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2005年11月

2005年11月29日 (火)

なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/なつかしの船



次の目的地 「船の科学館」はDECSからバスで数分
船の形を模した科学館本館の見学はまたの機会にということで
本日の目的はそこに係留されている 初代南極観測船「宗谷」と
私には格別なつかしい 今は現役を退いた青函連絡船「羊蹄丸」である

Soya














宗谷って案外小さいんだな・・というのが最初の感想
戦前に貨物船として作られ 戦中の輸送船 戦後の引揚船を経て初代の南極観測船に・・・・

Tarojiro












氷に閉じ込められてソ連船に救出されたり 当時は技術的な面でもまだまだ厳しかったのだろうなあ
そして宗谷といえば思いだすのがあの南極探検隊の犬たち
タロとジロが生きていたというニュースは世界中を驚かせ
感動させたというが このエピソードはほんと 世代を超えて語りつがれて
ゆくのだろう・・・

Soyakikai












「宗谷」は昭和37年まで南極観測に活躍し その後引退する53年まで海上保安庁の巡視船として活躍
本当に長いことお疲れさまでした m(_ _)m



Yoteimaru














さてこちらは昭和40年から22年間津軽海峡を往復し続けた青函連絡船 
「羊蹄丸」
青函連絡船と聞いただけでじいんと来る人って たくさんいるのではないだろうか
道産子である私もそのひとり
覚えていない1歳の頃から最後に乗った昭和57.8年までに7.8回は利用していると思う
この「羊蹄丸」に乗ったのは最後のほうだが
北海道から引っ越してくる時の函館港の記憶もかすかにある
「蛍の光」のメロディ 色とりどりの紙テープ
ゆっくりと岸壁を離れる 海はずいぶん下に見えて船の大きさが実感できた
「摩周丸」「大雪
丸」「八甲田丸」・・・・「洞爺丸」は悲劇の船でした
 

Akabo 今はパビリオンとなっているこの「羊蹄丸」の一画にあるのが 昭和30年代の青森駅周辺を再現した「青函ワールド」
再現された青森駅前の市場で迎えてくれるのは 担ぎ屋のおばさん 赤帽のおじさん キオスクのお姉さんetc.
ここでも一瞬にしてなつかしいあの時代にタイムスリップが出来る
木箱のりんご あかあかと燃えるだるまストーブ
北へ向かう独特のあの雰囲気もそのまま
明治の末に青函連絡船が就航してから80年余り
どれだけの人が海峡を往復し
その人たちそれぞれにドラマがあったのだと思うと感慨深い
昭和63年3月 青函トンネルの完成に伴い航路は廃止
偶然にも昭和の終焉と殆ど同時だったわけね・・・・

Kiosk_2



















Ringoitiba_2












(写真に失敗したため 「宗谷」「羊蹄丸」およびりんご市場の写真はパンフレットのものを拝借いたしました)

Fujitv

おまけ(^o^)
羊蹄丸からフジテレビを臨む

2005年11月27日 (日)

なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/台場一丁目商店街

ランチを済ませ 銀座を抜けてバスは芝浦からお台場をめざす
実は私はお台場とやら(そんな感じ)へ行くのは初めて (;^_^A
芝浦ジャンクションからレインボーブリッジを渡るのも初体験
11月下旬にふさわしい爽やかな好天の中 海を隔てた高層ビル群は非情なまでに美しく まるで未来都市そのもの
「メガロポリス」という言葉が浮かんでくる
というか昔手塚治虫が描
いた世界そのままじゃない
というよりその世界を実現し つつある というべきだろうかS360

















などと感慨に耽っているうちにバスはお台場海浜公園に到着
「DECKS」というビルの中に作られた「台場一丁目商店街」へ
キャッチコピーは「路地裏に夢と活気があった時代」
最近この手のテーマゾーンは全国に出来て人気も上々のようだ
「三丁目の夕日」 原作の中に 三丁目を再現した町が未来に出来るという話(正月のタイムマシン)があったけれどそれが本当になるとは・・・
入り口ではなつかしいスバル360が迎えてくれた♪

