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2006年6月

2006年6月27日 (火)

かんがえるノート

Kokugonote 先日の句会グッズでございます
何なんだ! その懐かしくも場違いなノートは??と思いますよね
そうなんです ネットでは仕方なく俳句も横書きにしているけれど こういう時はちゃんと縦書きにしたいではありませぬか
で 近所のホームセンター文具売り場から池袋は東武百貨店の鳩居堂まで探したのですが  無い!
何がってもちろん右綴じの 普通の縦書きノートがですよ
横書きノートはいくらでもあるのに 縦書きのノートは見事なまでに無い
試しに「楽天」等に検索をかけてみたけれど あるのは原稿用紙と便箋くらい
唯一の例外が 小学生向けのこのノートというわけ
縦書き15行の国語ノート
漢字練習用にマス目のノートもございます
少なくとも小学校はまだまともかと思うとうれしいですねえ・・
ってこれはむろんヒニクですよ

そんなことを今まで自覚しなかった自分にも腹が立つけれど
(そして大部分の人がそうであろう まさにそのことが問題なのだけど)
こういう情況っておかしいと思いませんか
我々が書いているのは日本語なんですよ
日本語は縦書き それが自然であり 必然なわけでした
けれどいつのまにかそのことが忘れられ 少なくとも小学校では縦書きの国語の授業を受けているらしいものの その他に縦書きのノートを売っていないということは 他はすべて横書きの日本語を書いているということですよね
あるいは写真のもう一冊のノートのように 横書きのノートを横向きにして縦書きとして使う・・
何でそんなことをしなくちゃならないんだろう&何故それを疑問に思わないのだろう・・・

考えてみればン十年前の 私の学生時代からすでにそんな情況だったのです
でも殆どの人がそれに疑問を持たなかった というより横書きは外国語みたいでカッコいい くらいに思っていたのかも
自分も含め 潜在的外国コンプレックス それが母国語を軽んじる風潮として日本語教育をむしばみ出したこと 
あるいはどうも昔から流行に乗りやすい国民性としか思えない単なる軽佻浮薄?があいまって 深く考えもせずいとも簡単に縦書きを捨て
不自然で書きづらい横書きに移行してしまったのだろうか
と書きつつ今思いついたのだけど 昔の若者と今のとでは同じ日本人とは思えないほど字の上手さに差があるのは そのせいも大なんだろうな・・・

さきほど「ネットでは仕方なく」と書いたけど 9割以上が「Windoows」なんだから当然だとしても(で それが異常なんだけど)
それもやっぱりおかしいのよ
日本人が作れば縦書きが自由にできるパソコンだって出来るはずですよね
今は縦書き用のソフトはあるらしく 縦書きのサイトも多くあり
ちょっと読んでみれば読み易さは一目瞭然・・・
俳句を書くなら私もほんとはそこまでこだわるべきなんだろうけど・・
単にPCの知識がないだけとも言う・・(-_-;)

それにしても縦書きといっしょに 日本人は母国語にまつわる多くの大切な 目に見えないものを捨てたのでしょうね
今はこういう時代だから♪ という妙にものわかりの良い人間が増えているけれど どんな方向に転がるかわからない(すでに相当におかしな方向に行ってることは毎日の新聞記事が証明している)風潮にただ流されていくってすごく危険なことではないのでしょうか

小学校から英語も結構 と言いたいところだけどそういうにはあまりに問題が多すぎる
(私は英語は中学からで充分 必要なら手段はたくさんあるのだから自力で勉強すればいいと思っている 外国語なんだから通じれば良いので 発音が下手なのなんてご愛嬌でしょ)
ただでさえ日本語の根幹が朽ちかけているのにこれ以上小学校から国語を削るようなことになれば そして小学校から英語的思考が幅をきかせるようになれば この「かんがえるノート」さえ抹殺されてしまいますよね きっと
1年生から横書きで国語の授業?・・・いいんですか? それで
ほんとにいいんですか??

