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当地のお天気

旅に出る♪

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2006年4月

2006年4月26日 (水)

句会デビューin Kagurazaka (;^_^A

「ネット句会」の経験はあるものの
俳句を始めてから4年あまり 基本的には師もなく 結社にも入らず
独りで気ままに でもこつこつと作り続けてきた
のんびりとそうやっているのもいいのだが やはり刺激に欠けるというか 
根が怠け者なものだから
せっかく自分としてはめずらしく飽きずに続いているこの趣味も停滞 前進困難というか進歩なしというか出口なしというか
拠って少し厳しい状況に自分を追い込んで前進を図るべきではないかと最近思っていた
それにはやはり 同じ俳句で鍛えられている人たちの評価と批評にさらされるのが一番
というわけで初めての「句会」(現実のね)に参加してみました

場所は東京・神楽坂
なのでその名も「カグラージュ句会」
去年「記念日俳句」でお世話になった「里」同人櫂未知子さまの主宰
(あの素晴らしい句を詠まれる櫂未知子氏・・わたくしとしては「櫂先生」とお呼びしたいところだが そう呼ばれるのはお嫌いなようなので&普通俳句界で使う「主宰」とはちょっとニュアンスが違うようです)
会場は未知子さまのご自宅のある素敵なマンションの集会所
病的?な方向音痴のわたくし 殊勝に迷う時間も計算に入れて会場に向かったが 地図のおかげで迷うこともなくすんなりと到着出来た
とりあえず3ヶ月限定の句会ということでその第1回
今回は「里」本拠地である佐久から島田牙城氏はじめ数名の里同人も合流して 参加者は30名を超えた
何しろ私は初めてなので それが小規模なのか大規模なのかもわからず 知っている人も皆無だし
勝手がわからなくて何かドジったらどうしよ・・とドキドキしてしまったのだが・・

結論から言うと 本当に楽しい時間を過ごさせていただきました♪
投句はひとり10句
30人以上ということは300句以上の句が提出されたことになる
それを全部読み 気に入った句を選句してゆく
何句選ぶかは多くても少なくても各自の自由
それぞれ選句発表して集計してから披講

ネット句会ではお互いあまり批評とかはしない というかしづらい
俳句仲間であっても現実には顔も知らないし どんな人かもわからないので
こんなこと言って誤解されたら とか真意を汲んでもらえず悪くとられたら などとどうしても用心深くなってしまうのだと思う
その点現実の句会では実際会って話を聞くわけだから その表情を100%見ることが出来 誤解をすることも少ない
舌鋒鋭い講評も飛び交ったがそれもさまざまな角度からの解釈や批評ということであり 
聞いていてとても刺激的だし勉強になる
私の句も あるものはケチョンケチョンにけなされたが それもまたとっても新鮮だったし(いえ 決して負け惜しみではなく・・笑)
「何でそうなるの?」と大笑いしたくなるような分析をされたり 作者も気づかなかった深層心理?を指摘されたり・・
句の数が多くて じっくり読むには少し時間が足りなかった感があり 一目で惹かれる句の他にも もっとじっくり読み込んだらじわじわと良さが浮かんでくる句もあっただろうに・・という思いがあって それは少し残念だったかな
白状すれば難しい単語で読めなかったり こんな季語初めて!どういう意味かしら?(オロオロッ)なんてこともあり 勉強不足を痛感・・(恥~)

それにしても未知子さまの司会 進行の見事なことには本当に敬服いたしました
実に歯切れ良く 辛辣なこともぽんぽんおっしゃるのだけどそれがまた魅力 と思わされてしまうのはさすが
会は1度としてだらけることなくてきぱきと進行して一気にクライマックス 閉会へ
1時から始めて閉会したのが6時過ぎという5時間以上の長丁場だったのだが
気がつけば持参したペットボトルのお茶の他 牙城さま差し入れの缶ビールまでしっかりといただきつつ
そんなに長い時間だったんだ と気づいたのは全部終わってからだった
いやほんとに充実した5時間
参加して良かったと心から思った次第です
新参者を温かく迎えて下さった未知子さま 皆さま 
ありがとうございました
<(_ _)>