Daibashoten














テーマゾーンといっても展示というわけではなく
ここは30年代の雰囲気を再現した実際の商店街
←こんなコーナーもあるけど 主に若い人向きの小物やお土産ものが中心
昔の商品をパロディにして笑えるものも多い

Tvheya















いていると確かに忘れていたものに出会ったような懐かしい感じがする
まあ懐古趣味というかあまり建設的ではないけど
たまにはいいよね・・と自己弁明
でも全国にこのようなテーマゾーンがあるということはちょっと異様といえば異様かも
疲れた現代人の 単に癒しの場であるというだけではないような気がする
人間てそんなに急激に切り替えが出来るものじゃない
時代の流れがあまりに速すぎて ただ流されていくのに抵抗を感じるというか
自身のアイデンティティにかかわる「大切なもの」を完全に無くしてしまわないうちに
もう一度考えてみたい なんて思っているのかもしれないね・・・


Ginmakuza Denkiya










なんてちょっとシリアスになってしまったけど (∩_∩)ゞ
面白なつかしいひとときを過ごせて楽しいこと受けあい♪
ちなみに同じビルの中には同じコンセプトで作られた「台場香港」があります
そういえば中国に返還されてから 香港て変ったんでしょうかしらね

Oriental














2005年11月26日 (土)

なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/日本橋三越



さてバスは佃島をあとに 日本橋へ向かう
目的地は日本橋三越本店
ここで早めのランチをとるのだが その前にデパートの長老である三越本店ならではの
色々なものに関してレクチャーを受けることになっている
高速道路の下で辛うじてがんばっている「日本橋」を眺めつつ三越へ
三越は日本最初の百貨店として ルネッサンス様式の威容を誇る
現在の建物は昭和10年に建設された
祭日のため大きな日の丸を掲げた建物は なる
ほどMitukoshi ヨーロッパの美術館のよ
うでもある















三越の女性スタッフがにこやかにお出迎え 案内と説明をして下さったが
観光ツアーにデパートというのはやはり日本では三越本店だけであろうか
玄関にはお馴染みのライオン
そういえば「三越のライオン前で」という待ち合わせの名所だった
これは大正3年にロンドンのトラファルガー広場のライオンを模して作られた青銅製
当時の社長がライオン大好きだったということで う~んつくづく見るとなかなか良い顔をしています (^o^)

Lion













本館の中央は吹き抜けになっており 劇場のような感じで
今ではとうてい手に入らない大理石で飾られ 天井のイタリア製のステンドグラスに至っていMitukoshitennyo




















この中央ホールに昭和35年から立っているのが創立50周年記念に作られた天女像
当時のお金で3億円もかかったそうで 金銀プラチナ あらゆる宝石を使った豪華絢爛なもの
瑞雲に包まれた天女が降り立つ瞬間を捉えて見事♪


Anmo












こちらはふんだんに使われた大理石の中に眠っている なんとアンモナイトの化石
店内に大小1万個以上あるそうで 階段を上りながら探してみるのも面白そう
やはり中央ホールにある昭和初期に輸入されたパイプオルガンなど見なが
ら5階のレストランへ


「三越の食堂」といえばお子様ランチ発祥の地Okosamal
















私は食べた記憶がないけれど 子供にとってはやはり憧れなんでしょうねぇ
サンプルをさがしたらありましたありました
こちらが平成のお子様ランチ♪
レストランも場所がらか 落ち着いた大人の雰囲気
近くの老舗の奥様かしら?という感じの和服の婦人なども混じっていかにも「日本橋」
ちなみに我々のレトロ・ランチはこちらです
オムライスみたいだけど 中のご飯は白いご飯だったのよ
まあ美味しかったけれど やっぱりケチャップライスのほうが良かったな~

Lunch












三越は昭和よりもさらに昔から続いているだけあって その歴史はひとつの文化になっている と感じた
富は上手に使えば豊潤な文化になる ってとこだろうか
でもそういうことって 実はとても大切なんですよね・・・・


なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/佃島



先日書いた「三丁目の夕日」の世界にはまってしまったわたくし (^o^)
病膏肓といいますか偶然見つけたはとバスの「ALWAYS三丁目の夕日公開記念ツアー なつかしの昭和の風景を訪ねて」
というバスツアーに飛び込んでしまった(笑)


11/23勤労感謝の日早朝 眠くてぼ~っとしたまま東京駅は丸の内南口へ
考えてみれば東京にはよく来るのだが いわゆる東京の観光スポットへは殆ど行ったことがないので こういうのも面白いかも♪

Hatobus  















待っていたのはまわりの鮮やかな黄色のバスとは違った 
落ち着いた色調のバス
  昭和40年代に使われていたデザインだそうで すでにレトロの部類
 レトロ調バスと聞いて まさかボンネット型じゃないよねと思っていたけどそういうことでしたか (∩_∩)ゞ
ちなみに内部はちゃんと現代仕様でありました


休日に東京観光というのは案外狙い目かもしれない
官庁街は車も少なく 首都高速もスイスイ
今日あたりはみな郊外へ紅葉でも見にいっているのかもしれないけど
都心でもけっこう紅葉も楽しめるのよね


Sumida

















 バスはまず佃島へ
 昔は船でしか行けなかった佃島 今は佃大橋を渡りながら
 隅田川の対岸の高層ビル群に目を奪われる
 海に向かって一の鳥居のある「住吉神社」は大阪の住吉神社の分社
 徳川家康が大阪から呼び寄せたという漁民たちの信仰を集めていたTukudajima

Sumiyosi









  大きな「鰹塚」など 魚に関連した塚や碑が目につく
 「江戸前」というくらい 昔は東京湾は新鮮な魚の宝庫だったのだろう
 最近はひと頃よりだいぶきれいになったと聞いたけど・・
 きれいになったといえば隅田川も
 一時は本当に汚れきっていたけれど さまざまな努力の甲斐あって
見た目も格段に良くなっているように思える♪


佃島は辛うじて戦災を逃れたおかげで
今も昔の下町の面影を色濃Tukudahasi く残している

 


















細い路地に並べられた鉢植えも何だかなつかしい
けれどどこを見てもその先には巨大なマンション群が聳え立つ
 過去と未来が同居しているような不思議な光景だ
 最近は雑誌などでもよく見かける佃煮屋さんの老舗

Tukudani
 














佃煮はもともと漁師の保存食だが それだけに味が濃くて私はちょっと苦手
家人は好きなので シラス 小エビなどをちょっとづつ買いました


 
鳥居の近くにあった碑
 佃島が好きだった劇作家北條秀司の句

 雪降れば佃は古き江戸の島

Sekihi_2
















































2005年11月18日 (金)

三丁目の夕日

always3  なかなか行けなくてやきもきしていたけれど
 ようやく観に行ってきました
 映画「ALWAYS 三丁目の夕日」
 オープニングの昭和33年の町並み 
 作りかけの東京タワー
 子供が飛ばした竹ひごの紙飛行機を見ただけで
 じわっと というかブワッと涙が・・・
 オイオイ ヤバイよこれは・・・と思いつつ画面の中に吸い込まれていった
 ウンウン キャッチコピーの「タイムトリップして下さい」の看板に偽り無し
最新のVFXを駆使して再現された当時の町並み 都電の走る大通りや機関車の発着する上野駅などは臨場感にあふれ  本当にあの時代にタイムトリップをしている気分が味わえる
懐かしさに泣き出したくなる場面は人によって 微妙な年代の差によってそれぞれ違うだろうけれど 「私のあの時代」に出会えることは確実
当時を知らない人たちでも 日本に希望があふれていた時代のリアルな姿の新鮮さに打たれると思う
それを味わうためには 後からDVDなどで観ても絶対に駄目なので
これはもうぜひぜひ是非是非映画館で観て下さいっ!(私なんか来週もう一度行くつもりです 笑)

