なつかしの昭和を訪ねて・小さな旅/なつかしの船
次の目的地 「船の科学館」はDECSからバスで数分
船の形を模した科学館本館の見学はまたの機会にということで
本日の目的はそこに係留されている 初代南極観測船「宗谷」と
私には格別なつかしい 今は現役を退いた青函連絡船「羊蹄丸」である
宗谷って案外小さいんだな・・というのが最初の感想
戦前に貨物船として作られ 戦中の輸送船 戦後の引揚船を経て初代の南極観測船に・・・・
氷に閉じ込められてソ連船に救出されたり 当時は技術的な面でもまだまだ厳しかったのだろうなあ
そして宗谷といえば思いだすのがあの南極探検隊の犬たち
タロとジロが生きていたというニュースは世界中を驚かせ
感動させたというが このエピソードはほんと 世代を超えて語りつがれてゆくのだろう・・・
「宗谷」は昭和37年まで南極観測に活躍し その後引退する53年まで海上保安庁の巡視船として活躍
本当に長いことお疲れさまでした m(_ _)m
さてこちらは昭和40年から22年間津軽海峡を往復し続けた青函連絡船
「羊蹄丸」
青函連絡船と聞いただけでじいんと来る人って たくさんいるのではないだろうか
道産子である私もそのひとり
覚えていない1歳の頃から最後に乗った昭和57.8年までに7.8回は利用していると思う
この「羊蹄丸」に乗ったのは最後のほうだが
北海道から引っ越してくる時の函館港の記憶もかすかにある
「蛍の光」のメロディ 色とりどりの紙テープ
ゆっくりと岸壁を離れる 海はずいぶん下に見えて船の大きさが実感できた
「摩周丸」「大雪丸」「八甲田丸」・・・・「洞爺丸」は悲劇の船でした
今はパビリオンとなっているこの「羊蹄丸」の一画にあるのが 昭和30年代の青森駅周辺を再現した「青函ワールド」
再現された青森駅前の市場で迎えてくれるのは 担ぎ屋のおばさん 赤帽のおじさん キオスクのお姉さんetc.
ここでも一瞬にしてなつかしいあの時代にタイムスリップが出来る
木箱のりんご あかあかと燃えるだるまストーブ
北へ向かう独特のあの雰囲気もそのまま
明治の末に青函連絡船が就航してから80年余り
どれだけの人が海峡を往復し
その人たちそれぞれにドラマがあったのだと思うと感慨深い
昭和63年3月 青函トンネルの完成に伴い航路は廃止
偶然にも昭和の終焉と殆ど同時だったわけね・・・・
(写真に失敗したため 「宗谷」「羊蹄丸」およびりんご市場の写真はパンフレットのものを拝借いたしました)
おまけ(^o^)
羊蹄丸からフジテレビを臨む






























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