「カグラージュ句会」は5月と6月にも開催される予定
主宰の評が全て という従来の句会とは違い ハードながら自由な雰囲気が魅力(だと思う 何しろ他の句会は知らないので)
俳句に対して果敢にして根性のある方(未知子さま談)歓迎だそうですよ♪

Ueno

たまに東京へ行くのもいいものです
1時間で別世界 (#^.^#)

2006年4月22日 (土)

危機一髪!(>_<)

黄砂も一段落したのか久しぶりに澄んだ晴天
少し冷たい風も心地良かった今日の午後
買い物に出かけるべく 車庫から車を発進させた
家の前の道路を走り始めたその時
え?という違和感で目をこらした次の瞬間 南無三!と急ブレーキ
ああ 間に合っただろうか 道の真ん中に広がっていたのは大きな蛇だった!
轢いてしまっただろうか 蛇は轢きたくないと思っていた私がよりによって
家の前で轢いてしまったのだろうか
おそるおそる降りようとした時 窓から右手のフェンスをくぐってゆく蛇の姿が見えた
場所としては左手が引っ越してきた当時からの 草ぼうぼうの空き地
右手は以前は農業用水地だった池で ぐるっとフェンスに囲まれている
蛇はフェンスの網をくぐり ゆるゆると向こう側の藪に入っていく
慌てて車を降り ごめんね大丈夫だった?とつぶやきながらそっと後を追った
すばやく草むらに隠れるかと思ったらやけに動きがゆっくりで もう頭のほうは見えないけど 胴体が滑っていくのが見える
多分青大将
あんなにノロノロしているなんてどこかケガをしたのかと目をこらしたが
少なくとも後ろ半分は異常ないようだ
そのままゆっくりと藪の下に姿を消すまで見送って もう脱力してしまった
考えてみればあの大きさだったら 車で轢いたらかなりの衝撃があるはず
それもなかったし 頭をやられていたら動けないだろうし 車の下を調べても血はついていなかったし
ということはケガもなく 無事だったと思われる
良かった・・・・(^。^;)ホッ・・・

Utyutamago その道では以前やはり大きな蛇をみかけたが ここ何年かは遭遇しなかった
時々小さい蛇が轢かれて死んでいるのは見たことがあったけど・・
多分暖かいからだと思うのだけど 信じられないことによくアスファルトの道路のど真ん中で日向ぼっこ(そうとしか思えない)をしているのだ
だから轢かれる時はひとたまりもない
仲間が轢かれているのを見て「学習」しないのかなあ
いや そんな因果関係がわかるわけないか 蛇にしてみたら全く別の世界の生物だものね・・人間なんて

一方 人間のほうは圧倒的に蛇を嫌悪することは事実なのだが 畏怖も含めたどうにも複雑な思いがあるらしく 古代から世界各地で神の化身として祀られたり 何かのシンボルとして祭事に使われたりすることがめずらしくなかった
神話や伝説にも数しれず登場するし 干支の中にもしっかり位置を占めている
そういう意味では人間のほうが蛇に「片思い」しているとも言えるわよね
深層心理に分け入ったら深いところで蛇に遭遇しそうな その思いってどこからくるんでしょうね

私も両親から 蛇は神聖だから決して殺してはいけないとおそわった
去年詠んだ句だが  
 
それ以上 近づかないなら蛇も好き 

要するにそういう心情なわけ
ああ~ でもあんなに大きな蛇を轢いちゃっていたらどんなに寝覚めの悪かったことか
本当に良かったわ~ (*^0^*)
またノコノコ出てきて轢かれるんじゃないよ
蛇は見つけ次第叩き殺す という人だって多いんだからね
(ちなみに家人にこの話をしたら 動作が鈍かったのは冬眠から覚めたばかりだったのでは ということ
なるほど まだ半分寝ていたのかもしれないね・・・)

Inkahebi 上はギリシャ時代の神々の絵に出てくる宇宙卵
すべてがその中から生まれ出るという
←はインカの古図より 蛇のシンボル

2006年4月21日 (金)

食べる食べれる食べれない (ー"ー )

