携帯電話を持ち歩いているため 時間を見るのにそれで済ませてしまい
不便を感じるのは年に2.3度 荷物をたくさん持っていていちいち携帯を出すのがわずらわしい とかいう時くらい
それでずっと過ごしてきたが 旅行に行くとなるとやはり携帯というわけにも行かないだろうと数年ほったらかしだった哀れなわが腕時計を取り出してチェックしてみると 秒針が飛行機なのが気に入って買ったエールフランスの時計は当然電池切れで動かないだけでなく微妙に錆びついており めずらしく奮発したサンローランの時計(いえ サンローランと知ったのは購入後ですけど)はリューズがいかれていて時間を合わせようとするとすっぽ抜ける
もうひとつのいつどういう経過で買ったか全く覚えてない時計はベルトが思いっきり破損
「修理」ということを考えると今までの経験から多大な労力と多分不愉快な思いをする可能性が大なので
ここはひとつ修理代くらいのヤスモノでいいから新しいのを買おうか・・と考え そりゃあホームセンターなどへ行けば1年間は保証つきらしい1000円の腕時計もたくさん売っているけれどいくらなんでもなあ でも数十万円する時計と同じに動くのよね・・などと逡巡し ネットで手ごろな値段の気にいった品を見つけて購入した
それは無事届いたのだが やはりベルトが長すぎる
お店で買えばすぐ直してもらえるのだけど・・
ベルトの直しだけでは悪いんだけど と思いつつ近くの時計を扱っているホームセンターに行き
直してくれないかと頼んでみたが・・

その1 カインズホーム嵐山店

「申し訳ありませんがうちでご購入された以外のお直しはお断りいたしております どうしてもということであれば こちらからメーカーのほうに送って専門の者に依頼するということになります 期日や料金はどのくらいかかるかちょっとこの場ではわかりかねます」

はあ・・・でもここで買った時計はすぐ直してくれるということは 技術的に出来ないということではないわけよね
などと突っ込む気にもなれず おとなしい?私は次の店に

その2 D2ケーヨーデイツーつきのわ駅前店

「申し訳ございません こちらでお買い上げ以外のお直しは出来ないんですよ~ お客様の大切な時計をお預かりして万一傷つけたりしたら弁償出来ませんので・・ベルトだけ買って付け替えということであれば・・・」

オイオイヾ( ̄o ̄;) せっかく買った新しいベルトを捨ててここにあるしょぼいやつと取り替えろってか!
などとケンカを売ることなどもちろんなく 脱力しつつも あ そうですかどうも~なんてつぶやいてとぼとぼ帰宅しましたよ
。。。。(( T_T)

それでわかったことは 要するに店では金にもならぬやっかいなことをしょいこんで 責任を取りたくないわけよね
好意的に推察すればこの殺伐かつ自分さえよければどうでもいいという風潮のご時世 いちゃもんつけて弱い立場のところからは搾り取ってやろうという人間にいわれなきクレームでもつけられて懲りたのかもしれない
私もバイトしていたことがあるからわかるのだが スーパーなどではどんなお客の無茶なクレームも結局通してしまう
あきらかにいいがかりだとわかっていても 事を穏便に済ませようという姿勢なのだからお客にとっては「ごね得」ということになるのだ
だから最初から問題になりそうなことはシャットアウトしてしまおうということなのだろうか
でもね・・たかが時計のベルトを詰めるだけですよ
その店で買ったものならすぐやってくれるのですから
時計のベルトなどはよほど特殊なものでない限り やり方なんて同じでしょ
くわえて新品の時計ったって たかが2980円ですから万一ちょっとくらい傷ついたって文句なんか言いませんよ
いやな国になっちゃったなあ・・と思うのは大袈裟だろうか
口先だけは「お客さまのために」などと言うけれど こういうところに本音みたいなものが露呈するというか
いや 別にこれらの店だけが特別なんではなくて 昨今のあらゆる非人間的病根の片鱗がこんなところにも透けてみえると言うべきか
仕事に対する真摯な姿勢や誇りや ひと昔前ならごく当たり前だった小さなサービス精神などが 「保身せざるを得ない」という情況に押し流されてしまった
そういう世の中になってしまったということだろうか
それにしても いわゆる「町の時計屋さん」という感じの店になら すぐ直してくれるご主人がいるのだろうが
そういう店 このへんではすでに絶滅している
ネットで検索しても見当たらないしなあ・・