だから・・・
売って下さいよ 普通の縦書きノート
俳句用とかの凝った和紙のなんかじゃなくて普通のノート
需要が無いって言われるんだろうな・・・
などという駄文を横書きでWindowsに打ちこむ
倒錯と絶望の夜は更けてゆくのでありました・・・(;^_^A

Usaogi

ついうさぎグッズに惹かれてしまうわたくし(#^.^#)
これはプレゼントにいただいた扇
上品な色あいが甘さを抑えていてステキです

2006年6月22日 (木)

カラフル・ズッキーニ

Zukini えっ?これバナナ?と思ってしまった
超ローカルなわが町のJA農産物直売所でのこと
むろん緑色のと同じくズッキーニだそうなんだけど私は初めて見ました
ズッキーニがスーパーなどに出回るようになったのは比較的最近のことと思うけど 市場の殆どが国産だそう
ふ~ん どこでどうやって作っているんだろ
産直所にあるということは地元で作っているのよね
そもそもズッキーニってなにもん?と思い改めて調べてみました

原産はアメリカ・メキシコでヨーロッパに渡って栽培が始まったそうです
日本には戦後入ってきたとあったけれど ポピュラーになったのはつい最近ですよね
キュウリの仲間と思いきや カボチャの仲間(それもペポカボチャの流れを汲む一族)でもって味はナスに近い
夏野菜を煮込む南フランスの「ラタトゥィユ」に欠かせないことでもわかるように 南欧では盛んに料理される
ま イメージはイタリアンなんだけど 産直所で売っているとは嬉しい限り
値段もスーパーの半額ほどのお値段でした
ちなみに黄色のものも味は緑と変らないとのこと

なんかカラフルで楽しいではありませんか
完熟した料理用のトマトも買ってあったので これで赤 青 黄色が揃ったわけ(ん?)
外はまだじめついた梅雨真っ最中だけど 一足早く夏用の野菜グラタンを作りました
メイン材料はナス ズッキーニ 完熟トマト
手を抜ける部分はどこまでも抜いてやろうというわたくし流ですと
取っ手の取れるフライパン(そのままオーブンに入れるため 要するに○ィファールですね)
にオリーブオイルを温め みじん切りでもチューブのおろしにんにくでも好きなにんにくを香りが出るまで炒める
そこにナスの輪切りを投入して炒める
塩胡椒して(できれば南欧風のハーブソルトなど)火を止め 輪切りにして塩を振っておいたズッキーニの水分を取り ナスの上に重ねて並べる
さらにその上に輪切りのトマトを並べ
さらに細かくしたベーコンとパン粉 刻んだパセリ おろしにんにくを混ぜたものを野菜の上にトッピング
オリーブオイルを適当に回しかけ そのまま熱しておいたオーブンへというカンタンさ
パン粉に焼き色がついたら出来上がり

アレンジは自在に出来ますよ
ズッキーニも炒めてからいれてもまた美味しいし トッピングに粉チーズも美味
お子ちゃま用には缶詰のパスタ用ミートソースなどを加えればボリュームUP
でもひかえめな味つけで野菜そのものを味わうのが一番良いみたい
これ パスタにからめればそのまま美味しい夏野菜パスタになります♪

カラフルにしてシンプルな夏野菜グラタン
冷えたビールやワインと合わせれば大きなフライパン一個分ぺろりと食べちゃえるほど
男性にも評判良いですよ (^o^)
材料が揃わなければズッキーニだけ ナスだけ でも美味しくいただけます
ナスもそうだけどズッキーニも そのものは淡白な味わいだけに多彩な味付けが楽しめて奥が深そう

食欲のない真夏にこそ本領発揮の料理
ぜひ一度お試しあれ♪

Zukini2

2006年6月17日 (土)

Vittel

Vittel_2   いつも行くスーパーになかったのでちょっと遠くの同じスーパーまで行きました
なのにそこでも そこだけぽっかり空いている棚
9/30までのお買い得品 ¥158 というプライスカードが空しいねっ (ー"ー )
と何をひとりで怒っているのかというと 最近愛飲していたミネラルウォーター「ヴィッテル」の1500mLが店頭から消えてしまったのです
発注しても入ってこない状態ということで ヾ( ̄o ̄;)オイオイ 9/30までの・・というお約束はどうなるの?