Reru_1  はい いただきましたよ
けっこう美味しゅうございました
ビールやワインなどのおつまみに塩辛いものが欲しくなるのですが
ポテトチップス お煎餅あられの類は夜半摂取するには非常に高カロリー
その点塩納豆なら身体にも優しそう
もっとも「いつでもどこでも」というほど場面は多くない気がするけれど
朝食だったら普通の納豆のほうがいいし やはりおつまみかお茶受け といったところでしょうか
携帯できる利便性を考えたら まあ海外旅行などにもいいかもね

って・・・いやいや 今日はそおゆう話ではないのです!
わたくし的にどうしても許せない この「たべれる」という表現
(ていうかなんで全文平仮名やねん)
なんて言うと ああまた思考の硬直した年配者の「ら抜き言葉」に対する時代錯誤の攻撃か と思うでしょ
恐ろしいことにそういう考えのほうが市民権を得ちゃっている感じがする
ちょっと前まではまだ「ら抜き言葉は正しい日本語に反する」という意見が正統派だった
「でも言葉は常に流動しているんだから」という反論も説得力なかったと思うけど 今や形勢は逆転し
食べれる 着れる 見れるetc.新書版のタイトルにも使われるしTVアナウンサーの面々も堂々と使っておりますな
従来の言い方をしていたら変人扱いされそう

しかし・・考えてみると「言葉」というものは「正しい」なんて定義でひと括りにして全国に普及させることが出来るようななまやさしいものとは違うんだよね
この狭い日本列島の中でさえ 北と南では通訳が必要なほど使う言葉が違う
近代においてもいわゆる「階級」は歴然としてあり それぞれ使う言葉は厳然と違う
少し時代がずれただけで 詳しく調べたらきっと驚くほど使う言葉が違う
いったいいつの時代のどの階級の言葉が「正しい」日本語なのか 答えられる人はいるだろうか
また 何の基準をもってそれを決められるのか
私が子供の頃 都会から田舎に引っ越してきた時現地の言葉 いわゆる「方言」がとても新鮮でとても面白く感じられ
子供のことだからすぐ覚えて使っていたら 父にこっぴどく怒られた
父の考えでは要するに「標準語」が正しく 方言は前時代的だ というニュアンスだったようだ
子供心に反発し 私の中では方言を貶めるという思想は育たなかったが どちらにしてもTVの普及で「標準語」はあっというまに全国を席巻し 正統なる土地言葉を操れる人間は激減してやがて全国から絶滅するものと思われる
ら抜き言葉も最近に始まったことではなく ある地方では当たり前に使われていたのかもしれないが
それを調べるには日本語の海はあまりに広大過ぎる・・

「言葉は常に流動している」これは真実だろう
その移り変わりは興味深いし 時代を映した若者言葉というのも楽しい
だいいち「えっ マジ?」なんて言葉を平気で使う私が ら抜き言葉がどうこうなんて片腹痛い というのもごもっとも
私が国語学者か何かなら 文法的にこれこれだからら抜き言葉は正しくない と定義も出来ようが悲しいかなそんな知識は無い
しかしですよ

説明は出来なくても これだけは譲れない と言うものが誰にでもあるじゃございませんか
私の場合 それがら抜き言葉だということ
声を大にして言いたいけど ら抜き言葉 大っ嫌いです!
「生で食べれる牡蠣」なんて絶対に買わんぞ(と言いつつ納豆買っちゃったけど)
「着物をひとりで着れる本」なんて絶対に読まんぞ
サザンの歌に「都会じゃ見れない」というフレーズがあってがっかりしたなあ・・
ともかくっ!例え最後のひとりになっても「食べられる」「見られる」「着られる」「来られる」で通すからねっ!
う~む 着々と頑固なトシヨリに驀進中かも・・・

いいんだ 私の理想の年寄りってジェシカ・タンディの演じた
ドライビング・ミス・デイジー」の主人公なんだもんね (*^∇^*)♪

Sinryoku06

本文とはカンケイなく
本日は久しぶりの青空
もう新緑の季節ですね

2006年4月18日 (火)

