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2005年12月

2005年12月25日 (日)

レンチンりんご

青森からりんごが送られてきた♪
大きな「サンふじ」と甘い「王林」
昔は紅玉と国光くらいしか知らなかったけど 黄色のりんごは「インドりんご」と呼ばれていたような記憶がある
紅玉はまだ残っているけれど 国光のほうは絶滅してしまったのだろうか
先日TVで観たのだけど いかにも美味しそうな真っ赤なりんごが甘いとは限らないんですってね
まんべんなく日に当てるより 葉の陰になったほうが糖分が多くなるのだとか
何にしてもりんごが赤くなると(柿でもそうだったけど)医者が青くなると言われるほど
身体に良い果実であることは確かのようです

そのりんご 私はよく電子レンジで加熱して食べる
つまりレンチンりんご (^o^)
要するに簡易煮りんごですね
種類は選ばず 八ツ割り(大きなものはもっと薄くしても)にしたりんごにラップかレンジ用の蓋をしてレンチンするだけ
1個あたり5分前後でしょうか
熱々よりも少し冷めた あるいは冷やしたほうがおいしい
もともと子供が小さい頃 お弁当のデザートとして重宝したのが始まりだけど 
ちょっとつまみたい時に都合が良いので今でも毎日のように作っている
朝食の時ヨーグルトに入れるのにも良いし ホットケーキなどに焼きこんでしまってもGOOD
もっとこってりが好みなら バターでちょっとソテーすれば肉料理の付け合せなどにも良いですよ
皮をむくのが面倒だから・・と敬遠する男性向きでもありますね

何で読んだのか思い出せないのだけど
クリスマスの真夜中にりんごを食べると病気にならない という確かイギリスのことわざを記憶していた
うろ覚えなので調べてみたら 検索ではクリスマスではなくハローウィーンと出てくる
確かクリスマスだと思ったんだけどなあ・・
でもクリスマスのモミの木に飾るオーナメントは もともとはりんごだったそうな
今でもシンプルな そんな飾りつけをしている地方もあるようだ
濃い緑のモミの木に真っ赤なりんごって 最高に似合うかもしれない 

生でも煮ても焼いてもお菓子にしても美味しいりんご
やっぱりりんごはえらい (*^0^*)
クリスマスの今夜も一切れふた切れ  レンチンりんごをつまんでいます♪


niringo

2005年12月17日 (土)

サントラな日々

ネットでの買物というのは簡単で 例えば東京まで買いに行かなければ手に入らないことを考えると送料も交通費より安かったりして
なので最近本とかCDとかはついAMAZONにオーダーしてすぐ届く!なんてことをやっておりますが
う~ん こういうのも色んなモンダイやリスクもあるなあ・・
などと悩みつつも 最近立て続けに買ってしまったCDたち

先週終わったNHK大河ドラマの「義経」
1年が短かった!とこれに関しても思えるほど
本当に久しぶりで毎週かかさず観てしまいました
え~と以前毎週欠かさず観ていたのは「独眼流正宗」あたりじゃないだろうか(18年も前!)
近年では去年の「新撰組」は第一回でいち抜けたし その前の「武蔵」は音楽には惹かれたものの
お通さんと小次郎を見るに耐えかねてリタイア(単なるミスキャストか台本が悪いのか・・・)
「義経」は何故面白かったのだろうと考えていたのだけど
結局義経物語というのは すでにある種のおとぎばなしになっており 

katyu そのツボをとらえて作られたのが今回のドラマだった気がする
前半の五条大橋の場面などはアニメか絵本のようだったし 
壇ノ浦の合戦や静御前の舞うシーンなども絵巻物を見ている如く
美しさに徹していたといえるのかも
ということは多分にきれいごとの話になっている とも言えるのだが
なに何百年も前の真実など誰にもわかるはずはないのだから おとぎ話に徹するというのも悪くはない
美しさといえば義経に限らず 甲冑姿の美にはしばしば見惚れました
最近では映画「ラスト・サムライ」で甲冑の美しさに眼の覚める思いだったけど
やはり現代の日本人にもちゃんと似合うことがちょっと驚き 
最終回 義経の自害したシーンでは持仏堂の屋根から光が噴出し 白馬となって天に翔け昇っていった
そうか・・おとぎ話というより義経はもう「神話」の部類に入っているのかもしれないね・・