でもひょっとして最近になって私が買い占めたせいでなくなっちゃったのかなと思ったけど まさかね(たかが5.6本)
別にミネラルウォーターならなんだっていいようなものだけど 今はちょっとしたこだわりがあって
ヴィッテルを当分飲もうと決めていたのに何でこうなるのでせう・・・(;。;)

最近になって「Body Composition Analyzer」なるものを購入しました
これは身長や体重を入力しておけば握るだけで骨量 体脂肪 水分量 筋肉量などが測れるというスグレモノ
それによるとマトモなのは骨量だけだという情けなさ・・・・(×_×;)
筋肉量は足りないだろうことはわかっていたけど 水分量が足りないということも判明していささか驚いた
逆に水分過多?くらいに思っていたのだけど 考えてみれば朝の紅茶と夜のビール以外はあまり水モノを取るのは苦手なほうでした
そういえば「ミネラルウォーターダイエット」なるものも最近巷で盛んではありませぬか
もちろんミネラルウオーターを飲んだだけで痩せる!と信じるほど単純ではないが 体内を「水に流して」きれいにするのは確かに体にいいかもしれない
そこでとりあえず「硬水」およびそれに近いミネラルウォーターを1本づつ買って比較してみることに
Contlex_1 ミネラル分が多くてポピュラーに売っているのははやはりヨーロッパの水
中でも「スリムウオーター」と呼ばれている(モデルさんたちの御用達らしい)フランスの「コントレックス」はカルシウムの含有量がダントツ
牛乳は嫌いだし 水で取れれば好都合と飲んでみましたがこれが何といっていいのか・・
ヌルッ!まではいかないけれどそれに近いような重さというか はっきり言って飲み込むのに苦労するほどマズイ (;^_^A
慣れればどうってことないという人が多いようだがとりあえず挫折
エビアンやヴォルビックは日本の水と同じ味
ヴィッテルはその中間という感じで最初はちょっと抵抗があるもじきに慣れ ミネラル成分も多いのでしばらくこれを飲んでみることにしたわけ
1日1.5Lのペットボトルを飲み切る
最初は1.5Lなんてとてもとても・・・と思っていたが これが案外飲めるんですね
朝起きぬけの一杯を皮切りに折りあるごとに冷蔵庫を開けてラッパのみ
外出する時も500mlのボトルに入れ替えて持ち歩く
もちろんちょっとしたスポーツの前後にもお風呂の前後にも
そうすると夕食前に軽く1本いっちゃいます
もっと暑くなったら2Lくらい平気で飲めちゃいそう
カラダにいい とか美容にいい と聞くとつい心が動くのが情けないとも言えるのだけど
まあ水なんだから害はないでしょう
ちょっと体内の水総入れ替え~って感じでね
今日は仕方なくエビアンを飲んだけれど コントレックスだけはもう買わないでしょうねえ・・多分

ところで話が飛ぶけれど
最近盛んに言われる「メタボリック症候群」とやら
やけにヒステリックにアピールされてると思いませんか
メタボリック症候群という言い方こそ新しいけど 内臓脂肪がさまざまな生活習慣病(ええい鬱陶しい言い方!成人病でいいぢゃん )を引き起すなんて別に前から言われていたことで目新しくも何でもなく は??という感じ
それには食事療法と運動が必要だということも常識じゃない
まあ国としてもこれから迎える高齢化社会
予防医学を徹底させて医療費を削減しようと必死なのかもしれないけど もちろんそれは良いことなんだけど
あまり「メタボリック・・」と言われると アンタも予備軍なんじゃないの?と言われているみたいで不愉快!な気分になるのは私だけでありましょうか

で ヴィッテルなんですが では仕方ないから通販で買おうか~と検索をかけたところ
どうやら今新しいボトルに切り替えをしているらしいんですね
500mLでは前からあった赤いキャップのデザイン(なかなかいい感じ)に変るらしい
ということで最後の旧デザインボトル というのが安く手に入りました
もっとも水は送料がかかるので やはりスーパーで買ったほうが安くすみます
え?水って重いから・・ですか?
だめだめ 重い水を運ぶのもダイエットのうちですよ(笑)