ストーリーに関して言えば 原作を最初から読んでいる私とすれば突っ込みどころはたくさんある
何で六さんが女の子なのよ!(原作では少年)とか 鈴木オートのおじさんはあんなに癇癪持ちではないよ!とか だいいち駄菓子屋の茶川さんが何であんなに若いのよ!とか
まあ原作は夕日町三丁目の住人のエピソードを淡々と描いたもので それが30年以上連載として続いているのだから ストーリーはあってないようなもの
映画として受けやすいように登場人物を少し変えて いくつかのエピソードを繋ぎ合わせたのだものね 仕方ないか
あの時代にふさわしい単純な人情話になっているが 人間模様としては充分に楽しめる

そうだなあ・・・小津映画などを観ていても感じるのだけど
昔は時もゆっくりと流れていたみたい
もしかしたら 忙しい今よりも 人々はずっと贅沢な時間を過ごしていたのではないだろうか
神さまは公平な方ね・・・あの頃とは比べ物にならないくらいの便利さ 豊かさと引き換えに 多くのものを奪っていったのだと思う
この映画を観ていると 「足りない」ことが幸福に見えてくる
だっていつも上昇志向でいればいいのだものね
誰も冷笑なんかしない 誰もが上を向いていることのエネルギーと 
「希望」という幸福だ


santyoume  ところで原作の話だが 調べたところによるとビッグ・コミックオリジナルに「夕焼けの詩」連載が始まったのが何と1974年というから驚くではないか
その時代でさえ もう十二分にノスタルジックである
私はずっと連載を読んでいたわけではないが単行本は残らず揃えてあり
最新刊は51号
写真は第3号で 「三丁目の夕日」はここからスタートしている(何しろ1975年の出版なのでだいぶボロボロです)
作中で 当時の子供たちが大人になり 父親や母親になっているエピソードが描かれているけれど もう親どころか祖父母になっていてもおかしくないくらい時間が経ってしまった
でもいつまでも描き続けてほしい とファンとしては思っています

そうそう あまり語られていないけど 15年ほど前だったかこの話
TVアニメになったことがあるんですよ
でも視聴率が悪かったらしくすぐ打ち切りになってしまった
そうね 今回の映画を観て
この原作に読者が求めるものは何なのかよくわかった
そしてそのツボを踏まえてかくも見事に映像化したということに
惜しみない拍手を送りたい気分である

「ALWAYS三丁目の夕日」オフィシャルサイト

http://www.always3.jp/index02.html

2005年11月17日 (木)

浅草・酉の市

torinoiti5   忙しくてモタモタしているうちに日にちが経ってしまったけど
 先日浅草 「鷲神社」の酉の市に行ってきました♪
 俳句を作れれば・・と思ったのだが 
例によって現地で詠めたためしはないし! と早々に諦め 
初めての賑やかなお祭りを楽しむことに専念 
何しろ江戸時代から続く開運招福 商売繁盛を願うお祭りだから個人だけではなく 商店や企業単位のお参り 縁起物の熊手の購入も多いようで熱気にあふれ何だか楽しくなってしまう
酉の市の「熊手」も初めて見たのだけど ともかく華やかで必須アイテムのおかめをはじめ七福神 招き猫 注連縄 枡 鯛 小判などなど もうこれでもかと福に関するものがてんこ盛
torinoiti3
 会場の一画で江戸時代の熊手が展示されていたが今よりずっとシンプル
 ←
 やはり人間 福を求めるココロは貪欲で 年々派手になっていったのでしょうねぇ・・・ 
でも願うのはたいていささやかな幸福なのかもしれない
去年の熊手を奉納し ひとまわり大きな新しい熊手を買うのが慣例らしい
私は初めてだったので ごく小さいものを買い求めたけど
ささやかでも福が来てくれるといいなあ