そんな状態で私の新しい時計はあわれ抽斗の中に眠る・・・
と 今日隣町のスーパーに行く用事があったので どうせ断られるだろうがダメもとで一応聞いてみるか・・と電話してみた
イトーヨーカドー東松山店
情況を説明すると それなら出来ると思いますよ という返事
えっ ホント!と喜んでさっそく持参した
対応してくれたのは時計の係りだという若い女性
時計を預かると奥のカウンターで作業すること4.5分
あっというまに調整して 私の手首にぴったりの長さに直してくれた
料金300円也
店員さんが女神さまに見えましたね~
どこでも直してくれなくて困っていたんですよ どうもありがとうございました と思わず頭を下げてしまった・・・
ほんと言えばヨーカドーも最近サービス低下だなあと思っていたのだけど 
いやいや 見直しましたよ♪

ということでこの件は一応落着したのだけれど
ネットで買う・・というのにも思わぬ落とし穴があるものだ
ネットショップでは「時計ベルトの調節はいたしておりません お近くの時計店等にお持ち下さい」とカンタンに書いてあるのだけど
その「お近くの時計店」が絶滅(もしくは寸前)なのは全国共通なのではないの・・?
そういえばこれは掛け時計だが 小鳥の鳴き声が時報を知らせる気に入っていた時計
保証期間の1年を過ぎたとたんに壊れたのか時報が鳴らなくなった
メーカーに聞くと社まで送ってくれば有償で直すけれど 料金送料を考えたら新しく買ったほうが安いですよ とのこと
(この 製作者の立場で「新しく買ったほうが安いですよ」としゃあしゃあと言う神経 姿勢がどうにもガマンならないのだが)
身近に時計屋があれば案外簡単になおったのかもしれないのだ
時計に限らず 調整や修理がままならない昨今 
ものを買う時にはそこまで考えてからじゃないとダメね・・とつくづく思ったことでありました

Udedokei

今のところ全く機能しない時計たち
電池換えたら動くのかなあ
でも錆びてるしなあ・・(-_-;)

2006年7月21日 (金)

パスポート

諸般の調整も何とか済み
長いことご無沙汰だった旅行計画が具体的になってきたところでハタと気がついて慌ててチェックしたところ 私のパスポートはこの5月で思いっきり期限切れになっていることが判明した
う~む思えば10年用パスポートを作ってから前半の5年はそこそこ出かけたけれど 後半は全く使わなかったというもったいなさ
最後に今回の旅行に間に合えばよかったのに・・と恨めしい気分だったがそんなことを言っても仕方なし
新たにパスポートを作るのには 思い立ったらセンターへ行けばOKというわけにはいかず 住民票はまだしも 戸籍謄本が必要である
私の場合本籍は北海道なので請求の旨を書いて手数料の小為替などとともに郵送し 返送してもらわなければならない
パスポート取得の場合以外にも謄本が必要なことはけっこうあり
そのたびに面倒かつ不経済な手続きを強いられる
住民票のある地元の役場で取ることが何故出来ないのだろうか・・
戸籍を移しちゃえばいいのだが 色んなところに戸籍変更の手続きを知らせなければならないのもわずらわしいのよね・・