Vittelnew_1

新しいデザインのヴィッテル
女性向けのコントレックスをすごく意識してる感じですね

2006年6月16日 (金)

今さら映画 σ(^^) / キルトに綴る愛

結婚と自由を両立することは可能だろうか
生涯の伴侶は本当にたったひとりなのだろうか

婚約者を愛しながらもそんな疑問にとりつかれたまま
主人公フィン(ウィノラ・ライダー)は修士論文を書き上げるべく 大叔母(アン・バンクロフト)と祖母(エレン・バースティン)の暮す田舎の家にやってくる
そこでは昔から 大叔母のメイドだった黒人のアンナをリーダーとして キルト作りが行われていた
一枚のキルトを縫うためにそこに集まる友人同士 7人の女性たち
初老の彼女たちもまた それぞれの過去を抱え 現在に悩んでいた
ある者は結婚当初からの夫の浮気に苦しみ ある者は自分の夢を捨てて入った結婚生活で夫に去られ
ある者は黒人ゆえの実らぬ恋を今でも支えとし・・
フィンの祖母は最愛の夫を病で失うという極限情況の中 姉である大叔母の夫と過ちを犯していた
決して二人を許さなかった大叔母も 今はわだかまりのあるまま妹である祖母と同居している
そしてフィンもまた婚約者を愛しながら結婚に踏み切れない
ヒッピーだった両親の離婚のせいだろうか・・・・

物語は女性たちのそれぞれの過去をオムニバス形式で追いながら
それぞれの物語がキルトに縫いこまれてゆく過程を平行して追ってゆく
その幾重にも重なったエピソードはパッチワークのひとつひとつ 
キルトに託して進行する展開が多彩で見事
ひとりひとりのエピソードはそれぞれが深刻なのだが ちょっと俯瞰して見ればどこにでも転がっている「よくある話」なのだ
だからこそいっそう身につまされる とも言える
この映画は見る年代によって受け取り方が違うだろうなと 思う
30代までは「60 70代なんて想像もつかないわ」というのが普通なのではないだろうか
その年代では「老年」は別世界のこと
だから映画の中のエピソードも おばあちゃんたちの単なる思い出話に過ぎない
けれど40を超えたあたりから それがわかってくるのだ
想像も何も なんのことはない
60になっても多分80になっても 心は何も変らない ということに突然気づいてしまう
そして女性にとって 美しかった若い時との乖離がいかに残酷か 
そしてそれを受け入れなければならない切なさも・・
映像は容赦なくそれを突きつける
見事なプロポーションですっくと立ち プールにダイブする姿のまぶしさ
絵のモデルとして画家の夫を魅了し続ける若き妻の美しい肢体
たった数十年前なのにもうその面影は無い
若いひとたちにはその切なさを実感出来ないだろう
しかし実感できないながらも 迷うフィンの心に彼女たちの話がゆっくりと沁み込んでゆく
もちろん失うもの以上に得るものも多いはずなのだが 心穏やかにそれを生かすことは難しい
いくつになっても「修行が足りない」のが普通なのかな なんて

映画では突然巻き起こる疾風がそれぞれに大いなる変換と和解をもたらすことになる
突然の疾風(竜巻にすればもっとドラマティックだったんじゃ・・?)のため完成間近だったフィンの修士論文が外に飛ばされてバラバラに
やけになるフィンを宥める祖母
風に舞う論文を拾い集めて乾かし アイロンをかけてくれたのは日頃意地悪と敬遠していた女性のひとりだった
そして他の女性たちにもこの嵐を転機に 和解と新たな希望が見えてくる・・・

この映画 殆どが女性の出演者であるのみならず
原作はもちろん 監督も脚本も女性だそうでまさに「女性の映画」
なんてことを最初に知っていたら私は見なかったかも
なんか苦手なんですよね そういうスタンスって
でも確かに若干辟易する部分はあるものの(女性の集団ってコワイんだもの)
そこはアメリカ映画
友人同士でも言うべきことはずばっと言うし べたついたところが無いのが良い
悪口は陰でではなく 堂々と本人に向かって言うのも潔い
日本ではこうはいかないだろうね
結末はというと フィンは結局婚約者への愛を再認識し(地元の青年との火遊びは無視して)結婚を決意する
祖母たちから贈られた完成したキルトにくるまったフィンの笑顔はふっきれた安堵と幸せに輝いていた・・というわけ
(それにしてもラスト カラスが運命の人に導くって・・・アメリカではカラスって不吉なイメージじゃないのかしらん)
1995年の作品だけど 80年代なら逆の結末になっていそう
結局保守への回帰・・・みたいな面も感じて興味深いです