ちびまる子ちゃん



「ちびまる子ちゃん」といえば日曜6時からのアニメ なんだが
原作はもちろん雑誌に掲載されていたもの
「りぼん」に連載されていたのはずいぶん昔のことのようだが と調べてみたら
1986年(昭和61年)から始まっている 
もう20年も前なんだ・・
どういうきっかけだったのかよく覚えてないが 多分友人が面白いよ と見せてくれたのだと思う
当時「りぼん」という雑誌がまだあるのに驚いた記憶がある
読んでみるとなるほど面白い
考えてみれば子供だってしっかり社会生活を送らざるを得ないわけなのだから 無邪気一辺倒などでは世の中を渡れないのは当たり前
それまでの類型的な子供像には見られなかったたまる子のシニカルさ 醒めたものの見方が新鮮で 
うんうん と思わずうなずいて納得させられてしまったこと多数

特に初期にはその個性が強く出ていて漫画としても非常に個性的だったのに 連載を重ねるうちに毒が抜けてウエットな要素を含んだ普通?のコミカル漫画に近づいていった感があるのはちょっと残念だったが・・
いつだったか家庭訪問に見えた息子の学校の先生とまる子の話題で盛り上がり 単行本を「押し付け貸し」したことも・・・ (∩_∩)ゞ

シニカルといえばまる子以前 確か80年代の前半だったか 玖保キリコ作の「シニカルヒステリーアワー」という漫画もあった
こちらも大人にはわからない 子供同士の葛藤やかけ引きなどをコミカルに描いていて秀逸
まる子のほうがもっと泥臭いと言うか まあ設定が昭和40年代だし まだ古き良き時代の名残が描かれていたせいだろうか
で アニメが始まったのは1990年
冒険だったと思うけど 思えばバブルの時代ですねえ
それからでも16年も経つと思うと いつものことながら月日の経つ早さに呆然としてしまう
最近は殆ど観なくなってしまったけど たまに観るとやはり面白い というか安心して観ていられるなあという感じ

そうそう 放映が始まったころちょうど携帯電話が発売されてこの番組の中でCMをやっていたのを覚えている
今観たら大笑い確実の大きくて重そうなボディ おまけにそれがさらに重そうなアタッシュケースのような受信機?につながっているというシロモノ
確かまだビデオにCMが残っていると思うけど う~ん16年で携帯もここまで進化したかと思うと 隔世の感がありますね・・

ということで何でまる子の話かというと 実写版のドラマが放映されるということを聞いてサイトをさがしてみたわけなんです
そしたらキャストがもう面白くて 特にまる子の同級生の面々
ここまでやるかというくらい ともかく徹底して似せているので全然違和感なし
皆あまりイメージがぴったりなのでそれを見ているだけで笑いがこみあげてきちゃう
もちろんキャラが面白いからといってドラマも面白いかと言われればそれは何ともいえないですけどね

ちなみに放映は明日18日です
最近何か観ようと思ってもその日になるとコロッと忘れちゃうんだけど
まあ運良く忘れなかったら私も観てみようかな・・・

Maruko

単行本は第一巻から持っているはずなんだけど
どこへ埋もれてしまったんだか・・

と 以上のようなことを実は昨夜書いたんです
完成して送信したら なんかヘン
ブログを確認したら案の定 タイトルしかない
本文はきれいに消えてしまった・・・
何やってんだココログ!
以前に自分のミスで失敗して以来 必ずコピーをとるようにしていたのに
昨夜に限ってとっていなかった・・・と茫然自失
次の瞬間には河内弁でタンカ切りたくなりましたね 
まあ夜中の2時にPCに向かって河内弁でタンカ というのもアブナイのでやめときましたが・・(あはは 実はよく知らないんです 
河内弁σ(^^)
そりゃあつまんない文章だろうけどそれでもけっこう時間かかるのよっ
と言うわけで言わずもがなですが 皆さまココログ投稿時にはくれぐれもコピーをお忘れなく

2006年4月14日 (金)

桜総決算

Numasakura 週明けに今週の天気予報を見たら傘や曇りのマークばかりでがっかりしたのだが 残念ながら予報は外れることはなく ずっと雨や曇りのお天気が続いている
桜 いっそ全部散ってしまえばさっぱりと諦めもつくのだけど まだ咲いていると思うとどうにも落ち着かず まだ見ていない心残りのある場所を車で回ってみたりしてしまう
まさに「世の中に絶へて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」(在原業平)の心境
でもこういう歌があるということは 今も昔も同じ思いでいる人々がたくさんいるということよね