Pass1 何てことはどうでもいいのだが そういうわけで謄本を送ってもらい やっと申請をして
先日パスポートが出来上がってきた
それがなんとICチップ付きのパスポートである
と言われた私も はあ ICチップって何よ?という感じなのだが・・
外務省のHPによれば今年3月に導入されたホヤホヤの新機能パスポートであり 要するにチップに記録された本人の情報や顔写真を照合することにより偽造を見破ったりなりすましを防ぐことが出来るのだとか
写真を電磁化するため 今までより大きな写真が記載されるようになった
なるほどパスポート盗難 偽造に始まる国際的な犯罪は増えるばかりらしいけれど よく読んでみるとせっかくICチップ搭載のパスポートでも それを読み取る機器がまだ世界各国に普及しているわけではないらしいし 素人考えだがそれこそパスポート自体は無事でも何らかの方法で読み取られて情報を盗まれてしまう危険があるんじゃないの?とか思ってしまう
電子機器関連の犯罪といえばパソコンの数々の事例を思い出すまでもなく 犯罪自体が予防の進化をいずれ易々とクリアしてしまうのは目に見えているからだ
まあ外務省の努力にケチをつけるわけではないですけどね・・
機械にはそれを絶対的に信用してしまうと また別の危険も出てくるしね(例えばICが破損して読み取れないのに 偽造パスポートの疑いをかけられるとか・・・言葉もわからない外国の空港でそれをやられたらどうなるんだろ)

ということで新しいパスポート 色 デザインは殆ど同じ(私は5年ものの濃紺のほうが好きなのに~~)だが
中央のページはICチップと通信アンテナを格納した厚みのあるプラスチックのカードになっており その分重く分厚くなっています
表紙の違いは下の部分にICチップのマークが入っていること
ちなみにそのせいで発券手数料は今までより1000円高い
大きさは同じでも厚くなったせいで今まで愛用していた透明カバーがきつくて入らなくなってしまった・・・(ー"ー )
ところで私の場合 パスポートはこれで3冊目だが 10年前 15年前に作ったパスポートの写真を見るとつくづくイヤになりますねえ
年月の残酷さをつきつけられるというか
15年前の写真なんて まだ何だかガキみたいな顔してるぢゃんと思いつつ過ぎ去った月日の長さに思いを馳せる(;^_^A
あ~見たくない!と思う今回の写真だって 10年後に見ればまだマシだった 
なんて思うのかな 
何にせよ日本を出たらパスポートは命綱
最近のボケぶりをよく自覚して 無くさないようにしなくちゃね・・・

というわけで8月下旬 ちょっとイギリスへ旅行に行ってくることにしました
下旬とはいえハイシーズンにこだわるのはひとえに長年の念願であったイングランドのヒースの花を見たいがため
基本的にはツアーに独りで参加 ちょうどスケジュール&行きたい場所が合う友人てなかなかいなくてね・・(;。;)
もしその時期に 偶然私もイギリスに行きたくて相棒をさがしていたのよ!という方が万一いらしたらぜひご一報下さい
ルームメイトになってご一緒に旅しましょう♪(^o^)

Pass2

2006年7月18日 (火)

贈り物

Sakuranbo_1 家人の実家から宅配便が届きました
何だろ?と箱を見ると「青森名産 さくらんぼ」と書いてある
えっ?さくらんぼ?
今までりんごやりんごジュース(なんたって青森ですから)を送ってもらったことはあるけれど さくらんぼなんて初めて♪
冷蔵便で届いているので急いで開けてみると バラ詰めながら真っ赤なさくらんぼがぎっしり ニコニコ笑っているではありませんか
わ~っ 綺麗!と思わず感嘆してしまいました

で それでなくても傷みやすいさくらんぼ しかももう充分に熟れているし 
新しいうちにお隣にでもおすそ分けしようかと思えば休日でお出かけなのかお留守
さくらんぼって冷凍できたっけ?と検索してみたら冷凍は出来そうだということが判明
じゃあ試しに2つばかり冷凍してみようか
なんてことをやりながらひとつ またひとつとルビーのような可愛い実をつまんでいたらあっというまにぐんぐん減ってしまい
いや・・・これでは下手すれば今日中になくなっちゃうかも・・・ってあきらかに食べすぎ!(;^_^A