主演のライダーは実生活でも両親がヒッピーだったとか
70年前後のヒッピー 共同生活をして妻も夫も共有し 子供も共同で育てていたなんて話を聞いたことがある
演技が高く評価されていたにもかかわらずたびたび万引きなどの事件を起こしていたようで そんな生い立ちに関係あるのかなとよけいな詮索か?その後どうなったのか気になるところ
(私としては「ナイト・プラネッツ」が最高だったなあ)
でも個人的に何よりこの映画での収穫は あのエレン・バースティン(フィンの祖母役)に再会できたこと
大好きな映画「ラスト・ショー」で 奔放で印象的な母親役を演じていた
それから24年後の彼女 ステキに年をとっていて嬉しい
願わくばまた20年後 ジェシカ・タンディみたいな名演技を見せてほしいものです

Kiruto_1 

2006年6月 9日 (金)

入梅

今日は近畿 東海地方まで梅雨入りしたそうですね
でも関東ももう梅雨入りしているみたい・・・夜に入ってから雨が降り続いている
何だか5月からずっとぐずついたお天気が続いて 爽やかな五月晴れなどまったくといっていいほど無く
まさかこのまま梅雨入りするんじゃないでしょうねっ!と思っていたが そのまさかになってしまったみたいね~
明日はちょっと群馬のほうに出かける予定なのに 雨なんだろうなあやっぱり
ど~せど~せ私は雨女ですよ といじけたくなってしまう(泣)

でも静かな雨の音というのもいいものです
何だか今日は童謡の「あめふり」の歌詞がしきりに浮かんでくる
誰でも知っている あめあめふれふれ母さんが 蛇の目でおむかえうれしいな・・という歌ね
おかしなことに八代亜紀の「雨の慕情」ってあるでしょう
私が知ってるのは 「雨々ふれふれ もっとふれ  私のいい人 つれて来い」という箇所だけなんだけど
そのメロディで「あめふり」の歌詞がしきりに浮かんでくるんです
何だかね 雨の慕情のメロディで歌うととても切なくて悲しいの
それがエンドレス状態で何故かアタマから離れない 雨の音を聞いているとね

もっとも「童謡」というのも哀感を含んだものが多い と思うのは郷愁のせいでもあるのだろうけど
「あめふり」は大正14年に発表された曲で作詞は北原白秋 作曲は中山晋平
3番から5番までは ずぶぬれで泣いている子に傘をかしてあげるという歌詞なんだけど 今ではそこまで歌える人は殆どいないんだろうな・・
きみきみ この傘さしたまえ ぼくならいいんだ母さんの大きな蛇の目にはいっていく・・・なんかじんとくるではありませんか
昔なら当たり前だったこんな光景 今の小学生は友達が濡れていても入れてやるという発想がないとも聞く
それも自己責任とやらなのか・・・やれやれ・・

ともあれ雨 雨
これから当分は雨の季節
カラフルな傘が通りすぎてゆくのを俯瞰した鮮やかな映像は映画「シェルブールの雨傘」のファーストシーン
そうね 雨の日にはじっくりと映画を観る というのもいいかもしれないね♪

Bakusyu

では昨日は貴重な晴れ間だったのね
いちめんの「麦の秋」
収穫間近の麦 雨で傷まなければいいけど・・・

2006年6月 8日 (木)