Jinusisakura ちょっと小高い場所にあっていつも道路から見ると雲のように見事な桜の木々があり 先日車を降りて近くまで行ってみた
上に上がる小さな階段のところに立て札があり おっと立ち入り禁止かと思いきや
札に書かれていたのは「桜の満開時にはどなたでも中に入って見て下さい 地主」の文字
感激して入らせていただき 下には紫の花大根が咲き乱れる広い庭を歩きまわり 長いこと佇んでは桜を見上げて堪能した
敷地内にこんなに桜があるなんて本当にうらやましい・・・
お花見の名所というのは確かに桜はきれいだけど 人が多くて 下手をしたら騒音も多くてがっかりすることも多いから
Sidareusagi このへんはわざわざ出かけなくても ちょっとさがせば静かに花見の出来るところはたくさんあり ここぞと思う場所を見つけた時の嬉しさは格別

お寺や土手 工場の周囲 使われてないグラウンド ゲートボール場 里山深い沼のほとり 川べりetc.
まだまだいくらでもありそう・・
あまりにも見事に咲いているのに見る人もいない桜の木に出会うとき この地に住む幸せをつくづく感じたりして・・

Dantisakura 最近素晴らしいのは家から車で5分のところにある工業団地
ここは十数年前に造られたと思うのだが広大な土地に工場のみならず広大な貯水池を含めた公園エリアがあり
そこにたくさんの桜が植えられている
引っ越してきたばかりの頃はまだほんの若木だったが今では大きく成長し 見ごたえのある桜になってきた
桜の寿命を考えると今後20年くらいが一番勢いのある美しい時期ではないだろうか
ここには休憩エリアもたくさんあり お花見の場所には事欠かないが訪れるのは近所の人くらいという贅沢さ

うん どっと押しかけられると困るから詳細はヒミツにしておこうかな・・(^o^)

Hanasibe 美しく長く咲き継ぎ 私には思いがけない打撃もあった今年の桜
その桜もこの悪天候で今度こそ全部散ってさっぱりすることは確実と思われる
ところがテレビからは「仙台の桜の開花宣言が・・」なんてニュースが聞こえてくるではないか
ああ桜が列島を北上するのが目に見えるようだ とまたしても心乱される

Sakuraumi いつか桜を追って日本縦断をしたい という夢を持っているが
これは実行することでしか叶えられない
いつか・・なんて時間がどれほどあるのかしらね お母さん
行く時には 母の写真と一緒に・・・と思っている

Sakurahana

カノン お鼻に花びらがついてるよ・・(*^∇^*)

2006年4月12日 (水)

ああ やっと

サイドバーの表示が正常に戻りました (^。^;)ホッ!
ここ数日トップページにマイリストのリンクなどがどうやっても表示されず
設定と再構築を繰り返すこと十数度
でもいくらやりなおしても反映されず・・・
サポートセンターに問い合わせたところ バージョンアップ以来トラブルが続出して対応に追われているとのこと
私のもそのひとつだったみたい

そういえば以前サークルの掲示板のほうでもバージョンアップ後大混乱があったような記憶が・・
まあ古傷をえぐるようなことは言いますまい
ともかく復旧して良かったです(というかしばらく放っておけばよかったのよね・・)

Tigo2
庭に咲いた稚児百合
雨なのでいっそううつむいた
可憐さが何故か悲しい日々です

家族のアルバム

Inarisidare 思いがけずこんなに美しいしだれ桜が咲き乱れていたのは
昔住んでいた家があった 大きなショッピングセンターの一画
駐車場の隅に残るお稲荷さんが昔の家の跡
しだれ桜があるのは お隣だった幼なじみの家の跡