だってねえ さくらんぼって季節感にあふれていてきれいだし 美味しいし
でもけっこうお高いから 普通はワンシーズンに多くて2.3回しか食べないもの
気合をいれて よしっ!さくらんぼに特別予算!なんてよっぽど好きな人でなければしませんよね
年によっては1度も食べない なんてこともままあるのが普通
だからこんなに箱いっぱいのさくらんぼなんて初めて♪
いっぺんにこんなに食べられるのも初めてで 先日詠んだ
「ささやかなけふの幸せさくらんぼ」どころか「ゴージャスなけふの幸せ」になってしまった(笑)
さっそくお礼の電話を入れたけど 青森産のさくらんぼは山形についで全国2位の生産量を誇っていたことを初めて知った
りんごだけではなかったのね
お見それいたしました 青森県 m(_ _)m

というわけでこのプレゼント(というかまあお中元なんだけど)は
もらって嬉しかったものベストファイブに入るかも
それはひとえに私が果物好きだからなのだけど 改めて贈り物の難しさということを考えてしまった
お中元とかお歳暮とか つまんない義理の応酬よ と思いつつもうちの場合は仕事がらみ等のほんとの「義理の贈答」などは行わず 贈るのはほんとに近しい身内だけなので 出来れば喜ばれるものを贈りたいと思う
でも何を喜ぶかといっても それは人さまざまなんですよね
例えば私は実用品(洗剤とか食用油とか)をもらってもいっこうに嬉しくない(でも使うけど)
でも実用的であるということで そういうものこそを喜ぶ人もいる
自分が好きだと人も喜ぶだろうとつい思うけれど 果物など全然好きじゃない人もけっこう多く さくらんぼ一箱もらっても困る人もいるだろう
年齢的な好みもあるし お中元などは迷った末につい無難なものに落ち着きがちだけど ほんとに贈り物って難しい・・

まあお中元などの義理バージョンはおいといても
義理ではない分 誕生日とか記念日のプレゼントはまた別の意味で難しい
何を贈ったら喜ばれるかって ほんとにわからない
自分がもらって嬉しいものというのはやはり喜ばれる確率がかなり高いと思うけど やはり好みがね
その時になって探してもまず良いものには当たらないので 見つけた時にちょこちょこ買っておくという手も使う
例えば美術館のミュージアムショップなどは ハンカチやTシャツ 扇子などでも そこでしか売ってないセンスの良いものも多い
ただ飾っておくもの というのはジャマになるだけの可能性大なのである程度実用的なもの そのうち摩滅してなくなってしまうくらいのものが良い
同じ予算3000円でも 選び方によって価値がぐんと違ってきますよね
とてもセンスの良い一客3000円のワイングラス 自分でならまず買わない
1本3000円のワインもしかり
食べたことのないきれいなトロピカルフルーツ やはり自分では買わない
要するに考えてみればそれほど高くはないけれど 普段は買えないなあ というモノ
ちょっと夢があって 贈られても負担にならないモノ
もっともこれらは女性向きのプレゼントで男性向きとなるとお手上げだけど・・・(あ ワインなら男性にも使えるね♪)
何かを贈られて本当に嬉しかったことってまれだから 本当に喜んでもらえたらこちらも最高に嬉しい
そんな贈り物をしたいものです

そういえば誰かへのプレゼントに使えるかも と思って 一応ギフト用のラッピングをしてある包みがいくつか
抽斗の中にあるんですけどね・・

大きな声では言えないけれど 中身が何だったか 買った本人が忘れているんです 実は・・・(-_-;)

Staba2_1
最近はまっているスターバックスのチーズケーキ
シンプルだけど美味しいんですよ・・♪

2006年7月10日 (月)

デリンジャー

Deri1 わっ!これはヤバイ写真かも・・
な~んてもちろんオモチャ(とは言わないのかな?モデルガンていうの?)なんですけど ホンモノだったらタイヘンですよ (;^_^A