yositunecd いや CDの話でした (;^_^A
もっとも音楽的な素養のない私が解説などできるわけもなく 単に「良かった~」というだけの話なんですけど
その「義経」のサントラ TVでお馴染みのメインテーマを筆頭に ドラマの中で繰り返し使われた「夜の詩」は
ソプラノ ピアノ ホルン 京胡編があり 同じ曲でありながら全く違った雰囲気の演奏が楽しめ飽きさせません
メインテーマも改めて聞くと オーケストラと和の楽器である笛と笙の音のハーモニーが絶妙ですね~
まあサントラというのは本編を見ているからこそ の思い入れが殆どなんだろうけど
「音楽絵巻」と銘打ったこのアルバム 先入観なしでも楽しめると思うのは 贔屓が過ぎるでありませうか

残りの2枚はやはり「映画を観ないことには話にならない編」ですが・・
「下妻物語」は以前にも書いたけどあまりの面白さに 家族に勧めるたびに自分も観て
ついにはDVDまで買ってしまったという熱の入れよう
映画自体ハチャメチャでそこが良いのだけど 音楽のほうも実にバラエティに富んでいる
ヘビメタ風あり 60年代のフレンチポップス風あり ジャズからチャールストンから演歌風まで
あそこまで見倒すと曲ごとにそのシーンが蘇ってくるのも面白いですね
車の中で今度はサントラのほうを聞き倒しています

「三丁目の夕日」はメインテーマが命
というかメインになるのは2曲くらいしか無し
それがアレンジを変えるだけで延々と続くので 映画を観ていない人には退屈だと思う
3回目を観にいこうかと思っている私にはもちろん「くる」ものがありますけどね
そういえばあの映画 全国で上映延長になったのだとか
リピーターのひとりとしては 深く納得する次第であります

simotumacd

alwayscd
   

2005年12月 2日 (金)

なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/東京タワー



さてさて というわけでバスはいよいよ最終目的地
映画のシンボルにもなっている「東京タワー」へ
ガイドさんの話によれば最近内部をリニューアルして古くさいイメージが一掃されたのだとか ちょっと(;¬_¬) ホントかな~~の疑惑あり

夕暮れもせまり いささか疲れた乗客がうとうとしているうちに 前方に東京タワーが見えてきた

Tawahe













ああ!このアングルは映画にあった まだ造りかけの東京タワーに向かう道だ!
47年後のあの道を今走っているんだ と(本当は違う道かもしれないけれど)一人で感慨に浸っていた
残念ながら47年後の現在の道は撮れなかったけど あの年に完成した東京タワーは今も変らぬ姿でちゃんとそこに立っている

Tawa1













到着した時はまだ明るくてライトアップはされていなかった
ご存知のように高さは333メートル
鉄塔としては今でも世界一の高さを誇る
重さは4000トン パリのエッフェル塔7000トンと比べてかくも軽量なのは
時代もさることながらやはりわが国の技術の高さゆえか


  Yakei1  

















祭日のせいかエレベーターがかなり混んでおり 地上250メートルの特別展望台へ登ることは断念
ポピュラーな大展望台 地上150メートルは今ではそうめずらしくはない高さだろうか
展望台の内部は極力暗くして 外の夜景を楽しめるようになっている
どうやら絶好のデートスポットらしく カップルの姿が目立つ (;^_^A
一階から4階までは新しくオープンしたフードコートやアートギャラリー 水族館なども
もちろん東京土産のショップも充実
はいガイドさん 確かにそれらしく変ってはいますが お土産コーナーには東京タワー設立当時からいるような店員さんも多かったし(笑) よく言えば「レトロ」なタワーの飾り物も健在でしたよ~(^o^)