ところで会場を巡っていると 当然熊手を売る各店の呼び込みが激しく
あちらこちらで声をかけられる
「おねえさん 見ていってよ」「おねえさん 予算はいくらなの?」などなど
何故か「おねえさん」と呼ぶんですね
何で私のような(不本意ながら認めると 笑)おばさんをおねえさんと呼ぶのかな
(ひよっとしてお姐さんじゃないよねっ) 東京の下町ではそういう呼び方をするんだろうかと調べてみたけれどよくわからない
関西ではおばさん同士で「おねえさん」と呼び合うこともあるそうで まあ要するにおばさんの新バージョンなのかな(でもおばさんと呼ばれるよりはいいか)

でもそういえば名前を知らない他人を呼ぶのに困ることがあるのは確か
自分だって呼ばれたくない「おばさん」や「おばあさん」なんて使いたくないし
最近TVなどで使う「おとうさん」や「おかあさん」も失礼だよね
いつも思うのは「マダム」に匹敵する言葉が無いことの残念さ
「マダム」(男性ならムッシュー )なら30才でも100才でもごく自然に使えるもの
この時ばかりはあまりに豊富すぎる日本の呼び方がうらめしい
なんて酉の市の話からとんでもなく脱線してしまいました (∩_∩)ゞ
さすが江戸のお祭り 地味な着物を粋に着こなしたそれこそ「おねえさん」や
鉢巻に半纏姿も決まっている男性も多く つかのまの江戸情緒も楽しめましたよ♪

torinoiti4

  

2005年11月 3日 (木)

いろはに金平糖

ちょっと疲れて調子を崩し 午後少し横になっていた
しばらく眠っていた目を覚まさせたのは
マンションの下から聞こえてきたにぎやかな子供たちの声
「文化の日」の今日に限らず祝日の意味はどうでもよくなっている昨今だが
子供たちにとってはやはり楽しい休日なのだろう   その時

「だるまさんが転んだ・・」
「いろはにこんぺいとう」
そんな声が聞こえてきて少し驚き 
寝ぼけたアタマで 一瞬ココハドコ?ワタシハダレ?という感覚に襲われた
まあおかしな時間に寝て目覚めると それでなくともそういう時がよくあるのだが
そのなつかしいフレーズのせいで 一瞬昔にタイムスリップしたような・・

起き上がって下を見ると マンションの庭で子供たちが遊んでいる
最近ではめずらしく年代の違う子たちが集まっているのが微笑ましい
皆で縄跳びなどして遊んでいるようだったが どういう遊びで「だるまさんが転んだ」
「いろはに金平糖」を唄うのかはよくわからなかった
「いろはに金平糖」は「金平糖は甘い 甘いは砂糖 砂糖は白い 白いはうさぎ・・・」と続くわらべうただったよね
だるまさんのほうは・・・何だかそう唄ってぴたっと立ち止まる遊びだったような記憶があるが よく覚えていない
何にしても 西暦2005年 21世紀のこの世にも そんな昭和から?のわらべうたが忘れられることなく 
子供たちの間に伝わっているという事実は 何だか新鮮だった
う~む これも立派な「文化の日」にふさわしい発見ではないだろうか などと
強引にこじつけて悦に入った とある秋の祝日でありました (^∇^)

(本文と写真はカンケイありません 写真は三島市の三嶋大社です♪)

 

051028_11210001.jpg

今さら映画 σ(^^)/復活の日

近所のお店で見つけて思わず買っちゃいました
映画「復活の日」のDVDプレミアムボックス
何といってもかなり前にこれを収録したビデオはベータというお間抜けさ
おまけに角川春樹のあの事件以来あんなによく放映していた角川映画はTVからホサレてしまい
長いこと見る機会がなかったのだが 実はすごく好きな映画

原作はご存知小松左京の小説
細菌兵器である凶悪なビールスが全世界に蔓延し 人類は滅びてしまう
しかしそのビールス 低温では活動できないため 南極にいた八百余名が生き残る
けれどある日ワシントン付近に近々大地震が起こることがつきとめられた 
そうなるとスタンバイされたままの核ミサイルが誤作動して 世界中の核ミサイルが連鎖的に発射され
せっかく残った南極の基地も攻撃されることがわかった
生き残った人類の存亡をかけ 2名の男・・アメリカ軍の少佐と日本人の地震学者が潜水艦でワシントンへと向かう
果たして世界は2度死ぬのか 人類は生き残れるのか・・・