そういえばアレどこへいっちゃったのかな~と大して気にもとめずに数年
本棚の後ろのほうの本の上に埃をかぶっているのを昨日発見
実はこれはずっと以前に息子からもらったプレゼント
母親にモデルガンをプレゼントする息子がどこの世界にいるかっ!と思いますけどね
たまたま何かのことでピストルの話になって 護身用の女性向きのピストルってどんなの?という話題から じゃあプレゼントしようか という話になって
(要するに自分が好きだからなんですよ その証拠にプレゼントなんて後にも先にもこの時だけだもん)
デリンジャーシルバーモデルというそうです
Deri2 長さは12センチしかなく ほんとに手のひらサイズ
このシンプルさでホンモノと同じ大きさ 形態だそうなんだけど これがホンモノだったら牛をも殺せる破壊力があるなんてつくづく恐ろしい
「デリンジャー」とは開発者ヘンリー・デリンジャーにちなみ
小型ピストルの愛称というか代名詞になっているそう(リンカーンの暗殺もデりンジャーでなされたそうです)
今だに銃社会のアメリカでは銃を持つことの正当性を支持する風潮のほうが高いらしいけれど 殆ど毎年のように起こる乱射事件を初め 悲惨な事件や事故が後を絶たないのに 規制しようという気にはならないのかしらね・・・いや 全く歴史も環境も違う国にこちらの常識を持ちこんでも仕方ないか
どちらにしても日本では護身用ピストルなど必要のない社会で良かった(・・でも最近はそうとも言えなくなってきたかも)

じゃあ何でオモチャ?といえどもそんな物騒なもの持ってるんだって
 
ごめんなさいっ あ 石ぶつけないでε=ε=ε=ε=ε=┏( >_<)┛
いやまあ私はシャレでひとつ持っているだけですが モデルガンのマニアはたくさんいるみたいですね
小さい男の子が武器に対して目を輝かせて「かっこいい~」と喜ぶのは あれ本能的なものなんでしょうかね
そしてある意味 刀にしても銃にしてもそのフォルムは確かに美しい
その目的を考えればおぞましいのに 機能美というか(刀類は装飾の要素も多分にある)その美しさに惹かれる気持ちはわかるような気がするんです
というか人はどんな情熱を持って殺人の道具に美の要素を吹き込むのか 
人間の心の複雑怪奇さに考えこんでしまう
もっともそれは現代の価値観や道徳観からくるもので 本当に必要だった時代の感覚はわかるはずもないし 現代の価値観で非難するのは的外れであり 
不遜であるのだろうけど・・・

ピストルといえばいつか一人で千鳥ヶ淵に桜を見にいった帰り
皇居のお堀端を歩いていたら 少し前を警官がひとりで歩いていまし

見ると手を伸ばせば届きそうなほど近くに ホルダーに入ったピストルがある
何だか手がムズムズして ぱっとそれを取上げて「手をあげろ」と言ってみたらどうなるかな なんて考えたら可笑しくなってひとりで笑ってしまった
まさかそんなに簡単に取れるものではないだろうけど あの時のおまわりさん 桜に浮かれていたのか どう見てもスキだらけでしたよ~

で 久しぶりに出てきたデリンジャー とりあえず埃を払って磨き 
PCラックの抽斗に入れておきました
ま 息子からのプレゼントがピストルというのも面白いかな
う~んと歳をとってから取り出して 
これ私の御守りだったのよ なんて(#^.^#)
そう 御守りとして死ぬまでとっておきたい 
決して発砲することはないわたしのデリンジャーです♪

2006年7月 9日 (日)

My Collection

森瑤子 一時はまってかなり読みました
初めて読んだのは雑誌「セゾン・ド・ノンノ(昔あったんです 季刊だったか 
ちょっと大人向けのノンノの別冊)に掲載されていた短編小説
あまり好感はもたなかったものの強烈な印象だったことは確か
本格的に読み出したのはそれから数年経ったあとのこと
ハードカバーではなく文庫になると買って読みあさりましたね
今でも本棚の奥にずらりと並んでいるけれど 膨大な量のわりにはいつも同じような印象で「これっ!」というイチオシは無い
デビュー作「情事」もずいぶん後になってから読んだけど内容まったく覚えてない
これでもかと描かれるさまざまな恋愛模様は今までにはなかったリアルさと辛口のそれが多くて充分楽しめるのだけれど(自分が恋愛当事者の立場にいる時にはつらくて読めないくらい)私には残るものはあまり無かった
(というか結局恋愛は本なんか読むより自分でするほうが面白いに決まってるし)