あっというまに暗くなる眼下に広がる光の渦
躍動する都市 東京の美しい夜

Yakei2 Yakei3










焼野原だった戦後から復興して60年
願わくはひと昔前のような無計画な開発は自粛し 綿密な都市計画のもと
歴史と品格を備えた首都にふさわしい都市になってほしい
美しく 安全で魅力にあふれた 今よりもっと 世界中から観光客がやってくるような・・
これからどうなるかわからないが 東京タワーは文字通り東京のシンボルとして
いつまでもこの街を見守ってくれることだろう


Tawa2 すっかり夜になり ライトアップされたタワーを見ながらバスは上野に向かい そこで解散
結局1日がかりだったが 東京に残る「昭和」を堪能し
同時に日々変貌するこの街の最先端の部分も見ることが出来て楽しく充実したツアーだった
豊かさと引き換えに我々が失ってきたもの
そして得たもの
あまりの急激な変化の中 このへんで立ち止まって何が自分にとって一番大切なのか 考えてみるのも悪くはない
お好みならば今だって 昭和30年代の暮らしをすることだって出来るのだ・・
何を選び 何をライフスタイルとして据えるか それは自由なのだから・・


※はとバスのこの企画 ALWAYS三丁目の夕日公開記念ツアー
「懐かしの昭和の風景を訪ねて」
12/11まで実施されるそうです♪

2005年12月 1日 (木)

なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/昭和のくらし博物館



バスはお台場を離れ 大田区南久が原にある「昭和のくらし博物館」へ
ガイドさんの話を聞いて驚いたのだが そこは博物館といっても数年前まで家族が実際に暮らしていた個人の家で 昭和26年に建てられた18坪の住宅ということ
設計者はその家のご主人で その長女である方が 「いつの時代も最も残りにくいものはなんでもない 一番身近な庶民のくらしだ」という思いから私財を投じて博物館にしたそうだ

Kurasiie_2
















バスを降りて住宅地の中を歩くことしばし
目の前に現れたのはなるほどなつかしい造りのこぢんまりした住宅
そうそう 昔の映画にもよく出てくるし 私の祖母の家にもあった門
灯がともった門をカラカラと開けて お父さんが帰ってきました
というような・・・

Kurasitukue














家の中は撮影禁止で残念だったけど 館長のコンセプト通り
「戦後の庶民の個人住宅を建物が元々あった場所で その場所の雰囲気と一緒に今も室内で生活しているかのような自然な状態」で見ることが出来て興味深かった
茶の間には火鉢 卓袱台 小さな箪笥など
台所には氷で冷やす冷蔵庫 2階に上がると昔よくあったシンプルな文机
窓の造りなどなにもかもなつかしい

Ido 



















庭に出るとこれまたなつかしい井戸と
玄関の外にはごみ箱
そういえば昔はこのごみ箱で用が足りていたのだろうか
もちろん今とは比較にならないくらい 出るごみの量も少なかったのでしょうねえ

Gomibako












本当に1996年まで実際に生活していたとは思えないほどシンプルで小さいお宅だけど
その中にいると何だかどこかから帰ってきたような感慨に浸る
家の内外にあるものはみな 今ではもう殆ど見られなくなってしまった
でも自戒をこめて言うのだが 生活するのにそれほどたくさんの「モノ」が必要なのだろうか
余計なものをしょいこんでかえって動きが取れなくなっているのが今の生活なのでは・・?
一時「Simple is best」というフレーズが流行ったけれど
本当の意味でそれを考えてみるのも必要なのかもしれない



ここを出ると早くも日が沈みかけてきた
本当は東京タワーから見たかった 夕日

Tokyoyuhi_2


























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