Cafe Mint♪

Mintdoor 我家のシェルティ カノン&ミーシャ
車酔いを克服すべく ただいま特訓中です
いや 彼女たちにしたら乗りたくないんだからお留守番でいい~と言いたいのかもしれなけれど
そこは飼い主の特権というか横暴というか
いざという時連れていけないと困ることもあるだろうし 何より一緒のほうが安心だし楽しいじゃない~という独断で努力してもらっている
何しろそのためにワゴン車に買い替えたんだから(ま それだけのためじゃないけど) もう後戻りは出来ないのだ
という思いが通じたのか特訓はわりと順調♪
昨日は少し遠くの川まで行って気持ちの良い土手の上を散歩
その帰りに立ち寄ったのがこちらのドッグ・カフェ
いつだったかタウン紙で見て一度来てみたいと思っていた
広大な国立武蔵森林公園の南口に隣接した静かな一画にある
最近は全国的に犬と同伴できるカフェやレストランが増えたようだけど こんな埼玉の田舎にも出来たなんて嬉しくなっちゃう
今までの犬は極端にシャイだったこともあり こういう場所はもちろん初体験で(ウチのコたち ちゃんとおとなしくしてるかしら)と心配しつつちょっと奥まった入口へ
Ginta 中に入ると看板犬の銀太くん(アメリカンコッカースパニエル)が寝そべったまま(笑)出迎えてくれた
ミーシャは近づいて鼻をくんくん 何しろこういう場所は初めてなので緊張はしているもののまずは大丈夫みたいで一安心
店内は天井が高く 広々と開放感あふれる造りで気持ちが良かったが
天気も良いので外のテラス席に座り 遅めのランチをとる
気兼ねなくスコーンなど分けてやり ゆっくりとコーヒーを飲んでくつろいだひと時を過ごした
Cafekm 2頭はやはり少し落ち着かない様子だったが それは場数を踏めば慣れるんだろうね
必ず来店した犬の写真を撮ってくれるらしく お店のオーナーがカメラを持って来て下さったけどカノン&ミーシャ ツーショットでいい写真を撮るのってタイヘンなんだ これが・・・
1頭がいいお顔 と思うと他方があっち向いちゃったりしてね オーナーさんご苦労かけてしまってどうもスミマセンでした (∩_∩)ゞ
ちなみにこのようなドッグ・カフェを利用するにはワクチン接種済みであることやヒート中でないこと(雌)
他の犬にやたらに吠えたりしないこと 
オフリードにしないこと 人間の食器で食べさせたりしないこと などが最低限のルール

ここ数年は全国的に新築マンションもペット可の物件のほうが多いそうで
パートナーとしての犬の存在は高齢化社会に正比例して重要さを増すばかり
犬を同伴できるリゾートホテルなども増えているようだ
犬が好きな私としては喜ばしい限りだけど 自戒もこめて飼い主のマナーとか
犬の幸せ ということを改めて考えてみたりする
Mint1 犬を子供がわりに可愛がる人も多いけれど やはり人間ではなく犬だ ということを認識することが大事ではないのかな
いつかパリのレストランに2頭の犬を連れて入ってきた人を見たが 席についてからは一切犬の気配などはなく
感心したことがある(テーブルの下に伏せをしてじっとしているらしい)
そういう点では欧米人のほうが 迷うことなく思いきった躾を徹底するのだろう
歴史の違いもあるけれど 日本では犬を甘やかし過ぎてスポイルしてしまうことが多いようだ
先日散歩の途中 マルチーズだったがうちの犬に吠えかかってきた時 飼い主の男性がやめさせようと背中に手を触れたら
その犬 怒って何と男性に咬みつこうとしたのだ
びっくりしたのは彼がそれに対して 困った顔をして手をひっこめたこと
あれでは誰が飼い主かわからない とういうか完全になめられている
マルチーズはまだ小さい犬だけど もし大きな犬が攻撃的になったらどうだろう
実際大きな犬を甘やかしていうことを聞かせられず扱いきれなくなり 困って処分した なんて話を聞くとやりきれなくなる
Mint2 扱いをあやまると結局犬を不幸にするのだ
犬の生態をまずよく知ること それを知っていたらそんな主客転倒の悲喜劇が起こるはずはないのだが・・・
なんて私だってほんとはえらそうなことは言えないんです
つい甘やかしてしまったり まっ いいかとアバウトにしちゃうことも有り
威圧ではなく自然に服従させ 人も犬もお互いに愛情を持って固い絆で結ばれつつのびのびと共存する
そんな関係が理想なんだけど 
いやまだまだそこに至ってはおりませぬ (-_-;)