それより面白かったのはエッセイだった
全部本当のことではないのだろうが 家族も含めた日常のあれこれが綴られたエッセイは彼女独特の美意識や 未だに日本にはあまり育っていないだろう国際感覚に彩られ 非常に興味深く洒落たものになっていた
何冊ものエッセイ(および数多くのメディア登場)で 実際には身を削るような思いをしていたのかもしれないが 
彼女は自分自身を結果的にアピールすることで小説にもそのイメージをオーバーラップさせ 独特の森瑤子ワールドを創り出した と言えないだろうか
それだけのインパクトが彼女にはあった
素晴らしいバイタリティよね

けれどエッセイを読み込むと きっぱりした華やかなイメージとは裏腹の性格も見えてくる
何より他人に対する真摯な態度や思いやり 気遣い
それは確固たる「個」を持っているからこそ他人の「個」をも尊重できるということなのだろう 
ただ「優しい」人はいてもまだまだそういう女性は少ないと思う
う~ん 男性でも同じかな・・

Morimy で 彼女の作品の中で何が一番好きかと考えてみて出てきたのがこの本「マイ コレクション」
これは覚えている方も多いと思うけれど 朝日新聞夕刊に掲載されていた「髙島屋」の広告なんですね
髙島屋で売られている特定の商品が短編小説になっている
掲載されたのは「フォション」や「ロマネコンティ」などといういかにも彼女らしい商品から 「ダルマイヤー」 「叶匠壽庵」
「春帆桜」「スチュ-ベン」etc.
さらにはエレベーターや美術回廊 特別食堂などからも洒脱にして軽妙な物語を紡ぎ出す
連載中にこれを読んだ時 これこそ森瑤子の本領発揮だ!と思ってしまった
このような洒落た短編小説 他の誰にも書けない と
あとがきに彼女自身が書いているのだけど どんな材料からも短編が書けるようになった とあった
例えば鉛筆から 眼鏡から ライター 電話 香水瓶などなど そんななんでもない材料からイメージをふくらませて小説が書ける というのだ
感心すると同時にそういう手法もありなんだ と眼が開かれる思いだった

この連載のあと(だと思ったが不確か)彼女はやはり朝日新聞に「東京発千一夜」を連載している
これもショート・ストーリーで 都会を舞台としたさまざまなエピソードの底に見え隠れするのは不条理 具現化しようとする不安
やはり現実化するちょっとした恐怖など
なんと言うか 「毒の効いた」ショート・ショートとでも言うべきか
これも短編作家(と勝手に呼ばせていただく)の面目躍如という作品で面白かったけど 毎日一小説という感じでさぞ大変だったでしょうねえ

Morisitasiki もうひとつ好きというか 大いに役にたった本がこの「親しき仲にも冷却あり」
要するに英会話の本なのだが 会話のノウハウというよりは 日本人として品位あるコミニュケーションを心がけて欲しい という願いが込められている
この本にも彼女の上品で真摯な人となりがよく表れており 本当の「国際人」に不可欠なものとは何なのか よく理解できる 
とても簡単なのだが重要なポイントが網羅されていて 海外旅行の前に一読すれば役にたつこと間違いなし

1993年7月
彼女の死は青天の霹靂だった
訃報は新聞で知ったので ただ茫然とするのみ
そんなにファンだと自覚したことは無かったのに 
遠くからでも送りに行こうかと数分間考えてしまった
でもそれはやめ 代りに白い花を一抱え買ってきて活けた
何の花だったかはもう忘れた
あれからもう13年も経ってしまったのね
本屋でももうあまり彼女の本を見かけることはなくなったけれど
いろんな形でたくさんの人の心に 今も生きている女性であることは確かね

7月6日が彼女の忌日
何かすてきな「○○忌」があればよいのに とつい考えてしまいます

 

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