う~ん ほんとは映画で見たかったなあ
でもさまざまな人間模様 息を呑むサスペンス 南極の非情なまでの美しさ
人間の尊厳や崇高さ 逆にどうしようもない馬鹿さ加減などがよく描かれ 
まったく退屈しない映画であることは確か
南極のロケ中に座礁事故を起こして新聞で叩かれていたこともよく覚えてますね
監督は深作欣二(2年前に亡くなりましたね~)
出演は草刈正雄 夏木勲 多岐川裕美 渡瀬恒彦 オリビア・ハッセー グレン・フォード J.ケネディ ボー・スヴェンソン
チャック・コナーズ ロバート・ボーンなどなど豪華な顔ぶれです(1980年作)

でも人類が滅びる話が何で面白いのかな~と考えてしまう
この話に限らず 時に人間は滅びに憧れているかのような心境になるみたいね
というか昔それを経験した記憶があるかのような・・
不老不死に憧れて貪欲にその路線を追求するのとは裏腹な 
いつかは滅びてしまうのさといった 
ある種安心感が含まれているような滅びへの憧れ
それってもちろん個人的な死に対しても含まれているんだと思う
死が結局は安息であるのなら それが一番「生物」にはふさわしいのだろう

映画の中では生き残った「吉住」(草刈正雄)がたったひとり 数千キロを歩いて南極まで戻ってくる
僅かに残った仲間が彼を迎える
「Life is wonderful」人生はいいものだ のフレーズが胸を打ちます

角川映画のDVDいっせいに発売されているようでなつかしいですね~
「蘇る金狼」「キャバレー」もちろん「人間の証明」など もう一度観たいものです

051101_12410001.jpg

2005年11月 2日 (水)

それにしても

こちらに来てから初めて「 秋晴れ 秋澄む」の日となりました
ようやく逢えた富士山
きれいだった…(*^_^*)
051101_21180001.jpg

お稲荷さん

現在よんどころない用事で静岡県M市の実家に帰っています
(いえっ 決して家人と喧嘩して家出したわけではありません)
引っ越しの多い人生なれど 小学校から高校卒業まで過ごした町には愛着があり
歩き回るのが楽しい
買い物はもっぱら近所にある巨大スーパーでするが 実はここはもと住んでいた家の敷地だった場所なんである

昔々 この一画は父の勤めていた製菓会社だった
今よりずっとのんびりした時代のこと
私たち兄弟は友達と一緒に会社の庭などでずいぶん遊んだものだ
工場の裏の奥まった箇所に 木に囲まれた小さなお稲荷さんがあった
昼間でもちょっと薄暗くて 石の狐が少し怖かったりした
探検ごっこをしたりかくれんぼをしたり…
考えるまでもなく 本当に昔々の話だ

父はとうに亡くなり会社も移転し
数年前当時住んでいた家も隣の友人宅とともに取り壊されてその後に巨大なショッピングセンターが建設された
まるで何もかもが幻だったように
跡形もなくなってしまったのだ

私が行ってみたのはだいぶたってからだが 家のあった場所を探してみて 驚いたことに あのお稲荷さんに遭遇したのだ
敷地はスーパーの駐車場なのだがその一画にひっそりと木に囲まれているお稲荷さんの建つ場所は まさに昔住んでいた家の場所…

会社は移転してもお稲荷さんは移せなかったのか
場所だけ邪魔にならない所に移動させ 新しい鳥居も建てて大事にされている様子
何だかしみじみと嬉しかったが 昔いた場所にお稲荷さん というのも ちょっとおかしな気分
なんとなく化かされているみたいな??
というわけで買い物に行くついでについお参りをしてしまいます
もしタイムスリップが出来るものなら 1日でいいからあの頃に帰りたいもんだ
狐さん お願いできないかしら (^-^)

051030_14570002.jpg

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