Airkm2 ということで話が飛んだけど ドッグ・カフェデビュー♪
そうそう 森林公園内にはドッグ・ランもあるんですよ
うちなどは周囲がドッグラン状態だからわざわざお金を払って使用する必要もないようなものだけど
でも他の犬たちと遊ぶのを見てみたいかな・・
今度はぜひ行ってみよう
Cafe  Mintさん その時にはまた寄らせて下さいね~(*^0^*)

Air_3

夕日色だ と思って気に入った色なんです
夕日色が夕日を浴びています (#^.^#)

2006年6月 4日 (日)

共食い??(@_@;)



ネット上でお付き合いさせていただいているお友達から
「雪うさぎ」を送っていただきました
や~んかわいいっ!ウソ~かわいくって食べれない~ 
などと俄かにキャピキャピギャル化(これも古い?)してしまいそうな(笑)ほど     
う~ん ほんとに可愛いですねえ (*^∇^*)♪
お嬢さんが旅行に行ってらした 博多の銘菓だそうです
ふんわりとしたマシュマロで出来ていて 中には黄味餡
口に入れるとふわふわと溶けてゆく食感 
なるほどはかなく溶けてゆくのが雪うさぎですものね
目で楽しみ とっても美味しくいただきました m(_ _)m
かわいそうに食べられちゃったけど せめて写真を残しておきましょ♪
でも 私がこれを食べるってひょっとして共食い・・・・(;^_^A

お菓子と一緒に入っていた雪うさぎの小さなぬいぐるみもとても可愛くて
折良く昨日納車されたばかりの新車のマスコットにいたしました
良い記念になりました
雪うさちゃん 末永くよろしくね ♪

Yukiusa

狩猟


10月から5月くらいまで 家のすぐ裏の里山の林道はとても良い散歩コース
誰もいないので犬たちを放し、自由に追いかけっこをさせたり基本的な躾けをしたりします。
けれど管理された公園などとは違い、手入れが不十分なため夏の間は猛々しく草が道を覆い、一夜明ければ蜘蛛の巣がいっぱい。
その他絶対お友達になりたくないような蛾を始め 虫の総攻撃に晒される危険地域(マムシもいるらしい)と化すので、
残念ながら夏季は足を踏み入れることが出来なくなる。
今年もそろそろ終わりかなあと寂しく思いつつ、今日も散歩に行ってきたのだが
その林道のあちこちにあるんですよね この看板。

Tyuui

初めて見た時にはすごい違和感があって、いったいいつの看板ぢゃ!?前世紀の遺物なのでは?と思ったのだけど、
ちょっと調べてみたところいわゆる「狩猟」は別に廃止になったわけではなく、今でもちゃんと行なわれているのですね・・・




考えてみれば どこそこに「熊が出た」となれば必ず地元の「猟友会」の人々が駆除のために出動する。
現代の日本ではもう狩猟などというものは必要がない、と反射的に思ってしまうけど。
熊のように実質的な害獣(と言うのは抵抗があるけれど)駆除のためはもちろん、スポーツとしての狩猟も合法として廃れることなく継続しているのだとわかり ちょっとびっくりしたのはいいトシをして世間知らずであったでせうか・・・(;^_^A


もちろんいつでも誰でも「狩猟」ができるわけではない。
すべて「鳥獣保護及狩猟ニ関スル法律」に基づいて狩猟できる動物や時期など 細かいルールが決められている。
1日に1頭だけ、とかオスだけ、とか決まっている鳥獣も多く、乱獲を防ぎ種の保存を図るために工夫がなされているようだ。
期間も冬季の3ヶ月程度であり、地域や獲物によっても異なるらしいがおおむね短い期間ではあるらしい。
とはいえ、狩猟を許可されている鳥類にはお馴染みの殆どの種類のカモ、ゴイサギ、国鳥であるキジやコジュケイ、シギの仲間やキジバト、
スズメやカラスまで。
動物ではタヌキやキツネ、ノイヌやノネコ(ってどういう犬猫??)イタチやミンク(これって絶滅の危機じゃなかった?)
イノシシ、クマの類やハクビシン、リス、ユキウサギも 。。。(ノ><)ノ