以前にこの場所のことを書いたとき
もしタイムスリップが出来るものなら 1日でいいからあの頃に帰りたいと書いた

本当にそうだ・・・
父がいて 母がいて 幼い私や弟がいて やがて妹も現れて
お隣の友達とも いつも一緒に遊んだり学校へ行ったりしていた
いつか父も母もいなくなって 友達がふっと消えてしまうなんて 絶対に想像もつかなかった幸福な子供時代
昔が良かったばかりではないし どちらかといえば今のほうが幸福なのかもしれないが
たとえ不幸だったとしても 家族と過ごした子供時代は誰にとっても特別なものだろう
でもね タイムスリップは無理な話
家族で笑い合って過ごした茶の間のあった家は跡形もなく
20代で夭折した幼なじみの女の子と遊びまわったその場所には 桜が揺れているばかり
だからこそ 人生のいつの時代でも「今」が大切なのだが 子供の頃は誰もそんなこと知っちゃあいないものよね

5月に父の法要予定があり もう最後だからなつかしい思い出の写真を集めて上映しようか と弟が計画していて
そのために古いアルバムを整理していた
古いものはそれこそ両親の赤ちゃんの時代から・・
別々の場所で成長した二人はやがて出会って結婚し 私たち姉弟が生まれ また成長していく
その過程で一緒に写っている父母の兄弟たち つまり私の叔父や叔母の幼い日 若き日々の写真もまた新鮮だった
やはりそれぞれに結婚し 私の従兄弟たちが登場し 彼らもまた成長してゆく
何十年にもわたるそれぞれの人生の軌跡があざやかに浮かびあがってくる
思ったことは・・・

当たり前のことだが 人生は何て公平なんだろうという実感
誰でも最初は可愛い赤ちゃんで 屈託のない幼児で
それが同じように変化しながら成長してゆく
何もしなくても輝くように美しい笑顔の若者の時代
その長さにも差はなく やがて落ち着いた大人になり だんだん年をとり 少しづつ衰え 老人になってゆく
最後に待つのは一件も例外のない「死」というものだ
もちろん個々の人生 その使い方でどのようにも脚色できるのだろうけど
与えられた「時間」は(例外もあるが)ほぼ同じような長さなんだものね

だとしたら 何を悲しむことがあるだろう
生まれた者は必ず死ぬ シンプルな それが真理
それぞれの人生を精一杯生きればいい
死ぬ時は周囲が愛情をこめて見送ってあげればいい
アルバムに写っている家族や縁者たちのさまざまな人生を思うとき
感じるのは「人間」や「人生」に対する限りないいとおしさみたいなもの・・
私もその時間を無駄にしまい という決意・・・

(そうは言っても 割り切れないのがまた「人間」ですけどね
そんな風に感じるのは真実だけど そう思って自分の気持ちを整理したいのかもしれない
今は封印した「気持ち」をこぼれないようにそっと持っているような気分だから)

母の突然の死で父の法要ははからずも来年に延期された
来年 多分母の一周忌と同時に行われることになるだろう
その時には父の写真だけでなく 母の写真も持っていくことになる
というより家族の写真ね
ああそういえば 母は父と会えただろうか
「やっとパパに会えたのよ」という明るい声は容易に想像できるんですけどね・・・

Yosiaramukasi3

Yちゃん Rちゃん 叔母さま方
肖像権侵害?御容赦 <(_ _)>

2006年4月10日 (月)

イースターうさぎ



お馴染みのモロゾフのベイクドチーズケーキ
イースターバージョンです
うさぎモンに目のないわたくし あっ可愛い!と思わず衝動買い?してしまいましたが
イースターのことは何も知らず 卵はイメージとして浮かぶのだけど何故うさぎ??
ちょっと調べてみましたら・・・

復活祭と呼ばれるイースターはキリストの復活を祝うキリスト教最大のお祭り
毎年春分の日後の満月から最初に迎える日曜日と決まっているそうで 
したがってその年によりかなりのずれがあるようです
イースターのシンボルとして使われる「卵」は生命の始まりを意味し 
その卵はイースターうさぎが運んできたことになっている
うさぎは多産と繁栄のシンボル・・・・なんだそうです

ちなみにレアチーズケーキのほうは赤いジャムでうさぎの顔が描いてあり これまた可愛かったです
今年のイースターは16日だそうなので 機会があったらそちらも試してみたいものです (^-^)

Easterusagi

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