この法律、制定は大正7年だが平成11年に改定されている。
当然現代に即した規定に改正されたと思いたいが、これほど多くの鳥獣を短期間とはいえ殺してもいい、というのはどうしても抵抗を感じるなあ・・
しかもこの期間には「鳥獣保護区」以外は原則どこで猟をしてもいいわけだから 狭い日本のこと、
あまりニュースにはならないが流れ玉で農作業中の人が負傷したり、獲物と間違えて山歩きの人を撃ってしまった、などという事故もけっこう多いらしい。
ということはやはり・・私や犬も林道を歩いていて撃たれるキケンもあるってことよね。


でも「狩猟なんて残酷な」と言うのは簡単だが、それほど単純な問題ではないのよね。
さっき言ったように自分ちの庭にクマが出たら、それも自然、と笑って済ませるわけにはいかないでしょう。
シカやイノシシによる作物の壊滅的な被害も多く出ているそうだ。
「子鹿物語」のラストの胸の痛みは一生消えないけれど、シカと同じように人間のほうの死活問題(シャレに非ず)でもあるわけだから。
悲しいかな 動物とは話が通じない。
通じる相手ならいくらでも解決策はあるのにね(もっとも話なんか通じたらかえって大変だけど・・)


はたまたスポーツとしての「狩猟」
これも考えてみれば人間は農業を発見する前は誰でも狩猟・採集で命をつないでいたわけだ。
いわば遺伝子に深く刻みこまれた行為なのかもしれない。
たいていの現代人にはせいぜいショッピングなどが狩の代償行為になってしまっているのかもしれないけど(σ(^^) もそうかも)
基本的に農耕民族の日本人の中にもそれ以前の先祖の血が騒ぐのか狩猟への欲求を持っている人も多いらしい。
狩猟をするには銃が必要なわけだが、もちろん試験はあるにしろ、取ろうと思えば誰でも狩猟免許を取ることができるし、
講習を受けて猟銃の所持許可を取ることも出来る。
私などには全くわからない情熱でも 合法である以上とやかく言う筋合いはないのだが・・


むろんアメリカのそれとは比較にならないにせよ現実に銃の事故は起きているのだし、犯罪も増えている昨今、
危険を感じてしまうことは否めない。
獲物を追い 仕留めるというのはやはり本能的な快楽なんだろうなあ・・
そういえば私だとて「射撃」そのものには「ちょっとやってみたい」を感じる。
よく映画などに出てくる、警官が練習しているあれね♪
的に当たったら気分いいだろうけど、だからって次は動物を撃ちたいなんて絶対思わない!とは思うが・・
「狩猟は立派なスポーツ」という意見にも正当性はあるのだが、少なくとも時代の流れにはあきらかに即していないとは言えるのではないだろうか




もうひとつ 許しがたい「密猟」の問題もある。
密猟によって捕獲されたメジロやウグイスが輸入品といつわって売られる
卑劣な罠で無差別に殺傷される動物たち。
罠にかかったばかりに手負いとなり、危険であるとの判断でやむなく殺されてしまう動物も多いと聞く。
トキを思い出すまでもなく、日本でも多くの鳥獣が乱獲その他で絶滅に追いやられた。
生物の絶滅というのはちょっとしたバランスの狂いが連鎖して、しわ寄せのきたある種がいっきに・・という風に案外簡単に起こるものであるらしい。
今の世界ではむろんそれに人間が深くかかわっていることは間違いなく、早急に手を打たねばならぬことはたくさんあるのだが・・・・・
長い目で見れば地球上、いつでも生物地図は「更新」されている。
それは仕方のないことなのかもしれないし、いつかは人間だって淘汰される時がくるだろう。 
だからこそこの小さな美しい国の中ではせめて当分のあいだ、お馴染みの動物や鳥たちと穏やかに共存していたいものだ・・と切に思う次第なのだ。



う~ん だからやっぱり「狩猟はスポーツ」を私は認めません!




Tuyuyake
昨日の夕日

最近はこんなぼんやりした夕日が多いです

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